05
シュヴィルという男性は茶色の髪に水色の目をしていて、ちょうどレンと反対だ。瞳の色も結構薄くて、光の加減によっては灰色に見える。その彼は宿屋の、団員さんたちが五人で泊る大部屋の床に綺麗な模様の書かれた布を敷いた。
なんでも、この文様は魔方陣で、女神が好む模様で使う力の量を抑えられるのだとか。だから魔法によって模様が違ったりはしない、というのはエスター先生がちょっと前に教えてくれていた。
「私、シュヴィルは世界と世界を創生せし女神に希う」
呪文、というか宣言を始めたのでその声を力に注意しながら聞く。ゆるゆると、わずかだった力が増幅されて魔方陣の上に集まり、俺にも感知できる大きさになる。ここから一気に水鳥が現出するはずなんだが、と思ったら弾けるように力の玉が消え、散っていく。失敗して力が自分に戻らずにそのまま消えてしまうのは残念だな。ふつう失敗した魔法の力は持ち主に戻っていくらしいんだけど。
シュヴィルが申し訳ございません、失敗しましたと汗をにじませて言ってたので、あえて力を乗せて名前を呼んでみた。
「シュヴィル、疲れたなら休んだほうがいい」
「いえ、大丈夫です愛し子様」
……おや。俺の発した力も、すぅと消えてしまった。シュヴィルに届かずに消えたのだろう、本人も名前を呼ばれたはずなのに、と不思議そうな顔をしている。もしかしてさっきのクラウスのときも、名前をうまく呼べていなかったんだろうか。
「ノーチェ、どうした」
「体の中はともかく、外に出した力が拡散してる。シュヴィル、ごめんね。力を回復させたいと思ったんだけど」
「……それは、自然に?」
レンの質問には首を傾げるしか無いな。今度は力で水を呼ぼうとしたが、水が現出する前にやはり力が消えてなくなる。しっかりと目を凝らしていると、下に向かっていたような気が。
「わからない、けど。どうも魔法の効果が出る前に、地面に吸い込まれていっているような気がする。外に出て確かめても?」
「……そうだな。どのみち今日はこの村だ。魔法が使えない場所というのは避けたいがほうっておくわけにもいかん。だが、ノーチェ。不快感や危機感を持ったらすぐに言え」
「わかりました」
うなずいてみんなでがやがやと宿の外に出る。宿屋の主人はきょとんとした顔で俺たちを見たが、騎士団の習慣だ云々とヴィーが言ったら納得しないまでも快く送り出してくれた。薄暗い夜の闇。雨はもう止んでいるけれど、少し湿ったような下草とむせ返る土の匂い。嫌いじゃない、というかむしろ落ち着くと思うんだよね。でも暗いのは不便だから、と思って光の玉を浮かべようとしてもうまくいかない。
「……」
「どうしましたノーチェ?少し待ってくださいね、今火をつけますから」
月の明かりに静かにきらめくレンの水色の髪。火打石で火花を散らし、付けられたランプの明かりは不安定に揺らめく。光球も作れない、となると俺には原因なんてわからないし。
「レン」
「どうしました、ノーチェ」
「俺が学んだ限りでは、土地によって魔法の使いやすさ、使いづらさなんて左右されないと思ってたんだけど」
「……そう、ですね。私も過分にして耳にしたことがありません」
はぁ、と軽くため息を付いてから空を見上げた。黒い場所なんて殆ど無いぐらい、多くの星が瞬く。綺麗だな、と思える空が少し心を落ち着かせてくれて、深呼吸をしたら更に頭がすっきりとする。よし。やりづらいんだから、しっかり呪文やら何やらは使ってみようか。
「シュヴィル、文様を貸してもらっても良い?」
「は、よろこんで」
手渡された布を軽い感謝の言葉とともに受け取り地面に広げる。地面に力が逃げていくなら、逃げていく速さ以上に出してしまえばいいだろう。
「俺、ノーチェは世界と世界を創生せし女神に希う」
願いながら、意識して力を放出する。首から下げられた女神の木の枝が瞬時に黒く染まりきらめくのを確認して目を閉じる。力の動きにだけ集中しろ、他に意識を向けるな。
「水を、そしてその水に鳥の形を、鳥は声を運び伝え…」
ぐんぐんと吸い取られていく。乾いた土が水を吸うように。声と言葉と文様で増幅されているのに増えたはなから地面に吸い取られていく、これはどういうことだろう。かろうじて水を喚ぶまではできたが、これ以上やるのはちょっと嫌だな、と鳥の姿をとらせるのは諦める。気が緩んだのか、パシャリと音がしたから浮いていた水は地面に落ちたんだろう。でも、それ以前に。吸われていく力の先にあった、あれは。
「ノーチェ、おい大丈夫か?」
無意識のうちに止めていた呼吸を意識して行い、ゆっくりと目を開く。なんだ、あれ。
「ノーチェ?」
「ヴィー、レン。地下に何かある」
「地下、か?」
ヴィーはあまり悩んだような顔を見せない。性格的なものか、それとも意識して悩む姿を見せていないのかはわからないが、だからこそ少し珍しいと思った。
軽く眉を寄せ、意味もなく地面を足先で蹴る。シュヴィルとイスミには、体に直接触れて力の移譲を行なっておいた。そこまでしなくても良いと言われたけど、まだ空腹を感じるほど力を使ったわけでもないし。手袋を外して彼らの手をとって。体を離れなければ力は吸われて行かない。
「力が吸われていく感覚は我々にもありました」
「愛し子様ほど明確ではありませんが、うまく練れないといいますか……どこかへ消えて行くような」
「俺は、その消えて行く力の行き先を見てみようかと。……地下に明確な道筋をたどって行った。驚いて気を逸らした隙にどこかに行ってしまったけれど。もう一度やって行先を確かめる?」
がしがし、とヴィーは自分の頭をかく。赤毛がくしゃっとなるとより炎っぽいな、とうっかり笑いそうになった。
「あー……レン。お前真面目に勉強してたよな」
「そうですね、炎狼騎士団の団員はみなあなたより真面目に勉強してたんじゃありませんか?」
「そういう話じゃないんだけどな……」
レンは苦笑しつつすみません、とつぶやいてから真剣な顔になる。
「ご質問は?」
「過去に魔法が使用できなくなった事例は?」
「歴史書には二度」
「説明してくれ」
「王国歴218年、253年。ヴァルガンディス王国が攻め入られた際に……」
「ああ、戦乱期か」
それは、知らないな?一応歴史書は読んだはずなんだけどエスター先生も教えてくれてない。
「今回の件とは、無関係でしょう。状況が違い過ぎます」
「……そうか」
ちょっと微妙な顔をしてヴィーは頷いた。そのままこちらを見る。
「ノーチェ、明確な道筋といったな」
「はい」
「……人為的なものだと思うか?人が意思を持って引き起こした現象か?」
先ほどの妙な感覚に思いを馳せる。どこか奇妙に吸い上げられた力。俺の制御を離れて、そう、誰かの意志がなければ吸われて行かないだろう。
「……何かしらの意思のもとに引き起こされた現象だと、思う。悪意があるのか無意識かは……」
言葉を切る。俺は、愛し子だ。唯人とは違って、力を多く持ちその制御に長けている。無意識の現象によって、俺の意思が阻まれるだなんて、そんなことはないだろう。それくらいの自負は、あるんだ。あまり、物を知らないかもしれないが。力の制御や魔法の使用に不自由を感じたりはしない。カルサーだって、最近は太鼓判を押してくれている。
「誰かが意識的に引き起こした現象だと、思う」
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