鉄の街

始まりの夜

【5】

 揺れる、揺れる。

 視界が揺れる、体が揺れる。

 目の前には赤毛の魔法使い、隣には翁。

 ―私は今。

「―てあれ?なんで、いつの間に馬車に乗ってるんですか!?」

 気が付いたら箱の中、ではなく一寸洒落た馬車の中に行儀よく座っていた。お尻がいたい…。

「お、起きたか。いや~見るからにぐっすり眠っていたよ。おはようさん」

「…そろそろ着く。準備しときなさい。」

「いや、準備ってわたし何も聞かされてないんですが。」 

 というか、記憶が曖昧な気もする、馬車に乗った…?駄目だ、よく思い出せない。

「おいおい、しっかりしてくれよな。いまは人探しの途中だぜ?そんなぼーっとしてると、この先が心配だな。」

 そういって、コロコロと魔法使いは哂う。いったい何がそんなに可笑しいのか、嗚呼、私の失態を見て笑っているのか、納得した。けど認識したら今度は恥ずかしくなってきた。

 いけない、どうもまだ寝ぼけているようだ。頭が状況に追いついていない。

 馬車を降りたら冷水で顔を洗えばは靄がかっている頭もすっきりするだろう。それまでは、と勢いよく両頬に張り手を一回。ジンジンとした痛みに比例して多少思考速度も戻った気がする。


 そしてお次は荷物の確認。

 愛用しているリュックサックの中を見てみると、非常食が数個に地図、手帳にペン、そして何故か護身用に使っている拳銃が入っていた。

 拳銃のみを引っ張り出し、手で弄ってみる。メンテもいつも通り完璧だし、中には銃弾が6発。リュックをもう一度確認すると、更に予備の弾薬が用意されていた。

 人探しに使うような装備ではないのは確かだ、なのに何故私は持ってきているのか。

 首をかしげているとそれに気付いたのか魔法使いは話しかけてきた。

「ほー、メンテもばっちりだな。それなら心配なさそうだ。」

「心配なさそうだ、てなんですか。人探しには使い物にはなりませんよ?」

「いやいや、もしかしたら使うかもしれんよ?…まぁ準備は怠らなきゃ大丈夫さ」

 拳銃を使う人探しってなんだ、捕り物か?相手は犯罪者なのか?疑問に思って尋ねてみても魔法使いは愉しそうに笑うだけ、翁は…先程から様子がおかしくて、初めの会話から口をきいてない。

 今は魔法使いとしての服ではなく普通の、外出用の服を着こみ、他の服やら日用品やらが入っているトランクを側に置いているようだ。

 未だに根に持っているのだろうか、それとも別の理由からかは判断できないけど、それを抜きにしても、この先に待ち受ける何かに、言い知れぬ不安を抱くのだった。



【6】

「さあて、着いた着いた。アー、腰が痛いぜ。」

 赤毛の魔法使いは大きく伸びをしながら気怠そうに、そうつぶやいた。

 確かに腰が、というよりは体の節々が痛い、結構長い間座ったまま動かなかったから、体がつってしまったのだろうか、いやそんな馬鹿な。

「結局のところ、どれくらい移動に費やしたんですか?寝てしまっていたみたいでおぼえてないんですが」

「半日くらいじゃよ。」

 翁はそんな素振りを見せず、軽い足取りで馬車から降り立ち御者に軽く会釈をした。長旅の疲れを感じさせない佇まいである。此れも毎朝の訓練の賜物なのだろうか、だとしたら、後で少しくらいなら付き合ってもいいかもしれない。

 馬車を見送り、その後ぐるりと見渡してみると、今から私たちがいく街の全容が見える。

 中心にそびえたつ高い時計塔やそれを取り巻くように建てられる背の高い建物たち。

 そしてその外周に、敷き詰められるように建てられた民家や店舗の数々。さらに奥のほうにはモクモクと煙を吐き出す工場群の姿が垣間見れる。

 鉄でできた建造物がちらほらと見えるなど、最先端をできる限り集めて押し込んだようにも見える、ある種玩具ガラクタのような街並みが視界に飛び込んできた。

「うわぁ…見るだけで窮屈そうですね」

「そうか?いやまぁ確かに狭苦しくはあるが、慣れるとなかなかに便利だぞ?しかし、まさか戻ってくるとはなぁ…」

「え?」

「何でもないさ。んんッようこそ私の拠点街ホームタウンへ!」

 両手を広げ、魔法使いはまるで自分の物を自慢するように屈託なく笑いながら語る。

「ここに住んでらっしゃるんですか?」

「んー、住んでるっちゃ棲んでる。ただ、最近は留守にするほうが多いけどな。」

 なるほど、だから先ほど戻ってくる云々と言っていたのか。

 しかし、そんな感慨深くなるほど、長く空けるとは、一体どんな生活を送っているのだろうか。


「それで、着いたはいいもののこれからどうするんじゃ?いい加減移動しないか?」

 しびれを切らした翁が横から促してくる、なんだかんだで数分くらいは立ち往生していたからだ。

「それもそうだな」と魔法使いは手を振り、ついてこいと指示して歩き出す。私と翁も、彼女の後を追って、その場を後にするのだった。


 彼女の拠点へとたどり着き、部屋を一つ借りる。割り当てられた部屋は、拠点としている一軒家の屋根裏、しかし思っていたより埃はかぶってい無いようで、少し掃除をするだけで生活するには十分な環境になった。

 ただ、どうやら物置代わりにでも使っていたらしく、さまざまなものが放置されていた。中には机やら寝具やらが一式あったので許可をもらって使わせてもらうことにしよう。

 …うん?

「誰かに見られているような…気のせいかな」

 誰かに覗かれているような、微かな悪寒を背に屋根裏を後にする。

 はしごを伝って二階へ降りると、またモノが散在する部屋へと出る。

 家主である魔法使いは整理整頓というものが苦手、若しくはする気はないらしい。

 完全に屋根裏に直通する部屋は元々、物置として使われ、入りきらなかったものが屋根裏に運ばれたのだろうか。

 ともかく、屋根裏の比ではない散らかり様に、ここで寝泊まりすることになった翁には憐憫の情を禁じ得ない、合掌。

 翁は黙々と雑多に置かれた荷物たちを整理していたらしい、足音でこちらに気づき、振り向く。

「もう荷解きは終わったのか?」

「ええまぁ。これから、彼女に放置されていた家具の使用許可を貰いに行くところです」

「そうか、先に行っていなさい。」

「分かりました。それでは」

 淡白な内容の会話を済ませ、先に一階へと下る。あの様子だとまだ先が長そうだ、だからといって手伝うには私は非力すぎる。邪魔にしかならないだろう。

 それに、力仕事が好きな翁には不要と断じることにした、決して素っ気ない態度にカチンと来たわけではない、決して。

 それはさておき、今度は一階に出て、家主である赤毛の魔法使いを探す、まず自室を尋ねてみたものの、ノックをしても反応がない。

 今度は不躾ではあったけど、そのまま中へと入ろうとドアノブを回す、がしかし鍵がかかっているようだ。

 大声で確認することも考えたけど、夜分遅くであったため迷惑になるだろうと考え遠慮することにした。

 そうなると、今度は私の作業が一向に進まなくなる。といっても、もうあらかた終わってあとは使用許可を得るだけなので、そこまで急いではいない。単に暇なだけである。

 今回は暇をつぶせそうなものは何も持ってきていない、いつもなら軽い本を一冊か二冊携帯して長旅に挑むのだけど、忘れてきてしまったようだ。

「さて、どうしたものか…」

 そうひとりごちた、その時であった。

-ギィィッ

 どこからか、少し耳につく音がする。

 不思議に思ってあたりを見回してみると、玄関がかすかに開いているのが確認できた。隙間風が入ってきて、廊下の室温がだんだんと下がっていく。

 身を震わせながら戸を閉めようと玄関へ近づき手を伸ばす、少し不用心すぎないかと家主の防犯対策に不安を抱くのも仕方ないことだろう、ある区域から一歩外へ出ればそこはならず者が闊歩するスラム街なのだから、いくら気を付けていても過剰になるということはない。

 そこらへんも家主と詰めていく必要がありそうだ。

 戸を閉める前に一応外を確認する、夜分遅くに客が来るとは思えないが念のためである。ゆっくりと戸を開け、ようとすると何者かに腕をつかまれる。

 そのまま、私の身体は開いた戸をするりと抜けて屋外へ出る、すわ何事かとあたりを見回す暇もなく、瞬時に目の前が暗くなっていく。


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