束の間の一時
-○○○は、新しいことをやり遂げるととっても喜んだ。
高い木のてっぺんまで登ると、落っこちないか心配になりながらもよくやったなって褒めてくれる。
前に失敗したことを頑張って成功させれば、さすが○○○だと綺麗な顔で微笑んだ。
ずっと笑顔でいたいから、今日もまた新しいことを始めよう。-
【10】
朝が来た。
屋根に取り付けられた窓から、優しい朝日が部屋を照らす。実に気持ちのいい朝だ。
何か夢を見た気もする、がよく覚えていないしうなされることもなかったから気にしなくてもいいだろう。
昨日の事件のせいでまともに寝れるものかと思っていたけど、案外私の神経も図太くなってきているのかもしれない。
主に翁の修行の
今日は朝の内に人探しの主な計画について話し合うらしい、翁はすでに起きているらしくもう二階の物置から姿を消していた。大方朝の鍛錬にでも励んでいるのだろう。
そしてもう一人の魔法使いはというと、階下から忙しなく動く気配があることから、朝の支度に手間取っているものと思われる。
私も支度を済ませて、階下へと降りる。
屋根裏、二階、一階とトントン拍子に降りていく、するとキッチンから芳しい香りが漂ってきた。
釣られるように香りの先を辿っていくと、忙しく動き回る家主に出くわす。
どうも一気に複数の調理をして作業に忙殺されいる。ほどなくして様子を見に来た私に気づいた。
しかし、途端に様子がおかしくなる。
平時の時みたいにどこか挑発的な佇まいではなく、やけにしおらしくして恥ずかしがってるように見えた。
「あ、アー、なんだチミっ子。存外早かったな。おはよう」
「おはようございます。基本早寝早起きが習慣になってますので、ところでそれは?」
軽く挨拶を交わし、彼女の後ろに見える料理の数々を眺めようと体を傾ける。然し目の前の彼女は私の動きに合わせて同じ方向に体を傾けてくる。
仕方ないので今度は反対側から顔を覗かせる、すると、やはりもう一度同じ動きをして私の視界にかぶせてきた。
「あの、料理が見えないんですが。」
「いやー、別に見えなくてもいいんじゃないか?そう見てても楽しいもんじゃあるまいに」
「これから食べるものに関心が行くのは、生き物として正しい反応だと思います。というわけで見せてください」
「あと少しで完成するから、それまではゆっくり待っていよう、な?頼むから」
彼女は両手を前で合わせて必死に懇願する、あの自信家な彼女がここまで我を失っている姿を見て得した気持ちになった私は、
「まぁ、それもそうですね」
と返して、その得意げな気分のまま後にすることにした。
自分の料理の自信がないだけだろうし、それにあの匂いとちらっと見えた限りでは心配することもないだろう。そう判断して今度は外で朝の鍛錬に励む翁を見に行くことにした。
廊下を渡り玄関に手を伸ばそうとしたところで、一度手を引っ込める、どうも昨日の一件が心中で後を濁しているみたいだ。そもそも昨日の出来事を早々に忘れろというのも無茶な話ではあるが。
今度は周りの安全確認して、あらかじめ近くのとっかかりを掴み、ゆっくりと開け放つ。
そう何度も、しかもこんな朝日が照っているころから犯行に及ぶ馬鹿はそもそもいないわけで、結局取り越し苦労になった。それでも普段の心配りというものは大事だからと、自分に言い聞かせた。
玄関を抜けると、まばゆい光が-ということはなく、周りの建物の陰があちこちに散らばっていた。朝だというのにほの暗い場所もある。
さて、肝心の翁は…と
「なんで、屋根に上って鍛錬して居るんですか…」
ちょうど屋根の終わりを掴んで懸垂していた。その姿を見て、脱力感を覚える。
翁は、私の声にいったん鍛錬を中断して屋根の上に躍り出た。
「ここからでないと、十分な朝日が浴びれんのじゃよ」
「植物か何かですか」
「違うわい。別にいいじゃろう?誰にも見られてはおらんのじゃから。」
「そう言う問題…か?」
なんだろう、間違ってはいないのにもやもやする。
まあ、詮のないことだと切り替得よう。個人の考えの範疇なのだし。
「ところで、何か変わったところはないか?」
唐突にそんなことを聴いてくる翁に、ちょっとだけ不審がりながらも思いを巡らしてみる。
「…いや、無いですけど。しいて言うなら昨日の事件が気がかりなくらいですか。」
「そうか。なら-」
何かを言おうと口を動かす翁だが、私には最後まで声が届くことはなかった。
何故か、答えは単純で翁の声にかぶせるように、朝ごはんの準備ができたことを知らせる少女の声が聞こえたからだ。
よく聞こえなかったから翁にもう一度訊ねると、大したことじゃないと話を切りそそくさと家の中へと入っていくのみで、わずかなしこりを残す結果になったのだった。
「なんだ、普通にうまいじゃないですか。わざわざ隠すから何かあるのかと思いましたよ。」
三人で食卓を囲み、テーブルに置かれた料理に舌鼓を打ちながらそうこぼす。
それに対して、家主であり用意した本人兼魔法使いの少女は片手を額に当てながらこう答えた。
「その、なんだ。恥ずかしいじゃないか…」
「え、恥ずかしい?」
「用意しているところを見られるのが、だ。余裕のない姿を見られるのは嫌いなんだよ。」
「そう言うもんですかね…」
その辺りの感覚は鈍いようで、今一理解らなかった。
別に下準備に熱心に励む姿は恥になるモノではなくて、むしろ褒められるべき対象だと思う。
ほどなくすると、空気に耐えられなくなったように少女は別の話題を持ち出した。
「そんなことよりだ!ちみっ子は他に知りたいことがあるだろう、昨日の事件とかさ。」
「ええ。そっちのほうが大いに興味あります。あとこの家の防犯体制とか淡泊すぎる昨日の態度とかいろいろ、ねぇ?」
「前者は一応敷いてあるしこれ以上は怪しまれるから無理だ、後者は…ぶっちゃけどうでもよかった。以上!」
何とも爽快な開き直りであった、見てて逆に清々しくなってくる。
それに彼女に関してはそこまで気にしていなかった、そも会ってから数日も経たないのだから義理も何もあったもんじゃないからだ。
しかし…
「で、師父は弟子が攫われたというのに何の感慨も持たなかったのですか?」
わざと棘のある言い方で、黙々と料理を口に運ぶ翁に問いかける。
すると翁は、食事を中断して、こう答えた。
「心配するほどの事じゃないからの。」
「いや、誘拐事件に巻き込まれただけでも大事ですから、というか死ぬ一歩手前でしたからね?」
赤毛の魔法使いよりも淡泊な受け答えに食い掛かるように返した。
ほかに倫理的な論じたり、情に訴えかけるように説いたものの結局「問題ない」の一手張り。終いには、
「魔法使いとその弟子は、人間じゃないからの」
などという始末。
此れも何度も聞いた言葉だが、大体無茶な修行を行う前に聞かされることがほとんどで、いわゆる方便のようなものだと思っている。
つまり、これ以上何を聞いても答える気がない、という意思表示が出た以上、私はただ不満を募らせることしかできないわけだ。
そのやり取りを見ていた赤毛の少女は、どこかたのしそうにわらうのだった。
【11】
やや気まずい食事風景となったものの、時間は待ってくれない。
身支度を整えて3人一緒に街へ繰り出す、情報収集と町の紹介も兼ねて、先頭には魔法使いの少女が陣取っていた。
この町は区分けがなされていて、大きく分けると三つになるそうだ。
主にこの町の生産ラインとして機能している工業地帯-これはおそらく昨夜必死に逃げ回っていた場所だ-、今歩いている住宅街や、さまざまな商店が立ち並ぶ大通り、そしてまるで町の汚点を一か所に集めたようなスラム街だ。
「そう言えば、工業地帯は東端に位置してるんですね。」
「ああ、まぁ景観上の問題もあるけど、何より東にはでかい川があるからな」
「川…嗚呼なるほど、運河ですね」
「そうそう、工場で作られた商品を出荷したり逆に仕入れたり。もともと運河を使用した交易で成り立ってた町だからな。」
そして魔女は得意げにこの町の歴史を語りだした。
先程言っていたように、この町は海まで続く大河に沿うような形で作られた交易都市の一つで、帝都と国境の都市を結ぶ最も重要な都市なのだそうだ。
だからこの町にはありとあらゆる新しい物が並ぶし、政府がこぞって力を入れる、らしい。
ほかにも、遥か大昔の対戦でこの街を焼き払われてしまい、その影響で苦戦を強いられた、とか。
そんな彼女だが、語り終えるとこんどは楽しそうに道案内をしている。
「さぁて右手に見えますは、この町で一番繁盛している総合店『オーリス』でございます。雑貨・書籍・食料何でもござれってね!」
彼女が指さすほうへ目を向けると、客足の途絶えない少し古びた建物が見える。
総合店というだけあって本当に様々なものが置いてあるらしく、中には一般家庭でもよく使われるものから護身具まであるようだ。
そしてその中から気になるモノを一つ見つけた。
「ここ、輝導具もあるんですか。専門店でしか買えないものだと思ってました。」
「つっても、軍の関係者なんかが使ってるものとは雲泥の差だけどな。せいぜい、竈の代わりにするくらいが関の山だ。」
ガラス窓の向こう側に陳列されているそれらには、それぞれ注意書きのメモがが貼り付けられていた。
そこには扱いには十分に気を付けること、また安全性を考慮して出力を控えめに、あまり長時間使用しない事など細かく書かれている。
それらは護身用だったり、一般生活を扶助するためのモノだったり用途に合わせて仕様も変わっているようだ。
一律して言えるのはどれも耐久性に難あり、ということらしく魔女の言う通り荒事には使えそうにない。
しかしこういった初めて見る器具を前にすると、ずいぶん自分の常識が遅れ始めているのだなと実感するのだった。
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