04
お腹減ったなー、眠いなーと。思いつつもすぐに木造二階建ての家についた。ちょっと古びた感じのなかなか趣がある家だ。フレミング、という文字の下にフォークとナイフと樽の絵が描いてある看板。何と酒場らしい酒場。
「ただいま!」
「今日は早いのね、イース」
「お客さんが……」
おやまぁという声とともに扉が開いて少しぽっちゃりとした女性が出てきた。おお。肝っ玉母さん風。
「騎士様に愛し子様かい。うちは大した店じゃないし酒場だから夕方から開けるんだけどねぇ」
「すまない。愛し子の具合があまり良くないので、少し座らせてほしいのだが……申し遅れた。炎狼騎士団のヴィヴァルディだ」
「こりゃご丁寧にどうも。具合が悪いのかい?寝台はないが椅子に腰かけるぐらいなら……」
「ありがたい」
中に招き入れられた。きれいに掃除されているけどどこか乱雑な空気。アルドが椅子を引いてくれたのでそこに腰かける。ふぅ。はしゃぎすぎたかな……。ナッサ焼き食べればよかった。そう多くはないが少なくもない荷物は机の上に乗せられる。
「愛し子様、その、お水ですけど……」
イース少年が差し出してきた。ありがとう、と呟いて受け取って一気に飲み干す。
「……ノーチェ、今からアルドが馬車をここまでひいてくるから、そしたら屋敷に戻ろうな」
「……」
「具合が悪いんだろう?また来れば良い」
「空腹。眠い気もするけど」
屋敷に戻るまで我慢したくない。今すぐ何か食べたい。
「イース、食事はある?」
少年に尋ねたら首をものすごい勢いで縦に振って奥にすっ飛んで行った。若いって良いね、機敏な動作が。
「ノーチェ」
ヴィーがたしなめるように名を呼ぶ。意外なことに、アルドが味方をしてくれた。
「ヴィアトール様、祝福のしすぎによるものでしたらおそらく本当に空腹感が強いだけかと」
「そうなのか?」
「ええ。イグザ様がおっしゃるには、力は物を食べ、眠れば回復するものらしいので。ゆえに力を蓄えた愛し子はあまり食事を必要としないのだとか」
「……では屋敷で食事を用意させたほうが」
「わたくし共で最高の食事を用意しているという自負はありますが。ノーチェ様はナッサ焼きなどを楽しみにしておられたようなのでこちらの酒場の食事を味わうことが出来るなら」
「それに越したことはない、か」
おおー。ヴィーが説得されている。良いぞアルド!私は是非ここの食事を食べてみたい。と言うか本当におなか減った。
「一応簡単なものはあるけどねぇ」
陽気な声でおばさんがやってくる。深めの皿に具だくさんの汁物。スプーンも持って来てくれた。
「具合が悪いならあまり食べずに横になったほうがいいんじゃないかい?」
「いや、どちらかというとたくさん食べさせた方が……」
何やら会話しているが美味しそうだなこれ!いやいや、礼儀作法はしっかりと守るつもりだよ。スプーンにスープを入れて、口に運ぶ。木彫りの器にしろスプーンにしろこっちに来てからは見てなかったな。久しぶりだ。そして美味しい!ごった煮だからこその美味しさってあるよね。一口の量が多くなりすぎないように気を付けたけどかなりハイペースで空にしてしまった。
「でもねぇ。騎士様のところの団長さんは召し上がってくださるけど愛し子様の口に合うような高級なもんじゃないと思うんだよ。恐れ多い」
「おかわりありますか」
え。そんな目で見なくても。
おばさんはもう一度深皿をスープで一杯にしてきてくれて、ついでにサンドイッチのようなものも出してくれた。それを食べている最中になんだか頑固おやじのような人が私のことを見に来て、ぎょっとしたような顔をした後なにやら頷いて引っ込んだ。そのあとから沢山料理出てきたな!
野菜炒め、焼き鳥、サイコロステーキに麦粥、シチュー。麺類パン類、米はないけど穀類。芋のバター炒めや良く分からない根菜のチーズ掛けなんかも美味。ヴィーは私の前に腰かけて、呆然とした顔をしながら酒らしき液体が入ったグラスを傾けていた。アルドは給仕のお手伝い。イース少年は料理を運ぶ役みたい。大皿を何枚か空にした後、ほっと一息でごちそうさまでした、と言っておいた。
胃袋に空きがない感じだなー。満腹感はないんだけど、なんだろうこの微妙に満たされない感じ。
「た、食べましたね……」
「ごちそうさまでした。おいしかった」
「光栄です」
イース少年が呆然。うん、私でもびっくりするぐらいは食べたよ。おかしいな、いつもはこんなにお腹空かないけど。
「そうだ、楽器」
「はい?」
「また聞きたい」
「バイオリンですね、取ってきます!」
イース少年がバタバタと騒がしく駆けあがっていく。バイオリンでいいのか。でもなんか割れてなかったっけ。音出るのかな?
「こら、ローラ!下には今お客さんがいるから……」
「やー!」
ん?あわてたような声の後に可愛らしい声。パタパタと軽い足音とともにかなりの勢いで小さいのが飛んできた。転んで泣きそうになって、私の顔を見て止まる。ちっちゃい女の子、だな。幼稚園とか小学校……には入ってるかなぁ。
なんか目が合った。う、妙な威圧感で動けない……あ、また泣きそうになってる。なんでだ。あ、無表情が怖いのか!?いくら小さいとはいえ女の子を泣かせてはいけない。彼女の前でしゃがむ。目を合わせればどうにかなるか?あ、そうだ。膝を軽くすりむいてたし名前を呼んであげようか。
「ローラ・フレミング、大丈夫?」
「……だいじょうぶっ!」
小さく叫んだ女の子はかなりの勢いで突進してきた。おっとっと?そういえばそんな名前のスナック菓子あったなぁ。ジャンク的な意味で久しぶりに食べたくなってきたかも。
「だっこー!」
はいはい。子供体温だ。ぎゅう、としがみついて離れない女の子。仕方がないので椅子に腰かけて抱っこだ。目の色は確認できなかったけど、ふわふわしたピンク色の髪の毛をしている。女の子らしくてかわいい……うわ、今すごく嫌な想像をしてしまった。ごつい肉体労働系のおっさんとかがピンク色のふわふわした髪の毛だったら……ぞっとするなぁ。
「す、すみません愛し子様!ローラ、離して……!」
イース少年が近づいてくるので構わない、と軽く首を横にふる。でもいつまで抱っこしてれば良いんだろう。
「ローラ」
「おにいちゃんきれいね!」
「ありがとう」
「だっこ!」
「今している」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
くくっ、とヴィーが笑う。実に愉快そうな顔をしている。
「ノーチェ、お前子供に懐かれるタイプか?」
「……さあ」
「ノーチェ様、重くはありませんか?よろしければわたくしが」
「大丈夫……イース、楽器は壊れていなかった?」
「えっと、その、音出ししてみてもよろしいでしょうか」
「構わない」
緊張した顔でイースが構える。ゆっくりと出された音は残念ながらすかっとしていた。音は出ているけど全く響かない。がっくりしてしまったイース少年に手を伸ばすと楽器を渡してくれた。うん、背中に罅が入っているもんね。時間が巻き戻って固定されたりとかしたらいいのになぁ、とローラを落とさないように気をつけながら傷をなぞるとふわっと消える。……えー。なにそれすごい。というかなにこれこわい、のレベルなんですけど。
びっくりはしたが悪い事じゃないだろう、とそのままバイオリンをイースに返す。えらい感動した顔でありがとう!とお礼を言った後そのまま曲の演奏に移ってくれた。
ん、ゆったりした音楽も悪くない……ああ、それにしても、本当に眠いな……。
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