時代に取り残されたもの

【16】

 結局のところ、私は翁と魔女に連れだって捜査に赴くことにした。

 選択肢としては魔女の家で帰りを待つのもありだったが、さすがに一人で、しかも誘拐現場に居続けるというのもあほらしい。

 誰か一人一緒に待機してもらえばいいじゃないか、とも思ったが警部はこれから署に戻り仕事をするため無理な話。

 さて、それじゃ他の二人はどうしたのか。

 魔女は、

「こんな面白い話突っ込まないほうが野暮ってもんだ」

 こんな感じで意地でも行きたいらしく、というか私のことなど眼中にない様子で、対する翁は、

「わしも動いたほうが早く解決できるじゃろうし」

 と、またここでもお人よし節を炸裂させていた。…そもそも私たちは魔女の依頼でここを訪れただけなのだからわざわざ首を突っ込む必要はないだろうに。

 

 それはさておき。

 くたびれた顔の警部を見送り、私たち三人も調査に勤しむため席を立つ。

「あ、でも調査と言ってもどこを回るんですか?被害者の実家か、若しくは勤め先か」

「一応全部回るつもりじゃが、どこを先にしようかのう…」

 魔女が支払いをしている間に、これからの予定を翁と話し合っていた。

 もう日が傾き始めてずいぶんと立つから、そのうち夜の帳も落ち始めることだろう。

 そういったことも踏まえて行先を決めたほうがよさそうだ。

 支払いも終え、さて今度は三人で意見を出し合いながら町を散策しようとした、その時。

「待て、そこの三人。ちょいと面貸しな。」

 私たちを呼び止める声がする。

 その声を辿ると、そこには厳つい服装をした赤毛の男がこれまた厳しい目つきでこちらを見据えていた。

 そんな彼を見ても、魔女は平静を崩さない。

「ン~?何か用か」

「アンタじゃないんだが、そこの坊主の一言が気に食わなくてな。」

「なるほど。だってさチミッ子。」

「はァ…、それでどうすればいいんですか?」

 一応訊ねはしたが、あらかた予想はついている。

 その服装を見る限り、ここで仕事をもらっているギルドの労働者。その中でもモンスター討伐を主に行っている『狩人ハンター』、若しくは狩人の上級職として、傭兵としても重用される『猟兵イェーガー』と言われる人間のどちらかだからか。

 そして私の一言が気に障ったというなら、あれしかないだろう。

「謝れ、そして訂正しろ。」

 案の定というやつである。しかしここで少し考えた。

 確かに自分でも失言だった、と思ったのだから訂正はしなければならないだろう。

 そのまま思ったことを口に出す。

「そうですね、中には家庭を持ちしっかりと根を張った方もいらっしゃいますから、訂正します。今のご時世やることのない『』以外はその限りではありませんね。」

 はっきりきっちり訂正する。

 こうすれば彼らも溜飲が下がる…はず。

 その予想に反して、彼らの目がきりきりと吊り上がっていくのが見えた。

「そうか、そんなに俺たちを虚仮にしたいのか。」

「…?いえ、別にあなた方に向けていったわけではないんですが。」

 あくまで未だに英雄やら財宝探して億万長者やらのために人生の大半をかけている大人たちの事を言っているだけだ。

ただ向かうべき場所がないのに無駄な努力はしているなぁ、とは思っているけど。

 …あ、まさか。

「いいか、『冒険者』はまだ終わってはいない。たしかに昔に比べて未開の地や秘境の地といったものも減った。そして成り代わるように『狩人』や『猟兵』といった猟師や傭兵まがいの職が台頭していった。それでも『冒険者』はなくなりはしないんだ、絶対に!」

 途端に『冒険者』様によるご高説が始まる。

 最後は熱が入りすぎて、声を荒らげ肩で息をしていた。

 私の苦言は彼らにはドンピシャリ、だったわけだ。いやはやまさか、彼らのような人種に遭遇するとは夢にも思わなかったとは、単なる言い訳だろう。

 しかしどうしたものか、まずは子供らしく保護者達に頼ってみることにしよう。

 ちらりと魔女を見る。

 面白そうにこの状況を眺めるだけで、あえて何かしようとするそぶりは見せない。動くとしても面白おかしくかき回すだけだろう、あまり頼りにはできない。

 そして翁…もまだ傍観に徹する心積もりのようだ。

 仕方ない。出来る限り自力でなんとかしてみせよう、元は自分で巻いた種だし。

「えーっと、そうですね。確かに貴方の言う通りかもしれません、私もまだそこまで熱意のある方がいるとは思いませんでした。」

「そうか、なら」

「ですから」

 再三にも渡る謝罪の要求にあえてかぶせるように声を出す。

 そこから少しもったいぶるように一呼吸置いて話を続けた。

「そんな貴方に、一つ問いたいのです。様々な土地開発が進んだ昨今において、『冒険者』としての意気込みを、その意味を。」

 冒険者の瞳を見据え、真正面から疑問をぶつけた。


【17】

 昔から、不可解に思っていたのだ。冒険者と言われる職種が今なお存在し続けるのが。

 そう、一昔前のまだ未開の地が広がっていた時代なら話はわかる。言うなれば本の世界の英雄達と同一視されることもあったはずだ。

 しかし、それも過去の話である。

 だから私はこの拓かれた時代で一体何を求め続けているのか、それを知りたい。

 この問いを出された冒険者は、また馬鹿にしているのかと思ったのか胸ぐらをつかもうと手を伸ばす、しかしすぐにその手を下げた。

 私の真意に気付いたのか、それは定かではない。

 それでもその険しい目つきから憤怒の色が抜け落ちていくのが目に見えた。

 そして下げた手で顎を支え、しばしの黙考にふけり始める。

 たかが子供の戯言、されど子供の愚直だがおそらく誰もが思っているだろう疑問。


 周りがしんと静まり返る。

 談笑をしていた人々やギルドの職員たちも固唾をのんで見守っていた。

 ただ過ごしているだけではおそらく疑問に思わないであろう、自分の意味を問うことと同じ答えを、彼は懸命に探しているのだろう。

 待つこと数分、何か答えを見つけたのか、冒険者強い眼光を宿し私を見据えた。

「あくまで俺個人の意見だが、それでいいのなら聞かせてやる。」

「では、お願いします。」

「確かに、今ではほとんどの場所が踏破され、網羅されつくしているといっても過言じゃない。また分業のおかげでそれぞれが専門的な技術を深めやすくもなったが、誰もが余計な危険を恐れるようになった。」

「それはいいことじゃないですか。過ぎたるは及ばざるがごとしと言いますが、避けられるものは関わらずに避けたほうがいいにきまっています。」

「確かにそうだろう、事実俺たちにだって『冒険者は冒険しない』なんて格言があるくらいだ。これは慎重をに物事を運べってことを意味している。だが、どんなに回避しようとしても避けがたいものってのはあるもの。それが専門外の分野だとして、今の転職した者たちなら冒険者としての経験と機転で乗り切れるかもしれない。だが、これからの世代がそうであるとは限らないんだ。」

「つまり、その有事の際に冒険者は真価を発揮する、そう言うことですか。」

 なるほど、専門家として特化した技術では届かない分野を補うことを是としている。

 そう言うことを言いたいらしい。

「だがそれは、あくまで建前だ。正直な話後付けもいいところだろう」

「ふむ?」

「俺が冒険者を止めないのは、そこに知らないものがあるからだ。誰もやったことが無いことを、誰よりも早くやりたい、知りたい。そしてそれを誰かと共有したい。ただそれだけなんだ。何を言われようと、それだけは変わらない。」

 まっすぐ私を見据え、しかし私以外にも何か別のモノに向けて冒険者はすべてを言い遂げる。

 その姿は、物語に出てくる主人公を思わせるものだった。

「何とも、自分勝手な主張ですね」

「かもな、でも俺たちは人間だ。人形じゃないし、まして聖人君子でもない。やりたいことをやって、それで人の役に立つならこれほどうれしいことはないだろう?」

 ゆさぶりのつもりで放った一言も、彼には意味がなかったようだ。

 軽く笑みをこぼす。

「なるほど、大体わかりました。ずいぶん青臭い夢をお持ちですね。」

「まだいうk」

「ですが、貴方の意見は大分参考になりました。冒険者として生きるその意義、私にもわかったかもしれません。本当にありがとうございます。」

「え!?あ、おうわかったんならいいんだ。」

 謝礼の言葉を述べると、冒険者は気を良くしたのか鼻の先を人差し指でこする。

 周りの野次馬もそんな彼をたたえるように野次馬が一斉に歓声を上げるのを見て、私は置いてけぼりを食らっている翁と魔女に合図を交わした。

 後は、もうやることもないのでここから出るのみである。

「それでは私たちは急ぎの様がありますので」

 とだけ言い残し、そそくさと食堂を後にするのだった。


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