奇妙な奴ら

【13】


 近くの停留所を探し、そこからバスに揺られて日が傾いてきたころに、ようやく警察署の手前まで到着する。

 これで車に乗ったのは二度目だが、最初に乗っていた警察車両とは打って変わって窮屈な思いをすることになった。何故かといえば大きな長方形の乗り物に、何人もの人々が押し込められる形で乗り込むからだ。


 車と言えば輝導具に並ぶ超高価な文明品の一つで、個人所有に至っては貴族の道楽と揶揄されるほど。一般市民にとってはとてもじゃないが買えやしない、だからこそ公共で使いまわしているのだから。


 これには魔法使いの二人も辟易したようで、錬金術師の少女は、

「やっぱ、あまり乗りたくないなぁ」

 とこぼし、翁に至っては口を抑えて必死に吐き気を抑えている。うわ、翁こっち向くな。


 調子をととのえ終えて、いざ警察署の中へ入る。

 さすがに日中なだけあって昨夜とはくらべものにならないほどの人がせわしなく行き来していた。

 少女はそのうちの一人を捕まえて、昨日訪ねてきた警部を呼ぶように伝えた。

 その時、ぐずる職員に何か脅しをかけていたようにも見えたが、見なかったことにしよう。

 しばらくすると、奥から警部が出てくる。その顔は何処か険しげだ。

 その顔を見て錬金術師の少女は笑顔で応対して見せた。

「よう!さっきぶりだな。元気してたか?」

「お前なぁ…昨日の今日で、しかも殺人事件の起きたその日に家でぐっすり眠れるわけねぇだろ!家に帰った瞬間呼び出されたわ!」

「おおっと、そいつはご愁傷さま。それよりもどっかの酒場に行かないか?」

「勤務中の警察に、そのうえ子供同伴で酒を進めるなよ…」

 盃を傾ける仕草をしながら誘う錬金術師の少女に、頭を抱えてため息をつく中年の警部。


 二人が知り合いであるのは昨日のやり取りから知ってはいたから、この生ぬるい雰囲気になるのもうなづける、のだが警察と魔法使いが仲がいいというのもおかしい話ではないのだろうか。

 そんなことを考えていると、少女の瞳が蠱惑さを秘めるように細められる。

「一寸した情報交換がしたいんだ。な?時間ならどうとでもなるだろ。」

 その言葉を聞いた警部の顔もそれまでの疲れ切ったものから真剣なものへと変わる。

「めぼしい情報でも見つかったのか?」

「さあね。ついてくるなら、何かわかるかもよ?」

  険しい顔つきで勘繰る警部に、それでもなお蠱惑的な笑みを崩さない魔女。

 最終的に折れたのは警部だったようで、深いため息をつき、一言

「少し待ってくれ」

 とだけ残し、また署の奥へともぐっていく。

 その様子を見た魔女は愉し気に笑い声をもらすのだった。


 それから待つこと数分、いくらかの荷物を手提げ鞄に入れて先程よりもくたびれた顔を引っ提げて帰ってくる。

「どうかしたんですか?」

 と問うと、

「上司から小言もらってきたんだよ。」

 と顔を歪にゆがませながら返された。

 如何やらその『上司』は苦手な人物なのだろう、未だにうわごとのようにブツブツと文句をつぶやいている。

 このまま日が暮れるまで、延々と怨嗟の言葉を吐き続けるのでは、と思ったのか魔女は思いっきり手を叩いて注目を集める。

「ほらウジウジしてないで、さっさと行こうぜ」

 とだけ残し、またもや一人先に行こうとしていた。

 有無を言わせない強引な物事の運び方ではあったが、それに続くように翁と私、そして最後に警部と彼女の後をついていく。


 そうしてたどり着いたのは、少し小汚い、反して人の出入りが多い大衆食堂だ。

 看板にエールとつまみの絵が描かれていることから、夜間は酒場として活動していることが分かる。

 中に入ると今度はガラッと雰囲気が変わった。

 何がというと、客の大半が物騒な得物を身に着け、その身を防具で包み込んでいる。其の面持ちも、つわもの然とした凛々しいものが大半だ。

 私たちが入ってきたことに気付くと、一様にこちらを見定め興味のなくなったものから順に自らの作業に戻っていく。

「こうも不躾な目で見られた後に、何事もなく無視されるのはクルものがありますね…」

 できるモノなら彼らに一言もの申したい気分ではあったが、そんな些事にかかずらうほど私たちは暇ではない。

 そんな折、魔女は口を開いた。

「まぁ、アイツらも生活が懸かっているからな。それぐらいは許してやれ」

「生活、ですか?」

「依頼斡旋所も兼ねているから、依頼者候補には目を光らせておかないとな」

 なるほど、ここは『ギルド』の経営する大衆食堂だったのか。

 昼過ぎだというのに頻繁に人の出入りがあって、なおかつガタイのいい人たちが多いのも頷ける。

 職に炙れた者たちのための『ギルド』という施設は町単位で経営されており、国家からの圧力を受け付けない独自の体系を築いている、らしい。文献から得た情報である。

 その業務は先程魔女が言った『依頼斡旋』の一言に尽きる。内容は法に触れない限りはどんなものでも受け付けるとのこと。

 軽いものならベビーシッターや留守の間の店番、物騒なものになると怪物モンスターの討伐や身辺警護等々。

 そんなギルドで仕事をもらい日々食いつないでいる人びとを指す言葉をなんといったか…


根無し草デラシネ…でしたっけ」

 刹那、私を見る客たちの目の色が変わる。

 さすがにこれは失言だったようだ。しかしどうしたものか、あいにく人の機微といったものに気を付けるいわれはないし、そもそも彼らが不躾な態度をとらなければ私も見向きをしなかったわけで、だから私は悪くない。

 剣呑とした雰囲気を醸し出すのもわずかな時のみ、私に一振りのげんこつがお見舞いされる。その威力ときたら頭上に星が舞うほどだ。

 その拳の持ち主は随伴していた警部の物だった。

「お前なぁ、少しは時と場ってものを考えろよ。」

「それが不適切だったのは認めます。が、私は謝りません」

 だって、別に間違ったことは言ってない。それにこの言葉は蔑称として有名だけど、私は知識の確認のために独り言を言っただけでそれ以上の意味を持ち合わせていないのだし。

「言っていいものと悪いものの区別はできるじゃろうに…」

 翁はうなだれながら私を窘めてくる、もちろんわかっているつもりだがあえて可聴域限界の声で漏らしたのだ。まぁ嫌味が入っているのは察してもらえるだろう。

 だが謝らない。

 ちなみに魔女はそんな状況の中で口を抑えて必死に笑いをこらえている、この人もなかなかにいい性格をしていた。

 一触即発の雰囲気に反して未だに手を出さないのはやはり公安の人間が隣にいるのが要因の一つだろう。誰だってこんな些末事で縄につきたくなどはない。

 ひとしきり笑いをこらえきった魔女は軽快な足取りでカウンターに向かう。

 二、三言交わしたと思ったらこちらに帰ってきて仕切りのある個別席を指さした。

 どうやら、あそこで腰を落ち着けて話そう、ということらしい。

 彼女の先導するまま私たち四人はぽっかりと空いているテーブル席に座る。最後に魔女が扉を軽く叩きゆっくりと締めた。


 テーブルの中央には蓮が添えられていて、唯一清涼感を醸し出していた。

 そんな清涼感もそっちのけで、ガタイのいい警部が第一声を放つ。

「それで、情報交換と行こうじゃないか、魔法使いさんらよ。」

 テーブルに肘を乗せて、やや無作法に放たれた言葉に、私と翁は互いに顔を見合わせ魔女は苦い顔をして低い唸り声を挙げた。

 そも、私と翁は警部が欲している情報とやらが何なのかを知らない、唯一何かを知っている魔女もどこか歯切れが悪いようだ。

 やがて、魔女が重い口を動かし衝撃の一言を放った。

「スマン!別に真新しい情報なんざ持ってないんだ。」

「…ハァ!?てことは何か、無駄足だってのか!?」

「いや待て、確かに情報は持ってないが情報の提供はできる、主にそこの翁が!」

 馬鹿馬鹿しい、とそのまま席を立つ警部に待ったをかけ、魔女が何を言うかと思えば今度は翁に話が飛び火した。

 いきなりのことで翁も目を白黒させている。

「え、何?そこでわしに来ちゃうの?」

 あまりに突然だったからか、口調が軽いものに変貌している翁。それをあえて無視して魔女に問う。


「もしかして翁に占わせるつもりですか?」

「嗚呼、下手な情報よりそっちのほうが有用だろ?」

 即答である、他人の力を行使することに何も忌避感を覚えていないようだ。

 そこで待ったをかけたのが残り二人、警部と翁だ。

 警部は、

「捜査に一般人、しかもオカルトが入るのは避けたい」

 と抗議し、翁は、

「そも、わしは手伝うとは一言もいっとらん」

 と反論を述べた。

 しかし魔女は彼らの抗議反論を受け付けず、逆に彼らを説き伏せてしまう。といっても自分本位の言葉が口からついて出たようなものなので説得力なぞあったものではない。

 それでもその熱意に充てられたのか、結局二人して折れる結果となったのだった。



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