行きはよいよい、帰りは…
【20】
「それにしても、結構時間を喰ったのぉ…」
「仕方ありませんよ、最終的に4か所も回ったんですから。」
頭上にまで登った月を見上げながらつぶやく翁に、私はこれまで歩いた道のりの長さにに思いをはせながら答えた。
移動距離は点でバラバラ、歩いて5分もしない場所に次の目的地があったり、逆に入り組んだ路地を進んだその先にもあったり。
少なくとも、今の時点では位置的な関係性を見出すほどの情報は薄い。
せめて何か有力な情報の一つくらいは欲しかったものだ、しかし今日はもう遅い。
次は被害者の自宅でも…と思ったが、床についていてもおかしくない時間帯だ。尋ねても素直に応対することはないだろう。
なので4つ目の娼館の調査が終わり次第、私たちは帰路についていた。
特に真新しい成果が無かったためか、皆一様に足取りが重いように思える。
そんなとき、ふと何かを思いついたように魔女が口を開いた。
「なぁ、どうせだし帰りに酒場寄ってかないか?」
「この時間でもやってるんですかね…そもそも私は未成年ですよ」
「だーいじょうぶだって、空いている店一つだけ知ってるし。保護者同伴ってことにしとけば、別にお前が飲むわけじゃないんだしな。それに爺さんもたまにはお酒飲みたいよな?」
「む、まぁ最近は余裕がなかったし、久方ぶりに飲みたい…がお金がないんじゃよ」
魔女が翁にも同意を求めると、彼は顎髭を撫でながらそう答える。
ちなみに、翁は最近といったが正確にはほぼ毎日である。
薬売りの収入は微々たるもので、基本的に足りない分は野草や森の動物たちをを狩って生活していた。
たまに来る夜の依頼も、依頼者が提示した金額をそのまま鵜呑みにするのみで、時には雀の涙しかないこともある始末。
そんな臨時収入もいつの間にか消え失せることがあるのだが、いったい何につぎ込んでいるのやら。
よって、あまり無駄遣いするわけにはいかないのだ。
そんな私たちを見かねたのか、それとも単純に寄りたかっただけなのか、魔女はある提案を持ちかける。
「なら、今回は私のおごりでいいさ」
「ええのか?遠慮なんかせんぞ、これ見よがしに飲みまくっちゃうよ?」
「いいよいいよ、久しぶりに会えたんだ。再開を祝してパーっと行こうじゃないか。」
「そ、そうか。ならお言葉に甘えすとするかのう。」
「それって私もご一緒していいんですよね、好きなもの食べていいんですよね?」
「嗚呼いいぜ。じゃぁ異論はないよな?」
最後に一度だけ魔女が確認を取る。
もちろんそんな美味しい条件で断るものはここにいるわけがなく、そのまま三人浮足だって酒場へ向かうことにした。
その矢先である
-キャァァァ…
どこかから甲高い悲鳴、のようなものが聞こえてくる。
何事かとあたりを見回しているうちに、事態は尚も動いていった。
どんなふうにかって?
まず翁はその声の居所を瞬時に察知して走り出し、それに唖然としている間に今度は魔女がその後ろ姿を追いかけて行ってしまった。
…私を置いて。
「え、ええぇ…」
そりゃぼーっとしてた私も悪いけど、誰一人としてこちらに断りの一つもないのはどうなの…?
いや、今は彼らの唐突さに唖然としている場合でもなく、嘆く暇さえ惜しい。
こんな夜更けの大通りから外れた場所で、子供一人取り残されたとしてその結果は火を見るより明らかだ。
流石にまだやり残したことの多いこの身でまだ死にたくはない。
私も急いで彼らの去っていった後を辿っていくとしよう。
【21】
行けども行けども魔法使いたちの姿はもちろん、悲鳴の発信源にもたどり着かない。
よほど遠いところで起きたのか、それとも必死に通りを走り抜けていく間にどこかで道を違えてしまった可能性もある。
-いろいろと理屈をこねくり回してみたが私がいわゆる迷子であることは疑いようもなく-
「嗚呼もう!ここはどこですか一体!?」
益体もない叫び声をあげて、終いには息を切らして足をとめてしまう。
傍から見ても、私は窮地に立たされてしまっていた。
周りは見知らぬ建造物、どこをどう走り抜けたのかも今では分からない。本当に拙い状況である。
そもそもこんなに入り組んでいる路地がいけない。
迷路でも作っているのかと聞きたくなるような煩雑さ、夜になれば視界も狭くなるから尚の事迷いやすくなっている。
ともかくここで愚痴をこぼしていても仕方ない。
深く息を吸いそして吐き出して無理やりにでも気持ちを落ち着かせる。
そして今度はゆっくりとあたりを見回し、何か手掛かりになりそうなものを探すことにした。
できれば、現在位置の記された地図でも転がっていれば助かるのだけど。
「そう人生甘くないか…」
ならばと別の手掛かりを探していると、背後から人の気配を感じる。
咄嗟に空洞のあるゴミ箱の中へとダイブして身を隠す、…案の定ゴミ箱の中は形容しがたい臭気に満ちており、鼻がひん曲がりそうになったがそれでもこらえてジッと人の気配がなくなるをまった。
コツ、コツ、コツ、と靴が地面をたたく音が近くなってくる、こちらに気付いたのかは定かではないが、彼らは今私のいる前を通り過ぎようとしているのは明らかだ。
敵か味方か分からぬ現状ではこのまま隠れてやり過ごすべきだろう。
息をひそめて神経をとがらせるていと、自然と彼らの会話が聞こえてくる。
「-はぁ、どうも体が重くて仕方ねぇ」
「なんだ、もう老化が始まったってか」
「ちげぇよ。最近気疲れするような事ばっかで、心の底から休めてるきがしねぇなぁって話だ。」
「あー、確かに。世の中暗い話題ばっかでなぁ…そういえばさっき悲鳴みたいなの聞こえなかったか?」
「オイ止めろよ…きっと風の音だって。」
「だよなぁ…まぁそれは置いといて、神様なんてのがいるならなんでこんな世界にしたんだか…」
…大人たちの愚痴が、ここ一帯に響いてそして溶けるように消えていく。
予想できる範囲だと、前を通るのは大人の男性が二人、歳は20代後半だと思われる。
会話だけではこれ以上の情報を得られないし、何より今ゴミ箱から出ていくのは…まぁ余計に警戒されるだけだからやめておこう。
ということで彼らがこの場から通り過ぎるまで、くたびれた下っ端事務員たちのような会話をいやいや聴くはめになってしまうのだった。
「-はぁ、出来るものなら何も考えなくても生きていられた、子供の頃に戻りたいよ」
「ハハ、俺だってそうおもうよ。…なぁ、もしあの頃には戻れなくても人生はやり直せるとしたら、どうする?」
「なんだそりゃ?あー、いつからでも間に合うてきな、考え方の話か?」
「違うちがう。えーっとだな、簡単に言うと死んだ後にまた赤ん坊に戻ってやり直すんだ。」
「はぁ?いきなりどうしたよ。熱でもあるのか?」
「俺は至って正常だ。いやな、この前そんな話を聞いたことがあって-」
だんだん声が遠ざかり、ついには静寂が一帯を支配した。
一度ゴミ箱の中から外の様子を確認して安全を確保してからようやく身を乗り出す。
そして体についてしまったごみを手ではたいて取り払う、するとその時に身体に染みついてしまった匂いがもわっと出て顔をしかめた。
あと少し遅れていたらきっと鼻が使い物にならなくなっていただろう。別に犬ではないのでそこまで困らないが、いわゆる気分の問題である。
それは別として、彼らが最後に話していたものが頭に引っかかっていた。
「死んでまた、やり直す?まるで魔法みたいな話だな。いったいどこで聞いたんだろうか…?」
さて、このまま彼らの話を気にかけずに翁たちと合流してもいいし、若しくは彼らのあとをつけてその続きを調べるのもいいかもしれない。
現状では何の手掛かりもないのだし、翁たちがどこに行ったのかも分からない。なら-
と思ったのだが、一瞬だけ遠くの空が急に明るくなる。
「…いや、まさかねぇ?」
きっと、ガス灯の点滅を強く錯覚しただけに違いない。
だから、翁や魔女が自重を忘れてドンパチしているなんてことは、きっとないんだ、うん。
そうやって自己完結させようとしていたのに、 今度は遅れて何かしらの破壊音が聞こえる始末。
果てしなく嫌な想像が湧き上がる。
多分、いや十中八九あの騒ぎの中心には、私の連れのどちらかがいるだろう。
つまり、その元凶もおそらく…
嗚呼、現実逃避でさえまともに出来やしない。
「なんでこう、派手なものを使いたがるんだあの人たちは!?」
そんな私の悲痛な叫びは、誰にも聞かれることなく宙へときえた。
叫んだあとで自分の失態な気づいたけれど、そんなことで時間を食っている場合じゃない。
今度こそ見失わないように、今尚明滅する音源地へ駆け出していった。
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