関係性の動物

異彩の瞳

asymmetry

【0】

 それはある冬の出来事

 この一帯ではめずらしくもない吹雪に見舞われて、家に閉じ籠るしかできない日が続く。


 如何な本の無視の私と言えどそろそろ晴れ晴れとした天気が恋しくなってきた頃、なにかが私の琴線に触れた。


「ん?さっき玄関口から物音がしませんでしたか?」

「ンー、わしには聞こえんかったのう…。もしかしたらお客さんかもしれんし…、ちょいと見てきとくれ」

「なんで私が」

「言い出しっぺの法則って知らんか?」

「いや全く。…はぁ、待たせるのも悪いですしイッテキマス。」

「すまんのう」


 たいして悪びれもしない一言を背に受けて、すごすごと玄関に急ぐ。

 正直、外に出れば肌寒い風が身に染みて、外出するにはいささか厳しいこの時期に、一体どんなばかが来たのか。

 そんな愚痴を周りに聞こえないようにつぶやきながら玄関の前にたどり着き、一呼吸つきながら表向きの表情を作って準備を整えれば、後は扉を開くだけ。

 とはいえ、こんな真冬の日に外の空気に触れるのは億劫だった、だから扉を開けるのをためらうのも仕方ないのだ。ウン。


 まぁあまり人を待たせるのも悪いと、意を決して扉を開く。

 予想していたより冷たい風にさらされて盛大に身を震わせた後、こんな日に尋ねてきた客人の顔を拝もうと当たりを見回すと-いない。人っ子一人も。


「-なんだ、ただの勘違いか。まぁこんな寒い中で外にほっつき歩くような馬鹿は-」

「-」


 ふと風に流されそうなほどのか細い声が耳に届いた。

 その声は何処か泣いているようで、まるで自分がここにいると激しく主張しているようで。

 

「そう、ちょうど足元くらいから聞こえ…」


 音源を辿るように視線を下に向ける。

 するとそこには-


「おぎゃぁ。オギャァ」

「-は?」


 自分よりもはるかに小さな命が、ヒトの赤子が暖かそうな布に包まれて捨て置かれていた。




 いくら自分で達観していると自負していても、今回の不意打ちには頭がついてこなかったようで-

 数舜石のように固まり、赤子の声で現実に引き戻されて今度は寒い玄関口を所在なさげにおろおろと見渡して。

 最終的には-

 

「し、師父ー!こっち来てタスケテ-!」

「なんじゃ一体…」


 無様に年長者に助けを求めることになるのだった。



【1】

「この時期に捨て子とは、ずいぶんと酷いことをするものじゃのう」

「口減らしというやつですかね。越冬するための十分な蓄えが出来なかったんでしょうか」

「仕方ないと言えば仕方ないんじゃが、もの悲しい話よの」


 安らかに眠っている赤子を囲んで一息ついた頃。

 今でこそこの翁も落ち着いているが、私がこの子を連れて店に来たときの慌てようと言ったら私よりも筆舌に尽くしがたい情けなさだった。

 閑話休題

 一先ず、以前流し読みしたことのある乳児の知識を総動員して寝かしつけて事なきを得たのだが問題はまさしくここからだ。


「で、この子どうします?」

「どうするって具体的にはどうするんじゃ?」

「そりゃ、孤児院なり知り合いに預けるなりですよ。このまま捨て置くのは拙いでしょう?」

「ほ、意外じゃのう。おぬしのことだからどこぞへと捨て置けくらい言いそうなものじゃったのに」

「人を血も涙もない悪鬼外道の類だと勘違いしてませんかね?一寸聞いておきたいんですが」

「そんなことはないぞい?チットモ」


 ジトっと翁を睨み付けてやると、器用に口笛を吹きながら視線を逸らされる。

 それだけでもいったいどういう風に見られていたかわかるというものだ。

 ただそれはそれでは癪なので一言反論でもしようか、という時に赤子の目が覚めたようだ。

 泣かれでもしたら面倒くさいことになる、そう思った私は必死にあやそうと赤子を抱きかかえると、ふと目があった。


「この子、目の色が左右違う。」


 今まで泣いているか寝ているかのどちらかでしっかりと見たのは今回が初めてだ。

 私に抱きかかえられ嬉しそうに微笑んでいる赤子の瞳は見間違うはずもなく、赤と緑の左右非対称な瞳の色をしていた。

 その双眸に、つい興味を惹かれてまじまじと見つめてしまう。

 その様をみてなのか赤子は面白そうに笑っている。

 少し異様な光景に突如翁が割って入り、赤子の瞳を見やる。そして「ほう」と感嘆の吐息を漏らして見入っていた。

 そして何か思い至ったのかふと、口を開いた。


「なかなかかわいい子じゃのう…」

「ってそれだけですか!?もっとあるでしょう、この子の瞳とか!」

「いやまぁ、珍しい双眸じゃがそこまで熱くなるものかえ?」

「だって見たこともない症例なんですよ!もしかしたら亜人とかその類の人種だったりも…」

「亜人て、おぬし…」


 私の一言を聞いて翁は、なぜか可哀想な人を見る目を私に向けてくる。

 解せぬ。


「いやだって、亜人なぞいるわけなかろう。」

魔法使いげんそうのつむぎてがいったい何をおっしゃるんで?」

「その儂が断言するんじゃ。いないと。いたとしてもそれは魔物以外か、それに準ずるものじゃろうな」


 そのとき、まるで自分の世界が崩れ落ちていくのを幻視した。

 いや、本当にただの比喩だったのだけれども。


「また一つ、夢が否定された…多種族あじんとの文化交友とかしてみたかったのに…。」

「こうして子供は大人になっていくんじゃよ…」


 無駄に慈愛のこもった声で諭そうとする翁に、少しの苛立ちを感じたので思いっきり足のつま先を踏み抜いてやった。

 ストレスの発散にはなったが全く気にも止められなかったのが悔しい。



「まぁ、そんなことよりこの赤子をどうするかが問題じゃろう」


 そう言って私が抱いている赤子を取り上げ本題に戻る。

 確かに、このまま放置しておいていいものではないから何も異論はなかった。

 そのためには改めてこの子に関する情報を集めることが先決だろう。

 そう思って口を開く。


「この子が亜人ではない、というのは理解しましたがではこの目は一体なんですか?少なくとも瞳が左右非対称になる民族なんて書物の中にもいなかったと記憶していますが…」

「わしも長い生涯の中で初めてじゃよこんなことは。少なくとも人種による個体差とはまた別のモノじゃろう」


 長く生きた師父にも見たことないということは、よほど珍しいということだ。

 それはそれで興味をそそられるが、翁の最後の一言から察するに-


「そうなるとこの瞳は病によるものだということですか。…これって私たちに伝染うつったりしませんよね?」

「おそらくのぅ。生まれながらに何かを患っていることはさほど珍しいことではないが、そういった類の者ではないはずじゃ。しかし…」


 翁はあえて口には出さないがこの瞳が捨てられた原因だろうというのは明白であった。

 魔法や幻想が否定されつつあるこの時代、この瞳を見て妖精か何かの先祖返りとでも思われたのか、それとも何らかの病気であると察して伝染される前に遠ざけられたのか。


「いずれにせよ迷惑な話です。私たちにとってもこの子にとっても。」


 深くため息をついて抱かれている赤子を見やると、やはりといっていいのか現状を理解できるはずもなく可笑しそうに笑っている。

 その様子をみて、翁は何かに気づいたようにふむと感嘆の声を漏らした。


「どうかしましたか、師父?」

「こやつ、魔導の適正があるようじゃ。」

「…マジですか?」

「少なくとも、目は良いようじゃな。辺りで漂っておる雑霊なりが見えとるようじゃし。」

「待ってください、何ですか雑霊って。今まで見たことも聞いたこともないんですが。」

「…そういえば、まだ一度も説明しとらんかったか。ふむ、そうなると-」

「おーい、師父-?一人で話し進めないでくださいよ。」

「…まぁ、どちらにせよこのままじゃまずいかの。ようし、決めたぞ。ワシは決めた。」

「なんですか藪から棒に。いや、やはり言わないでください嫌な予感しかしないので」

「いいや言うぞ、そしてお主が嫌だといってももう覆らぬ。ワシがそう決めたからの。」


 なんだかものものしそうに、もしくはやたらもったいぶって言葉を手繰る翁に一抹どころではない不安を募らせる。

 一応の抵抗はしたものの、いまの彼はその外見に見合う頑固な偏屈爺。にべもなく袖にされてしまう。

 此処まで来ればもう私にはどうにもならないので、観念して次の言葉を待った。




 そして師父から放たれた一言はやはりと言うか、どうあがいても私の厄介事の種になりかねるものだった。




「この子は当面、この家で預かる。お主、世話係たのんだぞ。」

 

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魔法使いは何を夢見る 啓生棕 @satoutuyukusa

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