きょうきにつつまれたなら 下
すでに相手には私たちが潜んでいるということを知られている。
ならば正々堂々正面から行くしかないだろう、翁と魔女だけ。
わざと場所を知らせるために発砲して音をたて、視線を集めたところに二人が姿を見せる。
これで幾分か注意をそらしたところで、私と警部はこっそり移動して件の生物を奪取する。
これがこの計画の主だった内容だった。
「おい、本当にやるのかよ。下手したら俺達に攻撃してくるかもしれないんだぞ」
「この場で唯一の公安兼正義の味方が何言ってるんですか。救助活動ですよ、最大の誉じゃないですか。」
未だに私たちの意図を理解していない警部がそんな弱音を吐いている。
それを私が叱責するという、どう見たって立場逆転しているがいったいどうしたのだろう。
公に出来そうにないのがそんなにショックなのだろうか、流石にこの生物を白日の下にさらしたらどうなるかわからないので遠慮してもらいたいが。」
「そこまであとのことが想像できるなら、なんで助け出そうって思考になるんだ…」
「あ、スイマセン声に出ちゃってました。…でも本当になんでしょうね、特にこの体の奥底から這い出る感情は…」
「それはぜってぇ恐怖とかそういうものの類だって、少なくともいいものじゃねぇ」
「ハハハ、まぁ大丈夫ですよきっと」
「微妙に会話が成立してないのが余計心配なんだが…」
そしてついに生物が囚われている籠の目前までたどり着く。
そのころ翁たちと信徒が接触してドンパチ騒ぎが始まっていた。
そのおかげで残っている信徒はあと二人、それに大きな音をたてても翁たちがいるところまで届きはしないだろう。
多少手荒な真似をしてもばれやしない、ならばと警部と二人示し合わして同時に襲い掛かることに。
ところどころ崩れていることもあり、武器に使えそうな棒状の廃材が落ちている、なのでこっそり拝借し
できるだけ音をたてずに忍び寄り背後まで移動が完了してから、手信号でタイミングを調。
3.2.1.と合図を送り一斉に信徒たち二人に攻撃を開始する。
まずは、背後か男性の急所めがけてきつい一撃を食らわせて体制を崩したところに丁度いい高さまで下がってきた頭に棒状の廃材を思いっきり振りぬいてみせた。
ガン、と鈍い音共に攻撃を受けた信徒は崩れ落ちそのまま意識を落とすことに成功する。
我ながらいい仕事をしたと悦に入っていると、今度はドスンと勢いよく倒れる音が聞こえた。
振り向くと倒れて気を失っている信徒とこちらに近づいてくる警部の姿を確認。どうやらあちらも無事なようだった。
「お疲れ様です警部、さて早くアレを助け出しましょうか」
「マジでやんのかよ…」
マジです、言葉に出すことはしなくとも行動で示すことに。
具体的には生物が囚われている牢を解錠しようとするのだけど、まず鍵が見つからなかった。
倒れている二人の懐を探しても、あたりをぐるりと見渡してもそれらしきものは見つからず、最終手段に訴えるしかない。
小さく息を吐き、腰に提げてある愛銃を引き抜く。そして今度は『熱』の刻印が刻まれた銃弾を全てシリンダーにこめて構えた。
両手で支えるように持ち照準を南京錠へと合わせて、引き金に指をかけて-
「お、おい…そいつは流石に-」
銃弾を放った。
一発、まだ錠はその形と機能を失わず続けて銃弾を打ち続ける。さすがにこれだけ大きな音をたて続ければすぐにばれるだろう。
でも、構うもんか。
きっと翁たちがひきつけてくれるだろうし、ならば私は自身の役割を務めあげなくてはならない。この生物の奪取と言う役割を。
それは今までに憧れていた、寝物語の登場人物にでもなった気分で実に清々しい。
アア、ナンテ甘美ナンダロウカ。コノ不思議ニミタサレタ世界ハ-
「いい加減やめろっつぅの!もう鍵が壊れてんだ。」
「-え、あ本当だ。スイマセン興が乗っちゃいまして」
いつの間にか、牢を守っていた南京錠はその役割を放棄して地面へと転がっている。
銃弾の痕は今でも高熱を発して真っ赤に光り、砕けるようにではなく形が崩れるようにして壊されていた。
ふと、残弾数を確かめてみると、込めていた弾丸が一発も見当たらない=6発全弾打ち切ってしまったようだ。…これは痛い、費用的に。
ともかく感傷に浸るより先に行動に移した方がいいだろう、これで奴さんにはもう一組いることはバレているだろうし何人かこぼれてこちらに寄ってくるだろう。
案の定二、三人がこちらに戻ってくるのが見えたので急いで牢の扉を開いて、生物の手(?)をとりこの場を後にしようとする。
その時だった。
その手に触れた瞬間、生物から得体のしれない声が辺りに鳴り響く。
それを聴いた瞬間、頭を金槌で殴られたような衝撃に見舞われたが何とか意識を保ち続ける。しかし次にその声を聴くことになった警部は、途端に頭を抱えてその場から動かなくなる。
そしてその後ろに迫ってきている信徒たちも同様に奇声を挙げて狂いだした。
考えなくてもわかる、明らかにこの鳴り響いている怪音が原因なのだろうと。
このどこか規則性を含んだ理解しがたい音の羅列、だというのにその怪音は私に何か伝えようとしていることだけははっきりわかった。
しかしこの言語処理が限界に達したのか、それとも理解しようとすることに拒否反応が出たのかそれは定かではない、がそれは私や警部たちが受けるには刺激が強すぎたらしい。
私はまだ、なぜか動けるくらいには余力が残っているため状況の打破に向けて行動を開始する。
翁や魔女はまだこちらに向かってくる様子がないし、他の奴らは正直使えそうにない。少なくとも今回は私がきっかけを作ったようなものだからその尻拭いくらいはしないと。
まるで、いやもしかしたら本当に子供が喚いているだけなのかもしれない。
言葉が通じないはずなのに、なぜか心のどこかで共感を覚えてしまうのは、私もまた子供だからだろうか。
一番手っ取り早いのは、手に携えた銃で威嚇射撃することかもしれない。それが最善であるかは別として。
此の個体は見た限り戦闘に適さない貧相な構造をしている、いまの精神攻撃紛いの咆哮だって殺傷力を持たないことからもうかがえた。ちなみに近くに居た信徒たちは発狂して泡を吹いて倒れているが、息はしているので問題ないだろう。
結果的に私たちがダメージを負っただけで危害を加える気はなかった…と言うのは流石に楽観的過ぎるかもしれない。
それでも、一度くらいはそんな希望的観測にゆだねてみる価値はあると、なぜかそう思えてしまった。
耳鳴りと頭痛に悩まされながらも、今度は生物を刺激しないようにゆっくりと前方に移動して頭を撫でる。
何を話せばいいのか頭では判断がつかなかったのに、なぜか自然と体が動いたのだ。
それはきっと、翁と出逢う前に幾度かされた覚えがある中で一番落ち着いたことのある所作だからかもしれない。
あの時の感覚を思い出しながら優しく、さらりとした肌触りの頭部を撫でていると、だんだんと声量が小さくなっているのが実感できる。
やがて落ち着いてきたのか小さく鳴くのみになり、そのころにはあれほど深刻だった頭痛もなりを潜めていた。
体の自由が利くようになり気持ち的にも余裕ができたので、あたりに視線を這わせてみると、少し遅かったのか警部とこちらに近づいてきた信徒たちは顔から突っ伏して小さく唸り声を挙げている。
一先ず息はしているみたいなので心配はなさそうだ。
それじゃぁこの後どうしようかと別の意味で頭を痛めていると、今度は翁たちの呼びかける声が聞こえる。
どうやら彼らは気を失うまで至らなかったようだ、きっと遠くにいたおかげでそこまで影響を受けなかったのだろう。
「おぬし何をしてたんじゃ」
「連れ出そうとしたときに一寸怖がらせちゃったみたいで、でももう大丈夫だと思います」
翁たちが近づいてくるときにも若干体を震わせていたがけど、多少警戒心を見せているだけで先程のように喚き散らすことはない。
「アー頭痛よりも耳鳴りのほうが深刻だァよ…て近くで見てみれば殊更に奇妙だな。」
魔女が興味深げに、まじまじと生物を観察すると視線に耐えられなくなって私の陰に隠れてしまう。
肝心の彼女はなおさら興味を惹かれて脇から覗き込みそれから逃げようと生物は私の周りをぐるぐると廻っていく。
徐々にうっとおしくなってきたので魔女にちょっかいをかけるのを止めさせてこの場を収めることに。
一応は言うことを聴いてくれたものの、彼女の目はいまだに獲物を見つめる狩人のそれに酷似したままだ。
これ以上は私がどうこう言っても聞かないだろうと些事を投げ、今度は翁に目を向ける。
「それで、いったいこの後どうしましょうか?」
「ふむ、肝心の警部はまだ伸びたままだしのう。…そもそも警察に預けるのも避けるべきか」
「じゃぁさじゃあさ、コイツ私がもらっていいか?」
魔女がそう身元の引受をかってでると、私の影に隠れながら勢い良く首を横に振り始めた。
彼女についていくのは何がなんでも避けたいらしい、というかなんとなくわかってはいたが私達の言葉はあらかた理解できるようだ。
その返答に魔女はしつこく食い下がったものの、結局大きく肩を落としたがそれ以上の無理強いはすることはなく、おとなしく引き下がった。
「どうもこちらの言葉を理解しているフシがあるモノの、一方通行で分からないのがネックじゃのう。」
「それなんですが。思い当たる節が、一つだけ。」
そう私が意見すると、他の二人も静かにこちらの意見を聞く姿勢を見せる。
なので私は率直に思ったこと、感じたことをそのまま言葉に表して口に出そうとした。
そのおかげで少ししどろもどろになってしまったが。
「たぶん、なんですけど。親とはぐれてしまったんじゃないか、と思うんです。…此の個体だけしかいないとは、思えませんし」
「ふーん…でもそれってコイツがまだ幼体だって決めつけているようなもんだろ?もしかしたらただ臆病なだけだったりとかさ」
「いえ、十中八九子供です。断言してもいい」
「ふむ、おぬしがそこまで強気に出るのも珍しいのぉ。たしかにそう言われてみれば見えなくもない…か?」
「きっと、どこかに親、若しくは同族がいるはずですから彼らに居場所を知らせることが出来れば…。」
「今回の件はめでたく幕引きってーわけか、まぁそっちの方が無難かね。あとはその手段だけど…こういう時こそ爺さんの出番だな!」
そう言って魔女は、翁の背中を強く推した。
確かに翁なら彼らの住処を特定することも可能だろう、おそらく。
彼もその考えに至って、早速お得意の占術を披露し始める。
それからしばらく経たないうちに、何かを掴んだのか眉根を一瞬だけ釣り上げ、空を見上げた。
「どうかしましたか?」
「いや、それがのう。…うん?コチラに近づいてきおる」
「は?近づいてくるって…」
―一体何が―
そう続くはずの言葉は、最後まで紡がれることはなく。
突然魔女は身構えて、私にしがみついていた生物は嬉しそうに鳴き始める。
そして遅れはしたものの、私にもようやく異常が感知できるようになる。
近づいてくる威圧感が口を噤ませたのだ。
思わず固唾を呑んで、接近してくる威圧感の本体を待つ。
それは私達のはるか上空から異質な存在感を放ち、光を発しながら近づいてきた。
光量はだんだんと大きくなり、風が一帯に凪ぎ始め。
それからすぐにその全容が明らかになる。
「空飛ぶ…舟?」
空を移動する飛行機と言うものがすでに存在しているのは知っている。
だがそれはまだ理論上可能で、今まさに実用化に至ろうとしているところだ。
だというのに、今目の前にある物体は目算であってもどう支えているのか分からないほどの重量を有しているのが分かり、なおかつそれが私たちの頭上を滞空し続けているのだ。
そもそも楕円状の、飛行に適さないボディでどうやって浮いているのか。
明らかにこの時代にあっていいものじゃない。じゃああれは何なんだ?
その疑問はこの場にいる誰もが思ったことだろう。
否、もしかしなくても私のうしろから出てきた生物なら何か知っているはずだ。ただし、彼の言葉を理解できないためその答えに行き着くことはできない。
その場にいた三人、全員がこれからどうなるのか見守っていると、舟(?)の中心部から光が現れて-
◆◆◆
「アー、なんだ?頭が痛い。ガンガンする。」
「ぬぅ…と言うかここどこじゃ?何してたんじゃっけか。」
隣でしきりに頭をかしげている魔法使い二人、かくいう私もどういうわけかこれまでの記憶がおぼろげだ。
それでも必死に考えを巡らしていく。
「警部の依頼を受けてここまで来た、はずですよね。…とその肝心の警部は-」
件の人物は程よく近い地面の上で綺麗にのびていた。
何か悪夢にでもうなされているのか苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
そこから視野を広げてみると、似たように地面に突っ伏した大人たちの姿を確認できた。
「…状況から考えて、倒れている人たちは依頼にあった違法宗教の信徒たちでしょう。なんで警部と仲良く倒れているのかはわかりませんが」
「だろうなぁ。まあいいや、ともかく依頼は完遂したんだ。警部起こしてこいつら締めあげようや」
これ以上考えることを止めた魔女は、警部に近づき乱暴に揺り動かす。
しばらくの間夢から覚めなかったが、しびれを切らした魔女に踏みつけられるとつぶれたカエルのような悲鳴をあげながらようやく意識が覚醒したようだ。
「お主…さすがにそれは」
「きちんと手加減してるから大丈夫だ。ほら、
「ぐ、お前なぁ。…おい、あのヘンテコ生物はどうした?」
「なんですかそれは?」
「いや、あののっぺりとした風貌の薄気味悪いやつだよ。あれほど執着してただろうが」
そんなことを言われても、
「…おまえさん、疲れてるんじゃよ。この仕事が終わったらゆっくり休みんしゃい。」
「アー、ちょっと打ちどころが悪かったみたいだな。スマン。」
「いや待て、本当にいたはずなんだ!てかお前らどうしたんだ!?」
翁と魔女が労るように声を掛けると、それに反発するように警部は声を荒らげた。
その様子から、少なくとも嘘を付いているのではないとはわかるのだが…
「仮に、ですよ。」
「あん?」
「それが真実だとして、本当にいたのだとしても、やはりそんなものはいなかったと認識していたほうが無難だと思いますが。」
まだ私だけが記憶にないのならいい。
それが翁と魔女といった腕の立つものにまで影響を及ぼすのなら、警部の言うそれは私達が対処できる範囲を超えている、気がするのだ。
普段の私なら疑問に思って解明しようという気概を持ち合わせるはずなのに、これに関してはあまり気にしていないこともあって乗り気ではないのも多分に含まれている。
おそらく、突き詰めていこうとすると藪蛇どころではない何かに出くわすだろう。
その場に居合わせた三人も何となく察していたようで、この話は空中分解するようにきえさっていくのだった。
で、ここからがこの事件の後日譚だ。
今回の件で無事一斉検挙に相成った『星を視る会』は、ちょうど儀式のさなかの逮捕劇だったため言い逃れできるはずもなく強制解散、及び関係者の拘留となる。
狂信者のごとく、時折意味不明の弁解をして事情聴取を遅らせていたりと、まだ警部が心中穏やかに休める日は来ないようだった。
なお、彼らが使っていた廃墟は今回の事件を受けて正式に取り壊すことになる。
今のところ工事は順調に煤でいるとのことだった。
魔女はこの事件のあと、パッタリと訪ねてこなくなったかと思うと、それから二年ほど立った頃にひょっこり姿を表す。
傍らに2匹の大型犬を連れて。
何でも「借りを精算してきた」らしい、犬はその副産物だそうだ。
そしてその時にもまた一悶着あったけれどそれは別のお話。
肝心の
「それ、本当に玄関に飾るんですか?」
「勿論。折角のいい絵じゃから、多くの人に見てもらいたいからの」
「客から苦情が来ても知りませんよ。」
「何故じゃ!?こんな可愛いのに…」
「いやだから、この混沌じみた絵画を可愛いの一言で済まさないでください。全く前回の依頼の時もそうでしたけど―。」
「はて?そんなことあったかのう。」
「何をボケて…あれ?」
確かに言った覚えはあるのに何に対しての発言なのか見当がつかない。
思い出そうとすると、ストッパーでもかかっているのかと思うほど思考が切り上げられてしまった。
「おかしい、何処かで記憶が途切れているみたいです。」
おそらく、それが警部が言っていた記憶の齟齬に関するところなのだろう。
そのことで頭を悩ませていると、翁は唐突に語り始める。
「まぁなんじゃ、あんまり思いつめても意味がない思うぞい。おぬしもいっていたじゃろう?」
「それはそうですけど」
「今は縁がなかった、それでええじゃないか。きっとそのうち明らかになるじゃろうて。」
と、そこまで言い切ると翁は絵画を飾る作業に没頭していった。
なんとなくしこりが残るものの、楽しみがひとつ増えたと考えを改めて、作業に合流することに。
ふと、開け放たれた玄関から空を見やると、一筋の光が優雅に空を舞っているのがみえた。
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