禍福は糾える縄の如し
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ナイフとフォークを使って肉を小さく切り分けて口に運ぶ。焼き加減もソースも俺の好みにぴったりと合っているからいくらでも食べられそうな気がするんだが、口に運ぼうとする手が止まった。
「それでその時私は……ノーチェ?」
「はい?」
フォークに刺していた肉を口に運んで、咀嚼して、飲みこむ。それだけなのになんだか面倒というか、多い。
「ノーチェ、無理して食べることはないんだよ。私たちは基本的にあまり食べないものなんだ」
「食べたいと用意してもらったので」
「いやいや、喜んで用意しただろうが、無理をして体調を崩してしまっては元も子もないからね。食後のお茶を用意させよう」
団長さんがそう言い終わるや否や、控えていたアルドが軽くお辞儀をしてから部屋を出ていく。それを見送る団長さんはとっても良い笑顔だ。
「団長さん、嬉しそう」
「ああ、そう見えるかい?」
「とても」
「そうか、そうかもしれないね。ノーチェ、一応確認したいんだけど好きな食べ物というか、食べたいものは何だい?」
いきなり尋ねられる。なんでいまさら尋ねる?俺の好みなんてがっちり把握しているじゃないか、こってり系の肉料理が大好きだぞ俺……と思ったところで連想しても食べたいという感覚が全くなくなっていることに気付いた。えー……肉が好きな肉食系男子目指して……ん?いや、別に目指してはいないか。食べたいもの、食べたいもの……。
「果物」
「なんでも?」
「はい。あとは、たまにお菓子」
それだけ言うと団長さんは食事中にも関わらず立ちあがってくしゃくしゃっと頭を撫でてきた。最近後でひとくくりにして結べるようになった髪が大変なことになっているような……嬉しいから良いけどね?
「団長さん?」
「いや、今日はめでたい日だよ。もともと愛し子というのはあまり食事を必要としないし、無理に食べようとすると力のバランスが崩れるものなんだ。そして個人個人で食べたいものは結構限られている。今までノーチェが食べていた量は愛し子としては破格だよ」
「なんとなく、気付いてはいたけど」
「うん、必要でなくなったのなら喜ばしいことだ。力の補充が終わったということだからね。今までは人間として健康だったかもしれないけど、愛し子としては飢えている状態だったんだよ」
そう言ってから、さらに頭をくしゃくしゃにして満面の笑顔を見せてくれた。うわー、やっぱ格好良いわ団長さん。
「心配を、かけていた?」
「少しね。無理して食事を減らしたり増やしたりしては行けないよ?食べたいものを食べたい時に食べるのが一番良いからだと力の維持方法だからね」
「わかりました」
俺だって体調不良とかは嫌だからな!いろんなものを見たり聞いたりするために体は資本だ。健康万歳。とは言えそうそう病気になるものではないようだし、今までの団長さんやカルサーの言葉を聞く限りじゃ本能的に行動というか欲求のままに行動していれば愛し子ってオールオッケーらしい。何という反則的な生き物、と思ったが生き物って基本的に本能に従ってればまともに生きていけるはずだよな。
「さて」
と食後のお茶が来たところで団長さんは席に戻って、ついでにアルドさんに持ってこさせた紙を眺めながら俺に声をかけた。ちょっといつもより改まっている。
俺の席にはお茶と、どれだけ用意が良いのかカットされた果物がいくつか。口に運ぶと適度な酸味と甘みが混ざりあって、独特のとろっとした食感と相まってとても美味しい。美味しいし、他の食べ物よりも満腹感とは別の、力の吸収率が良いのがすごくよく分かる。なるほど、これが個人個人特有の食べたいものってことか。団長さんはお菓子かサラダばっかり食べてるからどちらかが食べたいものなんだろう。
「愛し子というのは正式に神殿に認められたら、国の方にも認められる。両方で認証して初めて、愛し子という社会的な身分が手に入るわけだ」
「社会的な身分」
「そう。年金という扱いで一定額が国から支給されるようになるし、商取引などを行う際の後ろ盾が国になる。愛し子というだけで信用はあるが」
「俺は?」
「神殿でカルサーに色を言われたと言っていたね?」
「黒の愛し子と名のれ、と」
「つまり神殿での認証はすんでいるが、国の方はまだだ。宰相と王、さらに主要な貴族はノーチェという愛し子を私が保護している事を知っているがだからと言って何らかの書類上の手続きはしていない」
「改まってそれを俺に言うという事は、状況に変化が?」
「流石だね、ノーチェ。そう、国側でも認証はさっさとしておきたいところなんだ。生臭い話を少しするならば、愛し子が多いという事は国の力が大きいということになるから」
まぁ、わからなくもないか。単体の能力が大きい上に、宗教的な権威まで付いている存在は多ければ多いほど、良いだろう。いや、多すぎたらパワーバランスが崩れそうな気もする。その辺り、一般的な唯人と愛し子の関係ってどうなっているのか気にはなるが団長さんは構わず話を続けている。
「愛し子は大体生まれたらすぐに認証されるものなんだ。そしてある程度成長してくると社交界に入っていくことになる。ノーチェは適齢期だから認証したらすぐに色々なところからパーティのお誘いがかかるだろうね」
招待に応じれば美味しいものがたくさん食べられる、と少し前までなら思ってわくわくしたんだろうけれども今はなー。それに、生臭いと言ったからにはやっぱり誘いに応じる応じないで相手のメンツとかがどうこうとかいうよく分からない話になりそうな気がする。
「団長さん、ヴィーやエスター先生の家と仲が良くない家ってある?」
「正直に言ってしまうと、あるね」
「その家が主催するパーティに参加したら、ヴィーやエスターの家としては面白くない?」
「……ないね。彼らにとって不利になる行動は避けたいかい」
「はい」
「もちろん、事前に私たちが来る連絡を選別することも可能だよ?」
「……それは、もちろん俺の学習が足りていない段階では当然だけど。もし俺が独り立ちできるのであれば、自分で情報を入手して、自分で判断できるようになりたい」
「そう言うと思ったよ」
答える団長さんの声は柔らかくて温かい。結構な我儘を言っている自覚はあるんだけど、こんなに甘くて良いんだろうか?
「そして、私もノーチェにそう在って欲しいと思う。ただ、経験が圧倒的に不足している」
「仲が良くない家という言葉は知っていても、何故仲が良くないのか、仲が良くないというのはどういう感情が元なのかはわからない」
と、いうことに。だって俺もともと嫉妬心とか薄い方だしふつーの平民だから家のプライドとか見栄とか確執とか理解できない。理解したくもないと思っていた気がするが、それは俺と関係のない世界の出来事だったからで愛し子としてそれなりの地位をもらってついでに知人がそう言う階級の人間なら迷惑をかけないためにも理解する必要がある。
「……」
「団長さん?」
「ああ、いや。そう。だから経験、ということで一つ愛し子らしい仕事をしてみないかい?」
「仕事?」
手にした団長さんがひらひらと振る。
「一カ月ほどかけて、農地を回るんだ。軽く祝福をしながらね。もし自然災害に見舞われている地域があれば、強めの祝福を」
そんな仕事があったのか、と思ったところでやたらとこの国が裕福そうな理由が分かった。特に品種改良もしていなさそうなのに素材から食べ物がおいしいのも、歴史書を見て近年飢饉がおこった記録がないのも。愛し子が祝福して回っているからだな。なんという反則技。
「基本的にさっさと回るものだけど、好きなだけ時間をかけて色々なものを見てきなさい」
「わかりました」
楽しみだな!祝福さえちゃんとしてれば後は社会見学兼ねた旅行だよね!
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