路地裏の攻防

【22】

 未だに喧騒はやまず、近くなっていくごとにその音と光は強く激考え方を小一時間問いたい。

 ここは森の奥深くでもないし、ましてやそう離れていないところに民家や営業中の店がある、ぶっちゃけ町中なのだ。

 いったいなにを考えているのか。唯一助かったことといえば、これのおかげで合流が楽になったことくらいだ。

 ただはっきり言おう、やりすぎだ。

 とにかく、一刻も早く彼らと合流するべきだろうし、思考を一旦クリアにして路地を駆け抜け件の現場へと急行せねば…!

 

 入り組んだ道を右へ左へ時には塀を飛び越え、ついに曲がり角の手前までたどり着く。

 とりあえずこんなことやっている常識知らずには、TPOとか秘匿に対する考え方を小一時間問い詰めてやらねば

 そしてそのままの勢いで飛び出し、大声で吠えた。

「何やってるうおわぁ!?」

 …訂正、飛び出して抗議しようと思ったら、目の前に拳大の鉄球が飛んできて途中で中止せざるを得なかった。

 間一髪のところでスライディングもとい見事にこけたおかげで大事に至らなかったものの、髪の毛先にチッとかすった音が聞こえた。

 また出合い頭に攻撃がこちらに流れて来ては今度こそ命がない、一先ず近場の物陰に退避して様子を見ることにする。

 と言ってもちょうどいい障害物等落ちているわけもなく、そのまま4足歩行でもともと出てきた角にすごすごと出戻りすることなったのだが。

 そして今度は同じ轍を踏まないように、半身だけ外に出して様子をうかがってみることにした。

 するとそこには、二人の男女が。

 男は夜闇に紛れやすい色のコートとズボンを着こみ顔は…怪我でもしているのか、それとも正体を隠すためなのか包帯で全体を覆っている。

 そして彼の両手には二本の血の付いたナイフが収められていた。

 対する女は、私の良く知るあの魔女だ。

 何を思っているのかここからでは顔が見えないので伺いづらいが、少なくとも殺人犯を相手にしても余裕をもって対応していた。

 手には懐中時計のような装置とナイフが握れらている。

 二人とも目の前の相手に集中しているのか、先程の無様な出来事には気づいて無いようだった。


 魔女が唐突に口を開く。

「諦めな、お前じゃァ私には勝てない。自分でもわかってるんだろ?」

 殺人犯相手に投降勧告とは本当に余裕の様だ。

 しかし当の相手はその呼びかけに答えることはなかった。

 その様子を見て魔女はやれやれと首を振る。

 すると、今度は殺人犯が問いかけてきた。

「…何故、邪魔ヲスル。」

「何故って、そりゃぁ決まってるだろ。悪いことだからさ。」

「何故、オレノ前ニ現レタ。」

「何故って、お前に会いに来たんだよ。ほら目の前にお目当ての美少女がいるぜシャイボーイ?」

「何故、ソンナ態度デイラレル!?」

「何故って…なんでだろうなぁ…」

「…モウイイ」

 問いかけだけの会話もついに終わりを迎えて、それぞれが己が得物を構える。

 似たような武器を使うだから、だろうか。

 構え方もどこか類似性を感じるものだった。


 そしてしばしの間膠着状態が続き、まず初めに動いたのは殺人犯の方だ。

目にもとまらぬスピードで魔女に近づくと、その勢いのままナイフを彼女の脳天に振り下ろす。

 魔女は後ろに飛ぶことでそれを間一髪かわしその動作の最中片手に持っていたナイフを相手めがけて投擲した。

 向かってくるナイフにより、一時殺人犯はその対処に追われ追い打ちが中断される。

 その間に魔女は建物に据え付けられた鉄パイプに手をかざす、するとかざされた部分から形が変わって良き、最後には一本の小銃へと変化した。

 魔女は素早く銃を構え殺人犯に銃口を向け連続してひきがねを引く。

 低い轟音を何度も響かせて計五発もの射出した銃は、その役目を終えて跡形もなく爆発、砕け散る。

 しかしばら撒かれた銃弾は相手に当たることなく、そのすべてが夜闇の中に飛び去って行った。

 彼女の放った弾幕をまるで全て見えていたように前進しながら躱していったのだ。

 そしてまた近接先頭に持ち込まれると、身を守るものがない魔女は顔に焦りが見えた。

 後のことを考えずにできるだけ遠くに跳んで迫りくる凶刃を交わして距離を取ろうとするが、そうは問屋が卸さないといわんばかりに殺人犯は追撃を始める。

 一撃、二撃と流れるような斬撃を魔女は「うわ」とか「のぉっ!」などと短い悲鳴のような何かをあげながら、横に跳んだり地面を転がったりと忙しない動きでギリギリ躱していく。

 

 今度はクロスカウンター気味に殺人犯を足蹴にして、無理やりにでも距離をとった。

 その際にわき腹に一撃をもらったのか赤いしみができている。

 それでも魔女は余裕を崩さず、また適当なものからナイフを精製して構える。

 また一時膠着状態になった。

「いやぁ、強いねぇ。お姉さん殺されちゃいそうだよ。」

 などと言っているが、その飄々とした口ぶりからまるで危機感を感じさせない。

 どう見ても劣勢なのは魔女の方なのに。

 そしてまた彼らは交錯して互いにしのぎを削りあう、わかり切っていることだが両手に得物を携える殺人犯の方が手数が多くすぐに押され始めた。

 ただでさえ人間離れしたナイフ捌きだ。それを片手でいなし切ろうなどと正気の沙汰ではない。

 やがてその猛攻に押し切られ、ついには彼女の手からナイフが弾き飛ばされる。

 それを好機と見て、彼は二振りのナイフを頭上にこれでもかと勢いをつけて振り下ろす。

 また弾き飛ばされた瞬間に魔女も今まで使う素振りの無かった装置を、相手に向けた。

 カチリ、と小気味のいい音がする。

 その瞬間、その装置から殺人犯にめがけて全身を覆い隠すほどの大きな爆炎が射出された。


【23】

「うわ!?」

 轟音が鳴り響くと同時に、あたり一面に広がる熱風と閃光に思わず手で視界を遮る。

 ようやく視界が晴れるとそこには、魔女のみが取り残されていた。

「そろそろ出てきてもいいんじゃないの?」

 そしてこちらに顔を向けて魔女が促すので、私も無駄に抵抗することなく物陰から姿を見せることにする。

「気づいてたんですか。」

「ついさっきね、そりゃぁあんな素っ頓狂な悲鳴聞き逃さないよ」

 そういって魔女は可笑しそうに笑う。

 とは言っても最初の出来事は本当に気づいてなかったのが幸いか。

「…殺人犯は、この様子だと跡形もなくなってそうですね。」

「いんや、まだ生きてるよ」

「え?」

「直撃する寸前、アイツがものすごい速さで後退するのが見えたからな。案外そんなダメージになってないかもしれん。」

 「なかなかやるなぁ」とこぼしながら魔女が笑うが、私にはそれどころではなかった。

「イヤイヤ、なんでそんな余裕そうに立っているんですか!?だとしたら早く何かしらの行動に移さないと」

「何かって何さ?」

「逃げるとか周囲を警戒するとかいろいろあるでしょう!」

「いやこれでも周囲の警戒は怠ってないぞ?、逃げるって手は考えてなかったけどな。」

 至極まじめな顔でそう言い切る魔女だが、先程の先頭から見てもあまり有利であるとは思えない。

 ここは一旦退避することも考えるべきだと必死に説得を試みても、彼女は「ここを動く気はない」の一点張り。

 何がそこまで魔女を突き動かすのか、まるで見当もつかないが状況が好転していないのは自明の理だ。

 というかこうやって私も身をさらしたのも悪手だったかもしれない、この行動はターゲットが、特に狩りやすい獲物がわざわざ躍り出たのに等しい。

 どうにかして身の安全を…と思ったときには何もかもが遅かった。


 突如として目の前に現れる黒い影、魔女も俊敏な動きで対応するも少し遅かった。

 今は貧弱な子供に過ぎない私だが、どうこうできる枠から外れているのはわかるがそれでも何もしないよりはましだと腰に備え付けていた小銃を黒い影に向けようとする。

 そんな行為も焼け石に水だったようで、素早く私の手から銃を奪い取りそのまま私を抱きかかえて盾のように魔女との間に割り込ませた。

「動クナ!サモナクバ」

「さもなくば、どうするんだ?」

「「…エ?」」

 にやりと笑いながら、殺人犯へと装置の銃口を向ける魔女。

 さも当然のことだと言わんばかりに話を続ける。

「お前も馬鹿だな。そんなことしたら自慢の速さが台無しだろ。的に当てやすくて大助かりだ。」

「いや待て、待ってください。たしかにその通りかもしれませんが、人質とられてますから…自分で言うのもなんですが。」

「?…アーそういえばそうだったな。…フム、爺さんに嫌われるのは勘弁だが、此処は尊い犠牲ってことで一つ。」

 魔女は深く考えるそぶりもせずに、そう言い放つ。

 これに困惑したのはもちろん私もそうだが、何より私を盾にしていた殺人犯の時間が止まる。

 せっかくの盾が意味をなさないことを嘆いているのか、それとも魔女の傍若無人さに呆気にとられたのか、どちらにせよ彼は動くことを、注意することをいったん忘れてしまう。

 その時である。

 ゴウっと何かが私と殺人犯のわずか数センチを熱風と共に通過して、そのまま消えていく。

 言わずもがな、灼熱の焔である。

「アチャァ、外しちゃったか。ま、心配するな今度は確実に当ててやるから」

 そういう問題ではない。

 この距離で外すということは一応私を気にかけてくれたということだろうけど、そもそも何故そんな大きく不定形の弾で狙おうと考えたのか。

 だいたい、もし上手くいっても延焼して何らかの被害を被るのだが、そこらへん考えて…。

 いや待て、つい彼女が私に当たらないよう配慮していると仮定して考えていたが、本当にそうなのか?

 実はよけて撃つふりだけして、そこまで真剣に考えてないとか…それに先程魔女は何といったか

 -今度は確実に当ててやるー

 その言葉の意味をそのまま解釈すれば…

 ある考えに至った後の行動は早かった。

 必死に状況を打開し得るものを探して視線をさまよわせたと思えば、すぐにこれからの未来予測を開始。

 そのうちの大半が人生の終わりを予測しているが、ちがうそうじゃない。

 そんなありきたりで非情な未来ではなく、もっと劇的明るいものを所望する。と言っても考えるのは自分なのだが。

 一先ず第一の関門は私から奪った銃の事だ、彼の持つナイフも十分に脅威だが攻撃範囲は短い、全力で離れれば問題ないだろう。

 それにあの銃は私のモノだ。あのまま奴なんかに持ってかれてたまるか。

 そうと決まればどうやってアレを取り返そうか、何か注意を引く行動をしてその隙に…というのが王道ではあるがいかんせんその手段が限られていてしかも確実性に欠ける。

 …が、何もやらないよりはましだろう。どのみちこのままだと犯人と一緒に物言わぬ骸だ。


 反撃が来ないことを祈り、覚悟を決める。

 そして拘束している相手にけりを食らわせる、足の裏ではなくかかとを使って振り子の原理も使い出来得る限り威力も上げて、だ。

「グッ!?」

 片手で私を抑えて、もう片方で私の銃を構えていたから防御のしようがなかったのだろう。

 それに靴は思いのほか固い私の足の保護もしてくれるからいいことづくしである。

 場合によっては凶器になりうるぐらいには。

 子供(と言っても、毎日野生児並みの暮らしをしているのでそれなりの自負はある)の脚力でもそれには変わりはなかったようで、一瞬の隙を生むには十分だったようだ。

 おかげで私を拘束している腕の力もだいぶ弱まり自力で脱出できるようになる。その前にお返しとばかりにその腕にも思いっきり噛みついてやた。

 報復も終わったことで、素早く殺人犯から私の銃を取り返し全速力でその場から離れる。

 しかしこれで終わるはずもなく、すぐに復帰したのか魔女の事を気にすることなくナイフ片手にこちらめがけて猛然と走ってくる。

 悲しいかな。いまどきの子供よりは早いという自負はあれど、大人に敵う道理もなし。それにあれは本当に人間なのか疑うほどの脚力だ。

 一瞬で距離を詰められ、今にも凶刃に裂かれそうになっている。

 嗚呼、これで終わりか。割とあっけないな少し早いが走馬燈も見えてきた。

 …今まで碌な想いでがないのは、やはり翁のせいか。嗚呼全くあのジジイは今何をやっているのか。

「よんだかの?」


【24】

 ここにはいないはずのしわがれた声が耳にこだまする。

 すると次の瞬間には目前に迫っていたはずの黒い影が綺麗に取り払われたのだ。

「…は?」

 現状に追いつけずマヌケな声を出す私の視界に、これまたしわがれた手が差し伸べられる。

「ほれ、立てるか?さっきのは結構危なかったのう。」

 そんな声が聞こえる方向に顔を動かすと、そこには見慣れた老爺の顔があった。

「ジジイ、いつの間にかに来ていたんですか。」

「アレ、また格下げされた!?」

「一先ず、少しは周りを気にしてください、ということとなんでいち早く駆け出したのに一番遅かったのは迷ったからなのかですか?」

「それはの、被害者の救助を優先したからじゃ、仕方ないじゃろ。」

 そう言われては、流石に言い返せない。

 ついたときにはまだ息があったらしく、助けを呼んだり医者に見せるまでの応急処置をしたりと忙しかったようだ。

 珍しく息を乱して大粒の汗を流していたから、ここに来るのも全力を尽くしたのだろう。

 今回は不幸中の幸い、ではなくその逆のパターンだったわけだ。

 こればかりは間が悪かったというしかない。

 そんな中で魔女がこちらに近づいてきた。

「おーい無事かちみっ子、てなんか臭うぞおまえ…。」

「ほ、確かに臭うのぉ。」

「それは気にしない方向で。あ、でも帰ったら体洗わせてくださいね。」

 自分からゴミ箱に飛び込みました、なんて言えるわけがない。

 適当にはぐらかして終いにしよう。


「それで、今どんな状況なんじゃ。危ないと思ったからつい殴り飛ばしてしまったんじゃが。」

「手段が魔法使いっぽくないのは些か残念ですが、とりあえず問題はありません。」

「なかなかいいパンチだったな、本当に魔法使いなのか疑いたくなるくらい」

「おぬしら、そろいもそろってわしゃぁれっきとした魔法使いの大先輩じゃというのに。」

 ならこれまでの行動を振りかえって見直してほしい。あえて口に出す気はないが。

 それは置いておいて、全員が合流を果たしたことでこちらの戦力が確実に上回った、はずだ。

 後は犯人を捕縛ないし止めてしまえば、案件の一つが達成できて私も安心して外を出歩くことが出来る。

 のはずだったけど…

「残念だがやっこさん逃げちまったようだな。」

「…え゛。じゃぁ早く追いましょう、というかなんで悠長に駄弁ってたんですか!?」

「爺さんに吹っ飛ばされた後、綺麗に受け身とってそのままトンずらしやがったのさ。ありゃぁ追うとしても間に合わないな。」

「だから云うたじゃろ、あれでよかったのかと」

「そん…なぁ…」

 せっかくのチャンスを不意にしてしまったなんて、仕方なかったとはいえがっかりだ。

 そして今までの疲労も合わさりまるで風景に溶け込むように

 

 めのまえがまっくらになった

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