嘘つきは泥棒の始まり

【33】

 階段から廊下へと出る扉が開き、奥から複数の人間が足音を立て入ってくる。

 その音から推測できる彼らの足取りから鑑みると、焦りを感じさせる忙しなさと何かを探すための静止の二つを感じさせる。

 今度は彼らの言葉に耳を澄ましてみた。

「おい、さっきの話は本当なのか?」

「わからん。もしそうだったら拙いだろ、ただでさえ今は難しい時期なんだ。どちらにせよ司教さまもいらっしゃらないし、今はそのことを伝えないと。」

 どうやら不確定な情報をもとにココに降りてきたようだ。

 私たちを探しに来たというよりは、トップに情報を持ってきただけのようだが。

「…この階に誰かほかに居ましたっけ?」

「さぁな、少なくとも私は気づかなかったが。それとあんまりしゃべるなよ、見つかっちまう。」

「すいません」

 少しうかつだったか。

 これ以降私も魔女も押し黙り、彼らが遠ざかり危険がなくなるのを静かに待った。

 

 クローゼットの中で。

 あの後急いで魔女がいた部屋に出戻りして、そこに置かれていたクローゼットの中へ隠れたのだ。

 そして今に至る、と。

 

 信徒が一番奥の書斎へ入って少し経つと、地下全体が震えるような錯覚と重苦しい重低音の後、ぱったりとあたりが静かになった。

 危険が遠ざかったと判断して、私と魔女は一斉にクローゼットの中から抜け出す。

「ぷはッ!アー、息が詰まって死ぬかと思った。」

「同感です。狭苦しいし緊張するしで気が狂いそうでしたよ。」

 と思いおもいに感想を述べあうのも束の間、互いの興味は奥の間で消えた人の気配と先程の振動の正体に移る。

 こうしちゃいられないと真っ先に魔女が奥の書斎に突撃し、それを遅れて私が追いかける。

 やけに地上階が騒がしい気もするが、今はそんなことより先程の真相究明のほうが大事だ。

 彼女一人にするの心苦しいし、

 それにああいう振動の後には大概新しい道とか隠された道が現れるものだし、そっちのほうが断然気になる。

 ということで魔女が開け放った扉をくぐり、中の様子をうかがった。

 そこには予想通り先程までなかった空洞がぽっかりと空いていた。

「おおう…!なんというファンタジー、こういうのがみたかったんですよ。」

「やけにうれしそうだな。」

「いや、一寸今までの外装からだと、妖しい感じが微妙に伝わらなかったので。」

 ただし文献資料は除く。

 いよいよ事件とのつながりが明るみに出てきたというものだ。

 

 …正直、此処までで集めた情報でも十分な成果が出ているから帰ってもいいのだろうけど、そんな妥協的な考えでは私と魔女の好奇心を抑えることはできないわけで。

「よし、チミッ子。中に入ってみようぜ!」

「ええ、きっとおもしろ、もとい確かな証拠などもありそうですしね」

 それぞれの熱意を胸にともして、私と魔女はさらに奥深くへと足を進めるのだった。


【34】

 突如現れた空洞から続いていたその道は、いかんともしがたい臭気に満ちていた。

 すくなくとも思わず鼻と口をふさいでしまうくらいには。

 それに壁や地面には、独特の粘り気を持った深緑にありったけの黒い絵の具を混ぜたようなものがこびりついている。

 そして道のすぐ横には汚れた大水が川のように流れていた。


 いったい彼らは此処に何をしに降りてきたのだろうか。

 魔女と一緒に先に降りた信徒たちをつかず離れずの距離で追いながらそんなことを考えていた。

 隣ではげんなりとした表情の魔女が先程の熱意がどこに行ったというくらいの足取りでついてきている。

「あの、どうかしたんですか。もしかして臭気に充てられた?」

「それもあるけど、ちょっとやる気なくしちゃってな。」

 本当にやるせない表情でそう答える魔女。

 私にはどうしてそうなるのかまるで解せなかった。

「何故です、これからこの事件の真相にたどり着くかもしれないというのに。」

「このまま進んでも珍しいものなさそうなんだもん。まだあの協会の探索してたほうがよかったよ。」

 そういって魔女は懐からアクセサリーを出して手で弄って見せた。

 それはこの辺りでは見ない紋様やデザインで、なのに人を引き付ける何かがあった。

 一つ、当たってほしくない予想が頭をよぎる。

「…もしかしなくてもそれって」

「ああ、さっき家捜した時に綺麗だったんで拾った。いいだろ?」

 得てしてそういう予感は当たるもののようだ。

「-何盗んできてんですか!?犯罪ですよ!」

「そういうお前だって、鞄がやけに膨らんでいるじゃないか」

「うッ!いやこれは証拠品として使えそうだなって回収しただけですから。」

「…それ警察に渡ったら、お前には帰ってこないからな」

「…エ!?」

「そのまま公的機関に預けられるか、最悪焚書送りだな」

 なん…だと。

 でもよく考えてみれば確かにその通りだ。

 犯罪者の貴重な資料として彼らは全て攫って行くだろうし、その中でも異教に関する話など政府としては面白くないはずだ。

 魔女の言っていた焚書の類もあり得ない話ではない。

 せっかく面白そうなのを見繕ってきたのに、それでは何の意味もないではないか。

 致し方ない、あの聖書紛いだけ渡せば十分だろうし、後は黙っていよう。

 これで魔女と同じ盗人になってしまったわけだが、お互い秘密をばらさなければそれで完結する。

 犯罪者や狂信者の言うことを信じる人は少ないだろうし。

 ちなみに尾行中であるのは先にも示した通りなのだが、幸運にも彼らには届かなかったようだ。

 その分、言い合いをしているうちにどんどんと先に行ってしまい、はぐれかけるところだったけど。


 話にも決着がついて、今度こそ静かに信徒たちの後を付けていく。

 ついでに彼らの話も盗み聞きしながら目的地に案内してもらうことに、もちろんばれないようにが前提条件だ。


「しかしこんな時期に警察が入って来るとは思いしなかったな」

「しかも教会に泥棒まで入っていたとは、残してきたやつらがきちんと見つけてくれるといいんだがな。」

 その泥棒二人が自分たちの真後ろを隠れてついてきてるとは。露とも知らずにそんなことをのたまう信徒たち。

 何とも滑稽な話である。

 そして彼らは何も知らないまま話を続ける。

「まったくなんで教会なんかに忍びこんだんだか…他にもあるだろうに」

「腐っていても仕方ない、それよりも何とか警察を追い返さないと。俺達全員お縄に着いちまうぞ!」

「いつ警察に調べられるのか分からん。さっさと司教様に下知を請いに行くぞ。」

 それを最後に彼らは話を切り上げ、先程よりも早く足を動かす。

 無駄話をせずにただ走ることに集中した大人たちの足では、歩幅の違いも相まって今にも突き放されてしまいそうになる。

 足音を立てるように全力で追いかければまだわからないけど、そうするとさすがにばれてしまう。

 仕方ないので、音を立てずにかつ早く動くように微妙な速度で彼らを追うしかないのだ。

 ところどころで曲がるように進んでいるせいか、実際の話目視では捉えられない。

 なので彼らの足音のする方向へと進んでいく。

 必死に彼らの後を追っていると、やがて一つの梯子の前で一人ずつ順番に登っていく姿を見かけた。

 魔女は少し遠いところにある角から彼らを観察している。

 一先ず魔女に近寄って話を伺うことにした。

「すいません、今どんな状況ですか?」

「お、やっと追いついたか。見ての通りどうやら終点のようだぜ。」

「ということは、この上が司教とやらの本拠点ですかね。」

「みたいだな。…今度は誰か降りてくるぞ。」

 その話の後視線を信徒たちに合わせる。

 地上に上がっていった信徒の他に、もう一人の男の姿を確認できた。

 信徒たちのものに改良を施したような服装から察するに彼が司教、という立ち位置の人物なのだろう。

 身に纏う空気もどこか静謐としたものを感じる。

 …まぁ、此処の環境から比較してみればだけど。

 その佇まいも、信徒たちに比べれば幾分か落ち着いてはいた。

 そんな彼が重々しく口を開く。

「盗人が入ってきたというのは本当か?」

「押し入ろうとする警察の話では、今他の奴らに探させています」

「…ふむ、まずは公僕から対処する必要があるか。君たち、ついてきなさい。」

「はい!」

 それからすぐに彼らはもと来た道をたどり、おそらくだがそのまま教会を目指して去っていった。

 それを完全に見送って、さて今度こそどうしようかと魔女のいた方向に向き直ろうとするとすでにもぬけの殻。

 どこに行ったのかと視線をさまよわせると、司教が出てきた梯子の登って上に行こうとしている魔女の姿を発見した。

 魔女の決断の速さと行動力に呆気にとられている間に、彼女は梯子を上りきってしまった。

 こうしてはいられないと私も彼女の後を追うために梯子を上る。

 地上に上がってみるとそこは何の変哲もない一軒家のようで、これといった特徴は見られない。

 …地下に続く道がある時点で普通とはかけ離れているとは思うが、あの協会に比べれば、の話である。

「おーいチミッ子。こっちこいよ!」

 と魔女が私を呼ぶので早速向かってみると、彼女はガラスケースに包まれている展示物の側で私を待っていた。

「どうかしたんですか?」

「見てみろよこれ。めっちゃきれいじゃないか?」

 そういってガラスケースに入っている宝石?のようなものを指し示す。

 よく見ようとそれに近づき、展示物の前まで足を運んだ。

 確かに、此の宝石のような妖しく光る鉱物はどことなく惹かれるものがあり、とてもきれいに見えた。

 それと同時に-

「…でも少し不気味ですね。なんというか」

 そう、どこがと言われれば口を紡ぐしかないのだけど、その紫色に光る宝石には得体のしれない畏怖を抱かざるを得なかった。

 その反応に魔女は、

「ふーん、そっか。」

 とだけ返して、興味を全てその宝石へと注ぐのみだった。

 そして-

「あ、それもとってくんですか。」

「ぶっちゃけコイツが持ってようが警察に没収されようが宝の持ち腐れになるしな。」

 そういって魔女はガラスケースを持ち上げで宝石を懐にしまい込んだ。

 相変わらず、迷いのないう動きだ。見ていてほれぼれするくらい。

 しかし一つだけ気になることを言っていた。

「まるで、自分ならこの宝石の使い道をわかっている風に言いますね。」

「ン?-アア、そのうちお前にもわかるさ。」

 そのうちとは、一体どういうことなのだろうか。

 気にはなったものの、もう家捜しは終わったのか魔女は地下への梯子を下り始めているところだった。

 このまま置いてかれてはどんな疑いをもたれるか分からない-いや、思い当たる節がありすぎて言い逃れできないのだけど-だから急いで魔女の後を追う。

 ともかくこれにて難なく調査も完了あとはうまく隠れながら翁たちと合流を-

「どうかしましたか司教さま」

「大事なものを忘れていてな、それを取りに…んん?」

「「-あ。」」

 どうやらそう簡単にはいかなさそうだ。


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