09
な、何をさせられるのだろう。ちょっとびくつきながらもカルサーの後をついて廊下、らしき場所を歩く。少し歩くと、真っ白い木が一本生えているだけの広場についた。あまり大きくはない。せいぜい俺より頭一つか二つ分高いぐらいだし。枝は細いのが横に凄く張り出してるけど。……木、というか結晶?木の形はしているけど葉は一枚もついていないし何より軽く虹色にきらめいている。珊瑚が、オパールでできているような。白い石畳はなくなって土が露出しているけど、その不思議な木以外には草一本生えていない。上を向いても、かなり上に白い布が見えるだけだ。もちろん周りは入り口をのぞいてぐるりと白い布に囲まれている。正直、こうまで白いと落ち着かない。精神的にも良くなさそうな気がするんだけど、カルサーってよくここで生活できるな。
「カルサー、これは木?」
「まぁ、一応な。……この枝で良いか」
手を伸ばしたカルサーが、ぱきりと細い枝を折る。手のひらに収まるくらいの長さのそれを見せてきた。
「女神の木、と呼ばれている。というのも、俺たち女神に愛された子の力に強く反応するからだ。この神殿がここに建てられたのも、伝承によれば1000年の昔に愛し子に率いられた人の集団がこの木を見つけたからだ」
「ああ、ヴァンガルディス建国記」
「読んだのか?」
「読んだ。1000年前にすでにその木はここにあった?」
「と、言われている。実際俺がこの職についた20年前から見た目は全く変わってねぇ。ほら、折った枝ももう元通りだろう?」
と、言われてみれば。どこが折られた枝かわからなくなってるなぁ。ん?20年?子供のころに神殿に来たのかなぁ。カルサーって。
「まぁ歴史は本でも読んで学んでおけ。この枝は愛し子の力に反応して色を変える。今、俺は無駄に力を外に出さないようにしているが、意識的に手から放出するとこうだ」
綺麗な形の人差し指と親指で摘まれた枝は、俺の目の前で乳白色から緑白色に色を変えた。え。きらめきはそのまま、ただし白ベースじゃなくて緑ベースってとこか?凄いな。
「ノーチェ……いや、黒の。お前は今のところまったくもって力の制御をしていない。の割に感情の高ぶりには反応して増大しているから厄介なんだ。取り合えずこの枝持ってみろ」
目の前の枝を摘んだ、と思った瞬間に黒くなる。漆黒だ。きらきらして綺麗だけど真っ黒。……。ああ!俺の髪と目の色か!黒いのも嫌いじゃないぞ、ジェットみたいだし……。
「黒」
「予想通りだが染まり方が濃いな……何か吸い込まれるような感覚はあったか?」
「無い。触ったら黒くなった」
「……だろうな、普段からそれだけ無意識に外に出してたら。じゃあとりあえず。お前の力がその枝にはしみ込んでる。それを内側に戻すようにしてみろ、俺の分はもう取りだしたから、白になったら合格だ」
と、言われましても。戻っておいでー、と呼びかけたところで何がどうなるわけでもないし。そうだ、白くなってくださいってお願いすればいいんじゃね?氷出してください、で出てくるわけだし。白くなってください、白くなってください……。
ぱしっ、と頭をたたかれる。
「カルサー?」
「黒の……お前、より一層力を出してどうする」
「出していた?」
「それも無意識か!ったく、今何考えてた?」
「世界にお願い。白くなってください」
「……そうか。俺が悪かった」
意外も普通に謝るんだなこの人。もう少し意地っ張りと言うかプライドが高いかと思ってたんだが。
「魔法ってのは愛し子じゃない唯人でも、努力すれば使える。さっきの炎狼の子も炎狼騎士団に入るくらいだから一通りは使えるだろう。だが、愛し子は世界に愛されてるからな、世界はお願いを聞いてくれやすい。お前さんが言葉も無しにいきなり氷を出していたが、あれはかなり高等だ」
「氷は、魔法では出せない?」
「難しい、だろうな。もちろん事前に準備をしていればどうにかなるし、詠唱だけでも水を出してからその水を凍らせる、と段階を踏めば得意なやつはできるだろう……なんだその意外そうな顔は。お前は愛し子なんだ、唯人とは基本的な能力が違う」
「……」
うーん、なんか、微妙な気分。だってそう言われても……なぁ?確実にヴィーやレンのほうが俺より役に立つし物知りだし。
「なぁ、黒の」
「はい?」
「まぁとりあえず座れ」
白い服が汚れてしまうと思ったが、本人が頓着しないのなら構わないのだろう。カルサーが座って、旋毛を見下ろしていても仕方がないので向かいに座った。鮮やかな緑色の目が俺を見る。
「イグザの奴が説明してるかとも思ったんだが、なんで俺がこんな面倒なこと言わなきゃいけないんだろうな」
「面倒?」
「ああ、面倒だ。一度しか言わないからしっかりと聞いとけ。あのなぁ、黒の。唯人を自分と同じ人間だと思うな。親しくなりすぎるな」
「……レン、も?」
「あいつのことが好きか?」
「レン、やさしい。俺の名前、付けてくれたし」
「あいつに付けてもらったのか」
「そう。レンと、ヴィー。よく家に来て、色々な話をしてくれる。前ヴィーと外に出て、買い物もした。楽しかった」
「そうか、そりゃあ良かったな」
「大好き」
「……まぁ、良いんだけどな。普通、こういう感覚は成長するにつれてわかるもんなんだがな」
ちょいちょい、と少し長めの女神の木の枝でカルサーは土をいじる。
「わからないなら、わからないで良いのかもしれないな……」
「わからないことは、知るべきだとエスター先生は言っていた。知らなければ、怖いことから逃げられないかもしれないと」
「……そりゃ、ごもっとも。女の名前みたいだが、良い教師じゃないか」
「女の人で、ヴィーの従姉。文字と礼儀作法を教えてくれてる」
「唯人だろうな、愛し子は男だけだ」
「うん。髪は赤。目は緑。赤は燃えてるみたいで、緑は……サラダに入ってる美味しい葉と同じ色」
「お前もう少し女性を口説く単語は身に付けたほうが良いぜ?エスター先生とやらは詩吟は教えてくれないのか?」
「……彼女の緑の瞳は夏の太陽の下、朝露に濡れて輝くニルチェの葉よりなお色濃く」
「あー、わかったわかった。十分だ。ったく、話がそれまくったぞ」
俺のせいじゃ、無いと思う。
「ええと、まぁなんだ。唯人とも仲良くしとけ。お前さんはそれで良い。それに、いずれ時が来ればわかるだろう」
「今すぐ知らなくても良い事?」
「そうだな。忘れとけ。でだ。なんで魔法の話をしたかって言うと、魔法に使う力といわゆる愛し子の力ってのは、おそらく同じものだ。つまり、魔法を使おうと思えば思うほどその枝は黒く染まる」
「なるほど」
「説明しなかった俺の落ち度だな、ったく。と言うわけで。世界にお願いなんぞしたら逆効果だ」
「でも、白くなって欲しい」
「そうだな。お前、布に水が染み込む様子を見たことあるか」
「ある」
「ならその逆をイメージしてみろ」
「乾いていく?」
「ちげーよ、水だけがするする戻っていくんだよ」
ふむ、と膝を抱えて座ったまま枝を目の前に持ってくる。黒一色……元は白かったはずだし……。もどる……ってそもそも本当にこの枝俺から出た力、とやらで黒く染まったわけ?
「おい、真面目にやってるのか」
「……白くならない」
「見てりゃわかるぞ、なんでこんなに下手なんだ」
「多分今までやったことないと思う」
「……その年まで全くしたことがないとかマジで胸糞悪ぃ」
いやー、下手でごめんよ。でもあんまり怒らないでくれると嬉しいな。
くだらないことを考えつつ、あーでもないこーでもないと続けていたが、ふと気付いた。いやでもこれを言ったら怒られそうな気がする。
「ん?どうした黒の」
「お腹が空いた」
はっはっは、気付かれたなら隠しても意味ないし!なんか軽くつまむぐらいでも良いからくれないかなぁ、とカルサーを見ていると、ものすごく微妙な顔をされた。目があったのでじっと見ていると、いきなり立ち上がって俺の横に来た。飴でも持っていたのかと期待して彼を見上げると、本当に微妙な顔のまま、キスをされた。
……は?
え、いや、ちょっと?柔らかくて温かい、軽い感触。ちょっと待て、お前男だろうなんで俺にキスしてるの、と呆けているとぬるりと唇を割って入ってくる……舌か!おい!なんでいきなりディープキスになってんの!しかも無駄に気持ちいいし!明確な快感とまではいかないけど!ぽかぽか暖かくなって……いやいやいや、気を確かに持て自分!いくらなんでも理由もなくいきなりこういうことをするタイプには見えないんだけど、と硬直していたらしばらくして口を離された。
「おい、黒の?大丈夫か?」
俺はまずそっちの頭が大丈夫か聞きたいね!まったく!なんでいきなりキス!今さらキスの一つや二つでギャーギャーわめけるような歳でも無いけどいや、待て自分。おかしいだろうまず男が男にキスしていることに違和感を抱け!なに男にキスされる事自体は普通とか言う感覚になってるんだよ!俺は男!だったらキスする相手は女!出来ればふわふわしたかわいい女の子!
「おい、黒の。空腹感は無くなったかー」
第一!男女であってもセクハラだろうか!今日会ったばかりの女の子にキスとか無いわ!良い雰囲気になっても継続的な関係を結ぶつもりなら無いわ!行きずりの関係か!行きずりの関係なのか!?だったら女の子ひっかけてろよなんで俺!
「……不味かったか?『ノーチェ、目を閉じて意識を落ち着けろ』」
全く、なんだというのだカルサーめ!ぷんぷんしていると後ろから声。
「あら、お兄さん。どうしたのかしら」
「……あ、れ?いや、どうもしないけど」
可愛い女の子に声をかけられる。年のころは小学生中学年と言ったところだろうか。お姉さんぶりたいころだよな、と微笑ましい気持ちで眺める。ふわふわのピンク色の髪の毛。きらめく海原の瞳。うわー、非現実的だけど可愛いなぁ。なかなかにカラフルだし。
「ねえお兄さん、端的に答えてちょうだい。お兄さんにとって魔法ってどういうもの?」
「え、そうだな。こちらに存在してあちらには存在しないもの、かな」
なんとなく真面目に答えてみた。いやでも本当に可愛いなぁ。
「ところでお兄さん、美味しそうな飴、持ってるわね」
「え……あぁ、うん。俺のだよ」
掌の中には一握りの飴。
「その飴、ちょうだい?」
「……あれ?前に、会ったことあるっけ?」
「もしかしてナンパ?あたし、ナンパは初めてね」
「いやいやいや、確かに君は可愛いけどさ。流石に君の歳だと犯罪になっちゃうから……」
「あらそう、残念。お兄さんかっこ良いからちょっと嬉しいなって思ったんだけど。と言うわけで純粋な乙女心をもてあそんだ罪は重いわよー。いしゃりょーを要求します。飴ちょうだい」
あはは、一本取られたかも。手のひらの中にある飴を見る。うん、じゃあ一つぐらい、と思ったんだけど……実際に見ると、なんだか惜しい。けど子供に向かってこれ俺の飴だからって拒否るのもなんか大人げないしな……。
「くれないの?」
「え、いや、その……」
「あたしお腹減ってるし。飴くれたら良いことがあるかもしれないわよ」
「そう、かな」
「そうね。あたしだって美味しい飴もらうんだもの、ちゃんとお返しはするわ!」
「そっか……それじゃあ……」
お返しをする、という女の子のおませな感じが可愛いし。感謝の気持ちを持って対価を用意してくれるというならそれでも良い気がする。んだけど。なんかなぁ……。渋っていると、女の子が手の中を覗き込む。
「その、透明の、欠けて罅が入っちゃってるけど、それで良いからちょうだい」
言われて良く見ると、確かにこの飴は少し欠けている。罅も入っているし、あまりきれいではないな。他のじゃなくて、これ、なら仕方ないか……。
「わかったよ。ほら。これで良いんだろ?」
女の子はにっこりと笑って飴を受け取り、口に勢いよく放り込んだ。あ……。
「……うまいか?」
「ええ、とっても美味しいわ!」
「なら、良かった」
「そうそう、お兄さん。簡単に魔法ってどういうものかしら?」
「え……そうだな、簡単にって言われると難しいな。強いて言うなら……愛し子なら簡単に使えて、唯人は苦労しないと使えないもの、かな」
俺の答えに女の子はなぜか満足そうに微笑んだ。眩しい笑顔。
「じゃあ、お礼しなくちゃ……お兄さん、名前呼ばれてるわよ」
え、と周りを見渡すと真っ白で何もない。あれ、今まで何してたんだっけ、と思っているとノーチェという音が聞こえた。名前を、呼ばれている。
「わかったかしら、じゃあこれお礼ね。しゃがんで口あけて」
女の子の手の中にはピンク色にも青色にも見える不思議なカケラ。ひょい、と口に放り投げられた。
「ノーチェ!」
目の前に緑色の瞳。少し険しい顔。カルサー、だ、あれ、俺ぼんやりしてた?
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