灰色の道を歩む

【28】

 すぐに冒険者は不躾に見る私たちに気付いたようで、私たちに声をかけてくる。

 私たちも情報欲しさに彼に応えた。

「君たち、こんなところで何してるんだ?」

「それはこっちのセリフ。大の男が昼間に花をもって灰色通りをうろつくとか、事件の香りしかしないよ。」

 魔女はにやにやと小馬鹿にするようでかつ冒険者を訝しむように見据える。

 すると冒険者は、怒るわけでもなく肩を落として顔を俯かせ、やるせない顔をつくった。

「そうだな、事件のあった場所に花を添えに来ただけだよ。」

「事件…あ、そういえば少し先にいくとあの現場にたどり着きますね。」

 そう、彼が進む方向には以前私が誘拐されて拉致された建物があったはずだ。

「ふむ、誰か親しい人でもなくなったのかえ。」

「ええ、まぁそんなところですよ、ご老体。」

「ちなみにその人とはどんな間柄だったんだ?」

「…逆に聞くが、なんでそんなことを君たちに言わなきゃならない?」

 流石に魔女の不遜な態度にはさすがにカチンときたのか、射殺さんばかりの眼光で魔女を睨み付ける。

「おいおい睨むなっての、一寸気になっただけなんだからさ。」

「…どちらにせよ、君の言動は不愉快だ。何処か行ってくれないか」

 気付いているのか知らないが-気づいてこれなら何とも性根の悪い-、相手を逆なでする言葉を不用意に重ねる魔女。

 一先ず翁が彼女の口をふさいで、私が代わりに冒険者に応対する羽目に。

「あー、すいません彼女はあれでも気にかけているんですよ。たぶん」

「最後の一言は入らなかったよな?」

「一寸口が悪くて、礼節にかけるだけ?なはずです。実はこちらも立て込んでおりまして、もしかしたら貴方にも関係ありそうなんで話を伺いたいのですよ。」

「何故疑問符を付けた…いや待て、俺にも関係あるってどういうことだ」

 よし、こちらの話に興味が出たようだ。

 あのまま帰られたら、貴重な情報源を逃してしまうところだった。

 少しもったいぶるように話を続ける。

「今私たちで、事件の調査を行ってるところなんです。」

「この事件については警察が出張ってるから、民間わたしたちの出番はないはずだ。」

 聞いた話によると、どうもギルドと警察で仲たがいを起こしているらしい。

 ギルドでは探偵まがいの仕事も請け負っていて、時には諍いごとの仲裁もするそうだ…おそらくこれが原因だと思われる。

 なので警察が動くほどの事件になると、ギルド関係者は最悪現場から締め出しを食らいかねないとのこと。


 …どちらにせよ私には関係ないか。

「いえ、今回は少し事情が違いまして。極秘裏に協力依頼が回って来たんです。」

 魔女を指さすことで、彼女宛に来たと示す。

「なんだって!?一体何をしたんだ!」

「わ、一寸声が大きいです!静かに、静かに」

 それに何をしたかと言われても、単に知り合いに警察の人間がいるからであって、それ以上の本当のことなど言えるはずもなく。

 ひと先ずこの場では適当にはぐらかしておくことにした。

「で、早期解決のために何でもいいのでいい情報があれば教えてほしいんですよ。」

 すべては(私の心の)平和のため、誰よりも事件解決を望んでいるのだと、真摯な心で彼に嘆願する。

 隣で少し冷めた目で見る他二人はこの際無視だ。

 すると冒険者は顔を俯かせ何かを考え始める。

 数分後、何かを決心したようにまっすぐ私たちを見据えた。

「わかった、俺が知りうる限りの情報を君たちに渡そう。」

「ありがとうございまs」

「ただし、一つ条件がある」

「…なんですか?」

「それは―」


【29】

「なぁ、ホントにコイツ連れてくのか?」

「仕方ないでしょう。実際彼の情報のおかげで進展しそうなんですから。」

 こそこそと声量を抑えて、前で先導する冒険者に聞こえないよう会話する。

 今私たちは冒険者を新たに旅のお供とに迎えて灰色通りを闊歩していた。

 -何故かって?

 それは彼が情報提供のために提示した条件というのが、見てもわかるように『捜査に連れて行ってほしい』ということだからだ。

 当初魔法使いたちと私だけで彼を連れて行っていいものかの会議を行い、最終的には聞いてそのままとんずらしようということで決議したのだ。

 しかし思いのほか彼は有能だったらしく、此の町の情勢を魔女よりも正確に記憶し、更にはこれから回る予定だった灰色通りの地理や物件にも詳しくこちらとしては大助かりだった。

 そうなると、彼の案内があれば確実に探索の手間が省けるし何より彼は此処の住人に顔が効くので捜査の役に立つ。

 決定打になったのは、彼にこれから調査する場所がばれてしまったことだ。

 あえてぼかして伝えたというのに、その場の言動から推測してあててしまうとは、冒険者を自称するだけはあるようだ。

 ともかくこのまま放っておけば一人で突っ走りかねないと、翁は彼を案じ一緒に行動することを許可したのである。

「アー、これじゃ豪快に魔法ぶっ放せないじゃないか。」

「いてもいなくてもやめてください、いやほんとに。」

 残念そうにそう宣う魔女にきつく注意を促す。

 大通りから外れているとはいえ町の中で人目に付きやすいものは遠慮してもらいたい。下手打って身バレとか本当に勘弁。

 今度は翁が口を開いた。

「しかし、もし宗教施設でも見つかったとしてその後はどうするつもりなんじゃ?」

「あ、確かに調べさせてくれと言っても素直に聞いてくれるはずがないですね」

 中に入るくらいなら、その宗教に興味がある事それとなくほのめかせば入れてもらえる自信がある。

 けれど、見れるのは一般の信者たちが熱心に祈る姿とか心棒する神様の像だとかそれぐらいだろう、見せたら引かれるような黒い部分なんかは見せない、絶対に。

 そこのところはどうなのかと、魔女に伺ってみると

「嗚呼、それなら問題ない。私に考えがある」

 とだけ言って、その先を明かそうとはしない。

 非常にいやな予感がするのだけど…


「冒険者さん、なんであなたはここに詳しいんですか?」

「何故って、そんなに気になる事か?」

「少しは…、灰色通りの生まれだったりします?」

 冒険者は逡巡しているのか、口をまごつかせる。

 なんとなく思いついたことを口に出しただけであるが、彼はあまり話したくない様子。

 だが、いやだからこそ気になる。

 何か不都合なことでもあるのだろうか、ここは少しでも連携がとりやすくするためにも腹を割って話してもらおうじゃないか。

 などと意気込んでみたものの、すぐに冒険者は白状してしまう。どうやらそこまで重要なものではなさそうだ。

「そうだ。幼少時代はここで過ごしたよ。…あの頃は今よりも治安が悪くてな-」

 遠くを見つめはじめ、思い出話を始める。

 極貧の生活やら、どうやって今まで食いつないできたかを、当時の灰色通りの状況説明しながら熱く語るのだった。

 …語りが終わるまで適当に聞き流してしまおうか。

「-ほんとにあの頃はひどかった。人さらいや人身売買が当たり前のようにあった時代だからな、ある事件を最後になりは潜めたんだが」

「あーハイハイソウデスカ、…ある事件?」

「人身売買の競り場が何者かに荒らされたんだ。その時に町役場のお偉いさんが被害に遭ったとかで警察とギルドが総出で事件解決に挑むことになた。最後は高名な猟兵が犯人を見せしめに輝導具の業火で焼き付くして殺した、らしい。」

「らしい、とは?」

「じかに見たわけじゃないんだ。ただそれが見せしめにもなったのか治安が良くなっていったんだが-」

 そしてまた冒険者は自分語りへと没入していく。

 それをまた聞き流しながら、私たちはお目当ての場所へと足を進めるのだった。


【30】

 それから数分もしないうちに一行がたどり着いたのが、少し大きめの建物の前である。

 正直、それ以上に形容しづらい。

 全体的に丸いデザイン、あとは門の上に鈴蘭を模したマークが添えられている。

 少なくとも私にはこれが教会には見えなかった。

 疑問に思ったのか魔女が口を開く。

「本当にここでいいのか?かなりへんてこな意匠だな」

「噂の出所は、確かにここのはずなんだがな。」

 応えた冒険者も、あまり自身がないようだ。

「ちなみに、どんな噂なんじゃ?」

「なんだったかな…やり直しの効く人生が送れる、みたいな謳い文句だったはずだ。」

「あ、その話は私も聞いたかもしれません」

 顎に手を当てて思い出しながら語られた言葉に、なにか引っ掛かりを覚える。

 たしか、その謳い文句は以前に聞いたことがあるモノだ。

 隠れながら立ち聞きした話もそういった『生まれかわり』の話だった気がする。

 あの後忙しすぎてすっかり記憶の底に沈んだものを掬い上げ、整理しながら彼らにもその詳細を伝えた。

 魔女にもなにか心当たりがあるようだ。

「生まれかわり、ねぇ。私が聴いた話とはまた違うんだな。」

 具体的にどのように違うのかと聞くと、魔女は得意げな笑みでその概要を話し始める。

 

 その話を誰に聞いたのかと言えば、遥か遠い東の地でそれを信仰する異教徒に直接聞いたそうだ。

 そこでは生まれ変わり、宗教的な言葉を使うと『輪廻』というものが信じられているそうで噂の内容と合致する。

 しかしそれは決して救済のための手段ではなく、私たちの宗教で言う『試練』に近い意味合いを持つ。これが今回の噂とは異なる点だ。

 魔女の聴いた話を私たちなりに解釈してみると、

 今私たちが生きる世界は自らを鍛える修行場として何度も回らされ、力がついてくると聖人となり人を導き果てには神に近い位まで上がる

 といったシステムの様だ。

 また生まれ変わりを繰り返すうちに、環境が劣悪になってより多くの苦痛に見舞われる、ともいわれているらしく本当に救いのない話だと感じられた。

「-とまぁ、こんな感じかね。私が聴いたものとは別のやつだとは思うんだが、『生まれかわり』の話は大体的に扱うものはこれ以外聞かないからなぁ。」

 自分の語りが終わったことでやや満足したように魔女は笑う。

 彼女は何処か子供っぽさを感じさせる所作をよく行う、それも含めて彼女の魅力の一つなのかもしれないが。

「まぁ人に広く知られていく中で自然と教義が歪に解釈されるのはよくある事じゃしの。」

「つまりこれも同じことが起きたと?」

「あるいは自ら良いように捻じ曲げて解釈してるとかかな。いつでも人々は求めるのはわかりやすい救いだから。」

 翁の話に私が食いつき、最後に冒険者が持論を持ち出す。

 確かにあり得る話ではあるが、此処で言い合っても机上の空論。

 それに今目の前にそびえたつ。謎の建物もそれに関係するのかどうかさえ怪しい。


「-まぁ、このまま立ち話もなんだ。中に入ってみようぜ!」

 有言実行とでも言うかのように魔女は速足で門の前に立ち手を伸ばす。

 たのもー!と昼のまどろみを打ち消すほどの声を張り上げて中の人を呼び出そうとするが、反応が返ってくるまで少し時間を要した。

 ギィっと扉の開く音と共に中から一人の男が顔を出す。

 扉の陰に隠れて全貌は明らかではないものの、ちらりと見えた服装からはそこそこ裕福な暮らしをしているみたいだ。

「どちら様ですか?訪問の予定は入ってなかったはずですが。」

「少し聞きたいことがあるんだけど、話を聞かせてもらえないかな?」

「ふむ、どんなことでしょうか?」

「実は別の集会所で気になる話を聞いてな?何でも聞いたことのない奇蹟を説く神父がこの辺りにいるとか」

「…申し訳ございませんが、いったい何のことだか皆目見当がつきません。他を当たってくださいませ。」

 魔女が人の良い笑みで応対しても、男は淡泊な受け答えだけをしてそそくさと扉を閉めてしめようとする。

 こちらが止める間もなくバタンと扉が閉じる音を最後に、それからうんともすんとも音がしない。

 こちらから呼びかけても居留守を決め込んでいるようで、もう返事も帰ってこなかった。

 一先ずその場から十分に離れて作戦会議をすることになったのだが、いい案が思いつかない。

「どうするんだ?警戒されて中にすら入れなかったじゃないか」

「あの様子だと、白か黒かは判断しずらいのぉ。事件とは無関係かもしれんし、単純に末端には知らされてないだけかもしれん」

 確かに後ろめたいことがあって来客を拒んだとも、単純に私たちが妖しかったからとも取れる。

 ともかく判断材料が足りなくてはどうしようもない。

 どうするかと3人で知恵を出し合っているとき、いつの間にか魔女の姿が見えなくなる。

 置いてきてしまったのかと戻ってきて見ると、魔女は熱心に教会をなめるように見据え、そしていたるところに手を当てたり軽い力で叩いたりなど不可解な行動をとっていた。

 一先ず張り付く魔女を引っぺがし先程会議を開いていた場所まで引きずって移動させる。

 

「…あの、何をしていたんですか?」

「ンー、いやどこかから中に入れないかなぁって思ってさ。」

「「「-は?」」」

「ここ絶対妖しいもの。私の第六感がそう告げてるし。…それに仲がどうなってるのか気になるし。」

「いや、それは犯罪…」

「甘ったれたことをいうな!」

 魔女は諌めようとした冒険者を一喝して黙らせる。一瞬ひるんだ間に魔女はこの行動の正当さを力説し始めた。

「いいか、もうすでに4人いや5人もの被害者を出してるんだ。そんなこと気にしている場合じゃない!」

「しかし踏み越えてはならない領域というものがあってだな」

「温い、温すぎるぞ青年!確かにその慎重さは武器になるが今この時においては邪魔もの以外の何物でもない。ここは大胆に攻めるべきだ、時には何かに逆らってしか救えない命だってあるのだから!」

 確かに魔女の言いたいこともわかる。

 『怪しきは罰せよ』なんていうほど私たちの文化水準は低くはないが、だからと言ってそのまま野放しにするには危険すぎる。

 それでも、まだ『善良なる市民』である彼ら相手に『一般市民』である私たちが必要以上の尋問や強要の類を強いることを表向き禁止されている以上、これ以上正攻法では手出しできないのだ。

 法律というものは私たちを守ってくれるいわば鎧であり、若しくは私たちを制限する拘束具でもある。

 もう少し融通か聞くようにしてくれないものかと思うが、まだ試行錯誤している部分も多い。これからに期待といったところか。

 ただ怪しいというだけでは警察も動いてくれそうにないから何とか私たちで手掛かりの一つでも押収できれば御の字といったところなのだ。

 …個人的にはわざわざ犯罪を犯す必要性をあまり感じないのだけど。

 それでも冒険者は魔女のご高説に何か感じるものがあったらしく、拳を強く握りしめ顔を俯かせる。

 きっと頭の中で天使と悪魔が激しい論争でもしているのだろう。

 そんな時間も長くはなかった。

 冒険者は顔を挙げ、覚悟を決めたいい目つきで魔女を見据えた。

「-そうだな、警察なんてあてにはできない。俺達が、俺達にしかできない事なんだ…!」

 彼の義信に火でもついたのかやけにやる気である。

 ただ一つだけ思うことは冒険者さん、きっとそこの魔女は別に義信でも思いやりの心でもなくただ興味の赴くままに動いてるだけだと思う。

 ほら「珍しいものないかなー」って鼻歌謳いながら作業してるし、おそらく彼は作業に熱中してて聞こえてないだろうけど。

 まぁそれはともかくとして二人して鼠のように侵入経路を探しているのだが…

「これ、絵面的に大丈夫ですかね?誰かに見られでもしたら通報されそうなんですが」

「人が通りかからないことを祈るしかないのう」

 それからしばらくの間翁と一緒に見張りをしていると、魔女がこちらに手を振って合図を送ってくる。

 きっと何か見つけたのだろうと翁と一緒に魔女の下へと足を運ぶのだった。

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