04

 馬を預けてしばらく歩き、気がつけば道は石畳になっていた。大通りらしく、道の両側には店や宿のような物が……店や宿だな。なんで文字が読めるんだろう。アルファベットには近いが別物。ギリシャ文字やキリル文字に似てるかもしれない。見ると音と意味がわかる。ところどころ音しかわからないものは固有名詞だろうか。

 かなり活気があるようでなにより。売られている商品の種類も多いし、経済活動がまともに行われているようだ。おお、金銭のやり取りもしている。貨幣制度あり、貴金属本位かどうかは、まだわからないけれども。

 よってらっしゃい見てらっしゃい、なんて定番の掛け声や値切り交渉をしているらしい話声、聞き取れはしないけど雑談やら商談やら。


 きょろきょろしていると微笑ましい、と言わんばかりの顔でレンがこちらを見ていた。ヴィーはヴィーで、迷子になるなよ、とからかうように言っている。時々私の顔を見た人が目を見開いて動きを止めたりしているが…そんなに髪と目の色が一緒だというのは珍しいのだろうか。気にしつつ歩いてみれば実にカラフルな髪や瞳が目に着くが(遺伝の法則と色素の生成についてはもう考えないことにした)、なるほど一緒の色の持ち主はいない。というか、黒もいない。珍しい色なのだろうか。いまいちよくわからないな。

 へぇ、屋台もあるのか。良い匂いに誘われて覗き込むと、肉を串刺しにして焼いていた。肉……。肉食べたいなぁ。なぜだかこの二日間、野菜をよく似たスープみたいなものしか食べさせてくれなかったし。欲しいなぁと思ったが焼いているおっさんは呆けたような顔でこちらを見ていた。


 「ノーチェ、こら。勝手にふらふらするな」

 「ヴィー、これ何?」

 「ナッサ焼きだな。ナッサっていう……良く跳ねる動物がいるんだが、その肉を焼いている食べ物だ」


 ふむ、兎みたいなものだろうか。兎の肉も美味しいからなぁ。もしかしたら買ってくれるかな、と思ったが腕を掴まれてしまった。そのまま淡々と歩く。ちぇー。衣食住を楽しむのは大切なことだと思いまーす、なんて今は言えないか。


 「人がたくさん」

 「ええ、王都には現在10万人以上の人が住んでいるはずですからね」

 「じゅうまんにん?」


 かなり活気があるし人通りもあるのにそれくらいしか住んでいないのか。江戸なんかは100万都市って言われてたけど。レンが誇らしげに言ってるぐらいだから世界的に見ても大きい都市……なのかな。

 歩くにつれて徐々に人の層が変わってくる。身だしなみがしっかりと。乱雑、と言うよりは華やかな空気。客寄せの声も落ち着いてきたし、値切りをする声はほとんど聞こえない。側溝もあるし、これはあれかな。下水処理はそれなりにしているみたいだ。素晴らしい。潔癖症の塊みたいな日本で暮らしてたからあまり不衛生だとストレスがたまるかと思ったんだよ。


 「さてと。ここが団舎だ。団長いるか」

 「いらっしゃるでしょう、あ、第三番隊所属のレンドリア・ファーレンハイト並びにヴィヴァルディ・ロスペランサ・ヴィアトール、任務より帰還いたしました」


 流石に塀、というか柵?があり、身長程の長さの槍をもった人物が二人で立ている。若いのと、初老ぐらいの男性だ。門番かな?ちょっとぼんやりしていたがすぐにあわてて返事をする。退屈で気が散ってたのかね。柵は大したことないし、都市と草原の間に壁があるわけでもないし。防犯の意識が低いのかな?戦争がない世界だったら素晴らしいね!……うーん、人間が集団で国を作っている以上絶対に戦争はあると思うんだけど。あ、でももしかして精神構造が違うとか。やけに過保護な二人だと思ったけど、この世界だと標準装備だったりして……。


 「っ、は!確認いたしました。お疲れ様です。そちらの愛し子様は?」

 「ああ、今回の任務の関係者だ。団長に報告がてら会わせる必要があってな」

 「身元証明者は私とヴィヴァルディで良いと思うのですがいかがでしょう」

 「団員二名の証明があれば、愛し子様ですし良いでしょう。お名前は……」

 「ノーチェ」


 聞かれたから答えたら門番二人はじぃ、とこちらを見る。こっちだって負けてはいられん。目は先に逸らしたほうが負けだ!もっとも二人同時には見つめられないので名前を聞いてきた若いほうだけどね。見ているとだんだんと冷や汗?かいてるの?


 「し、失礼いたしましたノーチェ様!どうぞお通りください!」


 よっしゃ!睨めっこ勝利!……そんなに怖い顔してたかな。無表情は、保ってたつもりなんだけど。








 イケメンが!イケメンがいる!ヴィーとレンの上司らしい人に会わされた。初夏の太陽を集めたような金色の髪。緩く波打って肩より少し長いぐらいでオールバックにしている以外は特に結んではいない。今まであった人は大体後ろでひとくくりにしてたから意外だなぁ。そしてヴィーと同じような、金色の目。がっちりした体つきの、目じりに少ししわがあるけど何と言うダンディなオジサマ……!口元のしわもまた絶妙……!ロマンスグレーでダンディなオジサマが私の好みだったけど、良い!金髪も良い!宗旨替えをしてしまいそうだじゅるり。しかもなかなか……こう、軍服のようなものを着ている。制服萌え。


 「おかえり、ヴィヴァルディ、レンドリア。そちらに居るのは私のお仲間のようじゃないか」


 そういってオジサマはこちらを見る。お仲間……?ああ!黒と金って違いはあるけれども、髪の色と目の色が一緒だって言うことかな?あなたのような麗しいかたと仲間と言ってもらえるとは光栄。だけど、男なんだよなぁ。これはもう、かわいい女の子を探すしかあるまい。オジサマのことは諦めよう。


 「ああ、任務中に保護を。知っていたのでは?」

 「まさか。私は君たち二人を向かわせたほうが良いと思っただけで、何があるかわかっていたわけじゃないからねぇ。ハジメマシテだね、愛し子君。王都に報告が来ていなかったということは見た目よりは年若いのかな?私はイグザ・エイミス。炎狼騎士団の団長の席を預かっている者だ。君の名前を聞いても良いかい?」


 騎士団の、団長か。よく分からないがそれなりに高い地位なんだろう。わからないが、団長さんはともかくとしてヴィーもレンも、私がこれを理解できていないことは把握済みだろうし。


 「名前は、ノーチェ」


 それだけ言って口を閉じる。団長さんは怪訝そうな顔をして私の顔をじっと見た後、問いかけるようにヴィーとレンを交互に見た。ソファーのような椅子に向かい合って腰掛けて、座りながら話すことになった。


 「保護したときは殆ど無反応だった。これでもだいぶまともになったんだ」

 「言葉は道中でだいぶ覚えていただけましたが……名前は僭越ながら私が付けさせていただきました」

 「……詳しく」

 「復路でルクサ湖に立ち寄った。特に何も身につけていなかったが体に傷跡はないし発育もしっかりしていたんだが、体を動かすことに全く慣れていないし言葉にも反応しない」


 ヴィーがつらつらと話をしていると、そっと人数分の飲み物が差し出される。給仕は女の子かと期待したら少年だった。騎士団と言ってたから見習いなんだろうか。残念。飲み物のほうは……お茶、だな。香りからして紅茶だろう。人の見た目はファンタジーなのに、妙なところで同じものが出てくるからびっくりする。ティーカップは陶磁器、のような。目の前に置かれたので手にとって眺めていると、レンに飲み物なんで飲んでも良いですよ、と言われた。ではありがたく。

 渋みがほとんどない。軽い苦みはあるがそれよりもほのかな甘みと口から広がる豊かな香りが印象強い。水とスープだけだったからな……。もともとコーヒーより紅茶派だし、こんな上質の物が飲めるとは。


 「気に入ったみたいですね、ノーチェ」

 「気に入る……」

 「美味しい、とか。気に入るとか。他のものよりそのものを食べたり、飲んだりしたいという感覚ですよ」


 ついでとばかりに焼き菓子が盛られた皿も差し出された。一つつまんでしげしげと眺める。クッキー、みたいな。固いし、少しバターの匂いもする。


 「団長が気に入ってる焼き菓子です。あの方、甘いものがお好きなので」


 あの顔で甘党かー。口に入れて噛むと、砂糖の甘さが広がった。あー、甘い!ここ二日間だけではあったけど、まったく甘いものを食べてなかったから凄い幸せだ!黙々と噛んで、紅茶を飲みつつ次に手を伸ばす。お腹もすいてるしね。

 お茶のお代わりはもらえなかったが(お茶を置いた少年はすぐに部屋から出て行ってしまった)、レンの分ももらって飲んで、ゆっくりと茶菓子を消費しているとノーチェ、と名前を呼ばれた。


 「そんなに食べて気分が悪くならないかい?」


 いや、甘いもの大好きなんで。大丈夫。逆に、なんか満腹にならないから不思議なぐらいだよ。男性のほうが胃袋大きいのかね?そう言えば基礎代謝量と一日の必須カロリーは同じ年齢なら男性のほうが高かったな。


 その言葉を聞いたレンがあわてたように茶菓子の盛られていた(もう残りわずかな)皿を私から遠ざけた。満腹というわけでもないが、確かに客人としては失礼にあたるぐらい食べてしまった気はする。けどあれは美味しい。そんな気持ちを込めてレンと遠ざけられた皿を交互に見ていたら、溜息とともに皿を差し出された。

 おお!許可が出た。ありがたく頂きます。あと、レン君やい、どうしたのそんなため息ついて頭抱えて。

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