帳は下りて
【2】
家にたどり着いた頃にはどっぷりと夜に浸かっていて、明かり一つが自分と翁、そして前を照らしていた。
かさり、カサリと草を踏みしめ、けもの道を伝っていくとしばらくの間お世話になった小さな小屋が見えてくる。
ただ、いつもとは様子が違った、どういうことかといえば誰もいないはずの小屋に明かりがぽうっとついている。
「―む?お客さんの様じゃ。」
「この時間、ということは上客ですね」
逢魔が時が過ぎ去って間もない時間の来客。
それが意味するのは魔法使いを頼りに迷い込んだ上客、ということだ。
つまり、たくさんのお金が動く。
「なかなかにげすい顔をしているぞ、おぬし」
「仕方ないでしょう、元、商家の出なんですから。」
できればもう少し早めに来てほしかったとは口に出さない、客に聞かせる会話でもないのでできるだけ小声で語り合う。
商売にはそれぞれ特有の雰囲気があってしかるべきで、それを損ねれば相手に足元を見られるのは必定。
顔を取り繕いあくまで人の良い、それでいてどこか妖しい子供へと自分を置き換える。
なに、魔法なんて大したものじゃなくちょっとした自己暗示、変装術といってもいい。
翁を身だしなみを整え軽く咳ばらいをして客へと迫っていった。
軽く客人に挨拶を済ませ応接間へと通す。
客人は高価なスーツに身を包み、品のよさそうな笑みを浮かべている。
見たところ、初老の役人の様だ。
ひとまずキッチンで客にふるまう茶菓子と紅茶を淹れて、彼の前へと出した。
「嗚呼、ありがとう。美味しそうだね。ところで君は?」
「私はこの小屋に住まう魔法使い、その弟子でございます。お客様。」
「なるほど、まだ幼いというのにとても立派な弟子を持ったようですね、魔法使い殿」
「ほっほ。立派ではあるが、まだまだひよっこじゃて。ところで今回はいったいどうなされたので?」
その一言で、場の空気は一転する。
魔法使いに頼む仕事といえば人に言えないものたぐいのものがほとんどだ。
それもそのはず、オカルトを否定する世界で、絵空事にもすがる思いで来た人間の頼みなど後ろめたいことがほとんどだ。
曰く、『ある事件の捜査が難航している。協力してくれ』―魔法使いは探偵じゃありません―
曰く、『これからの運勢を占いたい。これから成すことのために』―占って悪い結果が出たらやめる気ですか―
曰く、『気に入らないやつができた、呪殺してほしい』―そして誰もいなくなる、ですね―
以前の依頼主と自分の会話を思い出して、今度は余計なことを言わないように心の中で固く念じる。
中には憤慨してそのまま帰った人や、豪快に笑いだしてその通りだと同意を示した人もいたが、正直言って営業妨害以外の何物でもない。
私は置物、私は置物。だから余計なことはしゃべらない。
彼らの交渉をただ眺めて傍観することこそ今の最適解。
そして依頼主の口から言葉が紡がれる。
「実は、最近になって『魔物』の動きが活発になったようで、こちらでは対処できなくなり、協力をお願いに参ったのです。」
依頼主から出た言葉は『魔物』対峙という、魔法使いが請け負う仕事の大部分を占めているものだった。
この時代、人間の脅威となるモノは大きく分けて3つ、モンスターと呼ばれる異常発達した動物の成れの果てと人間自身、そして今回話に上がった『魔物』である。
真ん中の人間については、我々が同士討ちを好む種族だから、で済ませよう。
さて、では魔物とモンスターの何が違うのかと言われれば、一言で言い表すなら言葉通りに魔のモノかどうか、といったところか。生き物ではなく、現象といったほうが正しい。
発生条件を完全に究明されず、ただ奴らがが現れる場所には不穏な噂話が絶えないという。
モンスターは普通の人間でも時間をかければ誰でも倒せるが、魔物は特殊な力を使わないと倒せない、半実体だからだ。
特殊な力というのは、いわゆる魔法や教会に仕える人の『祝詞』と言われる限られた人間にしか扱うことの出きない代物だったりするので必然的に私たちに矢面がたてられるのだ。
…元々魔物自体そう簡単に出現するものではなく、今では科学文明のおかげである程度は対処できるのだが。
ここに来る、ということはそれだけ切羽詰まっているということだろう。
となると専門家でさえも手が付けられないほどに力をつけてしまったということだろう。
「活発になった、というのはどういうことですかな?」
未だに情報が漠然としているため、詳しく話を訊ねようとする翁。
「それが…ここから東にある森でいつの間にか湧いて出てきてしまいまして、こちらが認知した時にはすでに我々の手に負えない産物となってしまっていたのです。」
「なるほど。他に何変わった点は?」
「それが、原因については私共にはさっぱりで…最近付近の村の帳簿に不正があったことと今のところ森からは出てくる気配はなく町への直接的な被害は出ていないということしか。」
しかし依頼主からはこれといった情報を得ることはできず私も、そしておそらくだが翁も心の中でため息をつく。
私だったらこんな依頼、出来れば御免こうむりたいのだが―
「ふむ、それだけでは何とも言えませんな。仕方あるまい調査も並行してやっていくことにするかの。」
「ありがとうございます、それでは今回の報酬につきましては―」
それでも翁は二つ返事で承るのだった。
そして、最後に報酬の相談に移ったところで私は応接間から退出してこれからの準備を始める。
早ければ今日中に『東の森』とやらに向かい魔物の討伐を行うことだろう。
翁はなんだかんだで人がいいから少しでも被害を減らすために今から明日にかけての強行軍に出ることは間違いない。
個人的にはいい歳なんだからもう少し落ち着きを持ってほしいものだが…、どちらにせよすでに被害が出ているから夜間外出禁止令、若しくは森に行くための道に検問を敷くくらいの対処は出ているだろう。
少なくともこんな日が落ちた時間に行く必要はないと声を大にして抗議したい、しても聞く耳を持たないので割愛している。
なので少しでも帰りが早くなるようにまだ話がすむ前から支度を始めているのだ、自分の分も含めて。
何故かといわれれば後学のためだ。
もともと魔法とは秘匿するべきものとしていて見られていておいそれと仕えるものではない。
魔法使いたちがそれを行使するのは魔物を討伐するためだったり、人の身では到底成しえないことをするためだったりだ。
普段の生活ではもちろん、弟子に修行する際にも一つのステップごとにときどき見せるかどうかで、少なくともうちの翁はめったに使わない。
だから本物を目でみて肌で感じるためには彼らの仕事について行って危険を顧みず学び盗っていくしかないのだ、ちなみに弟子が師の仕事について回るのは伝統になっているそうで、その仕事の最中に不慮の事故で弟子が命をなくすことも稀ではないとか。
実際、数えるほどでしかないが付き添ったときは大体碌な目に合わなかった。
そのためいくら自分が子供といえど何かしらの自衛手段は持って行かないという手はない、ただでさえ人外渦巻く森の中に子供が身一つでいたらどうなる事やら。
「―あった、ホント君にはお世話になるね」
自室に戻って道具入れをから目的のモノを見つける、そして子供にも扱えそうなコンパクトな拳銃を取り出すのだった。
あらかた出かけの支度を整え応接間の様子を見に行くとすでに商談は終わっていたようで、依頼主も帰った後だった。
案の定翁も魔法使いとしての仕事用の服を着こみ、今度は魔法使いの奇抜な帽子に手にかけたところでこちらの様子に気付いたようだ。
「なんじゃ、おぬしまだそんなけったいなものを持ってくのか」
「奇妙なとは何ですか。今の時代をきらめく護身具ですよ、拳銃は。」
「魔法使いの弟子がはいてくに頼ることになろうとは、時代は変わるもんだのう…」
「ジジイが遅れているだけです、それよりも今日中に行ってしまうんですよね?」
「少しでも被害を減らすには、それが一番じゃろうて。それじゃあ、魔物退治といこうかの」
そう言ってまた小屋を後にする私と翁の二人。
できれば早めに終わってくれることを祈ろう、無事に帰れるのを前提条件として。
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