いつだって収束は思わぬ形に


【37】

「ところで、一つ仕事とは関係のないことを聞いてもいいかな?」

「?ええ、いいですけど。」

 一体何を聞きたいのだろうか?

 彼に有力な情報をあまり持っているわけではないのだが。

 私が了承したところを見て巡査は一度口を開き、一旦ためらってから問いかけてきた。

「今の君の保護者、お爺さんのことをどう思っているんだい?」

「どう思っているか、ですか。…あの、いきなりで質問の意味がわからないんですが。」

 まさか翁に関する話が来るとは思っていなくて、その質問の意図を逆に聞き返してしまった。

 すると彼は微笑って、警戒する必要はないことを示してから口を開く。

「特に深い意味はないんだ。ただ親と離れてまで窮屈な思いはしていないのかな、て思っただけだから。」

 どうやら、こちらのことを気にかけてくれていただけらしい。

 善意の行動、というのは断りづらいものがあったし、そこまで秘密にするべきことでもないので正直に答えることにした

 …のだけど。

「えっと…。」

 なんて言えばいいのか、今更ではあるが答えに窮してしまった。

 それでも、なんとか言葉にしようと努力する。

「…変哲で、ときおり子供っぽい謎だらけのジジイ?」

「―いろいろと突っ込みたいところがあるけど、随分と手厳しいね。」

「とは言いますが、そう思うのも致し方ないんです。実物と長年過ごしてきたからこそ言えることですが。」

 彼は私の評価を聞いて苦笑いをこぼしているが、これに関してはなんと言おうと覆す気はなかった。

 賛同を得るために今までの翁との生活を、魔法という点をぼかして話した。

 それをきいた彼は微妙な表情のまま口を開く。

「でも、その話が本当ならあんまり保護者として向いていると言えないな。」

「まぁ、正直むいてないだろうなぁ、と言うのは同感ですね。」

「…それなのに、君はなんでそのお爺さんについていくんだ?」

「やりたいことがあるからです。」

「即答だね。でもそれは、そのお爺さんの下でなくても良かったはずだよ。」

「それは、どういう?」

 彼の言葉に疑問を持った私はまた問い返した。

 巡査は、私の目を見据えてその問いに真剣に答えてくれる。

「君はお爺さんの元で薬師の修行を受けている、でもその結果は芳しく無く未だに初歩も会得していない状況だ。」

「ウグッ。で、でもそれがどうしたと言うんです。」

「ごめん、バカにしているわけじゃないんだ。ただ、今なら潔く諦めて親の元へ帰れるじゃないかなって。」

「それはできません。…絶対にやりたいことだから諦めるなんて論外です。」

「それだけじゃない。君には保護者ではなく、師事する人を選ぶ権利も機会もあるはずだよ。お爺さんに固執する意味が、君にはないはずだけど?」

 まるで、眠気覚ましに頬を叩かれた気分だ。

 そう、魔法を習得するに至っては翁を師事する必要はないはずなのだ。

 自分でも翁のやり方は性に、体に合わないと思っているわけだし、出来るのならまた別の先達を紹介してもらえたかもしれない。

 若しくは今は厳しいけど、いずれ見切りをつけて翁の元を去り自力で探求する、という方法もあった。

 にも関わらず今まで一度もそのどちらの考えに至ったことがないのは可笑しい。

 一体…何故?

 必死にその原因について考えると、ある一つのどうってことない、しかしそれを認めるのはあまり嬉しくない答えにたどり着いて…しまった。

「…かもしれない、いやでも」

「ん、なんて言ったんだい?」


「…翁といるのが存外に楽しかったのかもしれない、そう言ったんですよ!」


 言った。

 思いを否定しきれなかったのが悔しかったのか、それとも魔法の会得より翁との生活を重視していた自分に腹が立ったのか分からないが、その言葉は勢い良く口をついて出てしまった。

 いきなり怒鳴られる形になった巡査は、少しの間だけきょとんとしていたものの、すぐにその表情は満面の笑みに代わり、やがて声を上げて笑い始めた。

「な、何です。そんなに滑稽ですかそうですか。それは良かったですねぇ、ええ。」

 恥ずかしさとやり場のない激情から自分でも何を言っているのか分からなくなっている。

 やがて目尻に溜まった笑い涙を吹いて彼は素直に謝った。

「すまない、ただ微笑ましくて。でもこれなら君の心配はしなくても大丈夫かな。…少し自分と重なって見えたから気になってしまってね」

 自分と重なって見えたという一言が妙に引っかかったものの、これ以上は藪蛇になりそうだと渋々同調するだけにする。


「…ええ、そういうことなんで心配する必要はないでs」

「おーい、いきなり大声出してどうしたんかの?」

 そんなことをのたまいつつ、なんの前触れもなく師父が現れた。

「ゲェッ師父!?」

「何じゃ、げぇとは失礼じゃの。あ、巡査殿今回はこの不肖の我が弟子を助けていただき誠に感謝しておりますじゃ。」

「いえ、ヒト…警察として当然のことをしたまでです。そんなに畏まらなくても」

 私を一瞥してホッと息を撫で下ろしたあと、師父は巡査に丁寧なお礼を述べた。

 巡査は、当然のことだと謙遜しているけど。


「…てそれはどうでもいいです!さっきの話はどこまで聞いてました!?」

「どうでも良くはないと思うが、…話?わしはつい先ほど警察署についたばかりじゃて。お主が大声で何事かを騒いでいるのを聞いて急いで駆けつけたんじゃけど」

 今来たばかり、そして私の大声で駆けつけたということは、扉やら窓やらで遮蔽物で不鮮明になっているかもしれない。

「ということは、何を話していたかはわからなかったんですね!?」

「う、ウム。」

 ただ念のため師父に確認をとって、ようやくこちらも胸をなでおろせた。

「…ム、そう言えばお主さっきからわしのこと…」

「何ですかジジイ若年性痴呆症ですか私は今もこれまでもこの呼び方以外は使ってませんよ」

「アレ!?格下げされてない!?」

「なんのことだがさっぱり分かりませんね。あ、一寸巡査さんと話がしたいんで外に出てくれますねありがとうございます」

「いや、わしなにもいってn」

 バタン、と強引に翁を締め出して今度は巡査に急いで向き直る。

 その勢いに圧倒されたのか、彼は若干後退りしていたがそんなことは気にせずにこちらの要求だけを話す。

「今日私が話したことは、師父にも他の誰にも一切他言無用でお願いします。」

「え、なんでだい?」

「オ ネ ガ イ シ マ ス」

「…訳がわからないよ、出来れば理由を教えてほしいな。」

 どうやらこれ以上の譲歩はする気はないらしい。

 力づくでなんて馬鹿らしい上に、そもそも勝てる気がしないので。

 誠に遺憾ではあるが潔く話すことにした。

「…師父に良いように思われるのはシャクなんです。」

「別に構わないと思うけど?」

「…あ~もう!変に伝わって態度変えられるのが嫌なんです、これでいいですか!」

「フフッそうか、わかったよ。誰にも言わないって約束しょう。」

「それではよろしく頼みますよ」

「ああ。…やっぱり…ぃよ」

「え?」

「何でもない。それじゃ、またどこかで会えたら」

 どこか釈然としないが、確約もできたことだし私も別れの挨拶を済まして師父、翁の元へと行くことにした。


「お待たせしました。」

「うむ、それじゃ行くとするか…お主もしかして熱があるのではないか?」

「…まぁ、多少あるでしょうけど。問題ありません」

 体を動かして問題ないとアピールすると、翁は私の額に掌を宛てがった。

 そして、少しの間そうしていると翁は手を叩いて口を開いた。

「多少、ではないのう。うむ、今日は帰ってゆっくり養生なさい。」

「え、ですよまだ今回の作戦がどうなったのか聞いてませんし」

「あの教会は無事検挙されたわい。詳しい話はまた後で聞かせてやるから今日はもう寝なさい。」

「嫌ですやですヤデスー。私だけ仲間外れなんて絶対許しませんからー」

「…お主、ホントにもう今日は休め。性格の軸がブレるくらいの熱とか命に関わる。」

 そう言って翁は私を負ぶさり、私がどれだけ反対しようがそのまま帰路についていった。

 そして、魔女の家で寝かされると翁特製調合薬を飲まされそのまま眠りについたのだった。


 -今日初めて、一人で町をまわることを赦された。

 それはつまり信頼されることだと思って気を良くした。

 そして気の赴くままに町を散策していると、薄汚れた通りへとたどり着く。

 そこでは人が人に値段を付けて売買されている人びとの姿があった。

 彼らは奴隷と言われる身分のモノだろう。罪びとや金に困ったものがなるものだと教わっていた。

 なのにどうして、幼い少女があそこにいるのだろう。

 彼女に到底悪いことが出来るとは思えない、それにぼろ布のような服を着せられている割には中途半端に清潔なのも気になる。

 だから、僕は-



【38】

 なんだろう、昨日とてつもなく恥辱に塗れた一日を過ごした気がするのになにも思い出せない。

 思い出さない方が精神衛生上良い気もするけど、なんだかもやもやするなぁ。

 …嗚呼そうか、結局昨日どうなったのかよくわからなかったからこう感じているんだそうに違いない。

 無理やり納得して、そのままあてがわれた部屋を出る。

 まず初めに目に移ったのは暗紫色に妖しく光る石を手で弄る魔女の姿だった。

 私に気付いた魔女はゆっくりと振り向き笑顔で出迎えた。

「オー、ようやく起きたかお寝坊さんめぇ!?」

 そんな彼女に出会いがしらのボディーブローを入れようとしたのだが、あと少しのところで横に跳んで交わされてしまった、…惜しい。

 彼女はいきなりのこんな暴挙に出たことが、そんなにおかしかったのか仰天した表情を顔に張り付かせたままだ。

「おいおい、寝起きにいきなりどうした!?私じゃなかったら避けれなかったぞ」

「何故か貴女を殴らなきゃ気が済まない気がしたんで。ええ、本当に重い当たる節がないんですが。」

「えぇ…てことは昨日の仕返しってわけじゃないの。てか熱で記憶トんでるのか」

「昨日、何かあったんですか?」

 本当に一部ごっそり抜け落ちているみたいでその部分が気になったから素直に聞いてみることにした。

 魔女は少し考えにふけった後、話し始めた。

「-アー…ウン。昨日な、怪しい集会所の調査をしたじゃないか。覚えてる?」

「…そこまでは、ただ何をしてどうなったのかが思い出せなくて」

「だいたい理解したわ。そうさな-」

 彼女の言う通りに解釈すれば


 怪しいことに違いはなかったもののどうしてても中へと入る許可を得られなかった、なので強硬手段として不法侵入して情報を得ることに。

 無事潜入に成功して早速調査を始めると、証拠になりそうなものをいくらか見つけた後に秘密の地下通路を見つけて、そこもついでに見て回ることにした。

 しかし運の悪いことに見つかってしまい一同逃げ回る羽目になった。

 逃げ回る最中、追手を二手に分散させることによって対処しやすくしようと私が二手に分かれようと提案したそうだ。

 そして証拠を追手に渡さないためにそれが入った鞄を彼女に渡して、半ば私が囮になるように別れたそうだ。

 そこからは伝聞て聞いた話だと、逃げる最中に流れのはやいドブに落ちてそのまま流されてしまい、追手を振り切ったまではいいもののそこで体力の限界がきて倒れたらしく、その状態で警察に保護された、らしい。


 …なぜか引っかかるものを覚えたのだけど魔女が

「行方が分からなかったところは推測に過ぎないから、多分そこじゃないか?」

 と口をはさんだ。

 それでもつじつまはあう、けどどうもしっくりこない。

 どしてなのかと思い悩んでいると、魔女はそんな私を見て乾いた笑みを浮かべている。

「まぁ、すぎたことを悩んでも仕方ないさ。それより昨日の調査結果のほうが気になるだろ?だからさっさと飯食って警察署に行こうぜ。」

 と魔女が急かすので流されるままに朝食をとって警察署へと向かうのだった。


 翁と魔女、そして途中で合流した冒険者ととともに連れだって警察署を訪れると、署内は今までに見ないほど騒然としている。

 事件の後始末に追われている、というには現場が殺気立っているしまた別の事件が起きたというわけでもなさそうだ。

 右往左往する警察たちの話に聞き耳を立てたところ、連続誘拐・殺人事件に関する単語がちらほらと聞こえてきた。

 いったい全体どういうことなのか、見当もつかず私たちが途方に暮れているとやがて警部が顔を出した。

「おう、お前らか。すまんな見ての通り猫の手も借りたい状態なんだわ。」

「いったいどういうことなんだ?事件の犯人は捕まったはずじゃないのか。」

 やれやれと肩を回している警部に、冒険者は詰め寄って事情の説明を要求した。

 その際の剣幕に警部は後ずさりながらも、先に落ち付かせようと試みる。

「まぁ、落ち着け。順に話してやるから…ここだと邪魔になるから外に行くか。」

 親指で外へとつながる扉を指して一緒についてくるように促し、警部は先に外へ出ていった。

 私たちも彼の後に続いていったん外へと出る。

 警部は外で煙草をふかし、一服しながら私たちを待っていた。

「さぼりの口実に私らを使ったのか?」

「んなわけあるかよ。休憩をはさむにはちょうどよかったけどな。」

 魔女が茶化すと警部は言い訳がましく反論する。

 彼らは古なじみであったためか、はたから見る分には楽し気にじゃれ合っているように見えた。


 そんな和気あいあいとした会話も

「そんなことより今どんな状況なのかを早く教えてくれ。」

 と間に割り込んで話を進めようとする冒険者の働きによって、中断されて本題に移ることになった。

 警部は煙草で一服した後、携帯灰皿にそれを放り込み話を始める。


「今朝がた、切り刻まれた女性の遺体が発見された。その遺体の特徴を見ると俺たちが追っていた一連の事件と同一犯の可能性が高い。」

 その言葉に衝撃を受けて私と冒険者は固まってしまった。

 魔法使いの二人は、予想だけはしていたのか動じる気配はない。

「あの…つまり私たちのしたことは無駄足だった、と言うことですか?」

「そんなことはない。違反行為をしていたのは事実だったわけで、それに奴らが通路代わりに使っていた地下-下水道ってのは盲点だったからな。犯人もそこを使っている可能性が高い。」

 私たちとしては空振りに終わったが、調査の進展に役立ったと喜んでいた警部。

 だったのだが、やがて頭を掻いて疲れたため息を吐いた。

「本当はこれを機に一気に解決まで行きたかったんだが、昨夜の件の後始末が異様に手こずってな。」

「何かあったのかの?」

「あの宗教の信者が何人かが難を逃れて隠れやがって、その残党探しに結構な人がさかれちまったんだよ」


 …言っていることの意味が分からない。

 そのままの意味ではなく警察の行動理念がどういうものなのか、ということだ。

 これには他の顔ぶれもそれぞれ思うところがあるらしい。

 その中でも冒険者は顕著に憤怒の色を露わにして、警部に詰め寄り胸ぐら掴んで、吠えた。

「何故だ!?信者どもの残党よりも殺人犯の方が危険だろう!」

「上の意向だ。残党狩りを優先すべきだ、とな」

「それこそ意味が分からない、今朝もまた犠牲者が出たんだぞ!次の被害が出ても静観する気か!」

「だがな坊主、信者共やつらをのさぼらせておくのも問題なんだよ。また布教されたらいたちごっこになりかねん。それに追いつめられたらアイツらだって何をするかわからん。人数によっては被害が今の比じゃない可能性もあるんだぞ。」

「…ッ」

 警部の言葉をきいて、納得はできないものの理解した冒険者は乱暴に胸ぐらから手を放し、そのまま反転してその場を後にしようとする。

「一寸待ってください、どこ行くんですか?」

「犯人を捕まえに行く。警察は当てにならないからな。」

「一人でか?あまり得策といえんのう」

「荒事には慣れてます、一人でも遅れは取りませんし別れたほうが効率がいいでしょう?ご老体」

 翁の説得に目もくれず、それだけ残して冒険者は人が行きかう街並みの中へと消えた。


 一人この場を去った後、緊迫した雰囲気のみが周囲に残ったが、このままで行けないと思ったのか警部がパンと手を叩いて話を切り上げ、これからどうするかを考えることになった。

 で、結局冒険者の言うことも一理あるということで少ない人手を有効に使うため別れて捜査に挑むことになる。

 昼の間なら大丈夫だろうということで、私も捜査に協力することになり初期のメンバーで手分けして町を回ることになるのだった。


【39】

 具体的には魔女が灰色通りで警部が一人で下水道・翁は工業地帯を、そして私は人通りの多く比較的安全な大通りを中心に見て回ることになった。

 午後にギルドの大衆食堂前で集合して情報交換する手はずとなっているけど、そう簡単に尻尾を掴ませてくれないだろうというのが、全員の考えているところだった。

 少ないながらも、既に警部以外の警察がこの事件の捜査に出向いているそうなので彼らをあてにするのもいいかもしれない。

 ひとつ気がかりなのは、先に探しに行ってしまった冒険者との連携ができない事か、こういう時に離れた人との手ごろな連絡手段があればとは思う。

 そんな可能性の話をしていてもらちが明かないので、早速行動を開始しようとは思うのだけど。

「いったい何をやればいいのか…」

 やれることと言えば周りに人への聞き込みくらい。

 なのだけど


「あの、聞きたいことがあるのですが」

「あら、どうしたの?」

「最近新聞で騒がれてる事件について聞きたいんです。」

「もしかして、警察官ごっこでもしているのかしら~?」

「え、いやそういうわけでは」

「あ、じゃぁ猟兵ごっこ?駄目よ~あんな野蛮なものに憧れちゃ。あなた素材はイイのだからもっとこう…」

「し、失礼します!」

 だとか

「すいません今回の事件についての話を-」

「なんだ、お遊びでそんなことしちゃいかんぞ。」

「いえ遊びではなくて-」

「まぁお前さんの年頃なら俺達みたいなのに憧れるのも無理はねぇ。よっしならとっておきの話を聞かせてやるぜ!」

「…」


 と道行く人すべてが子ども扱いしてまともに話を聴けやしない。たしかに子供ではあるのだけど。

 唯一よかったことと言えばごっこ遊びの協力をしてくれる人もいたことだろうか、おかげで世間話に近い些細なものもよく聞くことが出来る。

 例えば、真夜中になると地面から声がする-おそらく昨夜の件と関係がある-とか夜出歩くときは男物の服装で出歩くといい等々。

 今私たちの追っている殺人犯もすでに二つ名が流行っているそうで切り裂き魔リッパ-デモン霧先の殺人鬼ミスト・マーダーといった言葉遊びのようなもので呼ばれることが多いようだ。

 また民間でも新聞記者や自警団などが個人で殺人犯を追っている人びとがいるとのことだが、やはり結果は芳しくないらしい。


 まだまだ時間はかかりそうだと、一旦小休止をはさもうかとしていた時の事だ。

「おーいチミッ子。そっちはどうだー?」

 呼びかけられた声に応じて振り返ると、魔女が手を振りながら近づいてくるが見えた。

「あれ、どうしたんですか?」

「そろそろ頃合いかと思って早めに切り上げてきたんだ。太陽も真上に差し掛かっているし」

「…本当ですね、じゃあ行きましょうか」

 集合時間が差し迫ってたことに気付かず今までずっと歩きどおしになってしまった。

 休みは大衆食堂に行ってからになるな、疲れはたまっているけど我慢できないほどではないから魔女についていくことにする。

 黙って歩いていくことも出来たが、それだけでは味気ないと思った魔女は道すがらに何度も話しかけてくる。

 今回の成果だったり、今までの生活を根掘り葉掘り聞かれたり逆に聴かされたり。


 そんな彼女が腕を組んで何を考え始める。

「どうかされました?」

「いやな…うん。初めて会った時の事覚えてるか?」

 突然のことに何故、という疑問が湧いたものの正直に答えることにする。

「-そうですね。いきなり現れて『面白そうだから弟子にしてやる』でしたっけ、真に受けてはいませんが。」

「そうそうそんな感じだったな、割と真面目な話受けてみる気はない?」

「…冗談ですよね?」

 すでに師を仰ぐ人物がいるモノに其の提案は馬鹿にしているとしか思えない。

 実際当初あった時は面白半分で言っていた雰囲気だったが、今はうって変わって真剣な表情で首を横に振っている。

「自分で言うのもなんですけど、未だに魔法を使える予兆のない子供ですよ?」

「ああうん知ってる」

 突飛な話すぎて自虐に走ってしまったがどうやらそこが問題ではないらしい、即答されて心が折れそうになったけどそこも問題ではない。

「いやさ、お前と爺さんを見ていると弟子をとるのも悪くないかなって思ったんだ。あんな楽しそうな爺さん初めて見るしな」

「え、いつもあんな感じですけど。」

「お前が弟子になる前はもっと殺伐としてたよ、彼。それはそれでかっこよかったけどさ。」

 さらっと翁の過去を口にする魔女だったが、正直殺伐とした翁の姿なぞ想像もつかない。

 神秘的だったり、シリアスな空気を醸し出すのも極稀だというのにそんな時代があったと言われても混乱するだけだった。

 一先ず翁のことは置いておいて、今は魔女の相手をするほうが先か。

「-まぁ理由はわかりましたけど、少なくとも私である必要もありませんよね?すでに師匠もいますし」

 ある意味無茶な話だと魔女に説得を試みるのだけど、彼女にはあまり効果がない。

 なぜそこまで固執するのかと聞くと、彼女はとびっきりの笑顔を作って答えた。


「理由としては3つある。」

-1つ、自分で弟子を探すのは面倒くさい。

-2つ、今まで見ていた結果お前が気に入った。

 そこまではまぁ分からなくもない。

 けど3つ目を聞いて思わず目をむいた。

「-3つ、人のモノって魅力的に見えるだろ?だからほしい」

「いや、え、いろいろと疑問が絶えないですけど一つだけ、まるで泥棒の考えですよそれ。」

「ちがいない!でもそれが本心だしな。これに関しては嘘はつかないよ。」

「…ということは、私が翁の弟子だから、欲しいとそういうことですか。」

 そう言うと魔女は至極まじめな顔で頷く。


 まるで私のほうが付属品扱いのように聞こえるいい方に、怒ればいいのかそれを通り越して笑えばいいのか。

 ただ一つ言えるのは

「少なくともそれを聞いてはいそうですかと言う馬鹿はいないと思いますよ」

「そうか?もし私についてくるなら手取り足取り教えてあげるけど」

 もちろん魔法の使い方をね、と私に近づき妖艶に微笑む。

 しかし鞍替えするだけでそう簡単に発言するとは思えなかったのもあり

「すいません、今の生活で満足しているんで一緒には行けません。」

 とだけ答えた。

 魔女は一瞬だけ残念そうに顔をゆがませたが、すぐに気を取り直したようで笑顔で「別にかまわないさ」と返す。

 正直もっと粘ると思ったのだが聞いたところ、

「無理に誘って爺さんの怒りを買いたくない」

 とのことだった。

 よほど怖いのかそれとも嫌われたくないだけなのか、それは私の預かりしらない事なのであえて聞くことはしないけど、おそらく後者だと思われる。


 そうこうしているうちに食堂前についた。

 まだ時間に余裕があるみたいで他の面子は来ていないようだが、さてどうしたものか。

 と、ぐるりとあたりを見渡していると見知った人影が目についた。

「あれ、巡査かな…でも何しているんだろう。」

 てっきり警邏の最中かと思ったのだけど、今は警察服を身に着けていない。

 あの激務のなか一人だけ休みをもらえるとは思えないし、何より行く当てもなくさまっているようにふらふらと歩いてる様は幽鬼を思わせた。

「どうした、チミッ子?」

「ああ、一寸知り合いの様子がオカシイみたいで…ほらあの人です。あちらも気づいたみたいですね…?」

 指を指して彼のいる方へ魔女の視線を誘導していると、巡査もこちらに顔を向けてきた。

 ただ彼の様子が本当にオカシイ。

 こちらを見つけたと思ったらまるで親の仇で見ているかのように凝視して…そしてこちらに猛然と詰め寄ってきた。

「…え?」

「チィッ!!」

 そして目にもとまらない速さで、いつの間にかに手に取ったナイフで魔女に切りかかる、それを間一髪のところで自らのナイフで受け止め、吹っ飛ばされた。

 そして今度は私を一瞥すると、私を抱きかかえてそのまま路地裏へと走り去るのだった。

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