06
どうするつもりなのだろう、とヴィーを見ると本当に悩んでいる。何もこんな暗い中で悩むこともないだろう。寝て起きて、朝になってから確かめてもいいんじゃないかと提案しようと口を開く寸前に、ヴィーは咳払いをした。顔を上げて、強い意志のこもった視線をあたりに、騎士団のみんなに向ける。あ、命令するときの顔だ。
「撤収作業に移れ、とりあえず村を出る」
「説明を求めます」
間髪入れずにレンが口を挟んだ。反対しているわけじゃない。レンはどうやら、ヴィーの言うことに異を唱える立場を自らに課しているような気がする。
「この村で夜を過ごし、朝になってから移動しても構わないのでは?疲れが溜まっているわけではありませんが、騎士団の人間がしっかりと寝台で休息をとれる機会は貴重です」
「そうだな。だが、村はここ一つではないだろう……少なくとも昨日の夜は魔法が使えていた。魔法が使える場所まで出てから休憩を取りたい。自然現象ならばともかくノーチェの、黒の愛し子の感覚では人為的な現象だ。目的がなんであれ、この現象のさなかにいることはあまり好ましくない。わかったか」
レンはざっと騎士団に視線をやった。不満そうな顔がないのか確認してたのかな?いずれにせよ、軽く頷いてから深く腰を折った。
「かしこまりました。では、すでに就寝しているイースおよび本日休憩の隊員に知らせを。お前たち、すぐに連れて来い。あとは……」
と、命令を下してレンはそこで言葉を切った。訝しげな顔をするその視線の先にいたのは宿屋の主人。確か名前はディルクだったっけ?少し気弱そうな印象を受ける顔に、不思議そうな表情を浮かべている。
「あの、皆様まだ就寝されないのですか?」
「ああ、悪いな。急な用ができた。これから村をでる」
「え、何もこんな夜に急がずとも……」
おろおろとしているのが少し可哀想だったから近寄って軽くごめんね、と言ってみた。
「出ることは決まったので……イグリッサの実、美味しかったです、ありがとう」
その言葉にディルクはさまよわせていた視線をこちらに向けた。薄い茶色の目がこちらを見て、そして伏せられて服の裾を握られた。出ていってほしくないのだろうか、でもこの村はそんなに寂れているようには見えない。この騎士団に止まってお金を下ろしてもらわないと食うに困るってほどじゃないだろう。実際、宿屋でもすぐに食事が出てきたわけだし。
「行かないで、ください」
「それは、私の一存で決められることではありません……手を離して、くれますか?」
かちゃり、と金属の触れ合う音がした。視界の端に、腰に下げた剣に右手を添えているレンが見える。そして、声も。
「主人、愛し子を離しなさい」
その言葉に騎士団全員の視線がこちらに向かう。
「あの、」
「いかないでください」
「これは警告だ、その手を離せ、ディルク」
ヴィーの硬い声。
きらりと光る刃が向けられた。……武器が。人を傷つけるための武器が、むき出しで言葉を交わした相手に向けられている。認識すると同時に、体温が下がったような気がした。
息を呑んで主人を見る。茶色の瞳はこちらを見ているのに、見られていないような気もして気持ちが悪い。一歩下がろうとしたが、服の裾を掴んだ力が意外に強い、というか。もう片手でいきなり腕を掴まれた。泣くほどではないが結構痛い。ぎりぎりと、力を入れて掴んでいる。なんだろこの感情、逃したく、ない?
ヴィーの剣が、その刃が主人の腕に触れる。それなのに恐れる様子もなく主人は俺の腕を離さない。
「ディルク、最後の警告だ。炎狼騎士団の人間として命令する。愛し子の腕を離せ」
「行かないでください、愛し子様……ここに、いてくださるだけでいいんです。今日だけでもすごく、溜まったんです。お願いですからここで、何もしなくていいです、生活してくださるだけで。騎士団の皆様の食事だって用意しますし」
言っていることは、まともだ。いや、まともじゃないのかもしれないけどしっかりとした言葉だし、こちらに向かって訴えかけてきているのもわかるのに、何かが違う。
「言ったはずだ、ここを発つ。……ノーチェ、目を閉じていろ」
低いヴィーの声と、後ろから聞こえるたくさんの鞘走りの音と、ああ、怖いな。剣は、武器だ。守るために使おうと、害するために使おうと、怖いものは怖い。
おとなしく目を瞑る。血を見るのは嫌だ。
掴まれていた腕に何かしらの衝撃が伝わった。掴まれた感覚も消えたが予想していたような悲鳴も、血の臭いもしない。恐る恐る目を開けると、変わらず俺の前に立つディルク。ただ、俺の腕をつかんでいたはずの右腕が、肘から先がなく、て。地面には、肘から先の服の袖だけが、落ちていて。
「え…」
「魔物の類か…?」
ぬるりと黒い、もやのようなどろりとしたものが斬り落としたのであろうヴィーの剣に絡みついている。
蛇のようにするすると動き手に触れたところでヴィーが剣を取り落とす。かみ殺したような苦鳴がかすかに聞こえて、思わず手を伸ばして蛇を握りつぶした。
「いっ…!」
「つぅ…ノーチェ、助かったが無理はするな!」
手袋外してたからな、素手で触ってしまった。でも素手じゃなかったらきっと壊せなかっただろう、そんな感じがする。手のひらが少し赤くなったがひらひらさせていたらすぐに痛みはひいた。ヴィーの手は少し爛れたようになっていたので、手に触れて治れ、と思いながら力をゆるく流し込む。素早く治療ができるようになっていて良かった。
騎士団の人たちは少しホッとしたような顔をしつつもディルクに対する警戒を緩めていない。さすが本職、と思ったんだけどこれどうなってるんだろう。
「ヴィー、レン、…何が」
「申し訳ございませんが、わかりかねます」
レンの苦虫を噛み潰したような口調が少し、おかしい。そんな他愛ないことを考えてないと怖いし気持ち悪い。なんで、ディルクは。右腕が無いのに表情が変わらないの。
「愛し子様、お願いです。ここに、いてください」
「埒があかない上に、攻撃を加えたらこちらが害されるようだな……」
「そのようですね」
「お待たせいたしました、これで全員……」
戸惑ったような団員の声。イースと、この場にいなかった団員たちが全員揃っている。
「あの」
「すまんな、イース。説明はあとだ。逃げるぞ」
「え、逃げ…?」
「言い方が気に食わないなら戦略的撤退だ、撤退。村の敷地から出て連絡を……」
ヴィーの言葉を、肩を叩いて止める。指示を出そうとしていた彼は金色の瞳でこちらを見た。
「すまん、ノーチェ。こう言う目に合わせないための護衛なんだが……」
ディルクが動かないままここにいてください、と繰り返し言うだけだから焦りつつも余裕があるんだろうけど、どうやら愛し子は耳も目も良いらしい。軽く首を横に振ってからまずいことを伝えた。
「包囲されてる」
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