02

 お姫様気分を味わいながら抱きかかえられていった先には馬が二匹と人が一人。こちらは明るい水色の髪と茶色の瞳をしている。うん、カラフル。人間の髪の色は黒、茶、金に赤のはずなんだけどなー。常識にはこだわらないようにしよう。ひとくくりにした髪はほどいたら背中近くまであるんじゃないだろうか。ヴィヴァルディの申し訳程度の結んだ尻尾よりはだいぶ長い。どっちが普通なんだろう?こっちはどちらかというと端正な顔立ちだな。十分にイケメン。……今の私ほどじゃないけど、ってところ?美意識ってのは人によって違うから何とも言えないけど。


 森が途切れた先には踏み固められた土があった。あれはおそらく道、だな。舗装されてない。休憩ということで外れて、ちょっと森に入って休憩中ってとこだろう。



 「レン!悪いが荷から服を出してくれ!」

 「え……」



 ヴィヴァルディが声をかけると焚き火の炎を見ていた青い人は眉をひそめて顔を上げた後わけがわからないという顔をした。立ち上がって近寄り、私の顔を見て目を見開く。



 「ヴィー、彼は愛し子……では?」

 「俺もそう思うんだが……湖に居た。こちらの言葉を理解しているのかわからんしぼんやりしている」



 不思議そうな顔になった青い人は首をかしげながらも荷物からシャツとズボンと下着らしきものを出してきた。どうぞ、と差し出してくるがどうすればいいのだろう。

 ゆっくりと下ろされたので、そのまま立つ。少しふらふらするがすぐに転ぶほどじゃないなぁ、と思ったが目の前に差し出された服に手を伸ばしたら転びそうになった。腕振るだけで転びそうになるってどうよ……と自分で呆れながら地面に座り込む。うん、座れば流石に転びそうにならないな。体育座り万歳。で、受け取ってしまった服はどうしよう。



 「ヴィー、まさかとは思いますが……」

 「もし愛し子なら、最悪だな。どこかで飼い殺していたのかもしれん」

 「愛し子を!?そんな冒涜的な」

 「愛し子だからこそ……服も、自発的には着ないか。着せるとしよう」



 ふむ、会話を聞く限りではこの無気力さに何か納得しているような?保護する気は満々みたいだし。下手に妙なことを言って疑われるよりは今の状態を維持するほうが良いか。まぁ、服は次に着るときは自分で着るつもりだけどな。流石に全部着せてもらうのは恥ずかしいし、大体の形は私の知る洋服と一緒だから一回見れば自分一人で着れる。



 「やっぱりなぁ。近くの村まで距離がだいぶあるのに素足だったにもかかわらず傷一つねぇ」

 「近くに人がいた形跡は?」

 「全くなかった」



 私に服を着せ(なぜかじっくりと裸体を見られた)、ヴィヴァルディと青い人(おそらく名前はレン、だと思う)は水を汲み直しに行ったり食事を作ったりと野営の準備らしいものを始める。そうして良く分からない議論を始めた。情報収集のためには聞いておいたほうが良いんだろうが、前提知識がない状態での会話の理解がここまで難しいとは思っていなかったので微妙に眠くなってくる。あたりはもう薄暗い。ふと気付くと青い人が私の前で、落ち着かせるような穏やかな笑顔を浮かべていた。



 「私の名前はレンドリア・ファーレンハイトと言います。愛し子様の名前をうかがっても?」



 ……私の名前は、女性のものだし日本人のものだし、なによりあの体のものだ。この外見の時に名乗るつもりはない。首をかしげて見せるとレンドリアは穏やかな笑顔のままこめかみに青筋を立てた。怒ってる……が、私を怖がらせないように配慮はしているって感じかな?

 というか名前はどっちなんだろう。ヴィヴァルディはヴィヴァルディとしか名乗らなかったがあれは名前なんだろうか名字なんだろうか。



 「ヴィー。レン」



 ちょっと悩んでいたらレンドリアはヴィヴァルディを指さしてヴィー、自分の事を指さしてレンとゆっくり口に出した。そのあと問いかけるように私を指さした。数回、それを繰り返す。名前を教えて、尋ねているつもりなんだろうか。とうか本当に愛し子ってなんだ。


 わからないが、繰り返すということは理解できると思っているんだろう。何回目か、レンがヴィーを指さしたときにヴィー、と言ってみた。かなり声がかすれたが間違ってはいないだろう。二人とも固まってしまったので、そのままレンを指さしてレン、と言ってみる。


 レン、と言った時にはそんなに言いづらくはなかった。自分で聞く限りじゃ結構良い声してたな。

 良くできました、と言わんばかりにレンが頭をなでてくる。撫で方は普通なんだがなんだか気持ちいいような。



 「そう、あの赤いのがヴィーで、私がレンです。あなたのお名前は?」



 ひとしきり撫でられた後にまたレンが同じ質問をしてきた。ちょっと考えて先ほどの二人の会話を思い返す。たしか否定的な時には首を横に振ってたよな。というわけで首を横にふる。


 鍋らしきものをかき回していたヴィーも、私を見てにっこりと笑っていたレンも、変わらない笑顔だが空気が凍った。表情はかろうじて変わっていないが激怒していることが空気をあまり読まない私でもわかる。



 「ふふふふふ、あぁ、どこの誰なんでしょうねぇ」

 「あー、レン。気持ちはよく分かるが落ち着け。愛し子が怯える」

 「これが怒らずにいられますか!」

 「俺だって十分はらわたが煮えくりかえってるとも。だがまずは落ち着け。本人を怯えさせては話にならん。名前が与えられていない、か覚えていない、のどちらかということは生まれてすぐに売られたか連れ去られたか……」

 「ええ、わかっています。人身売買は未だ根絶されていませんし、先日施行された禁止する法律には抜け穴が存在します!ですが!」




 なるほど。物ごころつく前に売られて名無しのまま生きてた、と思われてるわけか。それにしては結構、生育が良いと思うんだが……私が矛盾している、と思うことすべてが愛し子、という言葉で解決しているような気がする。




 「愛し子様!お気に召しませんでしたら変えていただいて構いませんが、あなたのお名前はノーチェです!」




 わお。いつの間にか名前が決まってたよ。

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