02

 いぇい!異世界散策!と思ってあがっていた私のテンションは玄関を出てとたんに下がった。だっていきなり馬車だ。私の気分的にあれだよ。この王都に連れられて来た日に気になって仕方がなかった屋台めぐりして食べ歩きしながらあちこちのお店をのぞいて美味しそうなもの探して周りの人と他愛もないおしゃべりしながら名物教えてもらったりして……食べ物関連多かったかな?まぁそんな感じのものだったのに。ああ、でも着替えですって言われてきた服、結構豪華だし洒落てるよね。


 「ほら、ノーチェ。さっさと乗れ」

 「どこまで?」

 「貴族街を出て商店街のあたりまで、だな。ここから歩いていけない距離じゃないが。そのあとは歩いてあちこち……まぁそれなりの格の店じゃないといけないが、見て回ろうと思う」

 「それなりの店?」

 「ああ。愛し子についても教わったろう?」

 「髪瞳同色」

 「とかの特徴だけじゃなくて……まぁ、うん。店主が愛し子とか貴族とかに慣れてる店じゃないとな」


 ……そうか、そうだよな。見た目からして目立つんだった。イケメンなだけならともかく愛し子って社会的地位高いし宗教的にも重要だし。でもなぁ。あれ美味しそうだったんだよな。美味しいもの色々食べさせてもらっといてなんだけど、カップラーメン的なものが食べたい。ハンバーガーとか。ちょっとねだってみようかな。でもなー。


 「ナッサ焼き」

 「ん?……ああ、そういやお前さん覗き込んでたな……え、あれが食いたいのか」


 だって屋台で串焼きだよ!タレの匂いもおいしそうだったしさ!


 「……アルド、どう思う?」


 ヴィーが御者をしているアルドに問いかける。食べてみたいがおおごとにする気はないぞ?


 「ノーチェ様がお望みでしたらそのように」

 「迷惑なら、必要ない」

 「いらん心配や我慢はするなって」

 「食事は足りている」

 「必要不必要よりも好奇心のほうを大切にしたほうが良いぞー、なぁアルド」

 「左様でございます。少しは我儘をおっしゃってくれませんと張り合いがありません」

 「用心して、ってだけだったからな。王都だ、愛し子と親しい人間は少なくても見たことがある人間はそれなりにいるし……団長もたまには団員と下町っぽい酒場に行ってるからな。うん」


 へえ。ジロジロみられるぐらいなら我慢するよ。いきなり取り囲まれてあがめられたら困るけどね!





 「さてと。ノーチェこの袋の中身を確認してみようか」


 向かい合わせで座る。それなりに揺れるが、道は舗装されているため覚悟していたほどではなかった。サスペンションはあるのかな……あってこれぐらいなのかな……。

 手渡された袋を開いて中を覗き込む。おお。おかねだ。


 「銅貨と、木貨」

 「その通り。いくら入ってるかわかるか?」

 「銅貨が50、木貨が100」

 「相対的な価値はわかるか?」

 「木貨10で銅貨1。銅貨120で銀貨1。銀貨144で金貨1」

 「その通り。ではその袋の中身がすべて木貨なら何枚?」

 「木貨600枚」

 「すべて銅貨なら」

 「銅貨60枚」

 「頭の回転速いなぁ……」


 四則演算はできるよ。日本人の大半はできるんじゃないかな、これくらいなら。


 「今一実感はわかないかもしれないが、お金ってのは価値があるものだ。それを手に入れるためなら何でもするって人間がいる。でだ。その袋はノーチェが持て。店は色々入るつもりだが、その袋の中に入ってる分は今日好きなだけ使って構わない、と団長が言ってた。お小遣いだな」


 言いながらヴィーは銀貨五枚を追加で袋の中に入れる。ん?


 「銀貨五枚は銅貨何枚?」

 「600枚」

 「その通り。ノーチェが気に入ってる紅茶の葉、あれは一日二回、一カ月分で大体銀貨一枚だ」


 うーん、三千円から一万円、ぐらいかな?


 「ナッサ焼きなんかは三串会わせて木貨5枚とかかなー」


 ん?安いセットだとしても……焼き鳥三本で300円以下ってことはないと思うんだけど。500円だと仮定したら木貨一枚100円としたら銅貨一枚1000円、銀貨一枚……12万!?あー、茶葉がよほどの高級品、でなければ肉が安い、のか……?


 「ま、いきなり言われても実感わかないだろうから、今日はいろんな店を見て回って色々買い物してみろ。ただ、これ以上のお金はやらないから。ちゃんと考えて使えよ?」


 馬車から下りてみると、それなりに立派な店が並んでいる。大体は三階建て、で、店の奥には入れないようになっている。一階と二階は店になってて……ふうん。大体は店の裏側と三階が従業員用のスペース、もしくは居住区域になってるのかな。


 「裕福な人間が来る店だ。貴族御用達、とまで行く店では……ないかな。貴族が来てもおかしくないが、その貴族の名を触れまわって宣伝することが許されるほど格が高い店ではない」


 おー、貴族御用達とかファンタジー!でも日本でも宮内庁御用達とかあったよねー。


 「ノーチェが不味そうなことをしそうだったら俺とアルドが止めるから。好きなところで好きなことしてみろ」


 わっかりました!女の子はショッピングが大好きなんだよ!いま男だけど!






 とりあえず近場のお店から、ということで入ってみると色とりどりの花。へぇ!生花店だ。でもプランターにある花はないな。切花ばかりだ。見たことのない花の形にドキドキワクワクする。声はかけられなかったがお辞儀をした男性は私の顔を見て驚いたような顔を一瞬だけして、すぐに柔和な笑顔になった。なるほど。驚きはしても失礼な態度を取らないよう努力するだけの店ってことか。

 特に話しかけられることもなく、じろじろと並べられた花を見る。植物図鑑みたいな本をざっと見たときの記憶を呼び覚ますと、なるほど園芸種として有名なものが多い。香りが強いものや見た目が可憐なもの。時々薔薇や百合、コスモスなど私が知っている植物があるのが不思議と言えば不思議。あの湖の周りに私の知らない植物しか無かったのはただの偶然らしい。


 ふと店の端につぼみのままの花が大量に置かれていることに気がついた。注意書きは……ああ、花開くときに強い芳香を放ちます、と。なるほど。数日後に開くからそれを狙ってパーティの飾りにしたり贈り物にしたり、ってことかな?

 どんなもんだろうと手を伸ばして一本引き抜く。まだつぼみは硬い…と思ったら目の前で開いた。自らほのかに明るく輝く水色の花。香りは……甘い、けど甘ったるくはない。微妙にすっきりする……ん、良い香りだな。一瞬にして他の花の香りを押しのけて広がる。おしつけがましい香りじゃないのにここまで強いとは驚き。


 いや、もっと驚きなのは手にとった瞬間に開いたことだけど。えー、もしかしてこれも愛し子効果?迷惑じゃないこれ?

 商品価値が下がるだろうし、申し訳ないので花開いてしまった分は購入しました。店主さんは結構ですって言ってくれたけどね。銅貨5枚、消費ー。




 「ロザリアの花。馬車に戻しておく」

 「あー、持った瞬間に開くとは思わなかったわ。悪ぃな、止めるべきだった」

 「普通は咲かない?」

 「団長は普通につぼみがついてる花束とか持ってた気がするが……アルド?」

 「左様ですね。わたくしには詳しいことはわかりませんが帰宅後イグザ様に尋ねてみてはいかがでしょう」


 愛し子の事は愛し子に、ってか。ま、そうだね。

 続いては、お菓子屋さん。団長さんの家にはコックさんがいて、団長さんの焼き菓子や私が食べるお菓子も、半分は彼の作品で半分は買ってきているものらしい。

 どんなものがあるのかな、と扉を開けただけで良い香りがする。花とは違って甘くてお腹が減る香りだ。

 でもみた感じあまりお菓子があるようには見えない……。箱詰になっていて、一個一個包装してあるタイプだなこれ。今度の店主さんらしき人物は女性だったが、彼女はうっとりとこちらを見るがやはり話しかけてはこない。あ、そう言えば身分が上の人に対しては、あまり声をかけないほうが良いんだっけ。へー、お花の砂糖漬けとかある。これは菫かな。

 説明書きを夢中で読んでいると、どうぞ、と小さな皿が差し出された。いくつか焼き菓子と、花の砂糖漬けが並んでいる。


 「ありがとうございます」

 「いいえ、気になるものが他にもありましたらお申し付けください。ご相談も承りますよ。贈り物ですか?」


 そう思われてたのか……折角だから団長さんにお土産買って帰ろうか!お小遣いくれた本人らしいし……考えてみたら私の知り合いって団長さんと騎士の二人と使用人だけだから全員に買って帰れるじゃん。まぁ、自分用にも色々買ってみたいけど。一応試食に出されたのは全部食べてみる。美味しい。菫の砂糖漬けが予想外に美味しい。口に含むと花の香りがふんわりと広がる。味は砂糖の甘さだけだから、繊細なうまみとかは全くないけど。唯甘いだけのお菓子だから、団長さんのところでは出ないのかな。でも見た目も可愛いし、よし。これ私の分。あとは……団長さんどんなお菓子食べてたっけ。


 「甘味がそれなりにあって、でもお酒が効いているような片手でつまめるものはありますか?」

 「もちろんございますとも、何種類かありますので……」


 試食用の色々食べて満足。団長さんにはマドレーヌっぽい焼き菓子数種類の詰め合わせを購入。私は菫の砂糖漬けを一瓶。薔薇は香りが強すぎてあんまり美味しくなかったし。銅貨60枚。




 そのあと書店によって、本は買わなかったけど繊細な細工のしおりを一枚。これはうまいぞ、値段も手ごろだしと言われた酒を一本。あまり高くはないけど洒落た石細工のカフスボタンをひと組。白い絹のハンカチを五枚(メイドさんは五人いるのだ)。こちらでは男性は裁縫をしないらしいが、かぎ針と絹のレース糸らしきものも買ってしまった。ヴィーは男はやらないが別に買ったからといって咎められるようなものじゃないし、買いたいなら好きにしろ、と言っていた。教えてくれる人はいないと思うぞ、と言われたが。私手芸好きなんだよ。かぎ針レースの手袋を前にエスター先生がしているのを見たから、それを見て考えて作りましたって言ったら信じてくれそうだし。教えてもらわなくても使っちゃる。手作業の商品だからか、レースつきのハンカチがべらぼうに高かったんだよね。でも女の子ってこういうの好きな子多いし、ハンカチに縁どりつけてからお土産って言って渡そう。


 あ。ヴィーもアルドも多分私がお土産買ってることに気付いてないよね。

 全部合わせて、銀貨二枚と銅貨10枚、消費!

 それにしても。いくら試供品食べたとはいってもお腹空いてきたなぁ。


 「ヴィー、そろそろ下町、だっけ。行ってみたい。ナッサ焼きとか」

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