07
ゆっくりと歩いてくる村人たちは思い思いの格好をしていた。
あの子は今日の昼、小さな花を渡してくれた子だ。あのおばさんは、通りすがりに会釈をしてくれた。あのおじさんは畑の手入れをしていたし、あの子はそんな父親を手伝っていた。……みんな、何の変哲もない、それでも精一杯毎日を生きている村人、のように見えていたのだけれど。
偏屈そうに顔を顰めている人も、脳天気に今にも鼻歌を歌いそうな表情の人も、緊張して顔がこわばっている人もいたのに、今は全員張り詰めた顔をしてこちらを伺っている。
夜、暗くなるとすぐに寝るのが農村の人たちだ。明かりを灯すのには燃料が必要で、燃料というのは高価なものだ。わざわざ無駄な出費をするくらいなら太陽と共に生活をすれば良い。いままで通った町や村はそうだった。この村も、そうっぽく見えたんだけどな。
「ヴィー、レン……見える?」
だいぶ近づいてきたから唯人の彼らでも認識できるだろう、俺ほど見えているかどうかはわからないけど。そう思って尋ねたら、彼らは小さく頷いた。
「ヴィー、さっきの黒いの痛かった?」
「痛いというよりはむしろ……力が、抜ける感覚が」
言われてみれば少しは吸われてたような気もするけど少量すぎて分からない。でも力が抜けるとか嫌だよね。チリチリした痛みがあったのは意図しない力の移動があったからだろう。吸った量に差があるとは思えないし、反応の差は元々の総量の差かな。どうしたものか…俺じゃ判断しにくいな。本はたくさん読んで勉強したつもりだけど、やっぱりこういう時は経験がものをいうよね。イースが怖い思いをしていなければいいんだが、悩むばかりで行動を起こせないのは俺の欠点かもしれないな、今後気をつけてみよう。
「ここにいてください」
「なぜそこまで固執するんだ」
途方に暮れたように、それでも敵意を隠すことなくヴィーは問いかける。
「愛し子には今、この国に対し祝福をしていただいているのです。一箇所に留まることはできないとわかりませんか」
レンの声は硬い。
どうすれば、何をすれば、俺は何かできないか、な。なんて考えていて、目の前からいきなりディルクが消えた。違う、消えたんじゃない。服だけを残して黒い靄になったんだ。
「え……」
暗い中で、黒い靄はとても見にくい。見失ったのであろう騎士団の人たちの戸惑ったような声が聞こえた。
飛びかかってくる靄に一拍遅れてレンが反応して剣を振り下ろす、が、空を切ったような音しかしない。瞬間的に分かたれた靄、は勢いをそのままに俺とレンに向かって飛んでくる。庇おうとヴィーが手を伸ばしたのが目に入ったが、正直、なんというか。一歩前に踏み出して靄を握り、潰す。レンの腕にまとわりついていた靄もついでに握りつぶしてみた。長袖の服着ててよかったね、レン。
うーん、感触はないのに。力を勢い良く流しこんで爆発させてるみたいだな。攻撃的な気分がうっかり……。
「……ノーチェ、ありがたいんだが出来れば下がって、」
「ヴィー、俺が怪我をしたらこの騎士団の責任問題になるの?」
「そうじゃなく、」
「団長さんは俺の仕事は祝福して回ることだと言ってた。騎士団の仕事は俺の警護だって。俺が怪我をしたら騎士団の責任問題になるの?」
「なります。ノーチェ、下がっていてください」
「おい、レン!」
ヴィーとレンが純粋に俺の心配をしてくれているのはわかっている。でも剣が効かない相手に、魔法が使えない場所で警護を行うことができるだろうか。もっと言うなら、自衛できる?無理じゃないかな?
大雑把に見えて、ヴィーはしっかりと仕事をしている。剣は大事にしていた。いつだって手元においてあったし手入れはしっかりとしている。そのヴィーが触れられるだけで剣を落とす?驚いたり痛かったりすると反射的に人間は力を入れるものだろう、触れられただけであんなになるモノと戦うって?握り潰せる俺に、下がっとけって?
ないな。
ちょっと、こんな気分は初めてだけど。
「ヴィー、レン。怪我はしないようにする。疲れたらすぐに言う。本当にどうしようもないな、って思ったら……思ったら、見捨てて逃げる。だから邪魔しないで」
後ろのイースが小さくいとしごさま、とつぶやくのが聞こえたが気にせず前を見る。
村人たちは徐々に集まってくる。まだ若い女性が、思いつめた表情で一歩前に踏み出した。
「愛し子様」
「貴女も俺に、ここにいて欲しいんですね?」
「ええ。そのためならなんだってするわ。本当に、なんだって」
「……ディルクのように、切られて黒い靄になっても?」
「だって今の私はその黒い靄なんだもの。またここで、みんなで暮らすのよ。そのためならなんだってするわ、あの子をもう一度腕に抱くためにだったら、本当になんだって!」
いまいちわからないが……誰かに会いたがってる?んでもってきっとここにいる村人全員はあの黒い靄なんだろうってのが確定したな。だったらとりあえず一度強行突破して囲まれた状態から脱するべき?
なんて提案しようとしたら、彼女がおもむろに手を振りかぶった。ナイフは持っているがそれじゃ俺に届かないのに……。うわ。
自分の喉かっさばいた。
瞬間うつろになる瞳、あふれだす黒、地面に落ちる衣服。目の前の大きな塊を握りつぶしても、散り散りになった靄はあちこちへ飛んでいく。剣や盾、場合によっては腕などで対応しようとしているのは直接肌に触れなければ平気だって理解したからだろうけど、ったく!よくわからないものが!俺の好きな人達に手を出すな!!
明確に怒りを意識して、とにかく力を練り上げる。足を踏みしめて強制的に力を靄に届かせて、吸い込まれるより早く到達した。うん、この勢いで流せば遠方の攻撃もできるな。
この調子でとりあえず逃げようと声をかけた瞬間に足元に軽い振動と地鳴りのような音。一瞬の浮遊感の後に、落下する感覚。
忘れてたが!そういや地下に何かあったよな!
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