Fortune-telling

【14】

「それで、何が聞きたいんだ?」

 警部はその少なくはないしわが刻まれた顔を向けて問い掛けてくる。

 魔女は待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

「この一か月の間にこの町に訪れて滞在している奴らの情報が知りたいんだ。」

「また七面倒な」

「何言ってんだ、今の時代ならちょちょいと書類を調べればすぐだろう?」

「あのなぁ…今の世の中、情報一つ流すだけでも大事になるんだよ。」

「そこを何とかするのがお前の仕事だろ、頼むって。」

 そう言って頭を下げる魔女、それを見て警部は盛大にため息を漏らした。

「その代わり、こっちの捜査にも協力してくれよ?」

「任せとけ、荒事なら私の専売特許だぜ。」

 自信満々に言う魔女だったが、おそらく警部が言っているのはそう言うことではないと思う。現に彼はやれやれと言いたげな顔で首を横に振っている。

 それでも何も言わないのは、きっと彼女に何を言っても曲げないだろうという諦めからだろう。これまでの言動で私も理解し始めていた。


「次はわしの番か、何を占えばいいんじゃ?」

 今度は横から翁が話に割り込んできた。

 すると、警部はためらいを見せながら手提げ鞄の中から、一束の書類を取り出して語りだす。

「この事件を起こした犯人の手掛かりが欲しい。まだ捜査も始まってばかりでな、どんな些細なものでもいい。」

 最後の一言から、そこまであてにしていないことが分かる。

 しかしそんな風に言われると、今度は翁がむきになってしまうわけで…

 翁は警部が取り出した書類を半ば強引に奪い取り、その書類をテーブルの上に広げ睨み付けるようにじっくり見まわす。

 私もひろげられた書類を盗み見るとしよう。

 そこには、警察署に来る前に見た新聞と似たようなことがかかれていた。

 いや、その記事を補完するような情報が多い、とでも言おうか。

 まず目についたのは、被害者の特徴だ。

 今回の事件で明らかになった被害者と、この一か月間の行方不明者の多くが女性、さらに言うと子供や老人の迷子などを除外すれば、20代前半の女性がほとんどを占めていた。

 また被害者のプロフィールを見ると、彼女たちは娼婦として働いているがそれぞれ全く別の店で働いており、関係性は見受けられないとのこと。

 さらにバラバラにされていた死体の身元確認をしたところ、足りない臓器パーツががいくつか判明したそうだ。

 後は死体の発見場所が工業地帯のはずれに位置する使われていない小屋だそうで、スラムに近いこととオカルトな話が流行っていたことも重なり、発見が遅れたそうだ。


「警部、このたりないパーツというのは何です?」

 そう問いかけると、警部は顔に深い皺を刻んで、口をまごつかせた。

 余り言いふらすべきではないのか、なかなか踏ん切りがつかない様子で唸り声をあげている。

 その様子をじれったく感じたのか魔女は膝を震わせながら急かす。

「早くいっちまえよ、そっちのほうが楽になる」

 などと言っているが、きっと自分の事しか考えてないのだろう。

 やがて、警部も踏ん切りがついたのかチラッと私と魔女を流し見たあと、一つ咳払いをして、重々しく口を開いた。


「…主に下腹部、の女性にしかない臓器をとられているみたいだ。」

 その一言を言い終えると警部は押し黙り、此のテーブル席全体が沈黙に包まれる。

 魔女は「アー」と乾いた笑みを浮かべ、翁は…よく分からない。話した本人はその事件現場の光景でもフラッシュバックしたのか、沈痛な面持ちで沈黙を守っていた。

 はて、それにしても女性の下腹部とな。私が知る限りそこに存在して該当する臓器と言えば…

「子宮ですか。それまた奇怪ですね」

「おま、せっかくアイツが気を効かせてぼかして言ったのに意味がないじゃないか。」

 自分なりの正解を口にしただけなのだが、まさか魔女に窘められるとは思わなかった。

 というか、何故そこまでまごついたのか。

「そも捜査に重要な事実なのですから、ぼかしてしまうのは余計に混乱させるだけでは?」

「いや、まぁそうなんだが。そう言うことじゃなくてな。あーもう!」  私が理詰めで魔女に説き伏せると、彼女は何か言いたそうにして、それを言えないもどかしさからか、自らの頭を掻きむしり始めた。


 はて、なぜ彼女はそんなことしているのか、心の機微に疎い私にはついぞ理解できそうにない。

 やがて話を進ませるために警部は割り込んでくる。

「…それはともかくとして。これはまだ確定事項としては、まだ弱くてな。実際他にも見つからないパーツがあってそのうちの一つでしかないんじゃ?という意見も出ている。」

「まあでも、限りある情報の一つであるんじゃ、有効活用させてもらうしかないのう。」

 そう言うと翁は書類の細部にも目を通し始める、情報の取りこぼしを防ぐためだ。


「しかし、臓器の一部を持ち去る、ねぇ?一体何がしたいんだか…」

「そんなの、こっちが知りたいっての。魔法使い様お前さんらはどうなんだ?」

 魔女が首を傾げながら零し、それに繋げるように警部は問い返した。

 その問に、魔法使いわたしたちは一斉に首を傾げる。

 不詳修行中の身である私には詳しいことはわからないので、あえて割愛させてもらうことにして。


 まずは魔女が口を開いた。

「う~ん、私の専門分野じゃないからよくわからん。魔女術の使い手でも知り合いにいれば素材としての価値があるか聞けるんだが。」

 いないんだよなぁ、などと最後にぼやいた。

 対して翁は、

「そうじゃな、そう言った臓物を使った物も存在する。じゃがどちらかというと今回は精神的象徴の意味合いのほうが強い気がするのう。」

 と、独自の意見も交えて言葉を発した。

「象徴的って、どういう意味ですか?」

「ちと宗教じみてる感じがしてのぅ。執着心が強いというか…」

 翁は煮え切らない面持ちでウンウンと唸る、うまいたとえが見つからず喉に魚の骨が詰まったかのようだ。

 今度は警部が翁をせかす。

「その考察は大変ありがたいんだが、さっさと占ってくれないか。いったん戻らないといけないんでな。」

「おお、すまんすまん。少し待っておれ。」

 急かされるままに翁は早速占いの準備に取り掛かる、ちゃっかりと商売道具(?)を持ってきているあたり用意周到だ。

「しかし仕切りがあるとはいえ、こんな人の多い場所でやって大丈夫ですかね…?」

 そう苦言を呈すと、今度は魔女が自慢げに話しだした。

「嗚呼、気にしなくていい。ちょろっと仕切りの構造変えたから。遮光性、防音性と共にトップクラスの仕上がりだ、どうよ?」

「それなら安心ですね。」


「いや待て、何勝手に店の備品を改造してんだ。終わったらちゃんと直せよ?」

「…え」

「え?」

「オイ、なんだそのマヌケを見るような目は、当たり前だろうが。」

 平時よりドスの効いた声音を使う警部。

 別に性能が良くなっているのだから問題ないと思うのだが…。

「えー、別にいいじゃんかよ。てか戻すのめんどい。」

 そう魔女が愚痴をこぼすと、その魔女を諭すように警部は語り始める。

「一応、いろいろと考えられて作られてるんだ。此の部屋だってわざと機密性を下げられているからな。」

「何故です?」

「犯罪にでも使われたら拙いだろ。予防のためにわざと緩くしてんだよ。」

「嗚呼、なるほどそれなら仕方ないですね。」



「…おーい。もう始めちゃっていい?」

 また話が明後日のほうへと飛んでいたようだ、一人黙々と準備をし終えた翁が消え入りそうな声で訊ねたので、無駄話を止めて本題に戻ることにしよう。

 占い、と言えば綺麗な円形の水晶玉。

 翁もその例外ではなく、出かけの際は割れることの無いよう厳重に保管しながら持ち歩いていた。

 いつみても吸い込まれるかのような光沢を放っているそれを、翁は手をかざし念じ始めた。

 ちなみに、水晶が無くても占いはできるらしいが、雰囲気というものが大事らしく、またあるよりないほうがイメージが固まりやすいのだとか。補助としての役割が強いそうだ。


 その様子を残った三人が物珍し気に眺めていると、水晶の奥がだんだん黒ずんできた。

 異変を感じ取った警部の顔が青ざめ始める。

「こ、これ大丈夫なのか。寿命が縮むのろいとかないだろうな!?」

「おまえ…50近くにもなってそれはみっともないぜ。というかそれだけ生きてりゃ本望だろ。」

「不老の魔法使いに言われたくない言葉ですね。」

 そんな茶番劇をはさみ、いくばくかの沈黙の後、何かを掴んだのか翁の口が開く。


「犯人は男性、年齢は20代前半-」

「嘘だろ…あれだけでそんなにわかるのか」

「失せ物、探し人の類は爺さんに任せれば大体見つかるからなー」

「さすがに漠然とした情報しかない上、全国から探し出せってよりは良心的ですもんね。」

 魔女を見ながらそうこぼすと、彼女は口笛を吹いて顔をそらす。

 翁はまだ真剣に水晶と向き合っていた。

「体格は一般男性と変わりはなく、名前は-ム?」

 なにかに気付いたのか犯人の情報の読み上げを中止してしまい、それを警部が訝しんだ。

「なんだ、不具合でも起きたのか?」

「ムゥ…スマン、これ以上は無理みたいじゃ。」

「情報不足ってやつか?状況証拠だけしかないもんな、犯人自身の遺留品でもありゃぁまた違っただろうが。」

「それもあるんじゃが…、何故だが見れないんじゃよ。」

「「「…は?」」」

 翁の発言に集まった三人がそろって素っ頓狂な声を上げた。


「そう言うことってあるんですか?何度か仕事で占っている時には一度も起こらなかったと記憶してますが。」

「うむぅ…、ときどきそういった耐性のあるモノがいるとは聞いておったが、わし自体も初めてじゃよ。」

 そう言って難しい顔を作る翁。

 どうやらその見えない原因とやらが分からない限り、これ以上覗いても意味がないとのこと。

 その原因というのが数え切れないほど候補があり、少なくともこれにも何かしらの情報が必要らしい。

 それを聞いた魔女がふと思いついたように口を開いた。

「なぁ、その原因って魔術だったりしないか?」

「その可能性もある、がその場合これ以上はわしには無理じゃの」

「なんでだ?」

「他人の術の行使に干渉する時点でかなり手練れの者じゃて、これ以上覗こうとすると相手にばれる可能性が出てくるんじゃ。」

 あまり乗り気では無いように翁はそうこぼした。

 たしかにその道の一人者(らしい)翁の術にあらがうことのできる術師だと、下手すれば魔法使いに匹敵、もしくはそのものだろう。


 正直私は遠慮したい。

 しかし翁は生粋のお人よしなので是が非でも一人で、私を道連れにこの厄介事に突っ込むだろう。

「正直、おぬしらには手を引いてもらいたいのじゃが…」

「おいおい、じゃぁ何か。警察おれたちは指をくわえておとなしくしてろってか、それは無理な相談だ。」

 翁の提案をバッサリと警部は断る。

「俺はこの町が好きだ。みてくれの通りずさんな性格だがそれでもこの町の平和を守りたい一心でこの職に就いたくらいだ。だからこそ見てみぬふりなんざできねえよ。」

 確かな意思を感じさせる瞳をして宣言する警部。言外に警察をなめるなとでも言っているようだ。

 それを見た魔女はたたえるように口笛を吹き、翁はその様子をみて深々と溜息を洩らした。

「はぁ、わかったわい。もう何も言わんが自分の身は自分で守れよ。」

「嗚呼、それぐらい当たり前だろ。せいぜい死なないよう気を付けさせてもらうさ。」






【15】

「あ、ちなみに私も協力させてもらうからな。」

 軽い口調で魔女がそんなことを口走る。

 正直これも意外だった。

「てっきり面倒だから抜ける、って言うのかと思ってました。」

「いや、ちょっと面白そうだしな。別にかまわないよな?」

 調子を崩さず他の二人にも同意を求めると、彼らは二人一斉に盛大な溜息をついた。


「今さっきまでの雰囲気を台無しにしてくれるなよ。せっかく決まっていたってのに」

「アー、スマンな。そういった男のロマンとか興味ないんだわ、私。」

 どうやら二人の男どもは先程までの雰囲気に酔っていたらしく、それを醒ました魔女を怨めし気に見つめた。

 対する魔女はどこ吹く風と、飄々としてたけど。


 それはともかく

 これ以上はオカルトを頼っても無理。さらにここで議論をしていても机上の空論になるのは目に見えていた。

 つまり、ここからは自らの足で情報を集めるしかないのである。

 あえて言おう、面倒くさいと。

 私は目標が曖昧のまま歩きどおすのが大嫌いなのだ。できるモノなら安楽椅子探偵アームチェアリング・ディテクティブの如く肘掛椅子に座っていたい。

 …まぁ、はかない夢幻だろう。

「調査のほうは内密に頼むわ。それじゃぁ俺は一旦署のほうに戻るとして、そっちはどうする?」

 警部が席を立ちながら問いかけると、翁は髭をおもむろになで魔女は帽子をくるくると回して答えた。

「まぁ、定石通りならこれから聞き込みだろうなぁ。私としてもちょうどいいし。」

「それ以外やることないしの。このまま待つというのも落ち着かんし、それが一番じゃろうな。」

「あの、私は…」

「うーん、チミッ子も一緒に来たほうがいいんでないの?」

「待て、仮にも今回の被害者で、唯一の生還者だぞ?またコイツを狙いに来るかもしれん。」

 これからの指示を仰ぐと、魔女は軽い口調でそう答える。

 対して警部は、私の処遇に頭を抱えているようだ。


 私自身、犯人を見たわけではないが相手はそのことを知らないはず。

 なればこそ目撃者である私をもう一度狙いに来る可能性、というのもありうる。そのあたりも考慮しないといけないそうだ。

 手っ取り早く調査の間だけ警察署に預けるのはどうか、という案も出たが、警部にバッサリと切り捨てられる。単純に事件の捜査で人手が足りないとのことだった。 

 そこで間に入ったのが翁だ。

「一番は本人に決めさせるべきじゃないかの。おぬしは、どうしたい?」

 そう言って翁が私を見据える。

 そして私は-

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