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 ノーチェ様、と柔らかい声に目を覚ます。あくびをしながら体を起こすと、はんなりと笑ったメイドさんが洗面器とタオルを持って待ちかまえている。顔を自分で洗っているうちに、服が準備される。


 「ノーチェ様、本日も暑くなりそうですし、こちらの涼しげな白か水色などいかがです?」


 最初のうちは出された服を着るがまま、だったんだが最近は数着を並べて俺に選ばせてくれる。正直面倒だなと思わなくもないが、好みのものを着れるのは嬉しかったり。ただ、色や細かな意匠は違っても大まかな形は一緒だ。長いズボンに長いシャツ、長い上着。これでもかというほど肌を見せず、そのくせ細身だから体のラインはよく分かる。水色であまり刺繍はあまり入っていない服を選んでもぞもぞと着替えを始める。手の届かない所や面倒なところは手伝ってもらっていると、さくらさんが頭のてっぺんに乗って髪の毛を引っ張ってくる。

 朝食をねだっているのだろうとあたりを付けて、机に置いてある浅いガラスの器に水を呼ぶ。さくらさんは散々引っ張っていた髪の毛を離すと白状にもわき目もふらず水浴びを始めた。もしかしたら、少しは飲んでいるのかもしれないが。餌はこれだけで足りるらしい。

 首から下げた枝を見ると乳白色のまま。よし。水を呼んでも過剰な力の放出はなかったな。ちょっと満足していると髪を直される。さくらさんはどうも俺の髪の毛を啄ばめば言う事を聞いてくれると思いこんでいるような気がしてならない。止めろはげたらどうしてくれる……愛し子ってはげるのか?


 「準備出来ましたわ、ノーチェ様」

 「ありがとう」


 お腹減ったな、と菫の砂糖漬けに伸ばした手が軽く叩かれる。


 「朝食は準備してございます」

 「一つだけ」

 「朝食を召し上がった後にしてくださいませ」


 頷いて手を引っ込める。最近普通の食事で腹いっぱいになるんだよなぁ。団長さんみたく軽食だけってわけにはいかないけど。階段を下りて食堂に向かう。団長さんはもう席についている。


 「おはよう、ノーチェ」

 「おはようございます」


 なにやら真剣な顔で手紙を読みながら紅茶を口に運んでいる。傍らには少量のサラダ。俺の席にはパンとスープとサラダ。あ、小皿に焼き菓子と菫の砂糖漬け。きっとさっきのメイドさんが付け加えてくれたんだろうな。感謝。




 朝食をとり終わって、団長さんと軽い雑談をした後、エスター先生の授業が始まる。とは言っても最近は雑談の様なものだ。テーマだけ最初に決めて、それについて論じる。段々と話題がそれても別にかまわないし、ということで今回は仕事から始まって庭師、植物の種類なんてモノについて色々とお話をした。初めて外で買い物したときに手に入れたロザリアの花は、相変わらず俺の部屋の花瓶に収まっている。流石に香りは薄れてきているが、みずみずしさは保ったまま、夜はほんのりと蒼く光って俺の目を楽しませてくれている。まぁ、エスター先生や庭師のお爺さん曰くあれ咲いたら一晩で枯れるものらしいんだけど。

 あー。水の取り換えとか俺がやってたしな。最近だと俺が呼んだ水を花瓶に入れてるし、だから持ってるんだろうなぁ。ちょっとわかるようになってきたもん、力の影響を受けるとか受けないとか。今ならロザリアの花、つぼみの時に受け取ったらつぼみのまま運べると思うんだ。

 そんなことを話しながら迎えた昼食の時間。団長さんは基本的にお仕事でいないが、エスター先生が来る日はエスター先生が一緒に食べてくれる。いないときは俺一人だけど、アルドさんは給仕をしながら話しかけてくれるのでさびしさは感じない。礼儀正しくおしゃべりをしながら食事する、というのは晩餐会系に出るなら必須の能力らしいので(出る可能性があるかないかは別として)それなりにマナーを教えてもらいつつ食事。午後からはアルドに馬車を出してもらって、神殿に向かう。



 最初に緊張していただけのようで、別段カルサーは怖い人ではない、気がする。ちょっと言葉は乱暴だし、他の人の前だと慈愛あるしゃべり方をする二面性のある人だけどやさしい。出来たらほめるし出来なかったら軽く叱って助言をしてくれるし。何より愛し子としての心構えとかも多少は教えてくれる。無駄に力ふり撒きすぎたら倒れるぞ、とかね。名前は信頼できる人にしか呼ぶ許可を与えちゃいけない、とかね。やっべ、俺酒場のご主人に名前で呼べって言っちゃったよ、と聞いたときに思った。

 まぁ良い人だし。団長が騎士団の人たちと行くぐらいだから変な酒場じゃないだろうし。気にしないでおこう。力の訓練は可もなく不可もなく、だろうか。本を読むときのように瞬時に暗記できるわけではないのが残念だが、まったく進歩がないわけではない。今のところ枝を白く保ったのは3日が最長記録で、その時も3日もったぜひゃっほう!と思ったら黒くなってしまっただけで多分枝を見なければ一週間は行けたと思う。


 そんな感じで。



 俺は毎日を楽しく過ごしている。

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