03

 何と言うか、やはり買い物は良いな。自分のお金ではない事が少しばかり癪に障るが、まぁ職についていないのだから仕方がない。職に就くつもりも……正直あまりないんだよな。こちらは私の世界では無くて、私の居場所じゃないところで生活の基盤を得て仕事、という責任は負いたくない。あくまでお邪魔しているだけだ。不法侵入者か客かは微妙なところだけれども。

 鼻歌を歌いたいような気分でふらふら歩く。この道を歩いていけば下町だ、と言ったヴィーは私の後ろを歩いている。アルドは使用人だから当然だが……好きなところに行ってみろってことなんだろうな。ありがとうヴィー!心赴くままに足を運ぶよ!

 進むにつれてどことなく乱雑な空気が漂う。気取っていない、大声とか。笑い声、たまにはどなり声だってあるし。同時に私の顔をじろじろと見る人間も増えるが……だからと言って声をかけられるわけでもなく。そして周りを見るに治安が悪いということもなさそうだ。素晴らしい。たとえるなら先ほどまで銀座でショッピングを楽しんでいて、今は近所の商店街で安売りの目玉商品を探している感じだな!同じとは口が裂けても言えないがどちらが上と言うわけでもなく楽しい。こうなったら掘り出し物を探し出してみようか!それが良い、ナッサ焼きは最後の楽しみに取っておこう。




 商店街って感じだな、本当に。きょろきょろするような動作はイケメンにふさわしくないという私のこだわりによって優雅な動作は心がけているが(団長さんとアルドの動作がお手本だ)、それでもちょっとそわそわしているように見えてしまうかもしれない。

 食材を売っていたり、パン屋さんやお菓子屋さんもあるがどちらも乱雑に商品が積み上げられている。丁寧さは全然ないけど、先ほどまでの高級店より生活の糧、って感じがしていいよね。味はどちらがいいとは言えないな。私はガリガリ君もハーゲンダッツも好きなタイプの人間だから。安い布が丸めておいてあるのは、服屋じゃなくて布屋さんか。サイズわけした既製品を大量生産することはできないみたいだな。一般的な庶民ってやつは布を買って自分たちの服を作るんだな。となる時になるのは布を作る方法だ。布は自分たちじゃなくて布作り専門の職人がいると考えるべき?家内制手工業?流石に大量生産のために工場を作ったりはしてなさそうな気がするんだよねー。いや、わかんないけど。


 「ヴィー」

 「どうした、ノーチェ」

 「布屋、と書いてある。衣服は」

 「……多分自分たちで作るんだと思うが。わかるか、アルド」


 あ。ヴィーは貴族か。


 「衣服を仕立てるのには時間がかかります。ゆえに給金も高くなります。一般的な国民にとって、自分で布から服を仕立てるほうが手間はかかったとしても良いということですね」


 なるほど、と自分の服の袖を見る。黒地に金銀の刺繍。全体的に細身で体のラインがわかるような作りだが細かく採寸したからこそのデザインではあるし。でもそれにしては短期間で出来たよな。今しっかり見ても別に縫い目が荒いってわけでもないし。


 「そちらは団長が急がせました。おそらく意匠が定まった後は十人ほどの針子が一斉に布に刺繍を施し、縫いあげるのにも同じ程度の人数を使ったはずです」


 なーるほど。それだけの人数にかかりきりにさせたら服の値段はさらに高くなるだろうな。しかし疑問を口に出しているわけでもないのにアルドは察しが良い。






 そんなこんなで疑問に思ったことを聞いたり、露天商を冷やかしていると広場に出た。商店街の中心なのだろうか、この広場を中心として放射状に通路が伸びている。中心には木が一本。そこそこの樹齢のようだ。そしてその周りに集まる人々。耳にはかすかに音楽のようなものが聞こえる。なかなか愉快なリズムで、何人かは手拍子もしているようだ。考えてみたらこちらに来て音楽、と言うものには接していないな。歌もあるなら聞いてみたいが、と近づくと何かに気づいたように人ごみがわさわさっとどいてくれた。おお。ありがたいありがたい。

 遠慮なく前に出る。バイオリンのような楽器を一心不乱に弾いている少年がいた。ズボンに、半袖のシャツ。襟も袖もぶかぶかしていて涼しそうだ。うらやましい。茶色の髪、軽く伏せ気味の目は紫色、かな?美形に慣れてしまいそうになっていた私の美意識を正常に保ってくれそうな顔つき。不細工ではないけど。そうだよ道行く人々は普通の顔だった。平凡な!ビバ平凡!心の安らぎ!美形を眺めるのは大好きだけど美形が飽和状態になったらちょっと残念だ!

 少年の前には布が広げてあって、そこに木貨がぱらぱらと落ちている。おお。用は路上パフォーマーなんだな。露天とかで売っている商品の大半は一個なら木貨で支払い可能で、工芸品とか嗜好品とかになって初めて銅貨が出てくる感じだったから、銅貨は数千円ぐらいだと思うことにしよう。モノの価値が私の世界と違うから一概には言えないけど。あんまり高額なものを入れるとあれだし、木貨を大量に入れるか銅貨を入れるか……悩んでいると音楽が終わった。

 私の周りには人がいないが、それでも少しは残っている聞いていた観客たちがまばらに拍手をしていたので私もならって手をたたく。ふぅ、と息を吐いた少年は不思議そうに顔をあげて、私の顔を見て、楽器を落とした。


 あ。





 硬直したままこちらを見ている少年は何と言うかうん。君の楽器が足元に転がっているけどいいのかい?全く動かないので(観客たちは気まずそうにそそくさと歩き去って行った)近づいて足元の楽器を拾って差出してみる。


 「……割れている」

 「……」

 「壊れてしまった?」

 「……」


 私のほうが少しばかり背が高い。うん、少年はぼけっとした顔で私を見上げている。愛し子が珍しいのだろうが。仕方がないので手を取って楽器を押しつけてみた。


 「え、あ!?し、失礼しました」

 「楽器。壊れてしまった?」


 まぁ、愛し子に慣れていないのなら仕方がない。私だってもし下の世界で金色の目とか青い髪とか見かけたら驚くよ。流石にここまでびっくりはしないけど……カラコンとか染髪の文化があるからね。


 「……あー。少年、そうかしこまるな」


 ぱくぱくと口を開いては閉じる少年がどうにもならなさそうだったのでヴィーを見て助けを求めた。ヴィーを見た少年は少し落ち着いた、のかな。


 「き、騎士様」

 「驚いたのはわかるし見惚れるのも仕方がないがな」

 「いえ、その、はい……い、愛し子様」

 「まだ音は出る?」


 私の質問に初めて気がついたかのように手にした楽器を見る。青菜に塩、だっけ。みるみるうちにしょぼくれてしまった。


 「音は、出ると思います……」

 「そう。名前は?」

 「ぼ、私ですか?イースです。イース・フレミング」

 「イース・フレミング、また聞きたい」


 楽器を落としたのはイース少年だが、落とさせてしまったのは私のようなのでちょっと申し訳ない。ので、音楽を久しぶりに聞いたよありがとう、の気持ちを込めて名前を呼んだ。おや、顔が真っ赤になって固まってしまった。……どうしたものか。


 「あー、ノーチェ」

 「ヴィー、何?」

 「……あまり、呼ぶなよ」

 「わかった……」


 答えたところで微妙な感覚に気付く。ものすごい、お腹減った感じ。そのくせ眠いかも。


 「ん?どうした?」

 「……ふらふらする」

 「はあ!?っ、祝福のしすぎだ馬鹿!」


 おお、こっちに来て初めて罵倒されたぞ!いや、罵倒された経験なんてほとんどないけど……。


 「あぁ、いや、悪い…歩けるか?」


 うん、と頷く。


 「あー、イース・フレミング。フレミングってことはおまえフレミング酒場の息子だろ?」

 「は、はい!そうです!」

 「愛し子を少し休ませたい。昼から悪いが立ち寄らせてほしい」

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