10

 緑色というのは落ち着く色だ。ふわふわの緑色の髪の毛に、緑色の瞳。春に芽吹いたばかりの草の色。


 「ノーチェ」

 「かる、さー」


 返事をしようと思ったら声がかすれる。そんなに長い間、黙っていただろうか。というか、ええと?あぁ、そうだった。いきなりキスを、してきたんだっけ?


 「大丈夫か?」


 尋ねるカルサーの声は穏やかだ。とてもではないが、キスをいきなりしてくるような人間には思えない。安定した声、色欲を感じさせない目。男ってのはそう言う事考えてこっちを見てると、どう取り繕ってても欲にぎらつくから……あれ?それもおかしくないか?なんで俺が、性欲スイッチが入ったの男の目を見たことがあると思うわけ?なんか、おかしくないか?

 ……まぁ、いいか。


 「カルサー、今」

 「悪かったな、そこまで驚くとは思わなかったんだよ。口移しで俺の力をお前さんに移動させた。腹はまだ減ってるか?」

 「移動……?あ、減ってない」

 「力を意識できれば良いと思ったんだが、裏目に出たな。悪りぃ」


 うーん、摩訶不思議。どれだけ食べても満腹感が微妙になかったのに、今はかなりお腹いっぱいな気分になってる。美味しくいただきました、ってことなのかな。腹のあたりを手で撫でると、なんだか今まで無かったものがある、そんな奇妙な感覚がある。


 「あ……なんか増えてる」

 「わかったか?それが俺たちの言う【愛し子の力】なんだが」

 「多分、なんかある」

 「ならそれを、ぎゅっと集めて小さくして……体の真ん中に箱があると思いこんで中にしまえ。頼むから」


 そ、そう言われても。でもなんかふわふわ出ているのはわかるから、これを?ぎゅっと集めて小さくして、しまいこむ……。あ。出来たんじゃないかな。なんか、変な感じだ。後ろのものが見えたり、真っ暗闇でモノが見えているような違和感がある。体のどの器官を使って何をどう感じ取っているのかわからないし。でも、うん。これが力ってものなんだろうな。一回見えて……見えてるわけじゃないか。一回理解できたら早いかもしれない。言葉にし辛い感覚だな、カルサーが言葉で説明してくれないのも良く分かる。


 「……しまえた?」

 「おお、悪くないぞ。常日頃から体のわわりには漂わせずに、箱の中にしまうようにしておけ。良いな?」

 「わかった」

 「後はその枝だ」


 言われて手に目をやると、黒い枝がきらきらと光っている。うん、ええと、これも良く見たらにゅるっと入ってるから、これもつまんでさっき作った箱の中へ。

 ちょっとかくかくした動きだったが、手の中の枝は徐々に白くなっていく。最終的に、最初と同じ乳白色に戻った。


 「できた」

 「出来てるな。……よくやったじゃねぇか」


 おお!ほめられた!なんか嬉しいな、ほめられると。鼻歌を歌っても良いような気分になると、いきなり渋い顔をされる。

 あ。枝がまた黒く!?







 あの後。カルサーは女神に木の枝にひもをくくりつけて、俺の首にかけた。いわく、この枝が黒く染まらないように注意しろ、だそうで。二回目は苦労せずに白に戻せたし、感覚はなんとなくつかめたけど。楽しかったりウキウキしたりすると箱のふたが開きやすいからそこをしっかりと制御できるようにならないと一人前じゃねぇぞと言われた。まァ確かに、気付いたら黒くなってたりするもんな。

 なんでもまだ幼い愛し子で力の制御が下手だとこの枝を首にかけられるらしい。つまりわかる人間には俺が力の制御が苦手だとわかってしまうわけだ。良いけどさ。魔法については他の人たちが使うのをじっくり見ておけ、と言われた。女神に気に入られているから簡単な魔法ならわざわざ決められた音や図形をおぼえる必要がないのが俺たち愛し子なんだけど使われている力の量を確認しておいた方が良いらしい。燃費をよくするべきってことなんだろうな。必要最低限の力で、最大の効果を。


 「そうだ、黒の。一つだけ教えておいてやるよ」

 「一つだけ?」

 「ああ、便利だからな。水鳥って魔法だ。水で鳥を形作って、飛ばす。鳥を通じて相手に音声を送り、相手側の音声を受け取る。遠く離れたところにいる人間と会話が出来るんだ」

 「使ったら今、レンと話せる?」

 「その通りだ。見せてやる」


 ふわっと緑色の力が広がって、水がわき出た。空中に浮かぶ手のひら大の水の玉。きらきらしてて、綺麗だなぁ……。


 「これはお前の氷と同じだ。世界にお願いして水をくださいって頼んだ。まぁ、いれもんがねぇから空中に浮いた状態で、って条件も付けた」

 「なるほど。少ししか力は使っていない」

 「まぁ、そうだな。でも水を出すだけだったらもっと少なくて済むから。お前が出しすぎなだけで」

 「……えー。殆ど出てない」

 「いや、一般人からしたらこれでも結構凄いことだからな?」


 そうなのかー、とぼんやり思っていると、水よ鳥よ、声を運ぶものよ、とカルサーが呟くと同時にただの球体が小鳥の形になる。


 「鳥」

 「そうだな。音を運ぶ鳥を想像すれば出来ると思う。呪文はイメージの補佐だな。この言葉を聞いたら、この魔法を連想する」


 条件反射、か。パブロフの犬レベルでの訓練が必要じゃないか、それ。いやでも意外とそうでもないのかも。


 「ちなみに俺が話す言葉をこの鳥が話して、この鳥が聞く音を俺が聞くことができる」

 「カルサー!」

 「やってみたくなったか、別にかまわないぞ」

 「水よ、鳥よ、声を運ぶものよ」


 水で出来た、鳥。可愛くて、俺の言葉を離すことが出来る鳥。俺に言葉を伝えることもできる、そう言えば文鳥って可愛いよね。

 気休め程度に呪文を唱えてそんな鳥がいれば良いのにと強く願う。水でできた小さくて可愛い、手乗り文鳥。人に慣れてて、でも自由に飛べて。集中して閉じていた目を開けると、いた。

 可愛い鳥が羽ばたいている。思わず手を差し伸べると、小さな足で指にしがみつくように止まってくれた。かわいい。生きているみたい、だけど水でできているからかひんやりしている。

 首をかしげてちゅるる、と啼く声も可愛い。一度文鳥を飼ってみたかったんだよなぁ、桜文鳥。嬉しくなって小鳥を眺めていると、ひょい、と飛んでしまう。どこに行くのかと思ったら、あたまの上に乗ってくちばしで髪の毛を引っ張り始めた。遊んでるのかな。でも地味に痛い。まぁ、でも楽しいのなら我慢するか。


 「カルサー。小鳥出来た」

 「……そうだな」

 「何か間違えた?」

 「いや、その……それ、水鳥じゃないぞ」


 何やら言いづらそうにもぞもぞ。


 「……そう?水で出来た小鳥」

 「は、確かに合っているんだが。水鳥って魔法はあくまで水が鳥の形を取っているわけで。お前のそれは、意思を持った小鳥だろう……生きている」


 ん?それって何か違うの?

 疑問に思いましたがー。丁寧に説明してくれましたー。最初にその説明してくれよと思ったんだけど。なんでも水鳥って言うのは道具らしく。言葉を伝え終わったらその場で霧散するし、そもそもは飛ばせるから鳥なだけで鳥の形じゃなくても良いとか。


 「……水鳥じゃない」

 「わかったか畜生め。お前さんのやったのは精霊の創造だろうよ」

 「……精霊」

 「は、建国史を読んだなら知っているだろう」

 「自然に存在する、女神の力の凝り」

 「女神に愛された子の力が集まってできた疑似的な生命も、まぁ広義に見れば精霊なんじゃないか」

 「そっか。……名前はいる?」

 「名前?」

 「ノーチェって、最初はそうでもなかったけど名前を呼ばれると嬉しいから。この精霊も名前」

 「名前を付けるっていうのは力関係を決定するから精霊は嫌がることが多いんだが……そもそもがお前が作ったんだから平気かもな。とりあえず付けてみろよ、気に入らない様子だったら撤回してやればいい」


 そっかそっか。なら、これにしようと思ってたのがあるんだ。春の美しい花。桜文鳥の、桜。


 「さくら」


 お前の名前だよ、という心をこめて呼んだら、髪を引っ張るのをやめてちゅるる、と一声鳴いた後肩に止まって首に顔をこすりつけてきた。

 うん。気に入ってくれたみたいだね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る