ばっど・どらいびんぐ・まなー

「存外に気持ちいものですね。車の屋上で風を感じるというのも-」

 今時速どれくらいだろうか、もう自転車で追いつこうとしてもおそらく離されるだけで終わるだろう。

 いや待てよ。翁ならもしかしたら走って…ないかさすがに、やりかねないって思ってしまう自身が怖いけど。

 さて、現実逃避もここまでにしてこれからのことを考えようか。

 思考の海に潜れるほどに余裕があるのは思ったより風が強くないのと、車の天井に張り付いているのが容易いからで、おそらくこれは魔女の魔法によるものなのだろう。

 まほうのちからってすごい()


 閑話休題

 ともかくどうにかしてこの状況を好転させたい。

 したいのだが、今回は一寸八方塞がりすぎた。

 あまり派手に動いて下の信徒たちに気付かれるのは拙いし、そもそも何かするためにはまず今車のとっかかりを掴んでいる手のどちらかを使うしかない=手を離す必要があった。

 いくら今は安定しているからと言って、走行中の車の天井で手を離す度胸は私にはない、飛ばされそうだし。

 行動ができるとしたら車が止まったあとになる。それはつまり彼らが目的地に到着した後ということになるわけだ。


 できることと言えば、車が止まった瞬間に急いで身を隠すことくらい。運転手が慣れていないからか一時停止程度なら今まで何度もあった。これからもあるだろうが…。

 どうせなら彼らの本拠地をこの目で確かめてからでもいいかもしれない。

 その前に翁たちが追い付いてくれれば助かるのだけど、そこまでは期待できないだろう。

 なら私一人でも真実に迫ってやろうではないか。


 まずは情報を多く仕入れていくことにしよう。そうすればできることも増えるはずだ。

 転げ落ちないように注意を払いながら、あたりを見渡す。

 信徒たちが行動を起こす夜の時間帯まで待っていたため、日が落ちて久しく視界は悪い。街灯もあるけど光量は雀の涙ほど、整備が行き届いてないのだろう。

 しかしこれなら車から離脱する時に音を立てなければ夜闇に紛れて隠れるのは容易なはず。


 車の中には二人の成人男性、彼らに見つかればただの子供は逃げ回りいつかは捕まる定め。

 だが今の私には武器がある、それもとびっきりの。

 男性二名くらいなら仕留めきれる自負はあるが、仕留めてしまっては手掛かりがなくなるし、そもそもあまり事を荒立てたくはない。


 それに…この秘密兵器は回数制限付きなのである。

 しかもそのほとんどが試用前で弾数も少ない。 これからのことを考えると今はとっておきたいというのが建て前で、一発一発作るのに手間暇かけたから無駄打ちしたくないというのが本音。

 ともかく限られた希望なのだ。


 世知辛いのが世の常なのはすでに体感済み、今ある手札カードをいかに使って進むかが問われたのは今に始まったことではない。

 なんだ、簡単なことではないか。

 そう言い聞かせて、車が完全に止まるのを静かに待つ。



 しかし得てして人生とは、予定外の事が起こりやすい。

 その理由は、大自然の意志やら強烈な悪意なんて大それたものの仕業ではなく、星の数ほどいるのではないかと言われる人の多様性からだ。

 まさしく十人十色な考え方や生き方は、かかわる人々のそれらと混ざり合い、複雑に事象が構築していくのだ。

 そうして生まれた事実や結果は、至極読みづらくなっていく。


 つまり何が言いたいのかと言うと

「てんめ、いつの間に張り付いてやがった!」

「オイ馬鹿止めろ、車体が傾いてるぞ!そのまま横に倒す気か!」

「ちょ、危ないですって。ひとまず落ち着きましょう!?」

 車が走行中に運悪く見つかってしまったのである。


 異常を感じ取った一人が、窓を開けて周りを確認。そしてばったりご対面してしまったのが運の尽き。

 気づいた一人が私を引っぺがそうと躍起になって車窓から身を乗り出し、そのせいで車体が変に傾いてしまい横転しかねない状態に。

 私は捕まえようとする魔の手から必死に逃れようと、反対側に逃げたことでようやくバランスのつり合いが取れているという感じだろう。

 ドライバーは車体の傾いているせいで、操縦が難しくなっているため集中せざるをえず。

 私も下手に追いかけてくる男を突き飛ばしてしまうと、バランスが崩れて横転しかねないとか、そも無事に落せたとして今度は自由が利くようになった運転手に振り落とされてしまうだろう。

 妙なところで均衡がとれてしまい、しかし少しずつだが私の不利な状況になりつつあった。


「安全運転でお願いします!」

「屋上に張り付いていたお前が言うなや!」

「先に降りろガキ!」

 ごもっともで。

 だがそんなことをすればたちまち置いて行かれるか、若しくは暴力に訴えられるか…どのみち私の未来は真っ暗だ。

 本当に魔法使いへの道は地獄だぜ…!

 …未だに抜けきってないのかな、後遺症。



 とかく捕まらないように牽制していると、どこからともなく何かが激しく振動する音が聞こえ始める。

 今私のすぐ前から聞こえてくるものに似た獰猛な轟きを伴って近づいてくるのが分かった。


「おいおい、なんだ。何が起こってやがる!」

「それはこっちが聞きた…え」


 明らかに車一台入らない細い道から突如としてそれはやって来た。

 車体を横に傾けて片方のタイヤを浮かしながら私たちが乗っている車の前に躍り出る。

 間一髪のところで避けることが出来たのだが、そのおかげで一瞬振り落とされかけた。

 私を捕まえようとした男は…その衝撃に耐えきれず外へと投げ出されてしまった、まぁあまり早く走れなかったのもあり死んではいないだろう。

 互いに車体の端のとっかかりを何とかつかめたおかげで大事には至らなかったが。

 乱入してきた車は器用にUターンして車体を戻し、追いすがろうとスピードをあげていく

 一体何事かと突然現れた車に視線を移すと何やら見たことのある形に中の人。

 -まさか。


「おーい、無事かえー?」

「助けに来てやったぜ、チミッ子!」

「少しおちつけ気が散る!」


 そのまさかであった。

 国から支給されたであろう立派だった車は、今や見る影もなくあちこちに擦り傷ができサイドミラーはあらぬ方向に曲がって、それはもう悲惨なものであった。

 それでも動いているあたりよほど高性能なのだろう。

 そんな姿になってまで助けに来てくれることに少し感動を覚えたのだが、すぐにそんな場合ではないと察した。


 そりゃ、マジで車から落ちる五秒前なのに、そんな悠長なこと考えている場合じゃないね、本当に。

 一先ず彼らは後回しにして必死に車の上によじ登る。

 運転手も仲間が完全にリタイアしたのを見届け、後ろから急速に追い上げてくる翁たちを視認すると同時にアクセルを全開まで踏み込んでいたのだ。

 そのせいで登り切る前に振り落とされそうになったが、何とか無事に天井上までたどり着き、振り落とされないように張り付くことに成功。


 そこまではいいのだがさてここからどうするか、運転手は後ろからの追手を振り切るのに必死で私のことは眼中にないだろうし、急な危険はなくなったと見て良い。

 かといってこのまま黙っているのも…?

 後ろから追い上げてくる車の様子が可笑しい、何かもめているようだ。

 どうしたのかと疑問に思うの束の間。彼ら、若しくは彼が行動に移した。


 突如後部座席の窓が開き始めてそこから翁が顔を出した。

 それだけでは終わらず、走行中に窓から這い出て私と同じように天井上によじ登ったのだ。

 そしてしっかりと二つの足で車の上に立つと、まるで何かを待ち構えるような体勢になって私を見据えている。………もしかして。


「跳んでそこまで来い、なんて言いませんよねぇ…!?」

 別に誰に向けた言葉でもないただの独り言だったのだが、翁にはバッチリ聞こえていたようだ。かなりいい笑顔でサムズアップしておる。

「あほかぁ!?んなもん出来るわけないでしょうが!」

 翁はそんな私の弱音を聴いてか聞かずか、急かすように両手を前後に動かしている。

 たしかに距離的に跳べる範囲を超えているが、翁たちが乗る車が追いかけてくる構図なので思った以上に距離は伸びるだろう。

 しかしそれでも間に合うかどうかまでは分からないし、少しでも横幅がずれてしまったら大けがでは済まされない。

 いやでも成功すればそれだけで形勢が完全に有利になるし…ええいままよ!


 ついでとばかりにしがみついた体勢のまま、拳銃を抜き魔弾を装填。あとはタイミングと位置を可能な限り調整する。

 これであらかた準備完了、そして最後に覚悟を決めて-

「きちんと受け止めてくださいね!」

 両手を手放し勢いよく飛翔した。

 後は野となれ山となれ、翁が受け止めてくれると信じて、最後の仕上げに移る。

 跳びたった車の下方、タイヤに当たるよう狙いを定めてできる限り撃鉄を引いた。

 魔術により軽量化されたとしてもその反動を完全に抑えきるなどできるわけがなく、ほんのわずかに距離を稼ぐことに成功したのかもしれない。

 そして失速し始める頃に翁の元にたどり着き、無事受け止めてもらうことに成功したのである。



 さて、今度は発射された弾丸の行方を追っていこう。

 発射された魔弾は三発、『的中』の刻印が施された弾丸は二発は地面に刺さり残り一発は見事目標を打ち抜くことに成功した。

 その結果、前を走っていた車は少しずつ速度が落ちて、最終的には観念して車を停車させる。


 こうして、夜半に行われた刹那のカーチェイスは幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る