第一章閑話

電波を受信してしまった者たち

ぼくのかんがえたさいきょーの(ry

 あのあと、思うように体が動かず三日三晩ベッドの上で過ごすことになったのだが、その間にこうなった原因を翁から教えられたり、ありがたい説教を享受されたりとそこまで暇を持て余すことにはならなかった。

 そもそも私はインドア派の本の虫だから、本さえあればずっと一週間は家にこもりきりでも退屈はしないんだけど。


 それはともかくとして、私が倒れてしまった理由はまぁある程度察しやすいものではあった。

 当初は魔法を使うための力が欠乏したため強制的に眠りに入った、わけではなく

 単純に、今まで感じたことのない力を使用したため頭のほうで拒否反応を起こして乗り物酔いに近い状態におちいった結果だそうだ。

 これ自体は用量と使用方法をわきまえつつ使用すれば、そのうち慣れてくるとのこと。

 ようやく、本当にようやくスタートラインにたどり着いたのだと思うと感慨深くなってくる。

 翁からも賛辞の言葉をもらったこともあり舞い上がるのも無理はないだろう。


 しかしその感動も束の間の事。

 師である翁から当面の間の魔法禁止令を出されたのだ。

 最初に使ったような声で行使する魔法は負担が大きくその療養目的もあるらしいが、元々月に一回だけしか使用を許可しないつもりだったようだ。

 何でも過度の使用は体に悪い、というのが翁の言い分だった。

 確かにその言い分はわかる、だからこそ私も翁の諫言を素直に聴くことにしたのだ。







 希望が見えてきたことで心に余裕もできたし、倒れてからすぐに再開するほど命知らずでも、ましてや死にたがりでもない。

 だがしかし、月に一回は少なすぎだろう?

 目の前に生唾もののご褒美があったとして従順な犬のように『待て』と言われてはいそうですかと納得できる人間がいるだろうか。

 -普通に考えれば、獣よりも人間のほうが理性も忍耐も兼ね備えているのだから待とうと思えば、人物次第ではいくらでも待てるのだがここでは無粋な話-

 それに人間、『見るな、知るな』と言わたほうが気になってしまうものだ。

 例え禁忌に触れようとも、それが自分の死期を早める行為でも。

 だってそのほうが燃えるじゃないか。

 と言うわけで翁から隠れて、夜な夜な魔法の研究に明け暮れる日々が幕を開けるのだった。

 …もちろん、自分の体調を鑑みながらだが。



 そんな日々がしばらく続いたある日の事。

 いつも通り夜が明けるとともに起床して、そしていつもの日課をこなしているときのことだ。

 翁が珍しく屋内でゆっくりと、しかし熱心に額縁を眺めている姿を見かけた。

 いつもならエネルギッシュに汗を流しながら自宅付近-どこまでが彼にとっての付近かは知らない-を回っている時間のはずだが、どうしたのだろうか。

 まぁ推論を並べるよりは、直に聞いてみるほうが早いか。

「あのー翁、何を見ているのですか?」

「む、おぬしか。いやな此れを見ていたんじゃよ。」

 おもむろに差し出された額縁に目を向ける。

 そこに移しだれたのは、いや描かれていたのは如何ともしがたい子供の様な絵だった。

 否、絵の出来は素人目から見てもなかなかなものだと思う。が内容が支離滅裂えまるで子供の描く絵を連想させる。

 その絵が収められた額縁を見せながら翁はこれまた理解を超えた言葉を紡いだ。

「この可愛い絵をどこに飾ろうか迷っているんじゃよ」

「はい?今なんと?」

「絵を飾る場所を-」

「そこではなくも少し前」

「可愛いじゃろ?」

 さもお気に入りの宝物を見せびらかす子供の様な声音で、あっけらかんと口にする。


 そして私はしばしの黙考にふけった。

 この絵を、可愛い?

 確かにこの絵には引き込まれるナニカを感じさせるが、それに付け足して不安を想起させるデザインだ。見ているだけで精神に異常がきたしそうである。断じて可愛いの一言で表せる代物ではない。

 そもそも仮にも、この絵を世間一般の美術品だと仮定するなら『可愛い』と言う評価は果たしていかがなものか、そこは普通綺麗だとか『幻想的』だとか他にもいろいろあるだろうけど『可愛い』は流石に…。


 翁の美的センスに一言物申したくなるのを何とか呑みこみ、さてどう帰したものかとまた考える。

 と言うかこれってもしかして結構昔に買い取った絵画なのか?翁が見つからないように自室にこっそり隠していたから現物を見ていなかったのだけど。

 まさかこんな絵のために野草オンリー週間を敢行する羽目になったのかと思うと今更ながらにふつふつと怒りが湧いてくる。

 いや待て、待つんだ。こんなところで怒りを爆発させたところで意味がない、下手を打ってこちらに付け入る隙を作るわけにはいかない。

 私にもバレると何を言われるか分からないことをしているので、強く言及することはできない。

 なので応えに困窮した挙句出てきた返答は


「…まぁうん、一体どんな気持ちで描いていたのか興味が引かれるいい絵デスネ。…どこでも似合うと思いますよ?」

 どこに飾ってもその個性は際立つ、ということである。いろいろな意味で。

 ともかくその絵画に関する諸々はすべて翁に一任することにして、私は自室にこもることにする。


 -後日、なぜかその絵画を玄関に配置することになって、来客のたびに玄関に悲鳴が聞こえるようになったとかそうではないとか…-


 そんな遠くない未来を幻視しつつも、私は私で自らの作業に没頭することに決めた。

 あの様子だと翁は丸一日配置場所を考えていそうだし、今なら私が何をしていても気づかないだろう。


 ク、ククク。ならば今から翁にばれるまでは私の天下。

 本当は翁が寝静まるであろう夜中まで待って魔法の研究を行うのだが、あの翁の腑抜け具合なら目を盗むのも造作ない。

 あれから体調が回復次第いろいろと試してきたおかげで、さまざまなことが分かったのだよ諸君。

 たとえば、魔法と魔術の違いについて


 どちらも外法を用いて奇蹟を執行するのは変わらない。それでは何か違うのかと言うとそこに技術が試させるかどうか。

 どういうことか、答えは単純だ。

 魔術の行使には奇跡を起こすための過程プロセスシステムに起こしてそこから綿密に魔力を制御・変換コントロールする必要があり。

 対象に魔法とは、膨大な魔力を糧に事象を改竄して過程や式を置き去りにして発動できるというものなのだ。

 前者は燃費の良さと式に異常が無ければ一定の結果は約束される反面、そこに至るまでの過程がややこしく若干応用性が欠けるのに対して。

 後者は、そもそも事象をおこすのではなく改竄するためその速さたるやまさしく光速、その応用性はまさに無限大アンリミテッド。ただし燃費が非常に悪くそうやすやすと使えない難点があるというそれぞれ一長一短があるのだ。

 個人的な好みとしてはやはり前者か。ごり押しと言うのは些かスマートではないからな。


 そしてもう一つは、以前に魔女からもたらされた魔術の系統についてだ。

 あえて魔法ではなく魔術と呼称するのは、系統分けされた技術として見ているということだが。

 魔法・魔術は大きく分けて6から7つあり、魔女がつかう錬金術に死霊術、そして精霊魔術のほかに新たにもう一つ書物の中から発見することに成功したのだ。

 昔、とある屋敷でもらい受けた書物のうち、本物の魔導書グリモワールが埋もれていたのだ。

 以前見た時ははただの戯書だと認識していたはずだが…まぁいい。

 その名も刻印ルーン魔術。字面だけであらかた予想がつく一品だ。

 物質に意味のある紋様を施して、その意味を全うさせる。平たく言えば『火』を意味する紋様なら燃えるし、『冷』を書けばその一帯がひんやりするといったところか。

 また、此の魔術にしかない特異な能力もあるのだがそれはとっておきの秘密なのだ。

 ともかく魔法か魔術かの違いでその行程はガラッと変わるが、その魔導書の一つに習って後者を選ぶことにする。

 まだその深淵へと至るには遠いが、此の魔術ほど実践に使いやすいものは無いと断言しよう。


 さぁ、括目して見よ、我が魔銃千篇の射手ディバーションシュルツ

 これはもともと私の愛銃ではあったが、そこにルーンを記すことによって一時的に魔法を付与されたモノへと進化したのだ。

 銃身には軽量化のルーン刻み重さと反動を軽減。

 また銃弾には小さなルーンを刻みことにより、その弾一つが魔弾となりそれぞれ多種多様な効果を発揮することが出来る優れもの!-威力が頼りないのはご愛嬌と言うことで-

 今までは足手まといでしかなかった私も、今この時をもって舞台へ上がる手段を得たというわけだ。


 ふ、フフフ、ククク…ハァ―ハッハ!」


 ガタン。

 不自然な物音が鳴る。

 何事かとそちらに視線を向けると-

「よ、よう。久しぶりだなチミッ子…あ、続けてどうぞ。」

「…ぎッ」

 -ぎゃぁぁあぁぁあー

 その悲鳴とも怒号とも似つかない叫びは森を超えて近くの街にまでこだましていたそうな。

 そんなことよりも、

「忘れてください、さっきのことはきっと気の迷いか何かだったんですだからどうか後生に…!」

 必死に魔女に口止めして、挙句足に縋り付きながら懇願する。

 その思いは届いたのか体を引きながら魔女は首を縦に振った。


「ま、まぁ気の迷いってのは稀によくある事だしな。魔法使いワタシタチには…うん?魔法の研究でもしてたのか。」

「そうですけど…」

「なんだ?いつもそんなに警戒して、なんかしたっけか?」

 魔女から目をそらしつつ、気づかれないように後ろに後退していたはずだがどうやらバレバレだったようだ。

「…貴女、自分で何やったのか忘れたわけじゃないですよね?翁から聞きましたよ。」

「アー…あれね、もうしないってば。そこまで切羽詰まった用事でもなしに、そもそも人に頼るのは性に合わないからな。」

 あとは久しぶりに顔を見たかった、と言うのもあるらしい。

 あの事件からはときどき翁に会いにきては会話を楽しみ、悪戯に精を出したりと普通の来賓客と同じ(?)ように楽しんでいた。

 翁も厄介事を持ってこないのなら純粋に彼女を歓待しているし、存外に仲は良いのかもしれない。

 私はと言えば、いろいろと危険な目にあわされたので少し苦手だったのだけど、まぁそろそろ折り合いを付けないとやっていけないような気がする。

 彼女を信じるわけではないが、彼女が来訪する間翁の陰に隠れているだけでは芸がないし、少しは歩み寄るのもやぶさかではなかった。

「ああ、それと」

「なんですか?」

 突然魔女が何かを思い出したように口を開く、少し妖し気に唇を吊り上げ次の言葉を放った。

「あんまりやりすぎるなよ、魔法の研究それ。後々後悔するぜ」

「嗚呼、それなら大丈夫ですよ。きちんと分けて負担を軽くしてますから。」

「ちなみに、どれくらいだ?」

「一日に決められた時間だけ、です。それ以上はできるだけ離れるようにしていますから。」

「アー、それは爺さんが決めたわけじゃないな。もう少し抑えとけ。」

 まるで自分の行いが無謀であるかのように、魔女は言葉を紡ぐ。

 でもそんなはずはない、確かに最初の頃は吐き気と頭痛に見舞われることも少なくなかったがそれもだんだんコントロールできるようになった。

 見極めも完璧だし何よりこのところ体調が怖い位に優れているのだ、これで管理がなっていないと言われても納得がいかない。


「意味が分からないって顔してるな」

「そりゃそうですよ。」

「まぁそうなるよなぁ…私もそうだったし、でもすでにその影響が出始めてるの、気づいているか?」

「…え?」

「まずひとつ、やけに体調がいいんだったな。まるで体に羽が生えたみたいにだろ?」

「ええ、貴女が読んだとおりですよ」

「それが第一症状、で次に一寸した感情の発露が現れるんだが…」

 そう言って魔女はニッコリと笑顔を作る、その笑顔は『もう分かってるよな』と言うことを意味しているのだろう。

 非常に、ひじょーうに遺憾ではあるが、その心当たりはつい最近と言うか今日の…。

 その笑顔の裏には『もし言うこと聞かないのなら-』と言う脅迫観念も入っていそうだ。笑顔は本来攻撃的なものとは誰が言ったことか。

「ハイ、ワカリマシタデス。ダカラ今回ノコトハゴ内密ニ」

「一夜の間違いってことにしてやるよ」



「ところで、もしあのままやっていたらどうなっていたんですか?」

「知らないうちに自己が書き換えられて、醜態をさらしつつ最後に行きつくのは-変態だ。」

「え」

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