夜に生きる

【18】

「いやーいいもん見せてもらったよ、そのなりでよくあそこまで突っかかれるもんだ。」

「私としては、単純に疑問をぶつけただけですけどね。彼の答えには満足しましたし。」

「おぬしのことだから、くだらないと一笑に伏すと思ったんじゃがなぁ」

 魔女は愉快な表情を浮かべ先程の情景を思い浮かべているようだ。

 翁は失礼なことをのたまっている、それではまるで私が夢のない人間の様じゃないか。

「私は別に夢を追いかけることを馬鹿にする気はありませんよ。」

 私は本が好きだ。

 学術書や情報誌の類はもちろん神話や伝記物、推理小説に冒険小説その他多くの物語を私は愛している。

 それは緻密な伏線の張り方だったり、登場人物たちの掛け合いだったり。

 そして目的のためにひた走る主人公たちの生き様も。

 だからこそ、

「何を目指したのか忘れ、ただ惰性に続ける人を見るのは、非常に赦せないですがね。そもそも夢のない子供が魔法使いの弟子になりはしませんよ。」

 当然のことだと思うのだけど、それとも魔法使いには夢は不要だとでもいうのだろうか。

 私の言葉を聞いて、魔女も同調するように口を開いた。

「嗚呼、そうだなぁ。やりたいことがあるってのは大事だ。目標が無きゃ舵はとれないもんな。だろ、爺さん?」

「そこらへんはわしには理解出来んから、一寸判断しずらいんじゃが。まぁそう言うもんじゃろ。」

 魔女が全面的に同意してくれるのに対し、翁は歯切れが悪い言葉を口にする。

 そのあたりは価値観の違いもあるから何とも言えないが、それなら翁はどうして魔法使いになろうと思ったのか、というのが気になった。

 いまは時間も押していたので、それもすぐに頭の隅に追いやる。


 しかし、

「冒険者か、もしかしたらそう言う生き方もできたのかもしれませんね…」

「いや、おぬしには向いてないと思う」

「何故です?こんなにも探求力旺盛なのに!」

「それだけだとやっていけんぞい、常識的にの」

 まさか翁に常識を問われるとは思わなかったが、確かに今までの人生を振り返り、よく考え直してみれば向いてないと言われてもおかしいことはない。

 魔法使いになりたいかと問われ、家族の静止を振り切り弟子入りを果たしたのが最初の無謀なら、最近では二年前の魔物退治の件も言えそうだ。でもあれは翁が帰りが遅かったのもいけない、と思う。

「まぁチミッ子の場合、稼いだ金を全て冒険しごとに使っちまいそうだしな。ただでさえ実入りも少ないから」

「そう言うあなたはどうなんですか?いろいろと買い込んでいるようですが」

「私はいいんだ、きちんと大金稼いでるからな。」

 そう言って魔女は懐から二つの財布を取り出し私に見せびらかす。

 覗き込んでみると一方には大量の紙幣が敷き詰められ、そしてもう一方には金銀銅貨が乱雑にぎっしり詰められていた。

 唖然とする翁と私に、魔女はさらに追い打ちをかける。

「これでもはした金なんだがな、さすがにこれ以上は銀行に預けてるんだ。」

「これがはした金?え、これだけあれば一年は裕に過ごせますよ?」

「というか、わしらの生活費で考えれば五年は戦える気が…うごごご」

 あまりの貧富格差に貧困層の私たち二人は頭を抱え、翁に至っては声にならない悲鳴をあげていた。

 何故ここまで差がついたのか。

「単純に職の差だろ?」

「いや、どんな職業についたらここまで稼げるんですか。」

「ンー、ある程度危険を顧みなければ手持ちの分はすぐたまるよ。むしろこれくらい持ち歩かないと仕事に支障が出るからな」

「あ、頭が痛い。経費でこれだけ吹っ飛ぶって…」

 阿鼻叫喚な私と翁を見てクックと笑い声を漏らす魔女。

 しかしこうしていてもらちが明かない。

 未だに頭痛のする頭を何とか切り替え、これからの予定を尋ねることにした。

「それで、結局どうします?」

「そうじゃのう…まずは勤め先にでも行くとするか。うーむ、ここから近いのは…」

 私の問い掛けに、翁は答えつつ帰り際にもらった資料の写しに目を通す。

 そこに魔女が割り込んできた。

「アー、たぶんどこも似たり寄ったりだぞ。こんな大通りに堂々と立つには少々刺激的だからな」

「てことは、またバスでの移動ですか。」

「いや、たぶん歩きのほうが早いな。バスの待ち時間もあるし」

 バスを使わないと分かった翁は端のほうでほっと息をつく。が、私にとっては素直に喜べない。

 精神的にか肉体的にかの違いであって、どちらがいいか問われれば私はバスで人に揉まれたほうがいい気がする。できれば両方遠慮願いたいものだが。

 しかし選択肢などあるわけもなく、先導する魔女、そしてその後ろを歩く翁と共に目的地へ足を進めるのだった。



【19】

 魔女に先導されるがまま、大通りを外れ路地の合間を縫うように進んでいく。

 一つ目の娼館へとたどり着くころには日が沈もうとしていた。

 時間的にはちょうどよかったのだろうか、入り口の前で開店準備をしている女性の姿を見かけた。

「やぁそこなご婦人、少し話を伺ってもよろしいかな?」

 翁が気さくに話しかけると、目の前の女性は私たちをゆっくりと観察。

 そしてすぐに顔をゆがませた。

 それも致し方ないだろう。

 大通りから外れた、いかがわしい店の前で歳の食った翁とまだ成人には程遠い私、そして身だしなみの整った服装をしている魔女。

 どう見繕っても怪しまれない要素が見当たらない。

 客でもなく、かといって身売りに来たようにも見えない。明らかに場所とそぐわない三人組を相手に、彼女はどう対応するか悩んでいるようだ。

「…何の御用でしょうか」

 まるで絞り出すような声量で問いかけてくる。

 そんな様子を気にせずに、魔女が答えた。

「ここで働いていた娼婦が殺されたって話を聞いてな、詳しい事情を聴きに来たんだ。」

 単刀直入な魔女の言葉に、娼館の女性はさらに顔をゆがませた。

「何故そんなことを?」

「実は警察と共同捜査に当たっていてな、ご婦人方にも協力してほしいのじゃが…」

 翁が事情を説明するも、当たり前ではあるが私たちの事を疑う視線はなお強いままだ。

 どうしたものかと翁と私で知恵を絞っていたが、しばらくすると魔女はやれやれと首を振りながら、自らの鞄に手を入れる。

 その鞄から一つの徽章を取り出し、訝しむ女性に見せつけるように差し出した。

「ギルドのほうから依頼があってな、今回は民間にも調査を頼むそうだ。」

「…そうでしたか、ですができるだけ仕事の邪魔にならないよう…」

 徽章を見た女性はまだ納得しきれない様子ではあったが、それでも許しを得ることはできたようだ。

 早速、娼館に勤める人びとから情報を洗いざらい吐き出してもらう作業に移ろうとしたのだが。

「アー、チミッ子は外で待ってな。」

「え?」

「子供には刺激が強すぎる、てことでスマンが一人コイツのおもりを頼む」

「一寸、待ってください!」

 私の抵抗むなしく、魔法使いたちは私をおいて中へと進んでいった。

 去り際に魔女は、娼館の守衛にいくらか金を握らせたみたいで、ガタイのいいの男が私に付き添っている。

「あのー、中に入ってもいいですかね?」

 と話しかけてもただ男は黙って首を横に振るのみ、仕方ないので黙って彼らを待つことにしたのだった。


 気まずい沈黙がここ一帯を支配する。

 話しかけようにも、さすがに強面のガードマンに何度も声をかける勇気は私にはなかった。

 はやく帰ってこないかと足をゆすりながら、壁にもたれかかる。

「あれ?どうしたんだいこんなところで。」

 沈黙を破る声が聞こえ、その声の出所に目を向けると、誘拐事件の後に私を保護してくれた人物が、意外そうな顔で此方を見ていた。

「あ、確か巡査殿…でしたっけ?」

「はは、それであってるよ。でも巡査『殿』はいらないかな。そこまで偉いご身分でもないからね。」 

 そう言って気さく話しかけながらこちらに近づいてくる。

 強面のガードマンは彼が警察だと気づくと敵意をむき出しにして臨戦態勢をとった。

 が、対する巡査は両手を空に挙げて争う意思がないことを示しつつ、

「ああ、別に検挙しに来たわけではないよ。ただの見回りさ」

 と口頭でも事を荒立てる気はないと示した。

 それを聞いて、ようやくガードマンから切迫した雰囲気が抜けてすっと元の姿勢に戻る。

 さっきからいたたまれない雰囲気だったので、少し人心地がつけた。

 ほっとできたのも束の間、巡査が険しい目つきで私を見据えてくる。

「でだ、君はこんなところで何をしているんだい?さすがにここに居続けるのは許容しかねるんだが」

 いったいどうしたのかと思えば、そんなことを言ってきたので肩をすくめながら答えた。

「嗚呼、人を待っているんですよ。いまあそこの中に入っているんですが、刺激が強すぎるって私だけ追い出されましてね。」

「そういえば両親とは別居しているんだったね…君の母親はここで働いているのかい?」

「いえ、両親は関係ないんですが。…一言で言ってしまえばお手伝い、ですかね。」

「君みたいな子供が、こんな時間に?」

「保護者が全員出張ってしまって家に一人もいなくなるんですよ、一人でいるよりかはついていったほうがマシかと思いまして。」

 そう答えると、巡査は考え事をするように顎に手を当てる。


「どうかしましたか?」

「いや、君みたいな子供が両親の元を離れて過ごしているというのは、ちょっと思うことがあってね。」

「そうですかね、割とある話だと思うのですけど。」

「いやいや、普通はありえないよ。貧困層には貴重な労働力だし、富裕層なら跡継ぎとして大切に育てられるはずだから。」

「なら、多分特殊だったんでしょうね。双子として生まれましたし、それに引き取られるときは反対はされましたが強制はされませんでしたから。」

 そう答えると、巡査は納得の行かないと言った感情を顔に刻んでいた。

「そう…かい。でも君はそれで辛くなかったのか?」

「どうしてですか?」

「本当は引き止めてもらいたかった、とか思わなかったのかなって。」

「…言っている意味がよくわからないです。これは自分のやりたいことのために、選択した結果だから公開はしてませんけど。」

「そう…いや変なことを聞いてしまったね。それは別として、やっぱり君がこんなところにいるのは個人的にも良くないと思うんだけど」


 私の答えで満足したのかは分からないが、話をまた戻した。

 とは言っても現状取れる行動が限られているのだ。

 夜中に娼館の前で待たされるのと、家でおとなしく待つのではどちらが良かったのか、正直自分でも悩みどころだがまだおもりがいるだけでもこちらのほうが安全だろう。

 巡査もどちらかいいのか悩んでいたのか、片手を額にあてて小さく息を吐いた。

「しかしここにいるのは拙いと思うんだけど…、そう言えば君の保護者は何のお仕事をしてるのかな?」

 思い出したように保護者おきなの職業を聞いてきた。

 何故そのことを今聴くのかというと、何でも事件の捜査に役立つかもしれないとのこと。

 本人ではなく親類の縁で襲われた可能性も考えているのかもしれない。

 …最初に会った時に聞かれなかったかと思い返してみると、そういえば家族構成と事件についての情報くらいしか話していなかった。

 そもそも本当の職業なぞ話しても信じられないだろうし、信じられても逆に厄介だ。

 本当の事と適当にぼかした事実を伝えることにした。

「えっと、薬売りと何でも屋です。」

「そうか、今回ここに訪れたのはどっちの用事なのかな?」

「何でも屋のほうですね。いまそこの娼館で聞き込みを行っているところなんです。今は何かと物騒ですからね。」

「ふむ、なるほどね。協力ありがとう。どうせだからそこで黙っているあなたにも…」

 と巡査がガードマンに話を振るとぎろりと威圧するように彼を睨み付ける。

 流石に無愛想すぎないかと思った、思っただけで口には出さないが。

 巡査は軽くおどけてみせるだけで、怖がっているそぶりは見せなかった。

 それから少しの間雑談を交わしていると、ふと巡査が顔を挙げた。

 しばし静止したかと思うと、突然話を切り上げる。

「さてとおれはそろそろお暇させてもらうよ。まだ巡回の途中でね」

「そうですか、てっきり帰宅途中かさぼりだったのかと」

「ハハ、失礼だな君は…。あ、そうだどうせなら署のほうで待たないか?送ってくけど」

 私を誘うように巡査は手を差し伸べる。

 ふむ、そうしたほうが私も休めるし翁たちの負担も減るけど…

「…お気持ちだけで十分です。それにもう少ししたら出てくるでしょうし。」

 少し考えてからそう答えた。

 何故か、確か昼の内に警部が人手が足りないなどと語っていたのを思い出したからだ。

 正直、私のためにも事件の早期解決してほしいし、そのためには些事にかかずらってほしくない。

 それに翁たちと一緒に行動したほうが心強いのだ、物理的に。

 ということでまた仕事に戻る巡査の背中を見送りガードマンと共に入口の前で待ち続ける。

「おーい、終わったぞチミッ子。いい子にしてたかー?」

 そんな間延びした声が聞こえたのはそれから間もなくのことだった。



 それから数刻の後、月が真上へと到達するころになってようやく娼館すべての捜査が完了する。

 やはり最初に寄った娼館と同じで、おもりを一人つけられて正面玄関で留守番するのみだったが、道中で仕入れた情報をすぐに教えてもらうことが出来た。

 そしてこれまでに得られた情報をまとめると


・被害者たちは勤めていた娼婦の中でも特に人気であること

・また身内からの評判が悪いものもいれば、慕われていたものもいた。

・行方不明になる前日にも不審な行動は見受けられなかった。


 この程度である。

 一つ目の情報については警部からもらった資料についていた白黒写真で予想はついていたし。

 無駄足ではなかったが、労力と見合わない気がして余計に疲れが…

 どうも神経過敏になっているのか誰かに見られている感じが付きまとい、それが余計に神経をすり減らせた。

 自意識過剰、だと思うのだけど。

「-そういえば、捜査を渋られていた時に出してたあれ、いったい何なんですか?」

「ん?嗚呼、あれは身分証明書の代わりだ。」

「そうじゃなくて、もしかしなくてもギルドのほうに勤めていたんですか?」

「まぁな、これでもいっぱしの猟兵だぜ。主に賞金首を狙う、な。」

 やはり、といったところか。

 その容姿からは想像が難しいものの、仕事に使う経費の多さも納得がいくし、先程の徽章もギルド関係者であることを示すものだろう。

「意外、というか大丈夫なんですか?」

「何が?」

「いや、身バレしないのかな、と。」

 腕っぷしがいいとは思えない華奢な体つきに童顔、ギルドの仕事の中で最も危険な賞金稼ぎなんてものをやっているようには見えない。

 もちろん目の前の女性は、『普通』とはかけ離れているのはわかっている。

 しかし、彼女が魔法使いだとばれてしまえば、今の立場から追われ、最悪指名手配される可能性も…あるかもしれない。

 公に魔法など存在しないといわれるこの時代、それでも魔術モドキを奇跡と偽り宗教勧誘をする輩が増えたため、政府主導で廃絶運動も始まっている。

 そのおかげで下火になっていた『魔女狩り』も勢いが戻りつつあった。

 本当に魔法使いにとって生きづらい世の中になったものだ。

 しかし当の魔女はどこ吹く風とその自信に満ち溢れた貌を崩すことはなく、ただ静かに、

「問題ないさ。」

 と一言で済ますのだった。

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