02

 昼。馬車にゆらゆらと揺られながら俺は外を眺めている。窓から顔を出すと、馬に乗った騎士が軽く笑みを浮かべて会釈をしてきた。うん、よろしくね、の感情をこめて軽く笑いかけておく。

 後ろに視線をやれば、王城のてっぺんがすこしと、ごちゃごちゃした街並みが見えなくもない。こうみるとあまり大きくないよな。周りが草原だからってのもあるけど、新宿の超高層ビル群とか、渋谷のスクランブル交差点の人の多さとか、沿岸地域の再開発地区の無駄にでかいマンションとか、見なれてると小さいな、と思う。神殿からして布でできてるとか、あれおかしいし。まぁ東京ドームとかはちょっと布っぽいような気もしたけど。

 前に視線をやると、やっぱり馬に乗った騎士さんが数人。そして、どこまでも続くように見える街道。今のところ石畳だけど、どうなんだろう。国中どこでも舗装されているんだろうか。近場は草原だけどあちらこちらにこんもりとした緑が見える。林と森の境目はどこにあるんだろうな、と思ってから顔を引っ込めた。



 「あの、ノーチェ様?」

 「どうしたの、イース」

 「いえ、あまり外に顔を出すと風で御髪が」



 ああ、今流してるだけだもんな。あわてて手で軽く梳く。ついでに頭を軽く揺らしておけばさらっさらだからまともに戻るだろう。



 「ありがとう。イースは街を出るのは初めて?」

 「はい。師匠に音楽を習わなければ出ることもなかったと思います」

 「そうなんだ。……楽しい?」

 「はい?」

 「音楽、楽しい?イースは宿を継ぎたいって言ってたから迷惑だったかなと」

 「そんなことはありません!その、教師を付けていただいた身で言うのはおこがましいかもしれませんが、確かに僕は音楽で身を立てようとは思っていません。でも、独学だった時よりいろいろな曲を知って、表現の幅が増えて、とても楽しいと思っているんです!」

 「なら良かった」



 どうもその辺りがな……。ヴィーとレンは苦笑してる。まぁ、趣味の習い事みたいなところか。



 「ノーチェ、馬車の乗り心地は悪くないか?」

 「大丈夫」

 「体のどこかが痛くなったり、気分が悪くなったりしたら遠慮せず言ってくださいね」


 四人で載っているこの馬車は結構広い。広いだけじゃなくて内装も豪華だ。入ったところで靴を脱ぐようになっていて、一段上がると毛足の長い絨毯が敷かれている。色が黒だから砂とかの汚れが目立ちそうな気がしたが、どうやらこれは俺の色に合わせた内装らしい。そして壁際には大きなクッションがいくつかに、肘掛も置いてある。不思議なことにこの世界は公の場は椅子の文化なんだけど、私室とかくつろぐ場所とかは床に座る系なんだよね。俺の部屋も、のぞかせてもらった団長の部屋もそうだった。客室とか食堂とかは普通に椅子と机なのに。

 というわけで胡坐をかいてクッションにもたれかかる。壁紙は結構豪華だけどクッションに大した刺繍がないって事は、俺の刺繍されすぎて硬くなった布が好みじゃないってことはもうばれてるんだろうな。隠してもいなかったし。

 この環境で具合が悪くなったりはしないだろう。



 「そうだ、ヴィー。いくつか質問が」

 「なんだ?」

 「祝福とかについては団長さんから聞いたんだけど、旅そのものについて……どういう旅順なのかはなんでか団長さん教えてくれなかったんだよね」

 「ああ、そうか、そうかもな。じゃあ口頭で説明する」



 地図ぐらい用意してくれても良いのに、と思ったが高級品なのかもしれないな。エスター先生と地理の勉強をした時もあやふやな地図しかなかったし、距離も馬でどれくらいかかるかってのが基本単位っぽかったから。そこからヴィーはごちゃごちゃと説明してくれたが、簡単に言えば北部をのぞいて国を一周する感じだろうか。王城は国の中心から南に少しずれたところにあって、そこから東に穀倉地帯が広がる。俺の仕事、というか毎年の愛し子は東に通された街道を進んで周りをかるーく(あくまでも軽く、らしい)祝福しながら進んで、国境沿いのラシャ側に出たら南下しつつやっぱり祝福。帰り道は海岸沿いを進んで、海が荒れないようにと祝福をしながら進むんだそうだ。

 団長さんは行ったことがないらしい。去年まではカルサーさんが暇だから行ってたとか。そのカルサーさんは口を酸っぱくして祝福は軽く撫でるぐらいだ、力が残留しない程度だ、愛し子が通るだけで十分だとか言ってたなぁ。祝福しすぎると大地が頑張りすぎて土地がやせて、毎年同じ程度の祝福をしないとうまく作物が育たなくなるらしい。いつもいつも力の大きな愛し子がいるとは限らないから避けたいとか言ってた。



 「川と海」

 「川と言ってもラシャ川は大河ですよ、ノーチェ。流れは緩やかですが深くて、泳いで渡るのは無謀です」

 「そんなに」

 「ああ、少し雨が降ると対岸が見えないからな」

 「雨……?」



 ふと、思ったんだが。俺こっちに来てもう三ヶ月ぐらいたつのに雨って見てない気がするんだよね。もともとそういう気候なのかと思ったけどそれにしては水をふんだんに使う生活様式だし。四季もあるし、最初に目にしたのは大きな湖だし。



 「……知ってる、よな」

 「空から降る水」

 「あー、うん。そうだな。で、水滴が邪魔して遠くを見づらくなるんだよ」

 「なるほど」



 そりゃ知ってるけど。少々でなくレンがひきつった顔をしてるのはやっぱりあれか。俺が雨止めてるのかな?そりゃ、庭に出て寝っ転がりたいと思ったら晴天の方が良いけど。朝露とかすぐ乾いてくれるし。でも無意識での力の放出はもう一カ月近くしていないはずだ。んー……一応、念のため首から下げている枝の色を確かめても白いし。



 「俺、雨止めてると思う?」

 「……一応、夏は雨が少ないものなのです。力の制御も、問題ないと言われたのでしょう?」

 「はい」

 「ならここしばらくのはれは偶然でしょう」



 一度も雨がないのは流石に不自然なんだな。わかった。








 ゆらゆらゆれるとは言っても大した揺れでは無い。そんなこんなで太陽が沈み始めて馬車はゆっくりと止まった。



 「愛し子様、本日はここまでになります。副隊長、本日の報告を」

 「ああ、わかった。ノーチェ、降りてみるか、それとも中にいる?」

 「外に出てみたい」

 「なら行って来い。レン、ついていけ。イースは好きにしろ」




 ヴィーに言われてレンも俺に続いて馬車を降りる。イースは手伝います、とか言いながら騎士達に近づいていった。何というか、ヴィーは命令するのに慣れてるよね。騎士団の人たちは命令を受けるのに慣れてるし。自然な動作だ。靴を履いて外に出て、大きく伸びをするとやはり気持ちが良い。座りっぱなしというのもつまらないものだな。街道を少し外れて小さな小屋があって、そのわきに馬車を二台とも止めた後、騎士団の人たちは天幕らしきものを張り始めた。なるほど、テントか。あの小屋はそう言ったものを持たない旅人用なんだろう。そんな話をエスター先生に聞いたことがある。彼女もあまり詳しくはないみたいだったけど。あ、火も熾し始めた。……魔法だったな、今の。そうか、騎士団の人たちってエリートなんだっけ。魔法が得意って便利なんだなぁ。



 「明日は宿屋のある農村に着きますよ、ノーチェ」

 「宿屋……」

 「ちょっとイースの酒場に似ているかもしれませんね」



 小さく笑いながら言うレンの水色の髪が揺れる炎の光に照らされるとなんだか神秘的だ。綺麗な色だな。



 「寒くないですか」

 「大丈夫。どちらかというと、騎士団の人たちがうらやましい」

 「ああ、服ですか。愛し子様はあまり肌を見せてはいけないらしいですから」

 「そう、カルサー様にも言われた……」



 ふと、レンが腰から下げる剣に目が行く。武器、ね。護衛。魔物とやらを見たことはないが、襲ってきたりするのだろうか。守られているのはちょっと残念な感じだし、一人で気が向いたときに旅が出来るようになるためには俺個人がそれなりの武力を持つ必要があるよな。あるんだけど、なぁ。

 そこまで考えたところで食事にしましょう、と言われたので考えるのはやめておいた。

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