宗教性
【31】
「で、なんで私と貴女だけで侵入することになるんですかね?」
「しかたないだろー、サイズ的に入りそうなのはお前と私しかいないんだからさ。」
「それはそうですけど、別れずとも別の方法があったかもしれないじゃないですか。」
「いや、これ以上穏便に済ませる方法はないよ、あいつらが通れるような穴もなかったし」
至極まっとうな意見だ。
いや、不法侵入自体は方法として間違っているのだがそれだけ後がないということでもある。
多少の無茶はやむを得ないか…?
少し考えにふけっていると魔女が振り返り私を見据える。
「いやなら翁たちと一緒に待っててもいいんだぞ?」
「…いえ。私も気になっていたのでご一緒しますけど。」
「そうかそうか、じゃあ一緒に進もうじゃないの。この排気口の先へとさ。」
「-そうですね、では先を急ぎましょうか。」
そう、今私と魔女で少し狭い排気口の中をはいずり移動中なのだ。
魔女の言うように他二人には狭すぎたため外で御留守番である。
魔女でもギリギリ横ばいになって通れるくらいの道なき道を、それでも彼女は愉しそうに先を急いでいた。
「やけに楽しそうですね。」
「そりゃな、お前だってこの先に何があるのか想像するだけでわくわくしないか?」
確かに、恐怖や逡巡と言った負の感情よりもこれからの期待のほうがはるかに上回っている。
普通に過ごしているだけでは決して見ることのできない領域を、もしかしたら見れるかもしれないという思いが今の私を突き動かしていた。
彼女も同じだろうか。
いや、私とはまた別の原動力で動いてるのだろう。
同じ感情を持ったとしても、その対象が違うということはよくあることだ。
でも今のところはそんなことを気にする必要はないか。
邪魔になるわけでもないし。
そんなことを考えていると、突如先導していた魔女の動きが止まる。
どうやらこの狭苦しい道も終点についたようだ。
前の方でガチャガチャと金属音がしたと思うと、ギィっと耳に残る音が鳴る。
出口を塞いでいた蓋を開けていたのだろうか、すぐに魔女は周りの確認のため少しだけ身を乗り出す。
そしてあたりに人の気配がないのを十分に確認して、今度は大きく身を乗り出し排気口から這い出た。
軽い着地音のあとに私も彼女に続き這い出ようと出口に近づき、そっと魔女のいる方向を覗き見る。
「…結構高いですね。」
「ほら、何やってんだ。置いてくぞ」
「できれば、降りるの手伝ってくれると助かるんですが。」
「え、やだよめんどくさい」
どうやら自分の力だけで降りるしかないようだ。
そこまで高くはないのだろうけど、元々身長が低かったせいもあり必要以上に怖気ついてしまう。
ただその間にも魔女は我関せずと先へ進んでいってしまった。
このままとんぼ返りするという選択肢もあったが、ここまできて何も得ずに帰るのは私としても本意ではない。
意を決して排気口から身を乗り出す。
頭を守るために空中ででんぐり返しをするようにしてかっこよく着地、出来るわけもなく、ドスンという鈍い音とともに尻から落っこちたかたちになる。
少し回転が足りなかったか、いや下手に回りすぎて頭から落ちてはまさしく本末転倒。これでよかったということにしておこう。
気持ちを入れ替えて、早々に魔女を追いかけることにしよう。
悠長に歩いていた魔女に追いつくのはそう難しいことではなく、思いのほか早く合流できた。
というのも彼女は歩きながら通路に飾られている彫像を物色していたため足が止まっていたからだ。
少し様子が気になったこともあり、聞いてみることにした。
「どうしました?」
「ン、いやな。この像のデザインどこかで見たような気がして」
「それはそうでしょう。この国の聖母を象っているんですから。」
「そこじゃない。ほら聖母像にしては奇抜なポーズをしてるだろ細部もよく見れば違うし。其の事を言っているんだ。」
確かにこの像の構えは一般的なものと比べて激しく逸脱している。
その新鮮さゆえか聖母像の神秘さがあまり感じられない。
意匠とポーズがかみ合わないための違和感がどうしてもぬぐいきれないのが惜しいところだと思う。
半ば滑稽に見えてしまうそれを前に、魔女は顔をしかめて唸る。
「ン~、何だろう。どっかで見たポーズなんだが違和感が邪魔して思い出せない。足を正面に組んで、椅子に座る…?」
うんうんと唸りながら必死に答えにたどり着こうとしているようだが、どうも芳しくない。
「聖母像のためのポーズのはずでそれは尊いもののはずですけど、なんでしょうかねこのもやもやするものは。」
たぶん足を椅子にのせて座るという行儀の悪い姿勢が一役買っていると思うのだけど…
「ああ、そうかなるほどそういうことね」
「え、これが何なのかわかったんですか?」
「なにって、ただの聖母像だろ」
「そういうこと言ってるんじゃないです。」
自分だけ理解し納得してないでさっさと私にも教えてほしい。
続きをせかすと魔女はめんどくさそうに口を開いた。
「ここに来るときに話したろ?東の宗教の話。」
「それに関係するものなんですか?」
「そこで鎮座している神像もこれと同じ座り方をしてたんだよ…椅子の上じゃなくて敷物の上にな。」
「ああ、だから違和感がひどかったんですね。」
確かに魔女の言う通りの姿なら…今よりはもやもやとした感じは晴れるとは思う。
行儀の悪い聖母様なんて正直受けが悪いだろうし。
さらに他地域で信仰されている神々の特徴も細部見られるそうだ。
となるとこの聖母像は様々な地域の意匠を掛け合わせたを合わせた作品と言えるのだろうけど
「…それぞれの個性が見事にぶつかり合って、微妙な出来に仕上がってますね。」
「だな。もう少し工夫を凝らせば見られるものになるんだろうけど。」
私たちの評価は総じて『微妙』の一言に尽きた。おそらく外の二人が見ても同じ感想を漏らすだろう。
それはともかくとしてこの像のもたらす意味を考えてみようか。
まずひとつ確定的なのは、この施設が宗教的意味合いの持ったものであるということ。
そして断定はできないが、ほぼ間違いなく此処が件の新興宗教の施設・教会であるということだ。
さらにそのことを隠して私たちを門前払いにしたということは、何か知られたくないものがここにあるということを指している。
いよいよを以て妖しさが増してくる。
それはつまりここから先の危険もけた違いに跳ね上がるということ。
すでにもう、狼の巣に入ってしまっているのだから。
「おーい、こっちに面白いものがあるぞ。」
私がこれからのことを考えていまさら二の足を踏んでいる間にも、魔女は興味の赴くままに足を動かしていた。
その顔からは恐怖の色も緊張した素振りさえ見せない。至って自然体だ。
あの神経の図太さにやや呆れて、しかし見習いたいものだと感心しつつ彼女の下へとまた近づく。
するとそこには地面に蓋をするように備え付けてある、扉のようなものがあった。
「開けてみたんだが、どうも地下に続いてるみたいなんだ。どう思う?」
「どう思うって、そりゃここまで怪しいのも珍しい位ですよ。」
「だよなぁ。じゃぁ中に入ってみるか!」
そういうや否や魔女は扉を開けて、地下へともぐって行ってしまう。
わかっていたことだけど、相変わらず彼女は私を気にかけるそぶりをしなかった。
冷徹、というわけではなさそうだけど興味深いものがあると彼女は周りが見えなくなる性質らしい。
それに、目的のためなら周りの犠牲もやむなしと考えるタイプだ。それは子供の持つ無邪気さに通じるものがあった。
…もし昨夜のような状況に陥ったら今度こそ見捨てられるだろう。
もしかしたら言外に自分の身は自分で守れと言ってるのかもしれ…いやないな、昨夜の様子からだと逆に死んでくれて構わないと思っていそうだ。
まだ殺しに来ていないだけ有情な気もするけど、そんなことは今はどうでもいい。
今私の前にある選択肢は
伸るか反るかの二択だ。
条件が大分厳しくなっただけで、結局生きるか死ぬかの違い。
何をいまさら足踏みをしていたのだろうか。
今までに翁に連れだって、何度も死線をかいくぐった。
今回だって同じじゃないか、翁はいないけど私一人でも問題ないってことを証明してみせるのだ。
-一体誰に?
考えにふけっている間に、魔女の姿が完全に見えなくなってしまった。
どちらにせよ単独行動はいただけない、急いで追いかけないと。
【32】
カツン、カツンと地下へと伸びる薄暗い階段を下っていく。
ところどころに灯りもついているのだか、全体を照らすには心もとない光量だった。
近くに誰もいないのか靴が階段を叩く音が不気味に響いている。
出来ればこの音も消してしまいたのだが、そこまで高度な消音術なんて私はできない。
魔法的にも物理的にも。
というか先に降りて行ったはずの魔女の足音さえ聞こえないというのはどういういことだろう?
魔法を使っているのか、それとも単に手馴れているからか。
そういえば昔盗みを働いていたといっていた気がする、だから侵入までの手並みが鮮やかだったのか。
…一人だけ見つかって逃げ回る羽目にならないように気を付けよう。
やがて階段を下り終わるとこれまた怪しげな扉が目に入る。
ここまで来ても、未だに魔女とは合流を果たせてはいなかった。
まぁでも、あのお手並みなら見つかるようなへまはしないだろうし。
私は私で調査を続けることにしよう。
先に扉に耳を当ててその先の様子を確認してからゆっくりと開けていく。
まず目についたのは、ずいぶんときらびやかで豪華な造りの廊下だった。
当初もっとおどろおどろしい内装を期待、もとい想像していたのに肩透かしを食らった気分だ。
まぁでも案外現実ってこんなものなのだろう、きっと。
ともかく、ここで突っ立っているだけではらちが明かない。
綺麗な真紅のカーペットを土足で踏み荒らしながらこの奇妙に瀟洒な廊下を突き進む。
途中脇道があったり小部屋につながる扉も見つかったが、一先ず後回しにして奥へ奥へと邁進する。
地上の通路で見たような彫像がちらほらと散見していたり、またこの国のモノではない装飾品もこれ見よがしに飾られていた。
辺り一面グローバルな空間にすこしだけ興奮する。
この施設の主は美的センスがずれているものの、ずいぶんと視野の広い人物の様だ。
こんな人が一連の事件の犯人かもしれないと思うと、本当に残念な気持ちがでいっぱいになる。
できればいろいろな話を聞かせてもらいたいものだと、思いを馳せているうちにまた奇妙な扉の前までたどり着く。
今度は前二つのモノより更に豪華で、荘厳さを兼ね備えたものだ。然し同時に妖しさも数倍跳ね上がっている。
ここに私の求める真相が眠っているのかもしれない。
そう思うと、少しだけ身が引き締まるのを感じる。
その先に待つのは悪魔か蛇か、そのどちらであっても私が危険にさらされるのは避けえない事ではあるのだけど。
ただ、今地下空間に居るのは魔女と私のみみたいで、それ以外の人の気配がしないのが救いか。
というより魔女の気配すら感じれないが、まぁ大丈夫だろう。
中に誰もいない事を確認してから、またゆっくりと扉を開ける。
まず目についたのは、儀式の様子を象ったと思われる壁画の一部だ。
そこには太陽を見つめ祈りをささげる人びとの姿と、祭壇の上に寝かせられた胴回りの太い女性。
そして寝かせられた女性の側には、特異な衣装を着こんだ男の姿が描かれていた。
それがいったい何を表しているのかは現時点の情報だけでは判断できないが、真っ先に目につく位置に飾られていることからこの施設において重要な意味を持つことがわかる。
見た感じそのままを表すならば、生贄を用いた儀礼の最中、というのが一番最初に思い浮かぶ。
もちろん、決めつけはよくないが。
これ一つにかかりきりになっても効率的ではないだろうし、壁画から目をそらして他の資料を探してみることにする。
触ったら拙そうな金庫や祭具の類は後回しにして-そもそも鍵も見つからないしどういった使い方なのかも検討がつかないものばかり-備え付けられていた本棚といったものから探していくことにした。
すると様々な国の風土に関するものがそこかしこに見つかった。
魔女が言っていたであろう東の国のモノもある。
付け足すことがあるとしたら、その資料のすべてが生まれ変わり、ないし生物の誕生に関するものであることか。
逆に死後の世界、地獄とか天国などについてはめっきり少なくなっているのも気になるが。
「…ん、この本だけやたら新しいな。」
古い装丁本やスクロールに混ざって一冊だけしっかりと装丁のなされた真新しい本があった。
この施設の主が個人的に書いたレポートなどはまとめてあっても紐で括られただけの簡素なものであるのに、だ。
まぁ、日記か何かだろうと当たりを付けて、流れるようにその本を開く。
どうせここに入った時点で犯罪者への道に片足突っ込んでいるようなものだ。
いや、完全にアウトなのだろうけどこれも事件の早期解決のためだ。いわゆる必要悪というやつなのだ、きっと。
…どうせだし帰りにいくつか拝借してしまおう。
-義信と断罪は罪に対する最高の免罪符だということを初めて身に沁みて感じることになったのは、完全に蛇足である-
そんなことを思っている時点で、他人の個人情報を除くことに忌避感を感じることはもうない。
ただ興味の赴くままにページをめくった。
一通り見た結果これは日記ではなく、おそらくこの教会で使われる予定の聖書の類だろうということが分かった。
途中までしか記されていないその聖書モドキにはなかなかおもしろいことが書かれている。
その筆が止まっている箇所は聖句を記す箇所の様だ。
机の側に配置されているゴミ箱には丸められた紙が捨てられていて、そこにはいかにも気取った言葉たちであふれている。
またこの著者の半生の出来事がこの書物の大半を占めて、ある意味自伝と言えなくもない。
正直見るに堪えない自慢話が長々と続いたので飛ばし飛ばしで内容を確認していたのだが、とあるページまで進むとめくる手の動きが完全に止まった。
『転生の秘術』と言う題字がまず真っ先に目に入る。
この『転生』というのがおそらく生まれ変わりを指しているのは明白だが、何より目を疑ったのはその儀式に関する記述だ。
その儀式において重要なのは女性器、いわゆる子宮であると書かれているのだ。
その子宮を女性の象徴ひいては聖母神として崇め、また一度彼の物から生まれ変わろうというのがこの宗教の本義らしい。
それは人が奇蹟をおこすための外法であり、道を外したものの業でもある魔法、魔術的な考えと何ら遜色のないものだった。
…これだけでも十分な手掛かりになり得そうだがもう少し確たる証拠をつかむためにも先を読んでみるか。
できればこれまでに使用してきた祭具のリストがあればいいのだけど、まぁこの本には記されていないだろうな。
黙々と読み進めていると、不意に鳴り響くベルの音にビクンと体を震わせ膠着してしまった。
その音のけたたましさと言ったら、眠れる死者でも呼び起こそうしているかのようだ。
というか、明らかにこの施設全体に何かを伝えるように鳴り響いて…
「-まさか」
すぐさまあたりを見回す。
もしかしたら罠に気付かず作動させてしまったのかもしれないと思ったのだが、それらしきモノが見つからない。
それで一応は安堵したものの、それでは一体何なのかという疑問が残ってしまった。
侵入に気付かれないように資料の幾つかを拝借した後、出来うる限り元の配置を再現してから外の様子をうかがう。
すると同時に私と同じく音につられた魔女が別の小部屋から飛び出してきた。
お互い認識しあうと一先ず合流を果たす。
「チミッ子、何かヘマしたのか!?」
「私には身に覚えがありませんよ、そっちがしたんじゃないですか!?」
不毛な擦り付け合いをしていると、今度は地上へと続く階段から何人かの足跡が聞こえてくる。
いよいよを以てそんな余裕も無くなり、私たちが見つかるのも時間の問題となっていた。
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