誰も知らずに夜が明ける
【39】
私を抱えて、人間離れした速さで町を疾走する男。
そのあまりの速さに、浮遊感と若干の気持ち悪さを覚える。
そして状況の理解が遅れていることも不快感を募らせる一因だった。
流石に、そろそろ限界が-
「待て!!」
突如響き渡る声と共に何かが男の進路をふさいだ。
急停止せざるを得なかったのはわかるが、そのおかげで不快感がストップ高だ。正直、吐きそう。
そんな私を置き去りに話は進む、どこまでも。
吐き気をこらえて進路をふさいだものを見ようとすると、そこには先に犯人を捜しに出た冒険者の姿が。
彼は腰に提げていた剣を抜きこちらを、正確には私を抱える男をしっかりと見据えていた。
その瞳には状況を呑みこめていないのか、うっすらと困惑の色がにじみ出ている。
「貴方は確か、一か月前に配属になった巡査だよな。一体何をしているんだ?」
その問い掛けに男-巡査-は答えることはなく、代わりに自らの獲物であるナイフを構え直して、冒険者と相対する。
そして間髪入れずに相手の懐に飛び込みナイフを突き出した。
-私を抱えながら-
いったんどこかにおろせばいいものを、律儀に片手でわきに抱えて戦う意味とは…。
そんなに私を逃がしたくないのか、ならその理由は?
考察をめぐらそうにも冒険者と殺人犯の戦闘にさらされ、しかも巡査の動きは人間離れしすぎているためだんだんと頭から血の気が失せていくのを感じるばかり。
それもあと少しで気絶しそうなところで、小休止に入った。
巡査は消耗しているようには見えないが、逆に冒険者は目に見えて疲労とかすり傷が目立っている。
冒険者にはぜひとも買ってほしいのだけど、このままだと防戦一方だ。
その瞳には、まだ戦う意義を見いだせていないかのようにかすかに揺れていた。
まだ迷っているというのか。
ならその戸惑いの元をなくしてしまうまで。
状況の把握さえできれば彼がためらうことはなくなるはずだ。
だから私は-
「冒険者さん!この人が事件の-」
「ダマレ。」
すべてを言い終える前に、巡査によって口をふさがれてしまったが言いたいはほぼ伝わったはず。
まだ彼が犯人だと決めつけるには早いかもしれない。
しかし思い返せば、彼はことごとく事件にかかわる場所に姿を現す。
彼と初めて会った夜は誘拐犯から逃げていた最中だったし、二度目は事件が始まる前の灰色通りを巡回していた。
偶然と言えばそれで済んでしまうのだけど、さらに今回の行動とその手にある得物。
そのナイフは魔女とやりあっていた時、ひいてはその後私が捕まった時に使っていたものと酷似していたのを私は憶えていた。
それに、此処に来る前に魔女を倒してきているのだ。まだ死んではいないだろうが、害意をもって私たちに相対しているのは明らかだ。
だから、冒険者が遠慮をする必要などないのだと、それだけ伝わればよかった。
すると、どうしたのか彼は戦意を回復しただけではなく、その瞳を憤怒に染めギラリと巡査を睨み付けた。
「その話は本当なのか…巡査、貴方が一連の事件に関わっているというのは」
「…」
「沈黙は、肯定と見るぞ」
冒険者の最後通告を聞いても当事者はだんまりを決め込むのみ。
それで大体を察した冒険者は、今度は猛然と相手に攻め込んできた。
あまりの迫力に、私を切りかかろうとしているかの錯覚に陥り咄嗟に目をつぶってしまった。
それから数舜の後、鉄と鉄が勢いよくぶつかりあう音がなり、やがてこちら-私を抱きかかえる巡査-の動きも激しくなってくる。
それはつまり私自体が激しく動かされるということで、しかも小刻みに振り回されるものだからその不快感と言ったらたまったもんじゃない。
しかしそれも長くは続かなかった。
ついに冒険者の一太刀が巡査の肩を切り裂き、その影響で私を抱きかかえる腕の力も弱まる。
そして拘束が解かれほんの少しの浮遊感の後、私は無様に地面に口づけをすることになった。
自由落下に任せて受け身を取り忘れたため地味に痛みが残る、しかし痛がる暇などあるわけもなく急いで彼らとの距離をとる。
戦闘の巻き添えを食らわないだろうところまで下がってようやく彼らのほうへ視線を向けると、何やら様子がオカシイことに気付く。
巡査の顔は私が彼の背面に立っているので見えないのだが、深い一撃が入ったはずなのに倒れず微動だにしない。
そしてその先で対峙している冒険者の顔は、ありえないものを見たかのように口を開閉させていた。
「なんだそれは、なんで傷が塞がっていく!?」
巡査自身は何も言葉を発しないものの、その返答替りと言わんばかりに冒険者に切りかかる。
その所作は一太刀浴びる前と何ら遜色のない動きと威力で相手を沈めんと迫りかかるが、すぐ正気に戻った冒険者は間髪入れずに盾を構えて難を逃れた。
それでも、混乱から脱却しきれてないのかその動きは精細にかけていた。
傷が治る、と聞いて一つ思い出したことがある。
そう、一番最初に巡査に会った時のことだ。
あの時も逃げるために木片が食い込むほどわき腹に差し込んだはずなのに、保護されたときはケロリとしていた。
今回と同じように傷を治したのかもしれない、…と言うかあの魔法使いども回復魔術は使い手がいないんじゃなかったのか!
いや、もしくは-
「おい!聞いているか!」
「は、はい聴いてます!」
冒険者の呼びかけで、思考の海から現実に戻される。
今はまだ危険な状態であるということ一瞬忘れていた。
すぐに気を取り直して冒険者に視線を向けると、彼は斬撃の雨を必死に捌く姿が目に映る。
「そこで突っ立っていないで早く逃げるんだ!」
剣戟の合間を縫ってそう伝えてくる冒険者。
私は-
「-わかりました、御武運を。」
それだけ残して早々に去ることにした。
私が残ったとして何ができるわけでもない、逆に邪魔になるだけだろう。
護身用の銃も、魔女に預けた鞄の中だ。
それに誰だって自分の身が愛しいのだ、逃げれるのなら迷う必要がどこにあろうか。
せめてもと、逃がしてくれた恩人の武運を祈りながらその場を後にするのだった。
【40】
走って、奔って、一歩でも危険から遠ざかろうと路地裏を突き進む。
一刻も早く大通りへと戻りたいのだが、雑多であまり代わり映えのしない建物と道に惑わされなかなか行き着くことが出来ない。
しかも昼間だというのに辺りは静かで、人の気配がしないの不気味だ。
色々な事象が化学反応した結果なのか、後ろから何かに追いかけられているような幻覚が私に襲い掛かる。
しかしあれから時間も経っているから決着がついていてもおかしくはない、その如何によっては-幻覚ではなく現実である可能性もあった。
いったんどこかに隠れたほうがいいかもしれない、そんなことを考えてしまうあたりもう限界に近かったのだろう。
ちょうど、身をひそめることのできる一軒の家屋が目に映る。
大きさ的にはちいさな掘っ立て小屋といったところで、また鍵がかかっていなかったことから一時身をひそめるために使わせることにした。
もし、後を付けられていたとしたらという考えも、隠れ場所を決めた後にようやく至ったのだが、今更出て行くのも億劫で一先ずここで様子を見ることにする。
やがて外から誰かが走ってくる足音が聞こえてくる、いままで人の気配がしなかったことから緊迫した空気があたりを支配した。
その足音は偶然にもこの家屋の前で止まり、残酷にもゆっくりと扉が開き始める。
この時にはもうここに逃げ込んだことを悔やみ始めたが、それからすぐに家屋全体の内装を明らかになって息を呑むことになった。
巡査が家屋の明かりをつけ始めることで、だんだんと薄暗かった内装が鮮明に見えてくる。
まず初めに見えたのは大小さまざまなナイフがつるされているさま。
それらは最近使用されたようかのように朱く染まっているものがいくつかあった。
部屋の家屋の中心には人一人を横に寝かせることのできる作業台が、そこに敷かれているシーツには時間がたって変色しきった血痕がこれでもかと染みついている。
そして何より目を引いたのが、彼が大事そうに抱える瓶の中身だ。
「なに…あれ」
思わずそうこぼしてしまうのも無理はない。
瓶の中身は掌大のナマモノが溶液に浸されていて、ゴポゴポと泡が立っている。
全長のおよそ半分が頭部のような丸い物体で、手足・胴体がまるで付属品のように小さい。そして胴体からは紐状の体組織が一本蓋まで伸びて、そして蓋には通風孔の思わしき管が通っている。
その頭でっかちなそのナマモノは時折何かを求めるように手を動かし大きな瞳で何かを探して蠢いていた。
何故か、それを見ているだけなのに、ガリガリと、自らのナニカが削られていく幻聴が聞こえている。
巡査はそれを愛おしそうに見つめてから、また別の瓶を取り出しおもむろに開け始めた。
それの中身は痛々しい程に朱くけれどまだみずみずしさを保つ『人の
そしてそれを巡査は銀食器で掬い上げ、ガラス漏斗を使い管から瓶の中の化け物に与える。
すると、その化け物は狂ったように身を躍らせて悦びをたたえた。
胴体から生える一本のひもが胎動して何かを咀嚼しているようにも見える、そのナニカとはやはり今彼が与えている臓器其の物か、それともそこから栄養分のみを抽出しているだけなのか。
この世のモノとは思えない、生き物・そして光景に出逢ったワタシはいったい何を思いアレを見つめているのだろう。
何故、こんなにも悍ましい光景を記憶に焼き付けようと-
「おや、どうしたんだい…何?」
また現実からトリップし終わると、巡査の様子がおかしいことに気が付く。
『ア゛ー』といったような声として見ることもできない唸りを挙げるビン詰めの生き物へ何やら語りかける不気味で奇妙な絵面ではあるが、彼はまるでそれを理解しているように相槌を打っていた。
それが先程から、熱心に聞き入っているかのように耳を傾けている。
そして聞き終わったのか静かに瓶をおき、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
まさか…ばれたのか?いや、偽装は完璧なはずだし誰も隠れるところを見ていなかったはず…誰も?
確かに誰にも見られてはいなかった、でもそれは人に限定した話だ。
嗚呼、そういえばあの生き物は私が来る前からここにいたのだ、なら誰かがここに入ってきたことを知っていてもおかしくはない。…それだけの知性があれば、の話だが。
いやでも夜目がきくとは思えないし、そもそも今から出ていくこと自体無理だ。
必死に息をひそめて彼がどこかに行くのを待つしかない。
一歩ずつ、じらすようにこちらに近づいてくる巡査。
そして目の前で足音が止まり、何かを探す物音が上の方から聞こえる。
ガチャガチャと金属器を弄る音がしたと思うと、空からハサミが落ちてきた。
そのハサミは私が隠れている場所の近くに…あれなら届くかもしれない。
彼が治癒能力の持ち主だとしても、痛覚があるのは確実。
勝算はかなり低い、でもやるしかない。
息を整えて一気に武器の元まで走り寄る…!
「ああ、そこに隠れていたのかい。気づかなかったよ。」
武器に伸ばした手は、しかし届くことはなく。
その声が耳に届くのとほぼ同時に伸ばした腕を掴まれ、そして宙へと吊り上げられた。
「君のことだから、
「まんまとつられたわけですか…」
偶然使いやすそうな刃物が降ってくるなんて普通はありえないか、とにかくこれで一気に状況が悪化してしまった。
このままだとデッドエンド一直線だ、何か状況を打破出来得るものは無いものか。
時間稼ぎのために雑談を交えながら、必死にあたりを探る。
「…ところで、一つだけ質問いいですか?気になることがありすぎて、死んでも死に切れませんから」
「露骨な時間稼ぎだね、おれが付き合う必要はないんだが-」
「せめて一つだけ、あの瓶に入っている子の事を教えていただけませんか?」
「…あの子の事か?可愛いだろう俺の自慢の娘だ。」
「娘…ですか、正直性別なんてものがあったのかと驚きを隠せませんね。」
「そういうものだろう、子供と言うのはこれから自分というものを築き上げていくんだ。君だってそうじゃないか。」
彼は我が子をたたえるかのように生き生きと語っているのだが、論点がずれている。
そもそも性別云年より生物としての種は何なのかと聞いたのだけど。
さりげなく視点だけを動かしつつ話を続ける。
「彼女(?)、やけに独特なフォルムしてますね」
彼女(?)の入っている瓶を見やる。
巡査もその瓶に視線を移しながら口を開いた。
「なに、少し変わっているだけで俺たちと同じ人の子だよ。」
人…?あれが人だというのか。
正直未熟児の赤ん坊だってもう少し大きいし、何より人間の臓器などといったものを食さない。
確かにその容貌は人としての似姿をとっているが、私には決してあれが人間だとは思えなかった。
ただ彼があの瓶に棲む生き物に執着しているのが十分に分かった。
ならあれが危機に瀕したなら大きな隙を見せるかもしれない。
最近はこういった賭けになる事が多い気もするが、気にしている暇はない。
行動に移すのみだ。
まずは足元にあるハサミをとるように足を動かしてみる、があと少しで届きそうになるところでさらに上へ引き上げられてしまった。
「君はあきらめることを知らないのかい?」
「諦める、と言うよりは生き汚いといったほうが正しいですよ、この場合」
そんな戯言を互いに繰りながらも、少しでも距離を縮めるために、足を延ばしたり、靴が落ちる直前まで脱ぎ掛けたりと試行錯誤して見る。
そんな私をあざ笑うように、巡査は足元のハサミを蹴飛ばしてしまった。
あれでは、もう取れそうにない。
「あの、ちなみにこの後私はどうなるんですかね?」
「そうだね…残念だけど君には死んでもらうしかないかな」
「それは御免こうむります…ねッ!」
予備動作を最小限に足を振りまわし、机めがけて靴を飛ばす。
予想に反して飛ばした靴は少し高く飛びすぎたみたいだ。
机に当てて多少揺らすだけだったのに、あれでは-
ガシャンと何かが割れる音がする、その音につられて視線を向けると机の上にあった瓶が一つなくなっている。
否、それはなくなったのではなく机の下に無残な姿となっていた。
「あ、あ゛ぁ゛ぁあああぁ!」
巡査は悲鳴とも怒号とも似つかない雄叫びをあげたと思うと、私を放り投げてその残骸に元に駆け寄る。
予定とはだいぶ違うけれどこれ以上のチャンスはもう来ない、と言うよりも捕まった瞬間に無残な死体に成れ果ててしまうだろう
衝撃でせき込みながらも扉をあけ放ち、急いでこの場を後にした。
早く誰か助けてくれる人のところへ、でも今頼りにできる人の居所を私は知らない。
だから我武者羅に路地を進むしかないのだが、何かつまずきそのまま倒れ込んでしまう。
明らかに妨害するために置かれたと場所と高さに、一体誰がこんなことをと顔を挙げると
そこには-
「よぉ、無事だったかチミッ子。助けに来てやったぜ。」
傷だらけの魔女がそこにはいた。
【41】
「それはこっちのセリフですよ、と言うか足掛けはやめてください!」
「いやぁ、あのままだとそのまま素通りしそうだったし、緊急措置ってやつさね。…ところでアイツは?」
一寸した言い訳の後、魔女は真剣な顔になって情報を求めてくる。
そんな彼女に応えて、簡潔に情報交換をすることになった。
ここに来る前に冒険者とあったらしく、怪我を負っているが命に別状はないらしい。
ひとまず安心である。
対して魔女は私の話を聴くと、表情に暗い影が差した。
そのわけを聞いても何も答えてくれなかったがどうしたのだろうか。
「…そろそろ、おしまいか。」
「え?」
「いやなんでもないさ、それはともかくどこか近くに隠れときな」
魔女は何事かをつぶやいていたが、その意味を解することはできなかった。
魔法使いと言うのはどうも秘密主義が過ぎるとは思うが、そんなことより魔女の言ったようにどこか身をひそめるか一刻も早く翁たちと合流したほうがいいだろう。
気がかりと言えば-
「貴女はどうするんですか?」
「ン?アー、ここで
「ここは応援を先に読んだ方がいいと思います、一昨日苦戦していましたし、それに驚異的な治癒能力の持ち主ですよ?」
「つってもアイツらが来るのはまだかかるだろうなぁ、急いでたからアイツらに会ってないもの。」
「…マジですか。」
「マジマジ。まぁ何とかなるさ、何ならお前だけでも逃げていいんだぜ?」
気楽にそんなこと言ってくれるが、一人で逃げた先に偶然出会ってしまう可能性もあった。
なら一応の味方と一緒にいたほうがいいかもしれない。
「-いえ、此処で隠れて見守らせてもらいます。…負けないでくださいね。」
だから私は此処で魔女と事件の犯人の二度目の対峙を見守ることにした。
魔女は
「おう、期待してろよ。魔法使いの戦いってのを見せてやるから」
自信満々に応えて見せた。
昨日の苦戦ぶりから何故あそこまで余裕を見せれるのか、私には理解できない事ばかりが続くがおとなしく近場の隠れ場所を探してそこに身をひそめた。
それから魔女が自分の闘いやすいように自らをあえて路地の袋小路に身を置き、私の隠れ場所と壁を背にして立つと幅を狭めたり自らの血を地面にたらしたりと準備をすませた、そしてこちらの場所を知らせるために口笛を高々に鳴らす。
それから巡査がこの場に現れるまでそうそう時間はかからなかった。
今度は魔女の不意を打つようなことはせず、幽鬼の如き動きでゆっくりと彼女に近づく。
そして声が過不足なく届く距離まで来ると、巡査は口を開く。
「また、貴女か。どうして邪魔をするんですか」
それを聞いた魔女は、やれやれと肩をすくめながらこう応えた、
「どうしてって…何度も言っているだろ。お前に会って、悪いことだからやめさせるだけさ。どこまでだって追いかけてやるよ」
「やめてくれ、といってもきっと聞かないんですよね」
「ハハ、わかってるじゃないの。でもこれでおしまい。」
その言葉を最後にあたりの空気が一変する。
それを感じたのは巡査も同じようで、咄嗟に得物を構え戦闘態勢に入った。
巡査が構えるの同時にその足元が隆起をはじめ、鋭くとがった形になりながら彼へと迫る。
巡査は逃れるように後ろへ退避していくが追随するように、地面から巨大な棘が次々と生えてくる。
やがて退路を塞ぐように建物の終わりが壁に覆われて後退することさえできなくなると、今度は壁を蹴りながら魔女を直接叩きに行った。
生えてくる棘に軽傷を負いながらも巡査は確実に距離を詰めていき、ナイフを振りかざす。
それに呼応するように魔女は時計型の装置を懐から取り出し、構えた。
いつぞやと同じ光景、ただし今回は逃げ場が限られた状態。
魔女はその装置から特大の焔を生み出して、前方を隙間なく灼熱で埋め尽くす。
後方にいる私にまで熱風が届くほどの威力と範囲で放たれたそれは確実に巡査を巻き込みその身を焦がしていく。
それでも頑丈さゆえかそれとも治癒能力の賜物か、彼はまだ原型をとどめていた。
しかもまだ生きているようで息も絶え絶え、といったところではあるが確実に体が再生を始めていた。
あれでもまだ治癒が発動するということに軽く衝撃を覚えていたが
その間に魔女はゆっくりと近づき、彼の頭部に手を置いた。
そして何事かを小さくつぶやいた。
すると体の再生が止まり、まるで燃え尽きた灰のように風に吹かれて崩れてゆく。
崩れゆくなか巡査は-
「-え」
何故、と思ったころにはすべてを灰に帰し、彼はどこにもいなくなっていた。
「さよなら-」
魔女の優し気な別れの言葉だけが虚空へと響くのだった。
【42】
この街を騒がせていた連続殺人事件は犯人の消失、ということで一先ずの決着がついた。
と言っても文字通り犯人がこの世界から消え去ってしまったので、それを証明する手段がない。
一先ず事件の犯人が巡査であることを告げずに犯人をやむなく殺したとだけ伝えて、後は警察の方々に丸投げ、もとい一任することになる。
犯人の正体を伝えようとすると魔女がもう少し経ってから自分で伝えると言い張ったのでそちらも任せておくことにした。
犯人が本当に居なくなっている証明が誰もできない以上、当分の間は厳戒態勢が続くらしいが、犯人の失踪と言う形でお蔵入りの事件として後世に語り継がれる、かもしれない。
跡形もなく消え去りましたと言って、それで全員が納得するはずがないのだしね。
ただ警部だけはその話を信じるようだ。
曰く「アイツならやりかねん」と頭を抱えながらそう宣う。
後「せめて何か残してくれ」とも、証拠になり得そうなものを一つくらい残しておくべきだったとは私も思った。
だけど、魔女によって体ごと遺留品になりそうなものを焼き尽くし、錬金術の力か定かではないが魔術で体も粉状になるまで分解したので残っているわけがなく、私が訪れた部屋にあったものはすべてこちらの判断で丁重に破棄させてもらったので、何も残っていないのである。
結局、信徒たちの残党狩りと殺人犯の捜索(のフリ)を両方しなくてはならないとため息交じりにぼやいていた。
冒険者は魔女に聞いた通り重傷を負ってはいるが命に別状はなく今も療養中だそうだ。
後で聞いた話だが彼の妹がこの事件で亡くなっていたとのことで、だからこそあの入れ込みぶりだったのだろう。
翁は…あまり活躍できなかったことを根に持っていて、微妙に表情が暗い。
どちらかと言うとそれよりも、自分がもっと頑張れば被害者も少なくなっていたかもしれない、といった風に自分を責めているといったほうが正しいか。
当分じめじめとしていそうなので、一寸近寄りがたいがそのうち治るだろうと放置することに決めた。
そして-
「え?依頼完了と言うことで本当にええのか?」
「ああ、そういうことでお疲れさま。」
「調査の最中にでも会えたのかの?」
「バッチリな。いやぁ助かったよ爺さんが占ってくれなかったら探す糸口さえ見つからなかったからね!」
「そうか、ならいいんじゃが…ちなみに相手はどんな奴なんじゃ?」
「それは乙女の秘密ってやつさ。さすがに爺さんにだって教えることはできないなァ」
「む、むう。おぬしも頑固じゃからのう、…あい分かった。それじゃ依頼料をちゃん払っとくれよ?」
「わかってるって。ほら、これだけあれば十分だろう。…本当にありがとうな。」
事件も無事終わり、そして依頼もいつの間にか終わってしまったので今は荷物をまとめて懐かしの我が家へと帰るところだ。
出迎えは唯一暇を持て余している魔女のみ、他の面子は前述のとおり仕事が忙しかったり療養中だったりでこれなかったようだ。
魔女が翁に今回の依頼料の入った袋を手渡しながら感謝の言葉を述べる、翁はその様子を訝しみながらも袋を受け取った。
そして身支度を終えて、馬車の準備ができるまで待つことになる。
私や翁に依頼の結果を明らかにしないということは、何かしらの理由があるのだろうけど一つだけその探し人の心当たりがあった。
もしかしたら翁に聞かれたら拙い話なのかもしれないので、翁が帰り道の説明をしている間にそっと魔女に近づく。
「あの、もしかして今回の探し人って巡査さんだったんじゃないですか?」
そう耳打ちすると、少しだけ顔を強張らせて私を見つめた。
「どうしてそう思った?」
「昨夜と三日前の貴女と巡査との会話から、なんとなくそう思ったんですけど。」
まるで、此処に来る前に何度か会っているかのように話が進むのでもしかしたらと思っていたのだ。
どうやらそれは当たっていたようである。
困ったように頭を掻いて「そういえば聞いてたんだっけな」とこぼして、今度は私に顔を近づけてで見つめて口を開いた。
「それであってるんだが、翁には内緒な?」
「何でですか?それと貴女と彼の関係性とかも-」
「なんででもだ。お願いだから、な。あ、そうだ魔法を使うときのコツを教えてやるからそれで勘弁してくれ」
そう言って懇願してくるので、仕方なく交換条件を提示してくる
そのコツとやらも、本当にそれで使えるようになるのかと聞き返したくなるものだけど、それでもし一週間何もなかったからバラしてもいいという条件を付けたので呑むことにした。
間もなく説明し終えた翁が私を呼ぶ声がするので呼ばれるままに翁の元へと歩いていき馬車へと乗り込む。
翁も乗り込んだことでようやく出発の準備が整い、鞭の音がしてすぐに発車した。
後ろを振り向くと、ガラス越しに魔女が手を振って別れの挨拶をしているのが分かる。
「またそのうち、そっちにお邪魔するからよろしくなー!」
と別れと言うよりは再会を誓うものだったらしい、また彼女は厄介事を持ってくるというのか、今度はきちんと吟味して受けるかどうかを決めなければ。
それはともかく、いろいろとあったものの死ぬことなく無事に家に帰れることが出来て、ようやく安心といったところか。
「まったくじゃよ、端から気が気ではなかったんじゃからな」
「…、もう何も言いませんが端からというのはどういう意味ですか?」
「嗚呼、おぬし操られておったからおぼえてないんじゃな」
「操られる、え?」
「最初にあやつが訪ねて来た時に何某かの術でおぬしを催眠状態にしおったんじゃよ。それで半ば脅される形で依頼を受けたんじゃ。よほど探したかった相手じゃったのかな?」
あまりの事実に言葉が出ない。
さらに、余計なことをすると私に何をするか分からなかったから、魔女の見ている間は接触を避けていたそうな。
ここにいる間ずっとどこにいても命が危機にさらされていたことを知らされて、悪寒を感じながら今回の旅は幕を閉じたのだった。
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