動機
-初めて○○○は怒った。
本で見た芸をしようとして食器を使い、落として割ってしまったのがことの始まり。
初めて知るその顔はこの気持ちは、とてもイタくていやなものだ。
なんでこんなに怒るのだろう、なんでこんなにいやな気分になるのだろう。
よくわからない。
よくない事をしたからだろうか、ただ褒めてほしかっただけなのに。
○○○は壊すことはよくないことだといった。そしてよくないことをしたときは謝らないといけないということも教えてくれた。
この時初めて、いいことと悪いことの存在を知った。-
【25】
捜査を開始してから二日目の朝。
あの後は仕事疲れと、極限状態に置かれたための精神的疲労から家に帰るまでの記憶が一切ない。
ついでにいつの間に寝てたのだろうか、私。
とはいえ今朝もつつがなく起床、食事を済ませて街中散策を楽しんでいた。
何故かといえば、被害者の自宅捜査がことのほか早くすんでしまったからだ。
結果としてわかったことと言えば、被害者は一人暮らしないし同僚だったりとルームシェアをしている、そしてみなしごだったり少なくとも親族との関係性が途絶えているらしいということ。
要するにいなくなったとしても最低限の混乱ですむ、若しくは騒がれない人々を狙っての犯行だったようである。…と言っても職業柄そう言うのも珍しくもないのだけど。
捜査を明らかに進展させるような情報ではないし、後は虱潰しに町を散策するぐらいしかやれることはないのだ。
というわけで、ぶらりと街中を歩いて回ってそれでもやっぱりこれといった進展もなく昼時になる。
魔女行きつけの喫茶店に入り、出されたサンドイッチをつつきながらこれからの予定を話し合うことになったのだが…。
「正直な話、手詰まりですよね。事件のほうも人探しのほうも」
「片や回れるところは見尽くして、片やそもそも情報がほとんどない。どうしようもないのう」
「アハハ、まさに八方ふさがりだな!」
翁と私が渋い顔で現状を憂いている中で、魔女は愉しそうに笑っていた。
それはまるで、玩具を手にした子供の様な笑顔である。いったい何が楽しいのだろうか。
「はぁ、笑ってる場合じゃないですよ。このままだと今日も無駄足で終わりそうですし。」
そう言って、深々と溜息をこぼす。
事件の早期解決はこれ以上被害者を出させないためにも必要だし、そもそも人探しのほうも進めないといつまでたっても帰れない。
特に前者に至っては少なからず私の命にかかわる可能性もあるのだ、一番重要な話。
「すぐに見つかるんじゃつまらないだろ?いついかなる機会を楽しまなくちゃな」
「命の危険にさらされていないから、そう言えるんですよ。」
神経とがらせている私の身にもなってほしいものだが、彼らが最低限度以上の心配をしてくれるとは思えない。
目の前で攫われるのなら助けてくれるだろうが、逆に目の届かないところなら…最悪いなくなったことにも気づかなそうだ。
まだ何も得ていないというのに、こんなところで無残な骸になるわけにはいかない。
「号外-号外だよー!」
いつぞやと同じように、文屋のはきはきとした声が通りを席巻する。
そして、空から彼らがばら撒いているであろう新聞がハラリハラリと降りてきたので、其の一枚を拝借して見ることにした。
「見た感じ昨日の事件の記事みたいですね、-あれ?」
そこには昨夜起きた事件の被害状況について書かれている。
昨日魔女が派手に暴れまわった件については、全ての罪を殺人犯被ったようなのでいいとして-
「翁が助けたはずの女性が死んでるんですけど…」
「…嗚呼、間に合わなんだか。」
翁は静かに目をつむり、黙とうをささげる。
「間に合わなかったって、魔法で治したのではないですか?」
そう問いかけると、今度は魔女が横から入ってきた。
「前にも言ったろ?私たちは神様じゃないってな。翁も私も治癒だの回復だのはこれっぽちも使えないんだよ。」
「何故?」
「面倒くさいんだ、かなり。」
「…は?」
あまりにもザックリとした返しに言葉にならない声が漏れる。
しかし魔女は意にも介せず話を続け、そこに翁が補填する形で話に割り込む。
「専門知識の量が膨大でしかも多方面にあるもんだから、基礎を固めるだけでも苦行なんだよアレ。そもそも他人のための魔法を真面目に研究している魔術師や魔法使いがいるとは思えん。」
「それに施術しようにも作用される要素が多すぎて、普通は人に使えるもんじゃないしの。被験者の容体だけでも目まぐるしく状況は変わる。…いまでは医療技術の進歩のおかげで、医者が以前より安全確実に人を救えるようになったしのう。」
「そうそう。止めるわけにもいかんし、一から作ったほうがまだ楽ってなもんだ。」
それぞれが長々しく、まるで言い訳をするような説明だった。
二人とも一度試して挫折でもしたのだろうか、表情には暗い影が落とされている。
それはともかく、魔女の発言から気になることが一つ。
「治癒術系統は人気が無いように聞こえますが、何故ですかね?」
「なんでって、魔法使いは誰かに頼まれてなるものか?」
「それは…違うと思います。」
「それと同じだよ。あくまで
確かに彼女の言うことは的を射ている。
少なくとも私にはそう感じた。
「それは置いとくとして、そろそろ話を進めんか?」
という翁の発言により一先ずこの話に終止符が打たれる。
そうだった。
今はどうにかしていち早く突破口を見つけないと。
云々と唸りながら天啓でも悪魔の知恵でもいいから降りてこないかと頭をひねっていると、ふと翁が口を開いた。
「この際、一度集めた情報をもとに考え直すの有りじゃないかの?」
そう言って翁は目の前に出された紅茶を啜る。
しかし魔女は何処か否定的であった。
「うーん、それもいいけどまだ意味ないんじゃないか?目新しい情報が入ってからにしようや」
こうして二人の意見が分かれた形になるが、どちらも間違ってはいないだろう。
むやみに動き回るよりは一度腰を落ち着けたほうが物の見方が変わるかもしれない、しかし考えるにしても肝心の情報が不足していては意味がないのではないか。
さて、それではどうすればいいのか。
正直この二つ以外に考えられる代案は持ちえていない、ならどちらかの意見を尊重するべきだ。
サンドイッチを手に持ちながら、少しの間考える。
「…私は、翁の提案に同調します。」
そう言うと、案の定魔女は不服そうな顔で私に抗議する。
ジッとしているのは性に合わないとか、身内だから贔屓にしてるだろとか、子供の様な難癖をつけられたが、極めて冷静に、
「私は無駄に動きたくないだけで、翁の意見を鵜呑みにしているわけではありません。というか貴方方と違って三日前から動き通しで疲れてるんで少し落ち着かせてください。」
と返した。
すると魔女は身を引かせながら首を縦に何度も傅かせてみせた。どうやら真摯な想いは伝わったようである。
-若干早口になってるとか一気にまくしたてる様から鬼気迫る何かを感じて、だとかそんなことは一切ない。ないったらないのだ。-
【26】
一先ず情報を整理するということで話が通ったものの、何から手を付けたものか。
今まで得たものをざっと見まわして、どこか気になる点がないか探してみる。
そして目についたものと言えば-
「やはり、犯人の動機が一番気になりますね。」
「そうか?ただの愉快犯でも話が通じるだろ」
「いや、ただの愉快犯にしてはずいぶん意味深すぎやしないかのう。特定の臓器を持ちさるなんぞ、何かしらのメッセージとみてもおかしくはない。」
「単純に世論を面白おかしく引っ掻き回そうとしているだけじゃないか?」
「だとしたら、やり方が周りくどい気がします。そもそも私が攫われて無事逃げ出せなかったら、まだ発覚してなかった可能性もあるんですよ?」
私が口火を切ると、それぞれが思い思いに意見を出し合った。
魔女は快楽殺人者の仕業だろうと当たりを付け、翁は特異な殺し方に犯人の強い意志を感じると宣う。
私としては、やはりただの快楽殺人者と片付けてしまうにはマズイのではないかと思う。
そういった人物は自己顕示欲というものが強く自らの行った成果をやたらと人に見せたがる。
今回の事件は、そもそも発覚することを前提にしたものなのか、いやそうではないはずだ。
ならこの不可解な行動は他者に向けてではなく、自らの…そう儀式的なもののような気がする。
「…そう言えば、占っていた時に翁はなにか言ってませんでしたっけ」
「何かと言われても、具体的にいっておくれ。」
「えっと…そう精神的象徴ってやつです。たとえばどんなことが考えられますかね?」
「どんなこと、と言われてものう…」
翁は一度紅茶の入ったカップから手を放し、腕を組んで黙考し始める。
数舜俯いていたかと思うと、唐突に口を開く。
かと思えば言葉にならない声のような、悩ましい息がまず先に出てきた。
煮え切らない態度の翁にしびれを切らした魔女が急かすと、ぽつぽつとだが語り始める。
「精神的象徴というのは、いわゆるその人物の在り方を示す重要なものじゃとわしは思っとる。それは目標と言われるものかもしれんし、若しくは…ともかく心の拠り所に密接に関わっているかもしれん、ということくらいじゃよ。」
それ以上のことは憶測にも満たないので、今言えることではないとして翁は一先ず語り終えた。
翁の言っていることは何とも抽象的で、だからこそ言葉にするのにも時間がかかったのだろう。
確かに、此の事件には何かしらの執着が見られるようにも思える。
今のところ目立った被害というのは娼館勤めの4人だけ、しかし行方不明者の中にはまだ見つかっていないだけですでに犯人の毒牙にかかってしまったものもいるかもしれない。そういう意味ではもしかしたら見当違いをしているかもしれないが。
すると魔女は片手で顎をさすり始める。
何か、引っかかるモノでもあったのだろうか。
「心の拠り所、ねぇ…例えば宗教みたいなもんか?」
「一概には言えんよ。ただその可能性も大いにあるじゃろうて。」
「となると、その方面から調べるのもありかもしれませんね。何か怪しい動きを見せる宗教組織を探してみましょうか。」
「最近できたばかりの、とも付け加えられるな。」
「何故です?」
「そういった変な儀式なんてやる所、聞いたことないからな。おそらくこの町でのみ流行ってるんだろ。」
確かに、魔女の言うことも一理ある。
となればかなり絞れてきたのではないか?少なくとも当面の指標はできた。
「それでは、今度は宗教関連の施設を洗ってみるということでいいですね」
「意義ナーシ」
「うむ、そうじゃのう。」
魔法使いたちも異論はなさそう、なら行動開始と言わんばかりに三人そろって身支度を始める。
会計を済ませ外に出て、いざ探索開始と行こうじゃないか。
「ところで、どうやって探す?やっぱり足で地道にいくしかないんじゃないの」
「というかおぬしは、場所の見当もつかんのかい」
「ハハッ困ったことにそうなんだ。」
「え~…」
…どちらにせよ時間はかかりそうだった。
【27】
結局自らの足を使った地道な捜査をこなすことになりそう、ではあるが。
せめてもの悪あがきとしてあらかたの場所の特定だけでもと必死に知恵を絞った結果、何とか妖しい地域の割り出す。
翁頼みで占ってもらうことも考えたのだが、明らかに逸脱しているとはいえ宗教関連は相性が悪いらしく結果も芳しくはなかった。
そもそも儀式を行う場は見えない境界で区切られていることが多く、いつの間にか周りと遮断、俗物的に言うと覗き見されないようになっているそうな。
できないものはしょうがない、ということであるかどうかは別として一先ず検討を付けた場所へと足を運んだ。
ちなみにその場所と言うのは、この町に存在するスラムとそれ以外の場所の緩衝地点、いわゆるグレーゾーンと呼ばれる場所である。
「昨夜もこの辺りは通りましたが、やはり他とは比べて薄汚れた感じがしますね」
「仕方ないさ、スラム街が目と鼻の先にあるからな。カタギの奴らは近づこうとすらしない。町の奴らはそのまま『灰色通り』って呼んでるな。」
ちなみに、魔女が住んでいる家も灰色通りに面しているらしい。
翁はあたりをぐるりと見まわし一言、
「危なそうな店がちらほらあるのぉ」
と呟く。
そんな翁を見て魔女は、
「あたり前だろ」
と返した。
「街の美化運動だかなんだかで、怪しげな店のほとんどは大通りから移転させられたんだし、そもそも本当にヤバイ商売してるやつらはここかここから先のスラムで商いしてるさ。」
「ちなみに興味本位で聞きますが、どういった店があるんですか?」
「そうだなぁ…灰色通りにあるのは、さびれたバーだとか、いわくつきのモノを好んで取り扱うアンティークショップ、後は昨夜いった娼館ぐらいか。」
「割とまとも…なのかのう?」
「まぁここら辺は普通の人はもちろん警察だって警邏にくるからな、ホントにヤバいもんはスラムの奥のほうで取り扱ってる。ヤクとか…人とかな」
何とも物騒な話である。
危険な薬や人身売買についての規制や禁止の法ができてずいぶんと立つというのに、懲りないものだ。
「そう簡単になくなりなどせんわい」
「ある意味資本主義の弊害ってか?何でもお金で買えるんだもんな。」
「かもしれませんn…てだから自然に心を読むのはやめろとあれほど」
さも当たり前かのように話が続いたので一瞬流されてしまいそうになった。
少しも反省しそうにないのは…いつも通りか。全くこの魔法使いどもは…
「それで、ここからは完全に虱潰しで探さないといけないわけですか…気が滅入る。」
「今回は目標がはっきりしてるんじゃから、まだましな部類じゃよ」
「それでも、妖しい宗教施設なんてそう簡単に見つかるわけないじゃないですよ。人目につかない場所に隠しているに決まってます。」
こうやって、灰色通りを歩くだけではきっと何も見つかることはないだろう。
もしかしたら人寄せのため少し奇抜なデザインだったり、今認められている教会を模したものだったりするかもしれないが、あまり公にはできない儀礼をやっている時点でその線は低い。
おそらくなんてことない集会所や、最悪民家に偽装しているのかもしれない。そうなってはお手上げだ。
私たちは公的な権力はないからあまり無理できる立場ではないし、警察にも家宅捜査を拒まれたら証拠もなしに強行できないから。
せめて尻尾でもつかませてくれたら上出来なんだけど
…もしつかんだ情報が警察と丸被りしたらと思うと、やめておこうやる気が削がれる。
「どこかに事件の手掛かりが落ちてませんかね…」
「そんなのがあれば、今頃すでに解決してるさ。人生そんな甘くはないぜ-ん?」
「どうしたんじゃ一体-ほ?」
翁と魔女は素っ頓狂な声を挙げた。
何か気になるモノを見つけたのかもしれないと、私も彼らの視線を辿っていく。
そこには、白いユリの花を持った冒険者の姿があった。
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