第25話 皇帝 後
言い切った。反感を買ってしまったかもしれないと思うもそれでも真桜が言った暗い景色にはしたくない。
「困ったな。それじゃあ朱里の信頼が置ける人物全てに嫌と駄々をこねるわけか?」
「悪いね。私は兄弟や姉妹を大事にする主義なんだ。その為に私は巫女になってるくらいだ」
「それを言ったところで拘束して無理やりにでも屈服させられるなんてこと考えなかったのか?」
「腕が千切れても、足が千切れても、命ある限り私は守りたいもんを守る。そう決めてるんだ」
皇帝が溜息を零しながら椅子に深く座り込む。今の問答がはっきりとした気持ちであると同時に桃麗妃に申し訳ないが約束を果たせなくなりそうだと心の中で謝罪する。
「東紅、俺はどうしたらいい?」
「ばかたれが、今更妃を選んでも仕方なかろう。次代の皇帝にさっさと委ねよ」
「そうだね。少なくとも本物の巫女が選ばれたことを心から喜ぶべきだ。朱里には沢山の子供を作ってもらわないといけないね」
さっきまでの空気から一転して、ばあさんと和やかに話している。
どういうことなのかとばあさんを見るも反応はない。
「ここだけの話しなんだがね朱里、俺はもう子供を作れないかもしれないんだ」
「ほえ?」
「いや、頑張ってはいたんだがね。桃麗以外にも多くの女性と関係を持ったんだが夏霞の娘以降身籠ることがないんだ。理由は分からないが医官曰く精神的なものか病的なものなのか分からないと言われて困っているんだよ」
「それは…私に言われても知らんが…?」
「そうだろうね。だからここだけの話しにしておいてくれないかな?本題に戻ろうか。俺としては役目を全うして巫女候補をとにかく増やしたいわけだ。夏霞の娘には期待していたんだがその前に東紅から巫女が現れたと聞いて驚いたよ」
さっきまでの剣呑とした雰囲気も消えてそこにいるのはただの四十の男だ。
両隣からは相変わらず空気は変わらないが皇帝の迫力だけは消え失せている。
「ただ妃からではないが息子もいるし、妃を用意する必要は建前以外はない。だから欲が無い者であれば誰でもいいんだ。夏霞を后妃にしたいと思っていたが巫女の件もあるしね。そんな時に君が現れた」
「巫女の件と夏霞は関係ないんじゃないのか?」
「あるよ、焔雫を飲めば生きるか死ぬか分からないんだ。大抵は飲めば死ぬ。夏霞の娘を巫女にしたいと思えば娘を殺した俺を夏霞が許すとは思えない。事実巫女にはしないと明言されていたしね」
あの毒水がここで絡んでくるのか。
夏霞妃からしたらそんな怪しい飲み物を娘に飲ませたくないに決まっているから当然と言えば当然だが。
「とはいえ巫女の血筋が途絶えてしまい新しい巫女は必要。そこで朱里、君が現れてくれた。話しには聞いているよ、侍女をとっかえひっかえして桃麗の問題をなんとかしようとしたり、歴代見ない乱暴なやり方をしながら評判は良い。桃麗に関しても子供ができない状態で后妃に選んでほしいと願うかと思ったら実家に帰してほしいというのは、ある意味酷で、それでいて桃麗ときっと話し合った結果なのだろうね?」
「酷?」
「妃にまで選ばれて実家に帰すなんて彼女の両親は欲のある人物だった。どう扱われるかは明白なんじゃないかな?」
そこまでは考えてなかった。というよりも皇帝はなんだかんだ妃を大切にしているのか?
「灯花妃については?」
「俺の問題で子供が作れないのなら次代にそのまま渡すつもりだったよ。だから手を出していない。彼女の性格も相まってそれまで大人しくしてくれると思った通りだったよ」
「じゃあ私の妃にしてもいいのか?」
「はっ!冗談が上手いな。侍女に続いて俺の妃を二人も奪いたいのかい?」
さすがにこれは無理か。灯花妃が要求していたから言っていい雰囲気だったから言ってみたが、すでに次代の妃…なんなら后妃に選ばれるかもしれないなら灯花妃もある意味一番愛されることを求めていたからそれは良いのかもしれないが。
「夏霞妃の子供をどうにかしようってつもりは?」
「東紅とずっと話していてね。巫女は見つかったが子供を作れるかは分からないと言うのでやはり先延ばしにしか出来ない話しだったが…朱里が身籠れば問題はないよ、巫女の子供は巫女としての素質を持つ。歴史が証明しよう。血統書が見たいなら見せよう」
血統書とやらは見なくていいが、ばあさんが私をずっと庇ってくれていたんだなと思うと隣にいるばあさんが心強く感じる。
子供か、子供だよなぁ。
「それじゃ私を呼び出した理由は?」
「君が話したじゃないか?桃麗を自由にしたいのだろう?念のため身籠ってないか焔宴会が終わるまで待ってもらうことになるがそれでも予兆が無ければ自由にするし援助もしよう。あとは君の相手に関してだが…正式な巫女となるならと思って二人を用意したんだがどうだろうか?」
二人というと殺気を放ってきたやつと、もう一人何を考えてるか分からないやつか。どっちも嫌だな。
何が悲しくて圧をかけてくる相手を選ばなければならないのか。
「それに関しては炎刃将の武闘会で――」
「その必要はあるのか?噂のせいで炎刃将になりたがらない者がいたが今後も巫女を続けるなら立候補する者も相当数いることだろう。焔祭に限らず君がやった宴もあり、朱里はわりと人気なんだよ?」
「それは初耳だけど…」
そうか。別に武闘会を開かなくてもこの宮廷で相手を探すのも良いのか。
とはいえなんとなくでしかないが、折角用意したものを放棄するのも勿体ない気がする。
「武闘会は開きたいです。強さとかよりもどんな人なのか私が見たいので」
「血なまぐさいだけだと思うがね?ここにいる二人を選ばない時点で朱里は戦いを好むわけではないだろう?」
「そう…だけど、見た目は選びたい!」
「見た目?あぁそうだね!見た目は大事だ。だそうだよ二人とも?巫女の目には興味が惹かれなかったそうだ!」
そんな煽らなくても…二人とも何を考えてるか分からないが、慣れてるのか、それとも元々私に興味ないのか無表情を貫いてる。
「どんな見た目がいいんだ?それも武闘会の要項に書いてしまえばいいだろう?」
「あ、じゃあ可愛いやつで」
「それは難しいだろうから他にないのか?」
「あー…じゃあ言うこと聞いてくれるやつかな?」
「はっ!支配欲でもあるのか、分かったよ。こちらである程度調整はしよう。とは言っても宮廷から候補者は絞れても外から来る者はどんな人が来るのかは決めれないがそれでいいか?」
このままいけば話しは纏まりそうだなと思うと一息吐く。最初こそどうなるかと思ったが案外話しが分かると言うか。安心できそうだ。
「朱里、君の年齢は幾つだ?」
「十四だが?」
「では三年待とう。それでも子供が作れないならこちらから見繕った人物とまぐわえ」
「え?」
「俺は気が短い方だが、それでもその年齢なら三年は待てる。それでも一人もできなければ悪いとは思うが相手を選んでいる暇なんてないだろう?」
三年か…短いな。それで作れるかなんて分からないだろうに。
とはいえ頷いておかなければと思ったがばあさんが前に出る。
「皇帝は知らんと思うが朱里は初経がまだ来ておらん。初経が来てから五年じゃ。そうでなければ不公平じゃろう?」
「不公平か。十四なら来てもおかしくないと思ったが…?朱里本当か?」
「いや…初経ってなんだ?」
「…そうか、来てないのか…そうか…ならそれで良い。東紅が確認するようにしておくがいい」
何か知らんが期限が伸びたのか?ばあさんの方をみるが当然だと言わんばかりの顔でいる。
恐らく助け船を出してくれたんだと思うが、それで少しは期限が伸びるなら良いことだろう。
「武闘会に関してはお前の言う通り人を選ぶが、他に求めるものはないのか?」
「あー…それじゃ炎刃将が決まったら外を出歩いてもいいか?」
「外?宮廷外か、町に行きたいのか?」
「そうだな。侍女も連れていいならそうしたい」
「ふむ。闘技会は知っているか?」
「宮廷の力試しだっけか?武闘会の一カ月後にあるとかいう」
「それに炎刃将が勝利したら良いだろう。実力が定かではないのに巫女を外には出せん。ただ侍女ならば炎刃将の付き添いで外出は許可しよう」
言ってることはまともだと思う。私の我儘をかなり譲歩して話しを進めてくれていると思う。
だからこそ裏が無いか不安だが、皇帝は思考してすぐに答えを出すのでこちらの方が思考速度が追い付かず悩んでしまう。
他に何か言うべきことはあっただろうか。
「問題なければ精々良い男を見つけるのだな。そしてまぐわえ。多ければ多いほど良い。男児ならばいくらでも女を見繕えば良いからなその時には褒美を取らそう」
言ってることは気持ち悪いんだが、爽快に言うものだからこれが普通なのかと錯覚してしまいそうだ。
いや、事実これが普通なのだろう。女好きというのも先代の巫女が亡くなって以降無いと思っていたが手を出していると言っていたし、事実は案外そういうものなのだと受け入れるべきだ。
あの真桜を妃にとか冗談さえ無ければ印象は悪くないんだが。どこまでが本気なのか…。
「それじゃあわちたちはもう行くが?」
「ああ、そうするといい。多くまぐわえ!身籠れば相手は問わん!」
そのまま部屋を後にして、人目を気にしながらばあさんに話しかける。
「あのさ…皇帝ってもっといかれてるかと思ったんだけど」
「いかれておるわい。今でも子供が作れているなら女好きに代わりはないし、本心はお前さんを手籠めにしたくて、それでは次代の巫女が生まれる可能性が減るから我慢しておるだけじゃ」
「てことは期限が過ぎたら私あいつに襲われるのか?」
「そうじゃろうな。可能性が薄くても少しでもあるならばとおまえさんがどんな状態であろうと子供を残そうとするじゃろう」
婿選びはどう足掻いても逃げれ無さそうだ。ただ桃麗妃のことをあっさりと手放したりとしたり、私のことを尊重しようとしていたが。
「騙されてはならんぞ?そもそも皇帝はもう世継ぎに困っておらん。困っておるのは巫女だけじゃ。じゃからおまえさんの望みは巫女を辞めるか番いを決めないというこの二つ以外は許容していただけでその二つは絶対に決める奴じゃ。桃麗妃のことも子供が作れないか試していただけで后妃に選ぶつもりは最初からなかったじゃろうて」
ということは他にも我儘言っても許されるかもしれないのか。外出の件も炎刃将が負けたとしても勝った相手となら外へ出て良いと言ってくれるかもしれない。
そしたら真桜とどこへ行こうか。
「そういえば初経ってなんだ?それで期限が二年も伸びるもんなのか?」
「子供が作れる体になったと体が教えてくれるんじゃよ。いずれ分かるか…もしくはおまえさんは初経なんぞないのかもしれんのぅ」
「そうなのか?だとしたらそれが来なかったらいよいよやばいってやつか…」
来た方がいいのか来ない方がいいのか。いまいち判断に困るが、それでも期限が伸びたなら気持ちも余裕ができる。
あとは今度こそ炎刃将決めに集中できる。
「ばあさんありがとうな」
「なんじゃい」
「いつも私のこと考えてくれてさ」
「わちは巫女なんぞおらんくてもこの皇都はやっていけると思うとるだけだわい」
本心だろうと本心じゃなかろうと、ばあさんの優しさにはいつも助けられてるつもりだ。
もしも…もしも、真桜を連れてこの皇都が逃げるようなことがあればばあさんの体にはきついかもしれないが三人で綺麗な景色とやらを探しに行くのもいいかもしれない。
「しかしおまえさん外に行きたかったんか?」
「ほえ?そうだなぁ?やっぱり遠目でもいいから兄弟達の様子見てみたいかな。あと下町の美味いとは思えない飯も…どうせならちゃんと金払って食ってみるのも悪くないかもな?」
「…盗みは働くんじゃないぞ?」
「分かってるよ…でも最近何もしてないから腕が鈍ってるかもしれねえ…」
「やるんじゃないぞ?」
念を押さなくてもいいのに。盗んでも良さそうな相手にしかしないぞ。
桃麗妃に教えたい気持ちもあるが、それよりも真桜に会うべきだろうと自室へ戻れば笑顔で出迎えてくれる真桜に安心する。
「朱里姫大丈夫でしたか?」
「ああ!色んな問題解決したから大丈夫だぜ!」
「すごいです!」
久しぶりにばあさんも含めて三人で飯を食べて今後について話し合うことになり。
ばあさんはまたしばらく忙しくなるとかで来れないという。
武闘会の時はいてくれるみたいだが、色々あるのだろう。あの皇帝とも親し気に話していたから案外皇帝とも一緒に食事したりとかしてるのかもしれない。
真桜は私の心配をしていてずっと部屋の掃除をして待っていたのだとか。
炎刃将について話しても「どんな人がいるんでしょうね?」とそんなに興味はなさそうだ。
私の婚姻相手にもなるから少しは気にしてくれるかと思ったがそうでもないみたいでなんというか拍子抜けしてしまった。
皇帝に向かって真桜は私のだと言い放っていた分、真桜もそう言う気持ちになってくれていたりしないかなというのもあったがそう言うことに興味がないのかもしれない。
ばあさんが帰った後も真桜は私と一緒に雑談をして笑顔だ。
「なあ真桜」
「なんでしょうか?」
「炎刃将が決まって、その後の闘技会とか終わったらさ、町へ出よう。そして色んなもん見て真桜が楽しめそうなところを見て回って新しいことを探してみようぜ」
「はい?いいですけど朱里姫は何か見たいものあるんですか?」
「そうだなぁ…真桜はなにかないのか?」
「私は特に…美味しいお饅頭でも探してみますか?」
「それは私に気を遣ってるのか?それともやはり頭の肉まんが反応してるのか?」
「私のこれはお饅頭ではありませんっ!」
まぁいきなり興味あるものなんて見つかりはしないか。
少しずつ探していけばいい。時間はまだあるんだから。
初経とやらが来てから五年。この間に真桜のやりたいことを探して一緒に楽しんで、そうしていけばいずれ私がいなくなっても真桜はやっていけるだろう。
このまま後宮にいたいとか言い出したらその時はその時だ。
私の侍女をずっとしたいと言い出すこともあるのだろうか?
それでもいつかは私の元から離れて自分の幸せを見つけて、追いかけてほしい。この妹は私にとって大事な家族だ。
「えとえと…どうして急に抱きしめてくるんでしょうか?」
「可愛いと思ってな」
「朱里姫はいつも説明不足なので困りますっ!」
一緒にいれるこの時間を大切にしながら、色んな問題を片付けていこう。
そうすれば大丈夫。
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