08

 神殿と仰々しく言うからどのような建物かと思ってみれば、馬車に揺られた先にあったのは大きなテントのような建物だった。いや、威圧感がないってだけで存在感はあるけど。白い柱の間にゆったりとしたこれまた白い布が張られている。ぐるりと一周、浅いが流れが止まらないせせらぎの様な川……と言うよりは噴水に近いのかもな。やっぱり白い石畳の上を流れているわけで。

 あまりに建物としての体をなしていなさそうだったので馬車を降りてじろじろと眺めてしまった。


 「ノーチェ、どうしたのです」

 「……壁、は?」

 「その布ですよ」

 「扉は?」

 「通路の先は布が無い場所があるでしょう?それに目印代わりに刺繍がしてあります」


 いや、確かにそうなんだけどな?泥棒とか警備とか本当にどうなってるのさ……。それに、ここは周りよりも涼しい気がする。脱げるものなら脱いでしまいたいが、手袋や上着を着ていても我慢できるし。馬車の中は窓を開けてもそこまで風通しが良くないからなぁ。街中だと速度も出せないし。

 俺とレンが馬車から下りると御者が軽く挨拶をして帰っていた。帰り道は神殿側が馬車を貸してくれるらしい。門番なのだろうか、白いゆったりとした服を着た人が布の隙間から出てきたので(全般的に白いんだよ、汚れとかどーすんだろこれ)レンが挨拶をしている。その間も建物をじろじろ。柱そのものがかなり高いから布も大量に必要だろう。と言うか絶対に重い。じっくり見てもどう吊るしてあるのか良く分からない。屋根はやっぱり白い布だ。雨降ったら一巻の終わり、な建物だよ?どう考えても耐久性とかに色々な問題が……。


 「ノーチェ、興味深いのはわかりますが許可が出ましたよ。中に入りましょう」





 中は迷路だ。床が白い石で、左右はゆったりとしたカーテンのような布。道はまっすぐじゃないし距離感がつかめないし方向感覚だってすぐに消える。これは、かなりの迷路だ。布に沿って高低差がないように思えるのに水が流れている。布が多少の音を吸収する上に水のせせらぎの音もあいまって、声を出すのがはばかられるくらいには静かで落ち着いた、なるほど宗教施設だと思わせる雰囲気だ。

 どこから来たのか良く分からなくなるような世界の中で、こちらです、と言われて指示された先には布の裂け目。この建物で言えばドアなのだろう。桃色と青色の糸で、少し複雑だが星を連想させる刺繍がしてあった。




 「カルサー様、レンドリア・ファーレンハイトと申します。金の愛し子、イグザ・エイミスの紹介によりノーチェを連れてまいりました」

 「どうぞ、お入りください」


 聞こえてきた声は少し硬い。緊張しながら中に入ると淡い緑色の髪と瞳の青年が立っていた。表情が硬いからか、少し吊り目なせいか、きつそうな印象。ゆったりとした白い服は俺が着ているのより楽そうで少しうらやましい。


 「炎狼の子、イグザに聞いたところだとこちらの愛し子に魔法について教えて欲しいと」

 「はい。私が事前に相談を受けたのですが、お役には立てなさそうでしたので」

 「炎狼の子なら魔法にも秀でていそうですが」

 「恐れ多い……それなりの自負はございますが、愛し子様にはとても」

 「なるほど。もちろん教えることに否やはありません。ノーチェ、魔法を習いたいのですね?」


 こちらを見て聞いてくるので頷いた。なんか、この人は直接見られると怖い感じがする。声は硬くても丁寧なのになんでだろう。


 「では、炎狼の子、ノーチェは預かります。暗くなる前に家に送り届けますので……」


 いやいやいや。ついうっかりびっくりしてレンの袖をつかんでしまったよ。ちょっとこの見た目でそれは情けないかもしれないけどいやいやいやいや。お願いだから置いていかないでください頼むから!流石に声に出して言うと情けなさが俺の許容範囲を超えてしまうから頑張って声には出さない。必死で目で訴えかけるけど。

 いぶかしげな顔でこちらを見たレンは徐々に顔を赤く染めていく。


 「の、ノーチェ?その、手を離して……くれませんか?その、魔法楽しみにしてらっしゃったでしょう?」


 だってカルサーって言う人なんか怖いんだよ!お願いだから一人は嫌だ。


 「レンも一緒に」


 追い詰められて口に出す。とたんに肩をたたかれた。振り向くと間近に緑の目と髪。さっきまでの無表情が嘘のように、少し渋い顔をしている。


 「ノーチェ、少し抑えなさい」

 「……何を、ですか?」


 声はそんなに大きくは出していないはずだ。疑問に思うがやれやれめんどくさいと言わんばかりの顔でカルサーはレンを指さした。……レン!?なんでそんな涙目で顔真っ赤で熱いため息なんかついてるの!?


 「れ、レン?大丈夫」

 「……ノーチェ、ええ、大丈夫ですよ。何も心配いりませんからね。一緒に帰りましょうか」

 「え、えっと?」


 ぐいっと腕を掴まれる。

 なんで急に、どうしよう……。いや、帰りたいんじゃなくてカルサーさんに魔法教えてもらう間、レンが側にいてくれたらと思っただけで、


 「レンドリア・ファーレンハイト」


 ぴりっ、とした感覚とともにカルサーさんの声が聞こえる。あ、今名前全部呼んだ。


 「カルサー、様?」


 どことなくぼんやりとレンがカルサーさんを見る。その様子にカルサーさんは眉をしかめて、凄く嫌そうな顔をした。え、そんな表情するんだ。


 「自覚がないってのが性悪ぃ……おい、ノーチェ」

 「は、はい」

 「お前、今こいつの調子がおかしいのはわかるか」

 「レンは、いつもはもう少し穏やか。強引じゃない……あと、今はぼんやりしている」

 「それはわかるんだな。ちなみにその状態はお前にとって良いことか?それとも悪いことか?」

 「びっくりした」

 「……おいお前愛し子だろうが、質問にはきちんと答えろ」


 良い悪い以前にびっくりしたんだってば!つーか善悪もないだろその人の状態なんて……あぁ、でも傍から見たらちょっとお酒で暴走してるのと同じ感じか。それはよくないかなぁ。


 「悪い、こと?レンがレンじゃなくなってるなら、悪いこと」

 「そりゃあ良かった。ならとりあえずつべこべ言わず、炎狼の子を先に返しても良いと思いながら名前を呼べ。イグザの奴からも、魔法だけじゃなく力そのものの制御を教えろと言われている」

 「力の制御?」

 「簡単に言うならさっきの炎狼の子の強引さはお前の声に誘発されたもんだ。わかったらとりあえず、帰っても良いと思いながら名前を呼べ」


 ……え?何それ怖い。流石に言葉を使って理論や感情で説得するならともかく、声だけで他人を動かすっていうのは気味が悪い。ごめんよ、帰っていいよ、というかレンはレンで俺大好きだからそのままレンでいてね!

 そんな申し訳ない気分で名前を呼ぶと、いきなりぱちぱちと瞬きをしてレンが頭を振った。


 「レン、魔法習うから先に帰ってて」

 「良いのですか?……先ほど嫌がっていませんでしたっけ?」


 レンが何やら狐につままれたような顔をしている。


 「大丈夫」

 「でしたら、構いませんが……カルサー様、よろしくお願いいたします」

 「気を付けてお帰りください。帰り道も案内させますゆえ」


 いきなり丁寧な言葉遣いに戻ったカルサーさんも気味悪いね!








 レンが出ていくといきなり柄悪くなるよねこの人。ふわっふわの緑色の髪の毛のくせに!いや関係ないけど!いきなり顎を掴まれて、目をのぞきこまれる。


 「瞳は黒、髪も黒。加えてさっきの声か。間違いなく愛し子だな。何かしら公式の行事の時は黒の愛し子と名のれ。こっちはこっちで登録しておく。俺は緑の愛し子だ。イグザは金の愛し子」


 ああ、色で認識されているのか。わかりやすいな。でもなんだか、怖い。


 「イグザに色々と聞いている。言葉にはもう不自由しないな?」


 その言葉には頷きで返す。まぁ、元からそんなに不自由はしていなかったけど。さり気ない行動やジェスチャーも理解できるようになったし……。


 「ちなみに俺ははっきりと声に出してほしいと思うほうでな。俺を師匠にする気があるなら返事は頷くとかじゃなくてきちんと声を出して言え」


 うぐ。なんかカルサーさんの前って緊張するんだよな。うー……。


 「……俺はそれなりの格の愛し子だからお前の声に左右されたりはしないから安心しろ」


 そう言うわけでもないんだけど、返事しないと怒られそうだ。


 「はい。……カルサー様?先生?師匠?」

 「どれでもかまわないが、師匠だと神殿所属だと思われるかもしれないからな。俺も鬼じゃない、できれば色々なことを体験して好きな道を選んでほしいし。様だけつけとけ。他に誰も居なけりゃ呼び捨てが一番だな」

 「わかった。カルサー」

 「よし。ちなみにさっきの奴は『手に負えない』って言ってたがお前魔法習うときに何かしでかしたのか?」

 「……?魔法は、世界に対するお願いだと聞かされた」

 「さっきの奴にか?端的で魔法ってやつをよく分かってるじゃないか。やっぱり炎狼は優秀だな」

 「そうなのか。それで、暑かったから氷があればいいのにって思ったら手のひらの上に氷が出てきた。お願いを聞いてくれた」

 「なるほど、でも言葉は正確に使えよ。氷があればいいのにって思った後、声に出すなりなんなりしたろう?」

 「……?して、無いと思う」


 しかしそう言われると自信がない。もう一度やってみるか、と氷があればいいのにと強く思うとやはり手の上に一口大の氷。手袋をしているからあまり冷たくないし、三秒ルールと言うことでひょいっと口に入れた。うん、冷たくておいしい。魔法って楽だなぁと思っているとそれはもう苦み走った顔をしたカルサーに頭をはたかれた。


 「よーく、わかった。こりゃ匙を投げられるわけだ。ノーチェ、きちんと基礎を実践できるようになってから帰って貰うぞ」


 え、何そのスパルタ宣言!?

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