赤毛の訪問者
【2】
ただ黙々と、本を読み進めてちょうど太陽が真上から落ちてこようとしたときのこと、しんと静まり返っていたはずの小屋に、突如甲高い声が響き渡る。
そのおかげで、意識が本の世界から引きはがされてしまった。残念。
ともかく、訪問客を待たせるのは拙いだろうと急いで玄関へ向かうと、そこには赤毛の活発そうな女性の姿があった。
歳は20代前半とも、10代後半ととれる背格好で、ほんの少し縦に伸びたチロルハットを手に抱えていた。
そんな彼女だがまるで旧知の仲を訊ねるようなそんな気楽さを持ち合わせて佇んでいる、普通に考えてみれば翁の知り合いだろう。あまり、失礼の無いようにしなければ。
「あの、この家の主に何か御用でしょうか?」
「およ、なんでこんなとこにガキがいるんだ?」
その物言いに少しカチンと来た。
いくら年下相手だからと言って初対面の相手にガキ呼ばわりはないだろう。
それでも、今はぐっと堪える場面だ。私がもてなす側で目の前の女性がその客。
自らの品位を保つためにも、ここは大人の対応とやらを見せてやろうではないか。
すぐに気を取り直して、極めて瀟洒に振る舞う。
「私はここで薬師をしている翁の、その弟子にございますお客様、それで、貴方様は一体どちらさまで、そしてなんの御用でしょうか?」
それでも、やはり苛つきがにじみ出てしまっているようで、語尾が強くなってしまったのはご愛嬌ということで、一つ。
対する彼女はどこ吹く風と言わんばかりに、否。何故か面白いものを見つけたと言わんばかりに目を歪ませている。
まるで、獲物を狙う蛇蝎のようだ。
そして、その顔を崩さぬまま言葉を発した。
「へぇ、なかなか見どころありそうなチミッ子じゃないか。なぁお前、私と一緒に来ないか。」
「先ほど申しましたとおり、私は翁の弟子。勝手気ままに誰ともしれぬ他人についていくことなど、許されることがありましょうか。」
「それに関しては問題ないさ、なにせここの爺さんとは旧知の仲でね。魔法使いでもある。少しのヤンチャくらい、きっと爺さんも赦してくれるさ。」
暖簾に腕押し、右から左へ、どんなに言葉を尽くしても、目の前の彼女は飄々と我が意を通そうとする。
大して私もムキになって応戦しているのだけど、うん?、ちょっと待て。
「待ってください。今なんと?」
「爺さんも赦しt」
「そんな様式美なんぞ聞いておりません。自らを魔法使いとおっしゃいましたか?」
あまりにもあっけらかんというものだから、一度聴き逃しかけた、その一言を今一度問う。
なおも彼女が、その余裕を崩さないところを見ると、ただの雑談と大差ないのかも知れないが、魔法使いだと名乗りをあげるということはそれだけでも大変なことなのだ。
相手がその道に通じていてもいなくても。
そこらへんわかってなさそうな、否。
「ああそうだとも。ワタシはお前の師匠と同じ、いや厳密に言えば違うんだが、素敵で奇特な魔法使いさ。」
やはり、聞き間違いではないかったようで、二度目の名乗りも自信に満ち溢れた、裏表のない透き通った声だった。
確かに言われてみれば、纏う雰囲気が常人とはかけ離れている。こう、何かをキワめてしまったもののオーラだ。
見た感じ10代後半、人によっては少女だと思われても仕方ないくらいの容姿、これで一つの道、それも魔道を極めた魔法使いだと言われてすぐに納得できようか。私はできなかった。
「…本当ですか?正直信じられないんですが」
「おいおい、聞きなおしてきてそれはひどくないか?正真正銘、、名実一体の大魔法使い様だぜ。いや『大』は言い過ぎかね、まだ。」
その姿は堂々として堂に入っていた。私の第六感からでも、彼女が本物であることはそれとなく察知はできている。
それでも認められないのは、ちっぽけな
渦巻く心境ゆえ押し黙ってしまった私を見て、訝しんでいると思ったのか彼女は顎に手を当て、やがて何か考え付いたのかすっきりとした顔で指を鳴らして、こういった。
「それなら、一つだけ見せてやろうじゃないか。魔法の神髄の、その一片を。」
そしてついて来いと言わんばかり親指で外を指した。
その指示通りに、彼女と一緒に玄関前の少し開けた場所へと移動する。
そして、咳ばらいを一つ。
「さてさて、今からお見せしますのは私の十八番、
やけに仰々しく始まりを飾り付けたかと思えば、今度は親指の皮をかみちぎった。いくらかの血液があふれ出し、彼女はそれを地面へと垂らす。
するとすぐに、その一帯に異変が起きた。
だんだんと地面が隆起し始め、やがて一つの
「わぁ…!」
その造形の深い人形に見惚れてしまい、呆けた声をあげる。
「おっと、驚くのはこれからだぜ?」
彼女がそう言うと人形が動き出し、そして周りには小さな舞台が作られた。
然して劇が始まる、劇の内容はおそらく…
「『黄金卿』…ですか?」
「あらら、劇の最中だというのに、ネタバレはあかんよ?」
「あ、すいません…。」
つい、口が滑ってしまった。いけない、ネタバレは物語にはご法度だというのに。
-そう言えば、先程まではあれほど警戒していたというのに、どうでもよくなっている自分がいることに気付く。本当に今更だ。
そんな心境に関係なく劇は進行する。
あえて声を入れないのか、無音のまま劇は続くがその所作だけで何をしているのかおぼろげに分かった。
最初に出来た男の人形が翼をはやした人形(おそらく神)に頭を垂らす、其の頭に神が手を当て去っていったあと。男はおもむろに近くにあった机(のセット)に手を触れる。すると、一部からその有り様を変えていく。
「机が、黄金に変わった…!?」
「ふふん、どうだ凄いだろう。此れも秘奥の一つだな。」
劇の精密さにも驚かされたが、何より物質がその性質を完全に変えてしまったその所業に、私は魅入られた。
早く続きが見たい、知りたい。
いったい次はどんな風に驚かせてくれるだろうか、どんな
今持つ知識を総動員しても、何一つ
「おぬしら、人の玄関先で何をしとる。」
「うひゃぁ!?」
声に反応して、ふと頭上を見上げると、いつの間にか翁の顔が目の前に現れた。いきなりということと、其のしわくちゃな顔が目の前にあるという二重の要素が重なり情けない悲鳴が口から出る。
「いきなり目の前に現れんでください師父!ただでさえ
「非道い!さすがのわしも傷つくわい!…とおぬしは」
どうやら私の言葉で少なからずダメージを受けたようだが、すぐにもう一人、翁を訊ねてきた少女を見て、驚いたように目を見開く。
「よっす!相変わらず酷い顔だな爺さん。元気にしてたか?」
赤毛の少女は、マイペースに挨拶を返した。
【3】
「おぬし、何故ここに来た。」
「何故って、そりゃアンタに頼みたいことがあるからだな。」
赤毛の少女を訝しみながら言の葉を紡ぐ翁と、それに対して飄々と答える
何やら雲行きが怪しい、見た感じでは翁が一方的に疎んでいるように見える。
あの、人の良い八方美人で通る翁が、だ。
「頼みごとと申すか、すでに魔法使いであるおぬしなら、大凡のことはできるであろうに。」
「いやいや、出来るっつっても向き不向きがあるだろ?特に私のは物理的な手法が主だからな。抽象的な術は苦手でね。」
向き不向き?万能の存在となったはずの魔法使いにもそんなものがあるのか。
「魔法にもいろいろと系統があってな。故に向き不向きが発生するんだよ。」
「そうなんですか。答えてもらってありがたいのですが、勝手に心を読まんで下さい。翁じゃあるまいし。」
「え、わしどういう扱いなの?気になるんじゃが」
「それになんでも出来るなんてのは、ただの夢幻さ。そんなことができる奴は、神さまくらいだぜ」
「なるほど、ひとつ賢くなりました。勉強になります。」
「おーい、わしのことは無視かい。というか扱い非道すぎじゃろ。」
「だまらっしゃい。そういうなら、何か使える情報もっと寄越してくださいよ。」
正直、今日初めて会った彼女のほうが有意義な話を聞けたのだ。
というか、これって魔法を修める上で基礎中の基本ではないのか?それなら、今日初めて聞いた私は一体…。
隣でこのやり取りをみて笑い声を上げる赤毛の魔法使い、やはり、私は遅れているのだろうか。
「それはともかくとして、頼み事というのはどんなものですか?」
「待たんか、勝手に話をすすめるでn」
「おお、お弟子さんは話がわかるな。実は」
「待てと言っておろうに!」
ついでに翁が、何故そんなに躍起になるのかもわからない。
それでも、
「別に話しくらい聞いても構わんでしょう。ということで、上がっていってくださいな。」
翁を無視して、そのまま客をもてなすことにした。
理由としては、彼女からもっと話を聞いてみたい、それだけである。
一度家にあげてしまった客についてはあれこれ言う気はないのか、一先ず翁の様子は落ちついている。
ため息をつきながら、
「後悔しても知らんぞ。」
とだけ残して先に行ってしまったのだが。
翁を訪ねてきた魔法使いの少女を、応接室へと案内する。
ただ、件の魔法使いは勝手知ったる仲と自称するだけあって、気兼ねなく果てには先導されながら、私の知らなかった置物だったり魔法具の説明も入れていた。
この家について私のほうが教わることが多いのは、きっと気のせいだろう、うん。
「それで、頼みたいことというのは?」
応接室にたどり着き、ひと段落した後に私のほうから要件を訊ねる。未だにへそを曲げている翁の代わりだ。
それに、向き不向きがあるといっても魔道を極めしものが助けを必要とすること、というのも気になる。
対して、相対する魔法使いは琥珀の瞳を爛々と輝かせ、気負いなく、そして妖しく微笑んだ。
「なに、一寸した人探しさ」
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