終わりは何処か呆気なく
【0】
昔々、とはいかずとも今からそこそこ遠い過去のお話。
とある一つの大きな国で、その日もまた新たな命が二つ誕生した。
二つの子宝にめぐまれたのはその中でも特に裕福な商人の家だった。
家中総出を挙げて祝い安堵の息をもらしたのも束の間、すぐに一つの問題が浮かび上がった。
それは此の双子のうちどちらが家を継がせるべきなのかということ、生まれた場所も母胎も同じであげく生まれ出る瞬間も大差はなかった。
悩みぬいたあげく彼らが出した結論は『競わせながら優れたほうを跡継ぎにする』というありきたりで陳腐なものだった。
しかし此の双子は一筋縄ではいかなかった。
一方は頭が優れて、教師の問いにもすぐに答えることが出来た。しかし、その子供は人づきあいが苦手で疎んでいた節も見られた。
対してもう一方は、お世辞にも頭がいいとは言えなかった。然しそれを補うかのように活発で、よく人の輪に入って遊ぶ、陽気な子供だった。
まるで、片方がもう片方の短所を補うかの如く、歳を重ね成長していった。
こうなると困るのは大人たちだ。
どちらかが極端に優れているというわけでもない。だから彼らは双子の処遇に困った。跡継ぎにしないほうを早々に預けようとしていたからだ。或いは、そんな考えに子供心に勘付いていた必死の抵抗だったのだ。
今となっては過ぎた話だ。
結局嫌気の指した片方の子供は家を自ら飛び出し、お話は幕を閉じたのだから。
本当に昔の話なのだ、これに関してはもう何べんも自己完結したし、幾通りもの他の方法も考えた、その中でやはりこれが最適解だと結論に至っただろう?
それにどちらかというと私のほうから見切りをつけたのだからとやかく言える身分ではない。
今更、そう今更なのだ。
もう後戻りはできないしする気も無い、筈だ。
それでも、どこか寂しいと思う気持ちはあったし、それは今も残っている。まるで、この世に一人取り残されたような感じがいつまでも続いていた、そんなときだ。
いつの間にか周りに小さな子供たちが私を囲んでいた。わたしと同年代の子もいれば、半分に満たない幼子もいる。そのどれもが、優しい笑顔を私に向けていた。
「ヒトリはサビしいよね」
「オトナはユルせないよね」
「でも、これからはダイジョウブ。」
「いつでもイッショだから、サビしくなんてない。ダカラ―」
『―ワタシタチのラクエンで一緒に暮らそうよ-』
―嗚呼、それもなんだがいいような気もしてきた。そっちはここよりもにぎやかで居心地もよさそうだ。さっきから感覚がないのが不思議だけどそんなことはどうでもいい。
…はて?そう言えば何かを忘れている気がする。何だっただろうか、思い出せない。必死に記憶を探ると縁者ではない一人の翁にたどり着いた。
身ずぼらしい、というかかなりへんてこな様相のご老人。見覚えがあるその翁はゆっくりと口を動かしていた。
何かこちらに伝えようとしているのはわかるのだけど、いかんせん音が届かないようだ。ただ、何度も繰り返し同じ言葉を言っているようだから、口の動きで推理することは、そう難しいことではなかった。
一音ずつ確かめるように声に出す。
「お、き、な、い、と…」
…
【8】
勢いよく身を起こして、血走った目をぎょろりと動かす。そして思いっきり叫んだ。
「勝手に人の秘蔵本燃やすなクソジジイィ!」
人が少ない小遣いやらでやりくりして買ったものを処分するとか悪魔かこの翁!?あの中にはもう手に入れることの難しい稀覯本もあるんだぞ!焚書は人類最大の汚点だ。
と、そこまで来てようやく周りの状況を確認する。
隣には腰を据えた翁が私を見据えていた。その表情からはあまり感情というものを見つけられなかったのは、私が未熟だからだろうか。
「ほ、起きたか、おはようさん」
「さわやかに挨拶しても先程の言葉は忘れませんからね。」
とは言っても翁のおかげで戻ってこれたのは間違いないだろう。人の心に入り込む術がどれほど難しいかは私には分からないけど。
「ってそんなことより魔物は…」
どこに、と問うまでもなく、目の前に、いた。
ただ様子がおかしい。弱っているようにも見える。
うずくまって、何かに怯えているのか、それとも泣いているのか。
「なにかしたんですか?」
「精神感応系の魔法をおぬしにかけたじゃろう?その時におぬしと同化しようとしていたあの子も、余波を受けたんじゃよ。」
あまり使いたくはなかった、とこぼす翁に何故か私のことを後回しにされたようで若干胃がむかついたが我慢する。それに、なんというか、結構危ない状況だったのだろう。これはますます翁には頭が上がらなくなる。
件の魔物は、まるで泣きじゃくる子供の様にうずくまりからだを震わせるばかりだ。
それでも油断はできなかった、心を赦してはいけないのだ。
「なんで」
「…何?」
「なんで、一緒に来てくれないの?私たちは同じでしょう?」
先程の、こちらを覗き込むような言い方ではなく、捨てられた子犬のようなか細い声が聞こえる。まるで今にも泣きそうな子供のソレと同じだった。
だけど、
「私とあなたが一緒?馬鹿のこと言わないでください。まるで違うじゃないですか。」
「え?」
「私は、あなたたちとは違って自分で選んだんです、そう決めたんです。何もできずに流されていったわけではないんですよ。」
あえて私は突き放すように言った。それは自らの過去と決別するの事も踏まえていたのかもしれない。自分とこの魔物とは違うのだという確たる何かが欲しかったのもあったのだろう。
強く、決意を促すように言い切った。
そうだ、私に家族なんて-
「おぬし、それは言い過ぎじゃないかのう…」
「魔物の対処としては言うことなしだと思いますけど、ジジイ。」
魔物と相対する際に、どんな状況であっても有効なのが心を強く持つこと、そして相手の心を折る事だ。実体よりも概念としての存在が強いから、ということらしい。
つまりあの啖呵は、意思表明と同時に心を挫きにかかっていたのだ。まさに一石二鳥である。侮蔑するように見下ろすのもポイントが高い。
何故か、そんな姿を見た翁がやれやれといった感じでため息をついているけど、何も間違ったことはしていない、はずだ。
「別にそれだけのことを言っているわけではないんじゃが…それよりも。」
そこで話を切り、目の前でうずくまり、しゃっくりをあげる魔物へと近づいていった。
「別に、おぬしが悪いというわけではないんじゃよ。逆に、あそこでふんぞり返っておる弟子が特別だったというわけでもない。」
「じゃぁ、何がいけなかったの?」
「さぁのぉ。それは決めつけることはわしにはできん。ただ一つだけ言えるのは、こんなところいるのだけはよくない、ということくらいじゃな。」
「なんで?」
「ここにとどまってばかりいては先に進めないぞい。」
「でも、ここから出てもいいことばかりじゃないのは、私知ってるよ?」
「そうじゃな、いいことばかりじゃぁない。でも、おぬしの事を待っている人が必ずいる。それだけは確かなんじゃ。」
「本当に?」
「本当じゃとも。だからこの場所とはさよならをするんじゃ。」
泣きじゃくる魔物にやさしく声をかけ、手を差し伸べる其の姿はまさしく好々爺然としていた。その姿にほだされたのか、魔物のほうもすがるように翁を見上げる。少なくとも、どこか安心させるような雰囲気を纏っているのは、私にも理解できた。
そして、魔物はおずおずと差し伸べられた手をつかみ取った。
「それでは、行くとするかの。」
「「行くって、どこに?」」
唐突に発せられた翁の言葉につい魔物と同じタイミングで聞き返してしまった。なんとなく、不愉快だ。隣で「一緒だ、やっぱり一緒だ」とはしゃぐ魔物と、軽く噴き出している翁の様子もいっそう不愉快になる原因の一つだった。
ただ、我ながら子供じみているともわかっていたので、すぐに気を取り直して、改めて翁に聞き返す。
すると、翁は
「なに、ただ帰るだけじゃよ。」
とだけ残して、その後はついてくる魔物に付きっ切りで相手をするのみだった。
【9】
あの、不気味な人形屋敷はいつの間にか過ぎ去り、若しくは跡形もなくなくなった後の事、私と翁は、魔物を連れだって来た道をとんぼ返りしている。
もう、月が地平線に隠れようとしていた。
このままだと、森の外に魔物と一緒に出ていくことになるのではないか。それは、さすがに拙いだろう。世間体的に…魔法使とその弟子が世間体を気にするのもおかしな話だけど。
「ジジイ。このままだと、コイツ連れてきちゃいますけ…ど…」
私がいつの間にか先行していたため、振り返りじゃれ合っているであろう彼らに向き合うと、なんか、コドモの数が増えているではないか。
「え、あれ?いつの間に。というかさすがに多いです!?」
想定外のことに素っ頓狂な声を張りあげてしまう。その姿がツボにでも入ったのか、いつの間にか増えていたコドモと翁は私を指さして笑いあっている。完璧に私の落ち度なため言い返すこともできない。
気恥ずかしくなっていたたまれないので、話を切り替えるためにも元の疑問を口にする。
「師父、このまま外に連れてくるのは拙いんじゃ…数も増えてますし」
コドモたちには聞こえないように小声で相談、というか進言をしてみる。すると、翁は「大丈夫」とだけ答え、話をつづけた。
「なに、そろそろ出口が見える、その時には…と、ついたようじゃの。」
その言葉に進行方向へ視線を向けると、そこには木々の途切れめに、そしてそこから漏れ出る朝日が草木を照らし出していた。
ようやく、否。もう朝になってしまったのか。となると私は今日一徹しまったのか、道理で体が重いわけだ。
反射的に軽く伸びをする。その時後ろからするりと何かが通り過ぎていった。少しの間見送っているとようやく頭が追い付き「それ」が何であったのかを理解する。
コドモだ。正確にはコドモの姿をした魔物たち。
彼らは外につながる道へと一斉に駈け出していく。
このままどこへ行こうというのだろうか、一つだけ心当たりがあった。それはもちろん彼らの帰るべき家で、村で。
「ッ待て!」
明らかに、あれらは村に入れるべきではない。それはわかった。必死に止めようとするけど魔物たちは手をすり抜け次々と光の指すほうへ向かう。翁はただ見守るのみで動こうとしない。
何とかあれらを止めようと必死に追いすがるも、なぜかどうやっても手をつかみ取るができない。触れることさえできない。四苦八苦しているうちに私も森の出口へと近づいていく。
一瞬、目の前が真っ白になった。
暗い場所からいきなり出てきたためだろう。
条件反射で腕を盾にするように両目の前に持ってくる、それでも一瞬魔物から目を離してしまった。
「…え?」
視界が回復したその時には、あれらの姿はどこにもなくなっていたのだった。
【10】
それから、魔物の姿を必死に探したのだけれども、どこにもその残滓を見つけることは叶わず。そのまま家に帰りたいとごねる翁を引きずって村にまで様子を見に行ったものの、何も変わったことはなかったようだ。
どこか腑に落ちないまま今度は翁に急かされるように今の自宅である森奥の小屋へとすごすご帰ったのである。
そしてひと段落ついた頃、なんとなしに聞いてみることにしたのだ。
「結局、今回のは何だったんですか?」
「別に、今のご時世どこかに転がっていそうな、そんなお話じゃよ。」
「事件の顛末については理解してます。要は時代に取り残された哀れな捨て子の話でしょう?なぜ魔物が子供の姿をしていたのも気になりますが、それよりもあの魔物たちはどこに行ったのかということです」
それだけが、今の私にとって不可解な点だった。低級な魔物はそもそも、あんな面倒な過程を踏まず魔法でちゃちゃっと消し去って終わりだから、その後彼らがどこへ行ったのか、いままで疑問にも思わなかったのだ。
「ふむ、まだまだ勉強不足じゃの。」
「うぐ。」
「魔物というのは、基本的に生まれ育った場所からは出ない。それはわかるな?」
翁が諭すように語るので短くうなずいてみせる。
「例外として、強い力を持った個体が各地を移動することがある、でしたよね」
「じゃぁ、魔物というのはどういう存在かの?」
「実態は持っても、概念的な存在で物理攻撃より精神攻撃を苦手とする。半実態の『ナニカ』ですか?」
「それだけじゃと、ぎりぎり不合格じゃな。」
私の回答では、どうも不足だったらしい。
それを埋めるように翁は説明を始めた。
「アレは気候と同じ、地域が決まっとるんじゃ、例外をのぞいてな。逆説的に言えば、その地域から出してしまえば衰弱して、最後には消える。」
いつもとは打って変わった知的な雰囲気で語る翁に、私は唖然とする。
「驚きました、そんな理知的な雰囲気も出せたんですね」
「おぬし、わしのことをなんだと思っとったんじゃ…?ちいと話してみい、怒らんから。」
「そうすると、まるで生き物ではないみたいですね」
「無視かい。」
傍らで抗議する翁を横目に追いやることにして、思考の海に浸かっていく。
因みに翁の事をどう思っていたかと言えば、脳筋の偏屈爺さんとしか言いようがないので割愛させていただく、その後のやり取りも予想がつくし。
しかし翁の言い方から察するに彼自身は生物と思ってみていないのか…、いやそれなら今回の魔物に対する真摯な態度は矛盾しているんじゃないか?
そんな思索に没頭する中、唐突に翁が口を開く。
「まぁ、なんじゃ。あの子らがどこかに行ったのか、その問いに対する確実な答えはわしには見つからんよ。」
「嗚呼、そう言えばそう言う話でしたっけ。というかここまで話しておいて結論は出ず…ですか。」
まぁ、そこまで期待してはいなかった身としては、今回聞けた話はなかなか有意義だったといえる。
翁の話はそこで終わらず、あごひげを弄りながら語りだした。
「わしとしては、元の場所に戻ったんじゃないか、そう思っとる。」
「元の場所?」
「生まれる前の場所、若しくは死んだあとにたどり着く場所。かの?」
最後の気の抜けた部分で、盛大にこける。
「なんで最後に疑問符なんですか。一気に
「だってわしも半信半疑じゃしー」
「最後伸ばさんでください。うざくて、キモイです。」
「非道い!わしじゃってまだまだ若いもんには負けんぞい。」
「はぁ、いえもう良いです。なんかどうでもよくなりました。」
ため息を一つ、呆れるようにつく。
まだそれで納得はしきれていないけど、ならその納得のいくものを自ら探せばいいだけのことだからだ。
魔物の生態にもまだなぞが残っている部分も多いことだし、これからの楽しみがまた一つ増えた、ということにしよう。
そのまま雑務をこなしに部屋を後に、といったところで、翁に声をかけられ、立ち止まる。
「それにな。」
「それに?」
「もしなくなってしまったとしても何かが残っている、そう考えたほうが報われるじゃろう?」
「…そういうもんですかねぇ」
「そう言うもんじゃよ」
言い切った翁の顔はどこか遠くに思いをはせているようではあったが、いったい何を考えているのかは、終ぞ分からなかった。
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