勘違い珍道中

海津木 香露

おはよう世界

00

 そよぐ風。揺らされる髪が肌をくすぐる。良い風だ、と思ったところで爆発的に周囲の情報が入ってくる。

 ひんやりとした地面、背を預けている樹木の荒い木肌、足元は水につかっているのか濡れた感触。緑と水の匂い、太陽が出ているのかまぶたの裏にチラチラとぼんやりした明りが……。まぶたの、裏?そこでようやく、私は自分が目を閉じていることに気がついた。


 目を開けると眩しさに軽く涙がにじむ。痛みをもたらすまでに暴力的な光は目が慣れるにつれて徐々に落ち着いていった。

 無意識にしかめていた顔をもとに戻すと目の前には豊かな水をたたえる湖が広がっている。少しばかり広がる草原とその奥に広がる森、らしき木々。ざらり、と手が触れているのは砂利だろうか。見下ろしたら確かにそうだった、んだが。

 うん、薄々は気付いてた。気付いてたよ今気付いたとかじゃないからね?やけに物の感触がわかるなぁとは思ってたんだ。

 そりゃね!全裸で座ってたら!服着てる時よりも触覚は鋭敏だよね!しかもなんだよこれ!どう見たって男性器じゃないかっ!なんで私の股間についてるんだよ!確かに私はずぼらな性格をしているしレディファーストとほざいて女の子をちやほやするの好きだし可愛い女の子や美人なお姉さまを眺めるのも好きだが。外見だけで言えば結構可愛いねとか、美人さんとか言われる顔と体つきだったのだ。平均値ぐらいはあった胸もない!?


……うん、こんなことを考えている時点でパニックの極みだよね。現状把握が一番だろうに、そのための情報収集せずに座りっぱなしなんだから。


 ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと息を吐く。冷静になりたい時はこれが一番だと私は信じているのだ。そのまま慎重に立ち上がる。つもりだったんだけどバランスを崩して転んだ。泣きそうだ。何と言うか、体の感覚がおかしい。手を伸ばしても思ったより遠くのものに手が触れそうになるし立ち上がろうとしたらなんか重心が上にあった。ふむ、男性ということは従来の私より背が高いんだろう。そのせいで腕や足も長くて距離感がつかめない。非常に忸怩たる思いで四つん這いのような格好で姿勢を変えた。幸いにして季節は晩春から初夏、全裸でも寒くないし人の声もしないので羞恥心は少しですんでいる。そうして湖を覗き込んで、顔の確認だ。水辺に正座するような形で座る。ほとんど水の中に座り込む形だがそのほうが落ち着く。私は水が好きだ。思考がそれた。しばらくじっとしていると波紋がおさまり水面が落ち着く。覗き込んでいる、見知らぬ男性の顔が映し出された。


 美男子、だった。イケメンというよりは美人さんなイメージだが、それでも女性と間違われるほどの女性的ではない。左右対称ここに極まれり、と言いたくなるし、そのパーツだって凄い綺麗だ。黄金比って言うのかなぁ。やろうと思えばモデルとして生きていけそうだ。二流のモデルぐらいには無条件でなれるんじゃないだろうか。一流?個人的に一流って言うのは精神とかそういった内面的なものも鍛えられてる人間の事を言う。私はそんな人間じゃないから。というか。恐る恐る手で顔に触れると、水面に映った男性も同じ行動をとる。とても綺麗な顔をした、ほくろ一つない白い肌、漆黒の肩辺りまである髪と同色の瞳。不思議そうな顔をして、恐る恐る手の位置を確認しながら自分の顔に触れる男性。









 これが、私か。

 これは、私じゃない。



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