魔法使い道ずれ道中

【3】


 依頼人から聞いたという被害が集中している場所まで付近の村を経由して急行する。

 村を経由するのは調査と必要物資の買い付けも兼ねている、例えばその村の状況を鑑みたり、弾薬の補充をしたりだ。結果から見れば物資の補給は不完全だった。

 どうも村全体に暗い雰囲気が出ていて、ずいぶん長い間財政的に厳しいことは見て取れる。


 小屋に来た役人さんはおそらく国単位のお偉いさんだったんだろう。例にもれず村長もずいぶんと身ずぼらしい恰好をしていた。

「すいませんねぇ、これから私たちのために危険なモンスターの討伐に向かうというのに、これといったおもてなしどころか満足な補給もできないなんて」

「いやこれだけでも十分ですじゃ、それにしても、やはりというかまだ辺境までは施政が届かんのですかな?」

 腰の低い痩せ気味の、といっても道行く最中に横目で見た、村人の身なりよりか幾分かマシなものだ。

 それに身ずぼらしいといっても今の判断基準で言っているだけで書物で見た一世紀ほど前の暮らしと比べてみれば雲泥の差だといえる。

 子供の姿もよく見るからこの村は出生率が高いのだろう。

だからと言って貧富の差がなくなったわけでもなく逆に広がるところもあった。

 特にこういった都市部から離れた辺境などは未だに政策が充実していない事も多い、この村もその口だろうか。


「いえいえ、そんなことはありません」

「というと?」

「この村にも新しく決められた法律、若しくは制度なども普及してきています。効率的に行うためのそれらによって我々は日々を暮らせるのです。政治面においても整備が行き届きやりやすくなりました…最近は怪物のせいで支障をきたしておりますがこれから、本当にこれからよくなって行こうとするところなんですよ」

「そうですなぁ。何事も新しいものを試すということは、戸惑いと混乱を招くものですから、いつか馴染む時まで続けるのが一番じゃて」


 老人二人がこれからの生活に思いをはせているのを横目に他にも使えそうなものがないか品定めをする、別に戦闘に使うものだけではなく雑多なものも見ていった。出来れば本、学術書なんかがあれば最高だがこんな辺境の村にあるだろうか。

「と、これって。すいませんこの本読ませてもらっていいですか?村長。」

 書斎の見えやすいところに置かれていた一冊の冊子を取り出し掲げて尋ねる。

「ん?嗚呼それかい、それだったらもっていって構わないよ。何せ村民に配布したものの残りだからね。本当は全部配り終えるはずだったんだけど、文字が読めない人が結構いたからいくつか返品されたんだ。」

「そうだったんですか、ありがとうございます大事に使わせていただきます。」

 持ち主からの許可も出たので早速読み進める。年寄りの会話は長く続くというのが世の常だから、それまでには読破できるだろう。

 早速手元に収まった『国民用法律覚書』と銘打たれた冊子を読み進めていく、中には税の納め方や戸籍にまつわる諸注意といったものから、日々の生活に役立つ豆知識なども簡単に記述されていて飽きが回らないように工夫を凝らされていた。

 翁と共に人のつながりを断って生活しているものだから一般常識について書かれているものがあるとなかなかに助かる。…こういった法律などはは基本的なものはそうそう変わることもないだろうし変わったとしても当時の生活を鑑みる歴史的資料として所持するのもありだ。

 いつか自分だけの大図書館、なんてものも作ってみるのもいいかもしれない


「いやー、この年で読み書きができるなんてなかなか聡明な子ですね。まだ十、くらいでしょうか」

「ほっほ、確かにいろいろと異彩を放つ子ではありますが、何年相応なところも…あったはずじゃて、たぶん」

「ははは、村人たちに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですよ。…どうしても法の網をかいくぐる無法者や理解出来ない者たちが出てきていますから」

「こればかりはヒトの性というものですじゃ、気長に見ていかないとこの先もっと苦労することになりますぞ」

 その言に村長は力なく笑う、まるで一気に老け込んだように深い、深いため息をこぼす中、私は黙々と冊子を読み進めるのだった。



【4】

 そして時と場所は移ろい今は件の森の中を強行軍まっ最中。

 急行するのは翁がやけに張り切っているからでその村の事情を鑑みた結果でもあったが、まだ子供の身である私には厳しいものがあった、もう少し周りというよりは足元を見てほしいとは常々思っていることだ。

 時はすでに逢魔が時を過ぎ夜の帳が落ち切っていてそのうえ月の光さえ届かない、今手元にあるランプがなければ歩くことさえおぼつかなくなるだろう。

 だのに翁は飄々と先へと進むものだから追うだけでも重労働だ。

 それにただでさえ獣道が続き、道中にはモンスターの強襲の危険性もある。

 翁は動かずとも対処しきれてしまいそうだが私はそうはいかない、そのための拳銃ではある。


 基本、生物であるモンスターは大きな音に弱いため拳銃の音を聞けばその音のなるほうから遠ざかっていく、しかしこれは小型のモンスターのみに通じる話であって中型はひるむだけにとどまり、大型になってしまうと大きい音だけではものともしない上にこんな豆鉄砲では大した傷もできないだろう。

「はぁ、やはり拳銃これだけでは心もとないですね…」

「何を言うか、わしの時代では剣と弓、最悪ヒノキの棒で世界を渡り歩いたものじゃ」

「いつの原始時代の話ですか、私が生まれる前から銃が台頭しているんですよ?、それに輝導具へクスティエの普及率も高まっているんですから」

輝導具あんなものはわしらには無用の長物じゃて。それに今はまだ高くて買えぬじゃろ?」

 ここで話に上がった『輝導具』というのは、今一番注目を浴びている、先進技術の一つだ。

 といってもその大本はかなり昔に出来たものらしいが、詳しくは知らない。

 どういったものか、というのは一言で言ってしまえば「科学技術で魔法を再現」する機械と考えてもらっても差し支えはない。

 その機械が火を噴き風を起こし、水を出現させるその様はまるで魔法のようだと、今でも一般市民のあこがれの的なのだ。

 ただこの輝導具、べらぼうに高い。

 煙草に数回火をつけるだけでチャージする必要がある粗悪品でも一般男性の給料一か月分だというのに、そのチャージに使う費用もこれまた馬鹿にならないのだ。自然回復機能もついているが、雀の涙である。

 もちろん森の奥で極貧暮らしをする私たちにそんなもの買う余裕などない、この拳銃だって実家から譲り受けたものだし。

 -この機械のお目見えが、世のオカルト離れを加速させ、魔法使いの立場もなくしていったのだがそれは置いておくことにする。-


 さて、聞いた話によれば『東の森』は民間人もよく訪れる狩場だということでそこまで危険性もないだろう、モンスターといえど小型種なら成人男性なら仕留められるし、女子供であろうとも私のように道具を用いれば退けるくらいは可能だ。

 逆説的に考えれば自衛手段の少ない民間人がよく訪れることが、今回の魔物騒動につながったのだろうと推測できる。


 そんな、情報の整理をしながらこちらに近づいてくる獰猛な生き物を拳銃で威嚇、若しくは討ち果たしながら先へと進むと、やがて開けた場所へとたどり着く。

 月の光が煌々と照り付け、神秘的な雰囲気をまとっていた。

 翁はその中心にたたずむ切り株へと足を進めた

「ほ、此処でいったん休憩するかの」

「大丈夫なんですか?こんな開けた場所だと囲まれたら厄介だし、それにこの辺りですよね、被害が集中しているのは」

 この一帯はどこか心安らぐ雰囲気を醸し出しているが、それとは別に魔法使いの弟子として培った第六感が警鐘を鳴らしていた。

 何かある、それくらいは翁もわかるはずなのに切り株へと腰を下ろし心底リラックスしたように長く息を吐いている。

 もしかしたら完全に呆けてしまったのかと今までで一番危機感を募らせる。

 最悪、この翁をここにおいて逃げることも算段に入れるべきだろうか、そうすると私は家なき子になってしまうのがネックなのだが…

「これ、まだ呆けておらんわ!―おぬしの言いたいこともわかっておる、大丈夫じゃ。少なくともここで腰を落ち着けとる間はの」

「その言葉、信じましたからね。何かあったらジジイを盾にしてでも逃げさせてもらいます」

「ほんっとおぬしはぶれんのぉ…」

 翁の言を信じて自らも切り株に座る。

 すると翁が私に問いかけてきた。

「のう、おぬしは今回の騒動、何が原因じゃと思う?」

「何が、ですか。詳しくはわかりませんが元をたどれば、どう見てもあの村が原因でしょう」

 魔物は、人の負の感情を依代にしてくらい成長する、あそこまで不景気な村が近くにあれば、どうなるかなんて一目瞭然だ。


 最もそういった知識があればの話だ。

 少なくとも一般人がこの情報を知ることはないだろう。

 その返しに翁は、やや期待はずれな様子だ。

「そうじゃのう、確かに原因はあそこじゃ。じゃが少し想像力が足らん。例えば―」

 自慢げに、それでいてどこか悲しげな様子で紡ぎ出されようとした翁の答えは最後まで語られることはなかった。

 なぜなら、急に森がざわめきたち、人とも、否生き物のそれとは異質な気配が周りに満ち始めたからだ。

 なにか、良くないことが起きるという歪な感覚。

 先ほどまでけたたましく鳴り響いていた警鐘は、もはや無視出来る領域を超えて、前後不覚に陥るほど。

 咄嗟に自らの小銃に手を出して違和感の強い方へと銃口を―。


「待たんか、どっちみち小銃じゃききはせん。それにこれはわしの仕事じゃて、お主はここで腰を落ち着けとれ。」

「今まだそんな世迷言を言うんですか!こんなところで腰をおちつけていたら」

「『この場所』だからじゃよ、まぁ見ておれ」

 銃口を向けようとする私を手で止めて翁は軽い歩調で違和感へと歩み寄る。

 翁の前の藪が、がさりと音を立て違和感の正体が姿を表した。

「―子供?」

 それは、私よりも幼い丁度立てるようになって間もないほどと思える年の子供だった。

 それこそ、性別でさえ分からないくらいの。

 その子供は怯えた様子で、今にも泣きそうな表情をたたえ翁、と私をおずおずとみつめていた。


「おじさん達、だぁれ?」

「ほっほ、わしらか?儂らは―。魔法使いとその弟子じゃよ。」

「じじい!何を―」

 何を思ったか、翁は初めて会うだろう子供に向けて自らの正体を明かした、普段は隠すべきものであるにも関わらずだ。

 特に子供相手には厳重だ、大人に比べて口が軽いことも理由の一つではあるが、何より子供は信じやすい。

 信じてしまえば魔法を頼りにしようとするし、興味の赴くままに再現してしまう。

 勿論それは子供が作るもの、そもそも発動しないことのほうが多いけれど、最悪暴発の危険がある。

 でも、一番の問題はそこじゃない。そういったごっこ遊びでも魔術行為をすることが自殺行為なのだ、今の世の中。

 いくら科学が発展してきていると言っても、それは都心や一部の開発都市に限った話であり、そういった場所でこそ、信じる人は少なくなってきている。

 しかし、その他の農村などの、辺境の村では今でも昔ながらの風習が残っていることも少ないのだから。

 それこそ、一生面倒をみる覚悟を持って話さなければならない、私みたいに弟子入りするという過程を経るかどうかは別として。

 若しくはその子供自体が特殊な環境にいる場合は例外ということになる、先程から子供から感じる強烈な魔の気配。

 つまり、この子は―。


「魔物―。」

 咄嗟に立ち上がり反射的に魔物に銃口を向けよう手元を探る、しかし私の相棒とも言うべき小銃ピストルは見当たらない。

 それもそのはず、唯一の自衛手段はいつの間にか翁の腰に収まっていた、なんて手癖の悪い魔法使いだ。

 件の翁は優しい声音で子供に語りかけながら、ちらっと私を横目で見る、その目はまるで余計なことはするなと如実に語っているようだ。

 この森から出るための武器さえ取り上げられてはなにか行動しようにもリスクが大きすぎる、つまりはジッと行く末を見守る以外できることがない。


 どうか、無事に仕事が終わりますようにと、いるかどうかもわからない神へと向けて祈りを捧げるのだった。


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