魔法使いは何を夢見る
啓生棕
廃れるもの、残るもの
魔法使いの優雅な日常
コトコト、カタカタ。
丸いフラスコの中で緑色の液体が火に炙られ踊り狂い、
周りの不気味な装飾品が理由もなく音を立て震えている。
見るものが見たら失神しそうな、もしくは家主とその家族がすぐにとらえられて火あぶりにされそうな絵面が目の前に広がっていた。
極めつけはこの部屋の主の存在だ。
なんせ、齢70はあるだろうその深いしわがそこら中に刻まれた肌に、全身覆い隠すような今では珍しい大き目のローブ、そして特徴的な形容しがたい三角帽。
どこから見ても怪しい宗教にでもはまった老い先短い老爺、もしくは悪い魔法使いのそれにしか見えない。
そうすると、今この場にいる私はさしずめ悪い魔法使いにさらわれたいたいけな子供か、それとも間に魅入られた悪魔の手先か、馬鹿らしい
いや、その見解は半分当たっている。
何故なら、目の前で怪しげな薬-ではなく市場に卸すための処方薬を作っているご老体はれっきとした魔法使いで
そして
「何やってんですかじじい。そんな悪魔宗教の真似事なんかして。」
「…すこしは風情というものを理解してくれんかのう」
「なら、早く新しい知識を授けてください、弟子やめますよ」
「はあ、一番弟子が冷たい」
私は彼の一番弟子なのだ。
【1】
世間はやれ車だ、やれ初の飛行実験成功だ高速化だと、どんどんと機械化が進み、古い伝承やおとぎ話に何の価値があるとばかりに見向きもされなくなり、古きを捨て新しきを貪欲に追い求める新時代。
人はこの一連の出来事をなんといったか、
そう、革命だ。
どこかの国の成り上がり議長が口ずっぱく豪語した『今こそ古い言い伝えや国の理を打破し新しい時代を築くのだ、この産業革命と相成ったこの時代に』などというスローガンが最近になって安価になった紙に刷られてばらまかれていたのを思い出した。
その後の議長の行方には興味が無いのですぐに思考の隅に追いやる。
どこの国でも国家転覆やら革命成れりやらそういった話は聞かないので推して知るべし。
まあでも彼の言うことは正しい、というか心の底から同意する。
生活はだんだんと利便化され、高速化され水準もだんだんと高くなってきている。
そんな中、人々は、時代に置き去りにされないように必死に追いすがり、次々と新しいものを生み出しそして古くなったものは隅へ隅へと追いやっていく。
これは自然の摂理、つまり当たり前の事なのだからとやかく言うことではない。
何が言いたいのかというと
今なお自分はそれに逆らうような逆行した生活を送っている、ということだ。
何故?-そんなの決まっている。
私が魔法使いの弟子なのだから。
「それで、村に卸すための薬はもうできたんですか、じじい。」
「それはもう抜かりないわい。ところでおぬし、いつまでジジイ呼ばわりなんじゃ。師匠と呼べ師匠と」
「一番弟子の修行よりも、商品を使ったごっこ遊びに現を抜かす翁など、じじいで十分です。」
「ホント辛辣じゃのう、おぬし。それに未だに基礎すらできないのはおぬしの実力じゃよ?」
「最初に魔法使いの素質があるといって連れ出したのどこの翁でしたか?」
「素質があるからといってそう簡単にとっかかりなどつかめんよ、地道に努力するしかあるまいて」
昼下がり、魔法使いの師匠とその弟子はこれで何度目かわからない問答を繰り返していた。
ちなみにその不肖の出来の悪い弟子とは、私のことだ。
「おぬしの出来は悪くはないわい、ただちいっと頭が固いんじゃよなぁ」
石頭で悪かったな、それとナチュラルに読心術は使うな。
「スマンて。それじゃ、薬の用意もできたことだし、近場の村に卸すことにするかの」
翁は、たいして悪びれもせずさっさと出かける準備を済ませている。
服装は長く動きづらそうなローブから動きやすそうなものに、帽子も特徴的な魔女帽から山高帽へと変えている。
相変わらずの早着替えだと舌を巻くのもわずかな時間、まぁここまでの流れは日常になっているなとこちらも手短に村へと向かうための準備を済ませるのだった。
先程いったかと思うが、この世界は今産業革命真っただ中だ。
効率化のために様々な場所に機械が導入され、今もなお新しい技術が確立して便利な機械がどんどんと増えていっている。
そんな中で魔法なんて荒唐無稽なものを信じる者はそうはいないだろう。
安心してほしい、私もそう思っていた。
ただ目の前で披露されては信じるほかなく、やることもないからそのままホイホイついていってしまったのが運の付き。
集落外れの小さな森にある小屋に翁と二人で暮らすことになり、さらには利便という言葉を度外視した生活を強要されることになったのだ。
まあでも、魔法が使えるようになればそんなのマイナス要素にはならない。
使えるようになれれば、だ。
師事を仰いでから早二年、いまだにうんともすんとも言わない。
まだこの身は歳が二桁に達してすぐの子供なのだから、焦らなくてもいいのだろう。
それでも目に見えない努力というのはなかなかにつらいものがあった。
担がれたような気がしなくもない、しかしやることもないので頭を悩ませながら試行錯誤しているのが現状だった。
ともかくもう長い間続く共同生活だが、どうやって生計を立てているのかといえば、答えは単純で先程作っていた薬や効能の強い薬草を近くの街に卸し、そのお金で最低限の食料なり日用品なりをそろえているのだ。
他にも食べれる野草を探して摘んで保存したりなど、何世代前の暮らしだと問いたくなる生活を続けていた。
そして今日は月に一度ある、街へと出かける日である。
その時についでと言わんばかりに、新聞を読み漁り情報をかき集めていくのが常だ。
隔絶された生活の中で世界情勢を唯一知る機会が少ないというのは、激動の時代に生きる現代人としては地味に痛い。
たった一日でガラッと常識が逆転したりと忙しないからだ
「えっと、『最近流行の輝導具モデル』は別にいいや『奴隷法撤廃案可決』に『蒸気機関を積んだ初のフライト』、『強気の外交策に大臣が待った』ふんふん…」
「おーい、それは帰りにでも読めるじゃろ。先に卸しに行かんか」
一月分の情報を頭に叩きこんでいると、背後から翁のせかす声が聞こえる。
名残惜しいものの、先に用事を済ませたほうが得策と判断しつつ、仏頂面を作りながら翁の後を追った。
「おぬしもずいぶんと勉強熱心じゃのお、あそこまで新聞を熟読する童はそうはいまいて。」
「情報は何事にも勝る武器です。なのに新聞さえろくに買ってもらえない今の状況が異常なんです」
「だからスマンて、最近はあっちの仕事がなかなか来んから金欠気味なんじゃよ。」
本当に申し訳なさそうに腰を折っているが、私は許さない。
何故なら―
「金欠気味なのは仕事不足もありますが、何よりつい最近ジジイ本人が大枚はたいて買ってしまった絵画のせいですよ。」
「うぐ、仕方が無かろう。老い先短い爺やの数少ない趣味なんじゃ。それに芸術家も困っておったし…。黙って買ったのは悪かったからそろそろ機嫌直してくれんか?」
「とりあえずあと二日は反省してもらうためそれまで機嫌は直しません」
その言葉にしょぼんと落ち込む翁。
だがしかしここで赦すわけにはいかない、あれのおかげで食事が今の今まで野草の野草による野草のための野草オンリー週間になったのだ。
麦も米もジャガイモも調味料でさえ使わない食事を最後の一週間ずっと食す羽目になったのは今でもトラウマになっている。
キチンと反省してもらわなくては。
そうこうするうちに、卸先の百貨店に着く。
「お、薬師の爺さんとその弟子じゃないか。今日も卸に来てくれたのかい。」
「おお、元気にしとったか百貨店の、今回もよろしく頼むわい。」
出かける際に、私たちは薬師とその弟子ということで通っている。
何故かといえば魔法使いというのは秘匿すべき立場だからだ。
といってもそれは建前で、単純に今のご時世に豪語してもほとんどの人が鼻で笑うだろう。
厄介なのは、それを信じるごく一部の人間。
魔法使いというのは、子供たちから羨望の眼差しで見られるが、辺境の村の大人たちは悪魔の術だと非難し忌避するのだ。
最悪、異端だなんだと磔火あぶりの刑にされかねない。
一応魔女狩り禁止令なる法はすでに存在しているが辺境の村には伝わっていないのかそもそもそんな法なんてブッチしているのかやるところはやる。
人間の闇の部分、というものが垣間見れるいい見本だろう。
そんなわけで私たちは、ただの薬師の師弟と立場を偽って街を訪れていた。
「ふーむ、いつもながら大した腕だ。ちょいと待ってな、今金庫から金とってくるから。」
「急がんでも、ワシらはここにおるわい。」
「というか、報酬を貰わずに去るのはただの阿呆です、ジジイ」
「はは、違いねぇ。」
最後に、こちらのやり取りを見て笑いながら百貨店の店主は店の奥へと入っていった。
私と翁のやり取りは傍から見れば滑稽だろう、それぐらいはわかっているからだ。
翁への対応は今後もかえる気は一切ないから、如何ともし難い。
もう少し威厳やら、知識の棚やら開けっぴろげにしてくれるなら考えなくもない。
戻ってきた店主と値段交渉の後、お互い納得の行く落としどころに落ち着き、内心ホクホクしながら帰路につく。
「それにしてもおぬし、えげつないのぉ。最後なんか百貨店の笑顔が固まったとったぞい。」
「いえ、あれは商売人同士の厚き語らいなんです。それに最初から放棄していたら足元見られますよ。」
ただでさえ今月は苦しいのだ、少しでも蓄えを持っていたほうがいい。
「それに今は何かと値段が高騰している時代ですからね、生薬だって馬鹿になりません。」
「そういうものかのう…」
「そういうもんです、というわけで貸本屋と図書館に寄っていきましょう」
「活字中毒じゃな。」
「なんとでも言ってください。」
珍しく顔をほころんでいることを自覚しながら、ずらりと並ぶ本棚の前で物色を始めた。
いま、私は図書館へきている、翁と一緒に。
ここは私のお気に入りの場所の一つ、中でも週に一回しか行けないので無駄に時間を浪費しないよう計算しながら本棚を回るのだ。
「ふむふむ『エネルギー工学論~
それは何よりも僥倖だ。
それだけ知恵者が増えて、その分著者も増えるのだから。
「のう、そろそろ帰らんか?そろそろ足が…」
後ろで非難の声が上がる。
律儀にさっきからずっと後ろについて回っていた。
各階に休憩フロアがあるのでそこで足を休めることもできるのにかかわらず、だ。
それに
「だまらっしゃい、森から町まで飄々と歩いてきた健脚でしょうじじいは」
この翁、何気に高性能なのだ。
どこら辺がというと、この年季の入った風貌からでは信じられないほどの身軽さの持ち主という点だ。
先程述べた健脚だけでなく前に一度ロッククライミングなんてやってのけたことがあったが、あの時は人間やめているんじゃなかろうかと疑ったほどだ。
その身体能力に呼応するように翁ももっぱら体育会系の人間でこういったところが苦手らしい。
唯一の例外が絵画眺めることで今週のそれのせいで痛い目にあった。
つまり先程の翁の発言を要約すれば『もう飽きた、帰りたい』に尽きる
正直薬師どころか魔法使いにあるまじき性格だ。
これで両方の道を究めているのだから、世界がどうかしているのだと思いたい。
「のう、そろそろ本当に帰らんか、もう日が暮れてしまうぞい」
そんな翁の声にはじかれるように窓から遠く続く空を見やる。
確かに鮮血のような真っ赤な太陽が、沈む最後の悪あがきのようにあたり一面真っ赤に染め上げていた、この調子ならあと半刻もしないうちに静寂と魔が支配する黒と紫の世界に早変わりするだろう。
「―わかりました、すぐに準備します」
そう言って、急かされるまま帰りの支度をする。
夜は、人にとっての未知で、そして脅威だ。未知であることが脅威だと言い換えても過言ではない。
だから夜には戸締りをして何も考えることのないよう眠りにつく、明確に区切られた赤と黒、青と紫の入れ替わりを境にして、活動をやめるのだ。
昼夜が逆転すれば主人公も入れ替わる、昼が人間の天下なら夜は化生の天下。
決して交わらないように互いに区切りをつける、出逢いは争いしか生まないから。
魔法使いも例外ではない、ただ、人よりも境が曖昧で長く活動しているだけ。
でも、でもいつかその境でさえヒトは、自ずと壊してしまうのだろうか。
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