epilogue

終われば、始まる

【0-1】

 あの鉄の街の事件から二日後。

 半日かけて我が家に到着しその日は疲れでそのままダウン。

 不思議と夢は見なかったが、そのおかげもあってさっぱりとした目覚めだ。実に清々しい。


 さて、疲れもばっちり取れたことだし去り際に魔女に教わったコツとやらを実践してみるとしようか。

 確か、『自分が本当にしたいことを考えながら魔法を行使する』だったか。

 何とも精神的で抽象的なアドバイスだ、と言っても藁にもすがる思いで実行する私も私だが。

 この『本当にやりたいこと』とはその場限りではなく、自分の本能が何であるかや、初めて魔法を直に見て思ったことを考えればいいらしいのだが…地味に難しい。

 普通に魔法が使えるようになりたいではだめなのか…駄目だからこその今の状況か。

 …本能的なこと、初めて、魔法に触れた時の気持ち…


 私と彼が出会ったのは、雪の積もる冬の真っただ中。

 吹雪に伴い家にこもるしかない日が長く続いたことにより、貸本の期限が迫り多少無理をしてでも返しに行かなければならない状況だった。

 普通なら親に頼んで返却すればいいのだけど、一寸した事情で頼むわけにもいかないのだ。

 これについては今は関係ないだろうから、思考の外へ放り投げて翁と出逢ったところまで記憶をたどる。

 唐突に声をかけられたかと思えば、自らを魔法使いと名乗り出るジジイに思わず面を食らったんだっけか。いや、どちらかというと危ないやつだとドン引きしていた気がする。

 でも、そんな疑心も彼がみせた不可思議な現象を目にした途端にどこかへと霧散していった。

 手のひらから現れたきらめく光は踊るように宙を舞い、さまざまな光を帯びて、分裂や集合を繰り返す。まるで妖精のように私や彼の楽しそうにくるくる回る。

 それは魔法と呼ぶには小さすぎる奇跡だったが、それだけで私は魅入られてしまったのだ。

 その綺麗な光に、その不可思議な現象に。

 私は心を躍らせ-


「-ウン?、嗚呼もうこんな時間か」

 つい物思いにふけりすぎて、時間の経過を忘れていたようだ。

 いつの間にか、日が暮れはじめて世界が闇に包まれようとしていた。

 と言うか昼の時間に翁は呼びに来なかったのだろうか、それともあまりに熱中しすぎて周りが見えていなかったのかもしれない。

 …まぁどうせ昼は薬膳スープとか、あまり腹持ちの良くないものだろうし別にいいか。

 まだ魔法の練習を一度もしていなかったことが気がかりだけど、先に未だ鳴り響く腹の音をどうにかしよう。

 夕食も近いから軽いものを選ぶ必要があるな…木の実しかないんだけど。

 温かいココアも一緒に淹れて少し贅沢に、これぐらいなら許されるだろうし。


 今朝はパンとミルクそれに野草のサラダだったから、夕食は…確か以前翁が狩ってきた猪の肉が残っていたはずだ。

 まだギリギリ腐ってないはずだから、きっと今日の食卓に並ぶことだろう。

 豪華と言えばその通りなのだけどできればきちんと味付けされたものを食したい、と思うのは先々日の魔女が作ってくれた料理のせいだ、きっと。


 あまり嘆いていても詮のないことなので、ココアを淹れて木の実をいくつか拝借して自室を目指す。

 行儀の悪いことだとは知っているが、空腹に耐えられず歩きながら木の実を口に入れていく。

 多少は空腹感も収まって来たので、また思考の海に潜っていく。

 私が魔法使いを目指したきっかけだったか。

 少し違う気もするが、おそらく問題はないだろう。



 あの時、魔法使いおきなと言う人物に会ったことで私の世界は劇的に広がった。

 今まで、空想だとこの世界から否定されていた魔法ものが私の目の前で披露されたのだから当たり前だろう。

 あの時までの私の世界は双子のあの子と共に暮らす日々だったし、大きく見てもやはり生活圏の外には伸ばすことはなかった。

 唯一あの子に協力してもらって、親に秘密で読ませてもらった本だけが私の世界を広げてくれたのだ。

 私にとって世界を広げるということは、新しい何かを知るということ。

 それは私の糧になってくれる、私に生きる意味を与えてくれる。

 だから、私にとって知るということは世界と自己をつなげるへその緒のようなもので、そうすることが出来なくなったらきっと私は-


 ガッという音が耳に入ると同時に、私の体が前へと崩れ始める。

 足のほうに衝撃を感じたのでおそらく何か躓いてしまったのだろう、考えることに没頭した結果当たり前の事だった。

 いつもなら「嗚呼、せっかくココアを入れたのに」程度で済むのだが、今回は状況が違った。

 私が躓いた目の前には私の宝たちが収まる本棚が佇んでいるのだ。

 このままだと、ココアで本が汚れてしまう。ただでさえ本に水気は厳禁なのにココアはさらにマズイ。

 この状況で私に出来得ることは何もないに等しいけど、それでも何か方法はないかと考えてしまう。

 あれだけは汚したくない。否


 たとえ地の力を捻じ曲げようと天運に逆らうことになってもそれだけは-

「-ッ!」

 重力を一身に受けてまっすぐ下へ、そう命令するように口から言葉が漏れ出る。

 私は受け身することすら忘れ、そのままみっともなく倒れ伏すのだけど何故かココアは言葉の通りに垂直落下して床のみを汚す結果となった。

「…は?」

 自分でそう命令したにも関わらず、その結果通りになったことで思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 しかしすぐさま気を持ち直して、本棚の無事を確認。そしてそこに収まっている全ての本の中身も汚れていないか念入りに見て回る。

 あの本はもちろんのこと、どれも先程の被害を被っていないことに一安心して、次はようやく先程の怪現象の考察に移る。

 と言っても私が危機を回避するために命令しただけ、それで何故かその通りに危機を回避できたということなのだけど-まさか。


 一先ず、ばら撒かれた木の実をみてあることを試す。

「…集まれ」

 結果、失敗。

 おそらく魔法を使おうと思っていたからだろうか。

 次に、雑巾でこぼしたココアを拭いて掃除を終えた後、翁から譲りうけた教本を手に取り。

 そしてしおりを挟んでいない、もう一度読みたい箇所を思い浮かべて、言葉を紡ぐ。

 すると教本は一人でに開き、パラパラと頁がめくられて私の期待通りのところで、止まった。




「-やったぁぁああぁあ!」

 魔法とも魔術とも言い難い小さな奇蹟、それでも初めて自分の手で成しえた業績に違いない。

 翁に弟子入りしてから苦節四年弱にしてようやく、やっとスタート地点に立てた瞬間である。

 成功の雄たけびを上げるのもやむを得ないというものだ。

 感慨にふけっていると、廊下の方から慌ただしい足音が聞こえてくる、どうやら私の歓声を聞きつけて様子を見に来たようだ。

「な、なんじゃ!?何が起きたんじゃ!?」

「見てくださいよ師父!初めて魔法に成功したんですよ!」

 そう言って、先程と同じように手を使わずに本をめくっていく。

 その姿を見て翁はほう、と感嘆の息を吐いたのち、なにかに気付いたように口を開いた。

「あ、あんまりやりすぎるでないぞ」

「何故です?この感覚が残っているうちにいろいろ試したほうが-」


 翁の諫言に異を唱えようと舌を回そうとすると、代わりに視界がぐるりと回った気がした。

 実際には目が回っていただけで動いてはいないらしいが、だんだんと気分が悪くなっていき

 最終的には体全体がぐらりと傾いていく。

「…ちと遅かったか、まぁいい薬にはなるわい。」

 翁の声がどこか遠くのモノに感じる。

 やがて目を開けているのもつらくなり、視界は真っ黒に染まってしまった。

 いったい、何が。

 そう翁に問いかけようとしても声がうまく出せない。

 体に不純物が入ったような不快感が時を経るごとに強くなって

「-まぁおめでとさん。そしてようこそ魔法使いの世界へ、なんての」

 起きているのにも限界が訪れる。

「-少し、急がねばならんのう」

 そして意識は途切れた。

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