星宙に何を視るか?

「てオイ。俺のことを忘れんじゃねぇよ!」

 私と魔女で魔法談議に夢中になっていると、突然怒号が室内に響き渡る。

 その音源をたどって視線を動かすと、これまた珍しい来客の姿を見た。

「アースマンスマン、正直素で忘れてたわ。」

「今回は警部さんも一緒でしたかお久しぶりです。」

 すっかりと遅くなってしまったが、一先ず歓待の挨拶を送る。

 どうも熱中しすぎると周りが見えなくなる性質らしく、魔女も似たようなものらしい。

 その忘れられていた警部は慣れているのか一度深いため息を吐くだけで、そこまで気にしていないようだ。

 しかし本当に珍しい。魔女の来訪はもう日課になってしまったが、それ以外の客人がここを自主的に訪れるのは…

「もしかして、翁に何か依頼でもあるのですか?」

「まぁな。そこの薄情者に道案内を頼んでここに来たわけだ。早速で悪いが爺さんに会わせてくれないか?」

「ええ、わかりました」


 魔女が先程の『薄情者』発言に文句をつけているが、綺麗に流して警部は先を急がす。

 よほど急ぎの依頼なのだろう、ならば早く翁の耳に入れたほうがいいと判断して早速応接室へと案内して翁を呼びに行くことにした。

 手に持っていた魔術具一式をバッグに入れてそのまま抱えて翁の自室へ。

 と言っても先程の騒ぎで此方の様子に気付いていてもおかしくないから-

 と、思っていたのだが少し翁の評価を変動させなければならないようだ。

「ふむ、やはり自室に…いやどうせならみんなに見てほしいのう。」

 あれだけ警部が大声を出していたというのに、この翁まるで意にも介せず未だに配置で悩んでいやがる…!

 単に高齢で耳が遠くなって…はないだろうから、それだけ真剣に考えているということなのだがその集中力は評価に値するだろう。

 …その熱意が指し示す方向が明後日の方向へ向いていたとしても。


 そんな茶番は此処までにして、云々唸っている翁の注意を引くことに

「翁…いい加減にしてください!客人がまってます」

「ほ?嗚呼スマン、つい考えにふけってしまったわい。…して、またあやつか?」

「彼女も来ていますが、以前知り合った警部が今回の主賓です、急ぎの依頼みたいですよ。」

「ふむ、あいわかった。それじゃ行くとするかの」

 翁は椅子から立ち上がりコートを羽織って談話室へと急ぐ、額縁を片手に。

 まぁ、別に問題ないかと頭を切り替えて私も翁の後を追うのだった。



 そして応接室へ着くなり、警部は私と翁、そして魔女の三人を外に連れ出し自らが乗って来たであろう自動車へと詰め込む。

 話を移動中にしなければならないほど切羽詰まっているらしく、全員乗り込んだのを確認して早速車を発進させた。

 魔女はちゃっかりと助手席に座りすでに寝息を立て始めている。

 翁と私は事情を呑みこめていないため目を白黒させるしかない。

 てっきり魔女が事情を説明してくれるのだと思ったけど、彼女はすでに眠っていて代わり、と言うよりは依頼主で今運転中の警部が説明をするようだ。


「すまねぇな、二人とも。本当に急ぎなんだわ。」

「それは構わんが…危なくないかの?話しながらは」

「話しながらはそこまで難しくはないさ、ただ振り向くわけにはいかねぇからそこは勘弁してくれよ。」

「いえ、安全第一で結構です。ところで今回の依頼と言うのは?」

「ああ、まずはそこにある資料をみてくれ。」

 促されるままに目の前にある紙の資料を手に取り、翁と一緒に閲覧していった。

 どうやらこれは、最近新たに見つかった新興宗教組織に関するものをまとめたものらしく、依然の事件で発覚した『生まれ変わり』の宗派の名前が一番初めに挙げられていた。


「見ての通り一寸したブラックリストみたいなものなんだが、今回の依頼はそのうちの一つの検挙、その協力を頼みたいわけだ。」

「ふむ、それはわかったんじゃが…わしらが出る必要はあるのかの?証拠が足りない、と言うのならまずはギルドを頼るべきだと思うぞい」

「いや、それもあるんだがあんたらには最後まで付き合ってほしいんだわ。ちょいとワケアリでなぁ」

「ワケアリ、とはどういうことです?」

 私がそう尋ねると警部は資料のある頁までめくるよう指示する。

 そこまでめくってみると、そこには他の頁と同じで組織一つ分紙一枚で中に書き切れるだけの情報量が載っていた。

 そして、その名前には赤いペンで丸く囲まれている。

 まるで、と言うかおそらく最重要案件の一つだということなのだろう。

 名前は-


「「『星宙ほしぞらと共に歩む会』…?」」

 なんだこの一寸ほんわかとした、町内会みたいなノリの名前は。

 思わず脱力してしまう名前が明らかに危険を思わせるような色で囲まれているのは傍から見てもシュール、その一言に尽きる。

 しかし警部は至ってまじめな声音でこう続けた。

「それなぁ…すでに結構な数の同輩がやられているんだよ。」

「「はい?」」

 連続で翁と声がかぶるくらい、同時に驚きが音になって車内にこだまする。

 魔女はまだ眠ったままである、おそらくこのまま目的地に着くまで目を醒まさないだろう。

「やられた、と言っても別に死んだわけじゃない。ただその施設に行くのを極端に拒んだりわけわからないことを叫んでばかりで使い物にならなくなったりしてな。」

「それでただ事じゃないと察した警部は、私たちに応援を要請しに来た、そういうわけですか?」

 その問いに警部は軽く頷いてみせる。

「ふむ、それは確かにきな臭いのう。」

 


 さて、それじゃ聞いた話とこの紙面に載っている情報をいったん整理してみよう。

 まずこの資料に書いてある通りだと新興、とは言いつつもずいぶん昔に土台だけは成立していたらしい。

 祀られているご神体に関する情報は、調査に行った警察官が全員口を割らなかったため未確認。

 施設の場所自体も口を割らなかったが、幸いにも信徒の隠れ家だけは判明しているので人員を送り込むことはできるようだ。…いらぬ犠牲を強いるだけな気がする。

 まだ目に見える成果と被害が出ていないから、と言うのもあるのだろうけど。

 主な活動内容は不明、しかしその信徒たちが夜半に外に出て何事かをしている姿を近隣住民が目撃している。その名前の通り熱心に両手を掲げ星空を見つめていたそうだ。

 また御神体や教義に関してもまだ不明なものが多く目的に関しても未だ分からずじまいである。

 ちなみに今まで捜査に送り出し使い物にならなくなった数は二桁を越して久しいそうだが…


「これ、完全に藪蛇なんじゃないですかね。今のところ被害を受けているのは調査に行った警察官のみですし、それに名前からして宗教と断じるには一寸薄い気が…」

 そう問いかけると警部は渋い顔でいきさつを語りだす。


「もともとは動向調査のみで、白だと判明したら放置することになってたんだがよ。帰ってくる奴ら全員話しやがらねぇし、一部は精神病院送りだ。誰にも内情が分からないうえに返り討ちにされたとあっちゃぁ、警察のメンツのためにも素通りするわけにはいかなくてよぉ。」

「要は意地を張りすぎて、引くに引けなくなったわけかい。しょうもないのう。」

「そもそも警察官たちがいったい何を見て口を閉ざしたのか。それ如何によっては…と言うのもありそうですが、一番の理由がそれだと今から気が滅入りますね」

「お前らには縁遠い話かもしれないが、こちとら死活問題だっつの。政府命令だし、それに得体のしれないものが近くに潜んでるとしたら一般市民はおちおち眠れねぇよ」

「私はドキドキして眠れませんけどね。」

「それは魔法使いおまえらとガキどもだけだ、大人になると分からない以てのは恐怖の対象なるの。」

「いや、わしは別にドキドキはせんぞ?びくびくもせんが」


 いろいろと建前や方便があったとしても、此の組織の危険性が未知数である以上調べることには意義があるといえる。

 警部や国の思惑はどうであれ、一つ言えるのは今度はどんな話が聞けるだろうか、それだけが私の楽しみだということだ。

 …この先何が待ち受けているのか知らずに、一行は呑気にドライブを楽しんでいたのだった。



 そして以前馬車で向かった時よりも若干早く私たちは鉄の建造物が目立つあの町へと戻ってくると、ようやく魔女は眠りから覚めた。

 寝ぼけ眼をこすりながらあくびをして、まだ完全覚醒とまではいかないまでも状況の確認くらいは出来みたいだ。

 

「アー、お早う今どこだ?まだ目的地についてないんだろうけど」

「やっと起きたか寝坊助。そろそろつくからちゃんと目を醒ましとけよ。…何ならお前は帰ってもいいんだがな」

「冗談。死なれたら寝覚め悪いしな、アンタが捜査から外れるってんならとっとと帰らせてもらうよ。」

「お前は余計なことしでかしそうで怖いんだが、…一緒にいたほうが安全ってか」


 警部は諦念の混じったため息をこぼして話を切り上げる。

 魔女は勝ち誇った笑みを警部に向けた。

 お互い気のしれた仲ではあるが、そこまで信用はしていないらしい。

 互いの身の心配もしているのだが、どちらかと言うと両者共手のかかる弟妹の世話を焼いているようにも見える。

 見た目からしても歳のはなれている二人なのでなおさら…といったところだ。


 そんなやり取りがあった後、目的地へ到着する。

 街のはずれ、空き家の目立つさびれた区画の様だった。

 そこまで時間をかけずに車はある場所で停車した。

 今いる位置からだと建物の陰に隠れて車は見えない、それを考慮した位置なのだろう。

 警部は下りるように指示した後、出来るだけ静かにしてついて来いとジェスチャーを送ってくる。

 ここはもうすでに敵地だということか、指示通りに足音を消してついていく。

 どうも翁に弟子入りしてからというものの魔法関連の技術よりに消音技術のほうが成長している気がする。なりたいのは魔法使いであって盗賊ではない…ん?何か引っかかったような…。


 ともかく、警部に先導されるがままにやって来たのは、何の変哲もない一軒家だ。

 その近くにある角の陰に隠れて様子をうかがうことになる。

 家屋の窓からは優しい光が漏れ出ていることから中に誰かいるのは確定している。

「この家にいるのは成人男性が二人、両者共同じ時刻に外出していることから見ても同じ組織に属している可能性が高い。」

「…それはどうやって調べたんじゃ?」

「戸籍調べれば一発だよこんなもん、まぁ偽装の可能性もあるが…動いたぞ。」


 その言葉を聞いて調査対象の家屋に視線を移すと、扉が開け放たれ中から二人の男がおもむろに出てくるのが見えた。

 周りをぐるりと見渡して安全を確認した後、彼らは家屋の裏手に回り作業を始める。

「あれは…いったい何をしているんですかね?」

「分からん。あのまま集会所だかに直行すると思ったんだが…」

 単にこれから使う道具を取りに行っているだけかもしれないけど、どうにもきな臭い。

 しばらく音沙汰もなかったので、魔女はだんだんと我慢の限界が近づきついには一人先行して様子を見に行ってしまった。

 

 まぁ彼女なら大丈夫だろう、そう考えて他三人はこの場で待機することに。

 まだ呑気な空気が抜けていなかった私たちだが急いで帰ってきた魔女の一言で、一気にその空気を吹き飛ばすことになった。

「拙いぞアイツら…車を使う気だ!」

「-は?なんだってそんな高価なもんがこんなところにあるんだ!」

「しらないよ!そんなことよりもこっちも車を持ってこないと逃げられる!」

「ッ!一寸待ってろ、今からとってくるからな!」


 そして車を取りに駆け足で来た道を戻っていく警部。

 しかしこの間にも信徒たちは車の整備を終えている、そしてついに-

「あ、もう走りだしちゃいましたよあの人たち!」

「ええいこうなったら最終手段だ、頼んだチミッ子!」

 いったい何をしようと言うのか、そう私が問いかける前に魔女は私の首根っこをむんずと掴む。あれ、なんか既視感が

「ちょ。おぬし何をするつもりじゃ!?」

「安心しろ、今回はちゃんと安全装置つけるから。死にはしないさ!」

「安全装置ってな-」

 すべてを言い切る前に、風を切り裂く音が耳に入る。

 そして私は魔女の手により、宙を飛ぶ。

 思ったよりも空気抵抗を受けずきれいな弧を描いて私は苦も無く信徒が乗っている車の天井に着地した。

 どうやら魔法で風圧やら衝撃やらを緩和したみたいで着地時の音でばれる心配もなさそうだが…。

「この後、どうするんですか…」

 控えめにつぶやいた私の声だけが、無慈悲に車のエンジン音にかき消される。

 これからの展望がまるでこのそらのように真っ暗だと内心で嘆くのだった。

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