06

 賑わってるなぁ!何となくがらんとした印象だった酒場は、日が落ちるにつれて徐々に席が埋まっていく。煌々と輝く篝火に負けないぐらいの星が空一面に広がるころには席いっぱいに人が埋まって陽気な掛け声が飛び交っていた。……ちょっとさびしいことにこちらの周りには誰もよらないんだが。


 「ノーチェ、どれが気に入った?」

 「……」


 どれも美味い。というか、空腹時に味比べをする余裕なんぞない。……強いて言うならこってりした味が好きかな?パンはかなりぼそぼそしているし白くもないがスープとかに着けて食べると何とも言えない味わいだ。団長さんの家だとこんな食べ方はしないが、肉の塊にかけられてたソースの残りをパンで拭いとるようにしながら食べる。うん、これは美味い。香辛料が効いている、薄味より濃い目。ついでだから返事の代わり一口ぶんヴィーの口に突っ込んだ。もがもがと抗議しているような気がしたが新しく運ばれてきた料理を平らげるのに忙しい。ホワイトソース!というかグラタン?なかなかリッチな食生活だな!いやぁ、食事が多種多様な国は良い国だよ。豊かで安定してるってことだし。


 「ノーチェ……いきなり口に突っ込むな」

 「気に入った」

 「……そりゃ良かったな」


 おばさんが次々料理を運んでくれる。何となく遠巻きに見ていた男性が代わりに引き取られていく空になった皿の山を見てうわ、という顔をした。こちらもまた平凡な顔形だな、色は奇抜だけど。白い髪に赤い瞳。アルビノかと一瞬思ったが、肌は普通に日焼けしていた。というか日焼けか。日焼けはするのか。メラニンの生成はされてるのか。気にしないことにしたはずの色素生成について考えてしまうと、じろじろと見ていたことに気付いたのか目があってしまった。黙々と料理を消費しつつも、なんとなく先に視線をそらすと負けたような気分になるので見続ける。


 もぐもぐ。


 じぃ。


 もぐもぐ。


 が、向こうは向こうでこっちを見たまま身動きしない。あ、両隣のおっさんたちに小突かれた。と言うか男性ばかりだな、この店。


 「ヴィー。女性は酒場にこない?」

 「あ?まぁ、流れの歌姫とかなら来るかもしれないが……」

 「歌姫?」

 「旅芸人っていう人間がいてな。歌を歌ったり楽器を弾いたりする集団がいる。もちろん王都の王立合唱団とかで働くのもいるがそれはほんの一握りだ。家族……一族?とかでやっている場合が多い。歌のうまい女なんかは歌姫としてもてはやされたりするぜ」

 「うた……」


 楽器の演奏は聞いたけど歌はまだ聞いてないな。そう、楽器があるなら歌は存在するだろ。歌があって初めて楽器が出来そうな気もするし。そうか、歌か。それはぜひ聞いてみたい。


 「しばらくまってりゃ自然に始まると思うぜ?さっきのイース、だったか?あいつが弾くバイオリンに合わせて酔っ払いどもがご機嫌で歌う……アルド、一応確認してくれ」

 「かしこまりました」


 厨房に行ったアルドが戻ってくるときに、イース少年がバイオリンを片手にくっついてきた。


 「愛し子様、聞きたい曲ってありますか!?」


 おーおー、なんかこの男の子はわんこ属性だな。必死で尻尾振って見上げてる感じが……。おっと。


 「普段、弾く曲」

 「えっと……え、それで良いんですか?」


 駄目だろうか、と首をかしげる。


 「あの、お酒を皆で飲むときの歌とか、誰かが誕生日だったらそれをお祝いする歌とか。即興みたいなものでちゃんとした曲じゃ……」

 「普段弾く曲を聞きたい。皆でお酒を飲む歌とか楽しそうだ」


 盛り上がりそうだな!大学時代、一気コールとかあったなぁ。急性アルコール中毒防止のために、飲む側がコールお願いしまーすって叫んでからじゃないと始まらなかった。ばかばかしいことではあるんだが、皆でコールしたり飲んだり食べたりは楽しかった。


 「だ、そうだ。頼んでも良いか、イース」

 「は、はいっ!」

 「よーし、お前ら全員酒を持て!」


 え。どうしたのヴィー、いきなり立ち上がって。ノリノリだね?ちょっと戸惑い気味のお客さん達も流されるように片手にグラスを持つ。足りない、と思った人たちは追加注文してら。もちろん、わた、し……私?僕、俺。ん、俺、が馴染むかな。俺の右手にはグラス。飲みやすい赤ワインがたっぷり。どうも綺麗な水は高級品らしい。腐らないし腹壊さない酒のほうが一般的な飲み物みたいだな。流石に子供相手だと薄めてるみたいだけど。だから茶葉も高いんだろう。安全な飲み水を手に入れることのできる人間しか買わない。井戸がいくつかあるのをのぞいては、川から引いた水を直接飲んでるみたいだし。


 一泊遅れてイースがバイオリンを弾き始めた。軽快な音の連なり。曲が流れ始めると戸惑いも薄れたのかこっちに対する遠慮がなくなったのか、酒場の中央に座っていた人たちは遠慮なく大声を上げ始めた。





 さぁさぁ、おいで、みんなみんなおいで

 ここにゃあ十分酒がある

 こっちに注いで、そっちに注いで

 朝が来るまで馬鹿騒ぎ





 単純なメロディー。大して意味のない歌詞。徐々に歌詞は変えているけど似たような繰り返し。でも、楽しんでるのがわかる。フレーズが終わるごとに適当に近くの人間とグラスを合わせる。こぼれそうになっても笑いながら続きを。何回目かで、扇動していたヴィーが座って俺のグラスと乾杯をしてきた。ふぅん。俺の方からも、馬鹿騒ぎ、で終わるときにグラスをぶつけてみる。あ、楽しい。


 「ノーチェ様、今」

 「何?」

 「いえ、なんでもございませんよ。ヴィアトール様?」

 「……おー、結構な破壊力だったなぁ」

 「何が?」

 「気にすんな」


 と言われても頭をぐりぐり撫でられると気になるぞ?






 窓を開けて、身を乗り出す。雨どいに手を掛けて懸垂をすれば体は簡単に持ち上がる。凄いな、この腕力!屋根裏部屋をのぞけば最上階にある自分の部屋からならば、すぐに屋根に登れる。空が少し近くなった気分。雲が軽くかかっていたものの、すぐに晴れて月ときらめく星が見える。

 予想外に外出が楽しかったらしく、興奮なのかなんなのか、眠気が訪れる気配がない。もちろん夜に詰めているメイドさんに温かい飲み物を頼んでも良いんだろうけど、なんかそんな気分じゃなかった。夏とはいえ太陽が落ちると涼しい。寒くはない。快適だ。


 「さぁさぁ、おいで、みんなみんなおいで

  ここにゃあ十分酒がある

  こっちに注いで、そっちに注いで、

  朝が来るまで馬鹿騒ぎ」


 宿屋で教えてもらった歌を口ずさむ。考えてみたらこちらに来て初めて聞いた歌だ。少し耳慣れないリズムとメロディだが、皆で一緒になって歌うのに適しているだろう。歌詞も良い。酒が嫌いな人間にはちょっとかわいそうだが、飲みながら笑って一夜を過ごす感じが良いし繰り返しのリズムも覚えやすい。別に嫌でもないし、馬鹿騒ぎを好む方ではないけど団長さんはちょっと上品すぎる。たまには羽目をはずしたい。

 こう一日の出来事を思い返すだけで自然と顔に笑みが浮かぶ。酒が入って上機嫌、ってだけじゃないだろう。やっぱり刺激の多い外のほうが楽しかった。いや、保護されてるのが不満ってわけじゃないんだが。ありがたいとは思ってる、もちろん。でも、色々なものを見たり聞いたり、絶対に今日一日の情報量のほうがここ数日閉じこもってた時より多かった。


 「ノーチェ……歌声が聞こえたから来てみれば」

 「団長さん」


 歌うのはやめて振り返る。反対側から登ってきたらしい団長さんが感心しないなぁ、と言わんばかりの顔で立っていた。でも、楽しいんだ。なんかわくわくしている。感情のままに笑いかけると顔を片手で蔽った。


 「さぁさぁ、おいで、みんなみんなおいで

  ここにゃあ十分酒がある

  こっちに注いで、そっちに注いで、

  朝が来るまで馬鹿騒ぎ」

 「アルドに聞いたよ。気に入ったのかい?」

 「とても楽しかった。音楽、歌。人が作るもの、食べ物も」

 「ああ、土産の茶菓子は美味しかったよ。ついつい手が伸びてしまった」


 さらににっこり。選んだものを気に入ってもらえると嬉しい。アルドにカフスボタンを夕食後に渡したら泣きださんばかりに感激していたし、その前、ヴィーと別れるときに酒瓶をありがとうの一言とともに渡したらそっちはそっちで感激した揚句に抱きついてきた。流石に凍ったけど。良い歳した男が感極まって抱きつくってありか?……ありかな。女の子相手にするとセクハラだけど男同士ならありかなぁ。メイドさん達にはもうしばらく待ってもらおう。


 「楽しかった、か」

 「はい」

 「……したいことは、あるかい?」


 さすがに、それは。もともと俺は自己主張が……激しいけど流されやすいというか。大体の出来事でまぁ良いかとか中庸イズ・ザ・ベスト!とか思う人間だから。

 でも、強いて言うなら。個人的に彼らにまた会いたいと思っている。もし止められたらこっそりここを抜け出して会いに行こうかな、と思うぐらいに。自発的に。そして、彼らに会って贈り物をするなら自分でお金を手に入れたい。そう、【ここ】で、生活したい。保護されるだけではなく、生きていきたい。

 在るべきか、在らざるべきか。

 問いかけるまでもない。生きない、努力しないなどという選択肢はもとより存在しないじゃないか、それぐらいの自尊心は持ち合わせている。


 「イグザ・エイミス」


 呼べば団長さんは真剣な目でこちらを見た。長らく黙って考え込んでしまっても、せかさずに待ってくれている。金色の虹彩。夜なのにその色がくっきりとわかる。俺の常識であれば、カラコン以外この色の瞳を作り出すすべはないのだが。こちらには、普通に存在する。金色の瞳。とても綺麗だと思う。


 「俺、は。色々なことを知りたい。エスター先生に教えてもらったことを、実際に見てみたい」


 この世界に、俺として在りたいと、初めて強く願った。

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