きょうきにつつまれたなら 上

「さぁて、大人しく吐いてもらおうか。お前らのアジトをよう!」

「ひぃぃ!」

 先程車から落ちた男と、動かなくなった車を捨てて逃げようとした男を回収。

 そしてマフィア顔負けの強面で恐喝、もとい尋問を敢行する警部。そしてそのそばで面白そうに眺めている魔女。

 その様子を少し離れたところで残された私たちは、ぼーっとその成り行きを見守っていた。


「そういえば翁、よく追いつけましたね。見失った時点で諦めかけていたんですけど」

「わしは場所の特定をさせれば世界一じゃから。それにおぬしちょくちょく単独行動するから、念のため居場所くらいはすぐにわかるよう細工を施してあったしの」

 さらに言うなら、それを見越して魔女があんな大胆な行動に移ったのでは。と言うのが翁の考えであった。

 だからと言って見返りなしに許すわけにはいかないが。


「ところで先程魔術を使っわんかったか…?」

 ぎくり、と頭の中に擬音が飛び出た。幸い言葉には出なかったからまだ猶予はあるだろうか。

「いやぁ、翁の気のせいじゃないですかね?」

「ふむ…その割にはまだ歪な魔力の胎動があった気がするのじゃが…。」

 ばれて、ないか?

 相も変わらずとぼけているのか分からないから、確認しようもないがこれ以上言及することもなく。

 魔女の仕業かとあたりを付けたようだからおそらく大丈夫だと思いたい。

 あんな土壇場で感知できることに流石と言うべきか、それとも自分の感覚に自信が持てないほど老いていることを危惧すべきなのか、判断に迷う爺だった。


 翁との問答がひと段落して、警部の様子をうかがってみると、まだ口を割らないようで、いらただしげに後頭部を掻いている。

 と、そこに魔女が割って入ってきて、信徒たちに何事かを仕掛けた。

 それを側で見ていた警部は口をあんぐりさせたと思ったら、今度は魔女に向かって怒号を飛ばしている。

 対する魔女は、気にも留めずにこちらに手を振っている。

 きっと取り調べが終わったのだろう、私と翁も彼女の元へ向かっていった。



「少し手荒すぎんかのう…」

「何言ってんだ爺さん、これくらいは目的のための致し方ない犠牲。つまりコラテラルダメージってやつさ。犯罪者には慈悲かける必要もないしな」

「だからって、洗脳してまで吐かせるのは拙いだろうが…。」

「大丈夫ダイジョウブ、浅い暗示みたいなもんだしそのうち治るだろ」

 カンラカンラと気楽に笑って見せるが、尋問が終わった後の信徒たちの表情は…一体何処を見ているのか知れない焦点の合わない瞳とずっと半開きになっている口、完全にトんでいらっしゃる。

 これ、本当に元に戻るのかと問いただしたくなる光景だが、魔女が問題ないというのだから問題ないのだろう。…私は考えるのをやめた。

 そんな彼らだが、ゾンビさながらの動きでどこぞへと消えていった、魔女が言うには警察署へ送ったらしい。別の意味で警察呼ばれそうだが、それはそれで問題ないのだ、ウン。


 ともかく、ようやく有益な情報を得ることに成功した私たち一行はボロボロになってしまった警部のの車で彼らのアジトへ向かうことに。ちなみに後で新車が支給されるそうだ、国税で。

 そして時間もかからず宗教組織のアジト、若しくは教会の周辺までたどり着いた。

 今度は二の轍を踏まないようできるだけ近場に車を停めて、件の施設をうかがう。

 前回のような奇抜なものではなく、今の建築様式より若干古いと思われる建物。

 他は軒並み貧相な小屋だったり集合住宅だったりと言った街並に、ポツンと建っている古びた廃墟、だった。

 そう、廃墟としか言えないほどに寂れ、廃れた建造物。使われなくなって風化していったというよりは何か事件でも起きたのかと言う壊れ方をしている。


「あそこか、たしか…」

「知っているんですか、警部。」

「俺と魔女ソイツが子供のころからずっと廃墟のままでな、地元の住民はお化け屋敷って揶揄しているくらいには有名な場所だ。」

「おお、懐かしいね。男連中が冒険だーってここまで遠出してたのを思い出した」

 ふふ、と昔を思い出して悦に入る魔女、ずいぶんと昔の話みたいだが…はて?

「あれ、まるで警部と貴女が同年代みたいな話をしてますけど…私の聴き間違いですかね?」

「何を当たり前なこと言っているんだ?こいつは幼馴染なんだよ」

 「な!」と魔女が警部に同意を求めると、どこか感慨深げに頷いてみせた。

「そうだったなぁ、…マジで年取らねぇから妹か何かかと間違いちまいそうだがな。」

「ハハ、何を馬鹿なことを言ってるんだオマエは、どちらかと言うと頼りなかったお前が弟分だったろうに」

「今じゃ身長も、…身体年齢も俺が一回りも上になっちまったがな。全く」

 お互い憎まれ口をたたき合いつつも、幼馴染と豪語するだけはあってその名かは確固たるものだと思わざるを得ない。

 片や楽しそうに笑うものと、それを少し湿った顔で感慨にふけるもの。対象的な二人の姿はとても奇妙に映えるのだった。


 少しの間昔話に花が咲いた後、警部はその廃墟同然の建物についての説明に入った。

 その施設が使われなくなった、壊されたのは警部たちが生まれる前の話らしく、資料では今から100年以上も前に雷に打たれて-とのことらしい、それだけではあそこまで壊れないはずだが…。

 その後なぜか今まで放置され続け、警部や魔女の言うようなお化け屋敷として有名になったそうな。

 一説によれば、お化け屋敷よろしく撤去しようとすると必ず不幸になる云年の話の影響が強いそうだ。なお、その真偽は不明。


 あらかた建物についての前情報もそろったので今度は実際に中の様子をうかがうことに。

 前述に廃墟同然だと表していたが、まさしくそのとおりで至る所が修繕の後もなくそのまま残っており、そもそも屋根の一部がぽっかりと空いて吹き曝しになっている状態だ。

 少なくともこの建物の本懐を完全に成し遂げられなさそうなほどに廃れてしまっている。

 風雨をしのぐこと出来なさそうだ。

 その分忍び込むことも容易い。

 抜き足差し足忍び足、とこっそり近づき割れた窓から中の様子をうかがう。

 まず目についたのは、屋根がないためにありったけの月光が降り注いでいる室内。

 その照らされている周りを囲むようにして、ローブを纏った人影が熱心に祈りをささげている。

 その祈りの先には-


「なんだ、ありゃぁ」

「…可愛い」

「爺さん!?」

 まるで人を囲うために作られたのではないかと言うほどの大きさの鳥籠があり、そこにはやはりヒトガタで私より少し大きいのではないかと思われる生き物が宙を仰いでいた。生き物と呼称しているのはヒト型ではあるモノの明らかに人間の枠組みから外れているからだ。ならばほかにヒトガタの生き物と言えば霊長目である猿が思い浮かぶがあれは断じてそんなもの

ではない。そもそも猿と言うならその肌が毛髪に埋もれているはずなのにまさしくそんなものは毛ほどもないつるっぱげである人間だって必要なところには必然的に映えてくるというのに脱毛処理でもしたのかと言うほどに異様なほどきれいだったのださらにその肌は日を浴びたことが無いのではないかと言うほど真っ白否光沢をもった銀色にも見えるあの肌はいったい何を意味しているのか」

「…おい、おい大丈夫か!?」

他にも気になる点がいくつかある例えば全体的に凹凸が極めて少ないし目がおそろしく大きくいったい何を食べているのか気になる口元いやアレは口なのか?顔に相当する部分のたしかに口に当たるであろう部分だが肥大している目とは正反対に極めて小さい鼻であると言われればなるほどと納得できるほどだそうすると今度はどこに口があるんだというとこに実は顔から離れている場所にあるのかそれとも貌自体が別の場所にある可能性」

「おい、誰かこいつをなんとか…ああクソ!」

まるで今までの人智を鼻で笑い唾をかけるような造形進化論を完全に無視しているじゃないかなんだ?私たちが培ってきた知識や技術が間違っているとでもいうのかいやアレは魔物の一種なのかもしれないしかし魔物とはは固有の存在理由レゾンデートルを特化させた代物でそれに応じた能力と身体的特徴を持っているはずだあれは何だ?まるで想像がつかないなんだなんなのだ世界の裏側を見せられた気分だ魔法使いと言う裏の住人になったというのにさらに裏があったというのか視たい聴きたい知りたいこの世界の理をこの世界のそとが-」

「いい加減正気に戻りやがれ!」




「はきゅ!?…あれ、何考えてたんだっけ私…警部、そんなに鼻息荒くしてどうしたんですか?」

「こっちが聞きたいっつーの…それよりほか二人も固まったまま動かないから協力してくれ。」

「は、はぁ…」

 それだけ言って警部は魔女の元に近寄り、なぜかぼーっとしている魔女に喝を入れ始めた。

 似たような状況と言うことは翁も…はい確かに一点だけを見つめて何かぼそぼそと呟いていた。

 このまま呆けさせても仕方ないので何とか意識をこちら側に向けさせようと試みる。


「ジジイ~…翁~…いい加減こっち向いてください呆け師父、流石にその反応は酷いですよ…?」

「…む?おおすまん、ついあの可愛い子に見蕩れてしまったわい」

「可愛い?あれが?…たしかに興味を惹かれる物体ではありますけど」

「ほら大きくつぶらな瞳とか、真反対小さな口とか」

「いやアレは限度を超えてるでしょう、もう真っ黒だし頭でっかちだし」

 このジジイ、目が腐っているんじゃなかろうか。そう疑っても仕方ない程の美的センスである。

 少なくとも今の感覚で言うのなら全員が気持ち悪いと思うだろう。私としてもあれはない。

 と、魔女のほうもようやく再起動始めたようで、警部と共にこちらに寄って来ていた。


「なぁ爺さん、あれすっごい欲しいんだが」

「いや、何を言っとるんじゃおぬし。ものじゃないんだから」

「…なぁ、俺はどこに突っ込めばいい…?」

 それを私に聞かれても困る、こういう場合は笑えばイイとでもいうべきだろうか。

 しかし魔女の言う通りあの生物が気になる気持ちは私にもわかるのだが、目の前が敵地のど真ん中なのだ、少し抑えてもらいたい。

「あそこでだだこねている大きい子供は置いておきまして、これからどうします?」

 魔女に関わっていると時間が確実に浪費していくだけだろう。

 今までの経験から流してもいい発言と流すべき発言の区別が少しづつできるようになってきた、これは後者だ。

 警部もそれを理解したのか、軽く魔女を視線の隅に追いやり俯く。


「このまま一斉検挙といきたいところだが、同僚が一体何をされたってのも気になるしここは穏便にだな…」

「そんな悠長なこと言っている場合か!」

 突如翁の喝があたりに響き渡る、当然その声を聴いているのは私たち以外にもいるわけで…。

 ほら、廃墟の中で熱心に拝んでいたはずの信徒たちも、何事かと周りを見始めたではないか。どうしてくれる。

「どうするって決まってんだろ?あれをかっさらうために正面突破あるのみだぜ」

「何言ってんですかこの魔女、此処は無傷で確保するためにもできるだけ隠密にするべきです。」

「いや待て、待てや魔法使いどもおまえら!」

 これからどうやってあの奇怪な生き物を確保するかで議論に花が咲こうとしたときに、警部が話に割って入ってくる。

 いいところだというのに、と魔女と共に抗議の視線を飛ばす。

 そのなかで警部はこちらの意図を近い出来ないといった目で私たちを見ていた。

「まさか、アレを捕まえようって思ってんのか!?」

「すでに捕まってるんでその言い方は間違いですね、一寸乱暴な言い方をするなら奪い取ろうとしているだけです。」

「阿呆、そんなこと言ってんじゃなくてあんな得体のしれないものに接触しようとかそれこそ何が起きるわからんぞってことだ馬鹿!」

 ちょっとした揚げ足取りだったのに、それとは反比例した辛辣な言葉が返ってきた。

 しかし、そこまで警戒する必要があるだろうか?いや、ない。

 と言うことで、怖気ついている警部をよそにあの奇怪な生き物を助けるため、翁と魔女たちで意見を出し合う。

 奴さんに気付かれていることまりしばらくもしないうちに決まり、早速救出劇の幕が開いた。


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