01

朝目が覚める時は大体メイドさんに起こされるんだが、その日は流石に目が覚めた。さくらさんがおでこを超高速でつっついてきたから否が応でも目が覚める。何をする、と睨みつけたつもりだったんだが目をやったさくらさんはそこはかとなく威張るように胸を張ってみせた。翻訳するならば起こしたぞえらいだろうって感じだなこれは。


 「別にさくらさんが起こさなくても起こしてくれる人はいるんだけど……?」


 鏡で額を確認しながら呟いたらさくらさんが講義するようにぴぃぴぃ鳴きはじめた。うん、ちょっと意地悪したい気分だったんだよごめんね?



 「失礼いたします、ノーチェ様……今日はもうお目覚めでしたか」

 「はい。さくらさんが」

 「さくらさんは頭がよろしいですからねぇ。これからしばらく私たちが起こすことなりませんし、代わりに頑張ってくださるつもりなのでしょう」

 「ああ、そうか。さくらさんはメイドさんとして頑張ってくれるつもりなのかな」

 「あらまぁ。それでは私たちはノーチェ様のお世話をこれからもさせてもらえるように技量に磨きをかけなくては。ノーチェ様楽しみにしていてください、お戻りのころには全員さらなる進歩を遂げて見せます」



 冗談めかして言うメイドさんには頭が下がるよ、いつもにこにこしてててきぱきしてる。まさしくプロ。顔を洗ったり服を着るのを手伝ってもらった後で階下に降りる。騎士らしい格好をしたヴィーとレンが既にいた。



 「おはようございます、ノーチェ」

 「はよー」

 「おはよう、レン、ヴィー。ええと、今日は準備したら出発する?」

 「そうですよ。朝食をご一緒してもよろしいですか?」



 レンは相変わらず穏やかそうに聞いてきた。団長さんがにっこり笑って頷いているってことは食事の準備はすでにしてあるんだろうな、とよろこんでの返事をした。




 「ヴィヴァルディ、レンドリア。君たち二人にはノーチェの護衛……旅の同行者としての任務を与える」

 「よろしく」

 「ヴィヴァルディは愛し子の旅がどのようなものか知っているね?」

 「ああ。それに一応俺の家にある過去の記録を漁ってきた。何回か分の記録が残っている」

 「私が読むわけには?」

 「流石に直系の人間の日記だからなぁ、持ち出しはするなって親父に言われちまった。悪ぃな、レン」

 「いえ、それならば仕方がありませんね。一応指示はすでに受けていますし……」

 「指示?」

 「それは私から説明しよう。食べながらでいから聞きなさい」



 もちろんですとも。色々な種類の果物が切られて器に盛られているのはとても見た目が良い。噛むとあふれ出てくる果汁や甘い香りに心奪われるが、だからと言って話を聞けないほどではない。



 「ノーチェはすでに習ったのかな……わからないから知っている事かも知れないけど説明するよ。騎士団の小隊というのは30名からなる。ヴィヴァルディとレンドリアは炎狼騎士団の第7小隊に所属している。ヴィヴァルディは小隊の副隊長に当たる。レンドリアは特にこれといった役職についているわけではないが実質的に彼の補佐だ。

 この旅には第7小隊の半数が同行する。普段の愛し子の旅であれば本人が所有する使用人、もしくは後ろ盾となっている貴族が用意した使用人や護衛を用意するのだが、ノーチェはそれを持っていない。現状、庇護している私の勢力とみなされる炎狼騎士団の業務を滞らせず、かつ旅が問題なく行われる程度の人数だ。馬車は二台。馬は13。」

 「馬車は二頭立て?」

 「その通り。ヴィーとレン、ノーチェは同じ馬車に乗りなさい。もう一台には荷物。馬車ごとに御者一人と見張り一人。残りの九人で二台の馬車の護衛」

 「護衛が必要?」

 「正直、そこまで治安が悪い農村というのはないと思われる。だがそれなりに長い旅だからね、荷は多くなるだろう。そうだ、ノーチェ。もし嫌悪感がないなら乗馬などを教えてもらいなさい。役に立つだろう」



 馬か。それは楽しそうだ。どうせなら剣の使い方を習ってみても……いや、過保護だから止められるかな。まぁそれは旅がどんなペースで進むか把握してから頼んでみよう。カルサーに習ってまともに水鳥の魔法も使えるようになったから団長さんやエスター先生とも、話したければ話せるし。農村ってどんなところなのかな。俺のイメージだと田園……ん?田、は稲作、米を作るための、日本では主食で……え、いや主食はパンだよね?ん?



 「ノーチェ?何か疑問があるのかい?」

 「え、いえ、何も。服は……」

 「それならアルドがすでに用意しておいたよ。他に持っていきたいものはあるかい?」

 「さくらさんの水浴び用の器。さくらさんあれが一番のお気に入りみたいだから……持っていけるのであれば」

 「ああ、あれか。丁寧に包んでおくんだよ、割れてしまうかもしれないから」

 「はい。それと菫の砂糖漬けは持っていきたい」

 「気に入ったようだね。少し買い足すべきじゃないかな。あと、イース君なんだが」

 「最近吟遊詩人に弟子入りしたと」

 「その吟遊詩人は私の知人でね。もしよければ彼を連れて行って欲しいそうだ」

 「……はぁ?」

 「いや、不思議な事じゃないんだよ。彼の腕はなかなかのものらしいんだが、イース君は生まれてこの方、馴染みのある場所でしか演奏をしたことがないそうだ。ゆくゆくは酒場を継いでそこの主人になるつもりらしいしね」

 「はぁ」

 「で、まったく知らない人をお客さんとして演奏させる経験を積ませたいらしい。実力を実感してほしいそうだ」

 「……それは、なんとなくわかった。でも酒場とか、は?」

 「ご両親はもし彼が音楽家になりたいならぜひなって欲しいそうだよ。ならないにしても一度ぐらい見聞を広められるたびに出られるなら言うことがないそうだ。愛し子の旅に同行して音楽を聞かせたという噂も広められるしね。彼らはなかなかに商売上手だから」

 「ああ、なるほど。来てくれたら楽しそう」

 「決まりだね。後はノーチェ。まだ夏だけどあまり涼しすぎる格好はしないように、肌は見せないようにしなさい」

 「はい」

 「食事の前にはよく手を洗うんだよ」

 「はい」

 「毎日とはいかないが、夜に時間があったら水鳥を飛ばして話をするように」

 「はい」

 「それから……」

 「あー、団長。必要なもの用意したいからそろそろ出かけたいんだけど」

 「ヴィヴァルディ、流石にそれは失礼なものいいでしょう」

 「かもしれないが、でもこのままじゃいつになっても出発できねぇ」

 「……その通りですね」

 「君たちどんどん私に対して遠慮がなくなってきているよ?」






 かなり心配そうな団長さんがかわいそうな気もするが、俺は旅を楽しみにしているのだ。さっさとイース少年を回収して出発したいもんだ!

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