カルサー


 神殿の副長ってのは辛気臭い職だ。実質的な権限は長が持っているし、むやみやたらと暴れたりもできない。つーか、そもそも俺は愛し子だからあまり周りから見て目をひそめてしまうような行動はしないほうが無難だ。二十年ぐらい前にこの職に就くことが決まった時も、王と宰相と神殿長の前でにっこり笑って喜んで拝命しますつったしな。日々女神に祈り、感謝し、世の安寧を願う。世、とはいってもそりゃヴァンガルディス王国の安寧だ。俺たちの神殿に名前はないが、あるとしたらヴァンガルディス神殿だろう。

 信心深さに差はあれど、唯人は大概女神と愛し子を信仰しているし教義が国によって変わることもあまりないが、横のつながりはない。大体の国では王族やらに庇護されてお互い助け合ってるようなもんだ。だからまぁ、戦争なんかになったら普通に敵対するし。




 俺がこの辛気臭い職についた理由はいくつかあるが、まず第一に格の高さがある。格、というとちょっと感じが悪いかもしれないが内包する力の多さは格、という言葉で愛し子の間では通用している。これは愛し子にしか分からないが、大体の力の量と言うのは受ける印象からわかるものだ。唯人はわからねぇみたいだけどな。多分愛し子全員力が大きすぎて大小の区別はつけられないんだろう。俺たちも唯人の中の魔力の多さ少なさは少し訓練しないと認識できねぇし。ちなみに俺はこの国にいる18人の愛し子の中で一番高そうだ、というかお前力の量が多いから聖職に付けと全員に言われた。面倒臭ぇ。

 面倒だが、仕方ない。もし俺が騎士だの、従軍する可能性がある職につけば他国の愛し子を刺激しかねないし、政治方面だとつい欲望に負けて周りの人間を従えて私腹を肥やすかもしれない……ぐらいならまだ可愛げがあるが、王権の転覆なんか目指すと洒落になんねぇし。出来ちまうと自分でも自覚あるし。平均あたり、もしくは以下の愛し子は手加減するにしてもそれなりの役職について生き生きと仕事してんのに。うらやましい。

 と、軽くふてくされつつも真面目に仕事をしていると、イグザの奴から光蝶が飛んできた。あいつ力関係かなり下手だからな、自分の属性が近い光系を軽くいじって通信用の魔法作りやがった。一般的な水鳥飛ばすのにも苦労する割に器用だ。

 手を差し出すと蝶が止まる。ゆらゆらと金色の燐粉をまき散らしながら羽を動かしている。


 「相変わらず光蝶か、イグザ」

 「水鳥は諦めて久しいよ、カルサー。元気そうだね」

 「元気だぞー。暇だがな。そっちは忙しいらしいな、愛し子を保護したと通達があったぞ」

 「あぁ、ノーチェと言う。この間は外出して買い物を楽しんできたようでね。物事の理解もできるようになっている、本人も外に興味があるようだから社会的な立場の整備をお願いしたいんだ」

 「あぁ、わかった。一応本人を確認してから色の称号を付けよう。黒らしいな?」

 「夜のようだよ、とても美しい。格が低い私では判断しきれないのだが、君ぐらいは力を持っていると思う」

 「そりゃあ……自分で言うのもなんだが、保護できてよかったな」

 「そうなんだがねぇ」

 「問題でもあるのか」

 「力の制御が全くできてないんだ」

 「……」

 「街を歩くときも楽しかったらしくて。ついていった唯人の話によると無条件で周りを祝福した揚句に一回倒れかけたとか」

 「そいつは馬鹿か……?」

 「言いたくなる気持ちはわかるけどね、カルサー。……私たちが保護される、と言うのがどういうことかはわかるだろう?」

 「わかりたくは無いんだがな、そうも言ってられないか。風蛇騎士団から連絡は?」

 「……捜査は一通り終わった後だけれども手掛かりは無し。ノーチェが逃げ出したあるいは捨てられた影響を鑑みて、急に衰退した商売人やら荒れ始めた土地を今は探しているらしい」

 「はっ、そうなるともう自然災害に巻き込まれて全滅してる可能性もあるぜ?そっち方面に意識が向いていないようであれば伝えておけ」

 「それもそうか、ありがとう。で、本題なんだが」

 「あ?黒の愛し子として俺がノーチェとやらを認めろって話じゃねぇのか?」

 「それもあるんだけれどもね。私はそもそも力があまりないし、制御も得意とは言い難い。君に教師役をお願いしたいんだ」

 「……」

 「あぁ、今面倒だと思ったね?良いじゃないか神殿は君には退屈だろう。時には面倒だと思うことを自らやるのも刺激的だよ」

 「年の甲ってやつか」

 「まさしくその通り。君より50年長く生きてきた愛し子の言葉に重みを感じるだろう」

 「感じねーよ」


 はっはっは、と聞こえてくる笑い声に軽くいらつくが、確かに変わり映えのしない毎日に飽きていたのは確かだ。あいつが百歳、こっちは五十歳。人生経験も、向こうは職持ち、こっちは神殿に閉じこもる毎日だからなぁ。なんだかんだ言って、イグザに愚痴を言ったり相談を持ちかけることは多いし。


 「仕方ねぇな、教師役引き受けてやるよ。つっても俺たちは本能的に出来ることを理解してる。あまりいい教師になることは、期待すんなよ?」

 「十分だとも。私だと使用例を指し示すこともできないからね。対外的には魔法を教えるということで話を通しておこう。私か、部下のレンドリア・ファーレンハイトが連れていく。レンドリアであればおそらく魔法を教えようとして手に負えないと判断した後だろう」


 含み笑いをしている声の調子だな。微笑ましく思っているんだろう、このおっさんは。

 近況報告やくだらない雑談をしばらくして、金の蝶は細かい粒子になって消えた。さーて。ノーチェとやらはいつ来るかな?






 あほか、と反射的に思ってしまった俺は悪くない。今神殿にに入ったところなんだろうがこれだけ垂れ流しにされていると探そうとしなくても居場所が分かる。神殿に入る奴らは多かれ少なかれ敏感な奴らが多いからそわそわと落ち着かなさそうだ。仕方がないので俺の部屋へ通じる通路、ついでにおそらく使うであろう木の間には近づかないように通達を出す。垂れ流し状態だと確かに大きく感じられるもんだが、こりゃ下手したら俺より格が上なんじゃねぇ……?

 軽く冷や汗をかきながら部屋で待っていると、レンドリアとノーチェが入ってきた。

 なるほど、これは、凄い。格は俺と同等、垂れ流してる分まわりへの影響は大きいし、それでも普通に立って歩いて会話が出来ているんだから力の補充率は俺より格段に上。こりゃさっさと愛し子としての力の制御を教えないとな。


 「炎狼の子、イグザに聞いたところだとこちらの愛し子に魔法について教えて欲しいと」

 「はい。私が事前に相談を受けたのですが、お役には立てなさそうでしたので」

 「炎狼の子なら魔法にも秀でていそうですが」

 「恐れ多い……それなりの自負はございますが、愛し子様にはとても」

 「なるほど。もちろん教えることに否やはありません。ノーチェ、魔法を習いたいのですね?」


 手に負えないと判断したら、とイグザの奴は言っていたっけ。多分教えようとして力の増幅を念頭に置く自分たちの方法では無理だと思ったんだろうな。あるいは、これだけ垂れ流し状態だとちょっと目を疑うようなことをノーチェがしでかしたのかもしれない。

 無表情だが確かに美しい顔を眺める。ほぼ同等、と言うあたりは間違っていないだろうな、かすかな吸引力しか感じない。もちろん気を抜けば惹きつけられるんだろうが、完全にではないが影響は遮断できている。

 愛し子の力、にはあまり唯人に聞かせたくないところもある。レンドリアをさっさと返してノーチェに教え込もうと思ったが、無表情のままノーチェはレンの袖をつかんだ。これは無意識のうちに俺の格を同等あるいは上と判断したのかもしれないな。だとしたら軽い威圧感を感じているかもしれない。……今の俺と同じように。ああ、保護されたってことは威圧感は恐怖に変わっているかもしれない。記憶がなくても感情と言うのは刻まれているものらしいし。と思っていたらくらりとめまいがするほどの力の波動。

 唯人に言うことを聞かせたいなら炎狼の優秀なのでもその十分の一、多すぎる!ほら見ろ正常な判断力も何もなく、連れ帰ろうとしてるじゃねぇか。俺に挨拶をする気配もなく、愛し子の腕を掴んでるあたり……。

 正常な状態に戻そう、と名を呼んでも……軽い催眠状態だろうか。俺と黒の力が拮抗してどっちつかずの状態になってるわけか。厄介な。



 愛し子は。根本的に唯人を恐れていることが多い。

 俺だっていつも意識してはいないがやっぱり怖い。

 俺たちの存在は唯人を狂わせる。一対一で負ける気はしない。格が低いイグザだって、騎士団の一つぐらいは軽くあしらう自信があるだろう。俺なら軍団一つに立ち向かえと言われても、死なずに済ませる自信はある。あるんだが。

 いつだって俺たちは、いつ王族が国を挙げて愛し子を狩ろうと言いださないか怯えている。愛し子を化け物と呼ぶ声が大きくならないか、怯えている。人は自由意志を尊ぶのだ。本人の思考や感情を捻じ曲げることが出来る俺たちに対する反感が主流になる可能性は、零ではない。

 かつて女神に会ったという愛し子はいるから嘘だとは言わないが。女神信仰に愛し子をくっつけ尊ぶような社会制度にし、優秀すぎれば人間社会とのかかわりを希薄にし。にもかかわらず必ず軍にも政治にも貴族社会にも商業界にも、数さえあれば愛し子を配置して。どの国でもそうだ。面白いぐらいにバランスがとれている。唯人を尊重するというのが愛し子の間の建前だが本質は少数の俺たちが排斥されることへの恐怖だ。

 唯人、というとちょっと違うな。集団で存在する、人間社会と言うものが怖いのだ。誤解はしてほしくないが普通に楽しく遊んだり交友関係を持ったりするから……。




 つまり何が言いたいかって俺が退屈な神殿で我慢して生活している、その努力を台無しにしかねないんだよノーチェ、お前自重しろ!




 まぁ、うん。悪気がないのはわかってる。いつもと違うレンドリアの様子に軽く戸惑っているだけで、喜んでいないあたりは安心できる。おとなしく帰したしな、あいつのこと。

 瞳を覗き込んで、もう一度容量の確認。漆黒、と言うのは綺麗な色なんだなと惹きこまれそうになってあわてて意識をそらす。……本当に俺とどっこいどっこい、ってとこだな。市井で暮らすか神殿に入るか。国に仕える道は無いだろう。つーか俺をはじめとしておそらく愛し子全員が必死で止めるし。さらに、知った後の対応も悪くない。制御が出来ていない力、と声、の単語から考えたのだろう、とりあえず声を出さずに意思の疎通を図ろうとしている。素直に言うことを聞くのは、理由を考えたら少しばかり腹が立つがこの場合はありがたい。多分こいつはまだ、愛し子としての本能的な感覚が無いんだろう。ならとりあえずは力の制御を教えて、そのあと不文律について説明すればいいかと女神の木の間に連れて行くことにした。






 女神の木の間。これがはたして植物なのか鉱物なのか、はたまた別の何かなのか。知ってるやつはいない。俺だって知らない。だが、姿かたちが木にそっくりだから木、と呼んでいる。物事なんて大概がそんなもんだ。ただでさえ力が大きいノーチェの奴の名前を呼ぶ気にはならなくて、黒の、と声をかけても普通に返事をした。




 あまり表情が動かないが、それでも興味深そうに女神の木を眺めているのがわかる。俺も初めて見たときは驚いたしな、と適当な枝を折る。

 ゆっくりと枝に濃くした力をしみ込ませると、淡い緑色に染まった。ノーチェに見せると目を丸くしている。持たせたら瞬時に黒く染まった。……勢いに任せて、って感じだったな。吸収するとはいっても力は外に出ると拡散するもんだし、ここまで容易く漆黒に染められると頭痛がするというかなんというか。ならその力を体に戻すのも簡単にやるのだろうか、と思ってやらせたら、ひっこめるどころかさらに多くを体から出しやがった。

 理由を聞くと魔法で白くしようとしたらしい。いやだから、ひっこめるんだって。魔法は外に出す行為だろうが、と言おうと思ったがどうやらそれも知らないらしい。

 挙句、愛し子と唯人について触れたときに怪訝そうな顔をしやがった。これはさっさと認識を改めさせようと思ってじっくり話すことにしたんだが……。

 保護してもらった、名を付けてもらった、やさしい、楽しい。意識しているのかは分からないが親しい唯人について話しているときに柔らかい笑顔を浮かべていた。挨拶の時も、力を行使した時も、レンドリアと別れたときもほとんど無表情だったにも関わらず。



 あぁ、こんな顔が出来るんだったら、それで良いか。



 まっとうに生活したら、今知りあいの唯人はノーチェが老齢に差し掛かる前に死ぬだろう。だが、こいつはきっとそれを悲しんで、しかし彼らの子供たちを喜んで見守る事が出来るんじゃないだろうか。別れを惜しみ悲しみながらも、新しい出会いを喜ぶことが出来るだろう。ならそれでいい。

 少しばかり追求されたが、根が素直なのか何なのかノーチェはすぐに手元の枝に意識を戻した。





 が。おいお前本当に下手だな。ひっこめる方法なんて俺に聞かれても正直わからねぇ。普通に暮らしていれば、物ごころつくころには知ってることだ。力を外に出すよう強制されてたとでも思わないとおかしいぐらいの制御の下手さ。ったく、ほんとになぁ。ちょっと引っ込んだかと思えば大量に出し、流れが穏やかになったから美味く行っているのかと顔を見れば不可解そうな顔。まさか自分の力を感じ取れないなんて事もないだろうし……。

 一応教えてやるとイグザと本人に言った手前、投げ出すわけにもいかないし俺の心の平穏のためにもぜひ素早く力の制御法をおぼえてもらいたいんだがなぁ。何となく眺めていると、ふと何かに気づいたように顔を上げる。お。コツでもつかんだか?


 「ん?どうした黒の」

 「お腹が空いた」




 はっはっは、そうかそうか。俺がそれなりに真剣に悩んでるのにお前は腹減ったのか。というか、腹が減るんだな、お前。基本愛し子は物食べなくても平気なんだけどなぁ。微妙に放出量の方が供給量より多いのかもしれん。軽くつまめるものなら部屋に合ったはずだし取って来ようかと思ったが。そうだ。

 力の流れってのを認識させるためにも俺のを渡してみるか。一番効率が良いし口移しで行こう。座りこんだノーチェに見あげられるってのは、なんだ。悪い気はしねぇな?

 かがんで顎をこちらに向けさせる。漆黒の髪が白い肌を流れる様はどこか蠱惑的だ。まっすぐにこちらを見る瞳は、色を感じさせない。両価的なところが余計にそそる。折角だからしっかりやろうか、と口を合わせた。柔らかな唇。舌でなぞれば力が入っていないのか、すぐに開いて受け入れる。慣れてそうだしもう少し、と歯をなぞったり舌を絡ませたりして、それなりの量の力を流し込んでから口を離した。赤く染まった唇と、目元が色っぽい。こりゃあ、その気になれば女だけじゃなくて男もたらしこめるな。結構な量を吸われたからもう空腹感は無いだろうと尋ねてみるが、ぼんやりと返事がない。

 ……これは、まずったか?名前を呼ぶべきかと逡巡していると、こくり、とノーチェの喉が動く。何かを飲み込むような、と思う間もなく激しい力の奔流。恐怖さえ覚える大きさ、飲みこまれるのではないかと錯覚する、濁流。ったく!


 「……不味かったか?『ノーチェ、目を閉じて意識を落ち着けろ』」





 対抗してかなり力を込めた声をたたきつける。一瞬めまいがして、軽く頭をふる。座りこんだまま、目を閉じたノーチェは先ほどまでの力の流れが嘘かと思うくらい、人形のようにおとなしい。……が、気付いた。力の総量、大きくなってないかこいつ。今なら確実に俺より上だぞ?


 普通愛し子の力の量は成長するにつれて大きくなって、成人したころからは変わらなくなるんだが……。

 わけがわからん。とりあえず起こしてみるか。

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