第8話 灯花妃 前

 二週間というのもあっという間に過ぎていくものでばあさんがそろそろ挨拶回りをしてこいとの催促をいただき。真桜と一緒にどう対応するかの話し合いも、ちびちびとだがちゃんと考えた。


 日輪草というのも別に食用ではないらしいのもばあさんからは聞いたりして考えた結果、普通に挨拶して普通に謝るというのが一番良いだろうと真桜の意見を採用した。


「おまえさん本当に大丈夫じゃろうなぁ…?」

「だいじょーぶだって。灯花妃はちょっと独占欲強いくらいの奴なんだろ?いけるいける」

「もうすでに不安なんじゃが…真桜はどう思うとる?」

「はい!練習では問題なかったと思います…!」


 私の言うことよりも真桜の言うことを聞いて頷いているのは少しばかり不服だが、話し方よりも相手に気に入られる方が大切だろ。

 ばあさんには一応肉まんを貰って手土産も用意したし、冷めないうちにさっさと挨拶に行くのに限る。


「じゃあちょっくら行ってくるわ―あでっ!」

「ばかたれが、行くときくらいしゃきんとせんかい」


 頭が凹んだらどうするつもりなのかと文句を言いたいが、ばあさんが更に腕を磨いて痛くなく叩いてくるので苦笑いを返しながら真桜に案内を頼む。


 後宮の中でも私が住んでる部屋は全体像から、やや右端の真ん中に位置する場所で。

 灯花妃はそこから南の方一帯に住んでるらしい。私より規模が大きいので羨ましい限りだがその分侍女たちに掃除などを任せるため管理が面倒だというのを真桜から聞いた。


 他の二妃は北東、北西にいて。本来なら私が南西を貰える予定みたいだ。まぁばあさんがそんな許可を出すことはないらしく。

 私は大人しく端の真ん中で過ごすことになるだろうが。「侍女が集まったら考えるわい」とのことで一応空き部屋として用意自体はしてくれてるらしい。


 また後宮から出るには南門を通ることになるから灯花妃とはちゃんと仲良くしてこいとばあさんが強く推していた。


 これって南西に私が住むことになったら、侍女だけに留まらず自分の管轄してるところまで奪ったとかどんどん逆恨みまっしぐらなんじゃないのかと思うのでそれもできれば奪うつもりはないという意思表示をしなけりゃならん。


「朱里姫は灯花妃に本当にその饅頭をお渡しになるのですか?」

「だめなん?」

「いえいえ!ただ他の方が渡す物を食されるかは分からないので…」


 後宮に日輪草っていう草が生えてないのは確認済みだし、手土産になりそうなものなんて肉まんくらいしか思い浮かばん。甘い物の方が良かったか?


 堂々と歩ける喜びを感じつつあるが、周りを見れば侍女がいそいそ掃除やら洗濯物を運んだりやら庭の手入れやらと忙しそうにしている。

 男衆がいないと力仕事とか大変そうだな。


 それにしてもここら辺にいるやつら全員灯花妃の侍女なのか?日輪草の刺繍とやらを見せてもらいたいが、灯花妃の嫉妬に巻き添え食らわして被害者を増やすわけにも行かないので大人しく真桜についていくと私の住んでる部屋よりも大きい建物に着く。


「それでは私の方から灯花妃に会いに来たと伝えて参りますね?」

「任せたよ」

「あのあの…そろそろ言葉遣いに気を付けてもらわないと…!」

「あーそうだったな。ん”んん!じゃあ気合を引き締めて参りますか」


 難しいことは言えないにしても失礼のない程度に言葉を意識して背筋を伸ばして真桜と侍女が話してるのを待つ。


 しばらくすると別の侍女が現れてこちらに来る。


「朱里姫。この度は灯花様のところまでご足労頂きありがとうございます。侍女頭を務める佳林と申します」


 灯花妃と違ってジャリンなんて覚えやすい上に呼びやすいというのはさすがと思う。名前の意味なんて詳しくは分からんが呼びやすいの最高だね。


「佳林挨拶ありがとうございます。それで灯花妃に挨拶へと来たんですが…東紅老師からも話しが及んでると思います」

「はい…灯花様が歓迎の準備をしているので相席になられたらと思います。どうぞこちらへ」


 なんだ歓迎してくれてんのか。意外だな。

 佳林が先導して真桜の方を見ると、真桜は後ろから付いてくるようで少し不安な気持ちになるが、私が主なのだから仕方ないか。


 付いていくと机に綺麗な布が敷かれてあり、その先に座っているのが灯花妃なのだろう。

 十八歳と聞いていただけに私とは四歳差だ。それなりにお姉さんやってんだろうなと身構えてみれば柔らかい表情で歓待してくれてる。


「朱里姫、しばらくは焔祭の疲れを癒していたと聞きましたがもう大丈夫なのですか?」

「問題なく健康になりました!心配してもらってありがとうございます!」

「ほ、本当に元気ですね…?慎ましながらですがお茶を用意しました…」

「私も慎ましながら?手土産を持ってきたので良かったら食べません?か?」


 そう言って渡そうと思ったら佳林がこちらへ来て私の持ってきた肉まんの包みを持った後に後ろへ下がっていく。


「ありがとうございます。後で頂きたいと思います」


 一緒に食べようと思って持ってきたんだけどな。食い意地でも張ってるのか?


 向かい合わせになる場所に茶器が用意されてるのでそのまま座ろうかと思ったら真桜が椅子を引いてくれて、こんなことまで別にしなくていいとは思ったが灯花妃とか他の妃との挨拶の度に真桜に苦労をかけるんじゃないだろうか。


 さて、お茶を飲むにしてもさっさと要件伝えるべきか適当に駄弁ってから謝罪するべきか。

 真桜との作戦では極力灯花妃に合わせて話しを進めるのが良いと言っていたから出方を見るんだが佳林がお茶を用意してお互いに茶を啜って無言の時間が続く。


 これは私と特に話したくないとかそういうのか?それともお茶を飲むときもお淑やか?にするっていうのが普通なのか?

 埒があかないな。


「灯花妃には謝罪したいと思っていたことがあるんですが」

「私にですか…?」

「はい、灯花妃の知らないところで侍女を私用で扱ったことをずっと謝りたいなと」

「いえ…東紅老師からも聞きましたが朱里姫はまだ後宮に来て日も浅いのだとか。仕方のないことだと承知しております」

「じゃあ許してもらえたということで…――」


 茶を一気飲みして帰ろうかなとしてたら真桜が慌てた様子で耳打ちしてきた。


「朱里姫…!仲良くなるまでが挨拶ですよ!」

「あー。もう良くね?話題無いって」

「だめですよ…!」


 仕方ないので、そのまま席に座ったままにするが、灯花妃と茶を飲む速度が違うのか私だけ空になって手持無沙汰になる。


 どうしたものかな。相手が話したいと思ってないのに私がいても邪魔なだけだと思うんだが。


「灯花妃は后妃についてどう考えてるんですか?」

「――」


 佳林と灯花妃が動きを止めてこちらを見てくる。

 真桜に関しては私のいつもの感じだろうと思ってるからか特に何もしてないと思うが。


「それは…どういった質問でしょうか…?」

「いえ、后妃になりたいのかな?と思いまして。ちなみに私はなりたくないです」

「朱里姫はどうしてなりたくないのですか?」

「別に後宮に来たからと言って?あぁいやこの場合巫女ですね。巫女になったからと言って皇帝の妃にもなりたいわけではないのでその時点で私は后妃とかそういうのに興味がないんですよ」


 喋り方について真桜が耳打ちで「素が出てます」と言ってきてるがこのまま茶を飲む姿を見続けるのも飽きる。


「そうですか…朱里姫はすでに好意を寄せる相手がいるのですか?」

「今は真桜と東紅老師がいるので十分ですね。炎刃将も決めないといけませんし…あ。強くて忠誠ありそうな人に心当たりとかないですか?私そのあたりも詳しくないんですよ」

「強くて…?んん?佳林…心当たりありますか?」

「はい!?その…私からは申し上げにくいと言いますか…」


 なんか知らんが少しは話題として楽しんでもらえてるようだ。


「心当たりがあるのなら朱里姫に教えてあげてください」

「いえ…朱里姫に忠誠を誓う武官はいないと…思います」

「どうしてですか?焔祭も済んで正式な姫巫女となったと思いますけど?」

「灯花様…少しお耳を失礼します」


 二人でひそひそ話しをし始めるにまで至ったので、こちらもこちらで真桜の方を見ると満面の笑みでいる。


「真桜楽しそうじゃん」

「いえいえ、もうどうにでもなるかなと思いました私」

「そうそう、どうにでもなるさ。さっきまでの無言より灯花妃の顔を見てみろよ、コロコロ表情変わって楽しそうじゃねえの」

「楽しいと言うよりは困ってると思いますよ…?」


 それでも作られた笑顔を見せられ続けるよりは楽しいだろう。

 しかし妃で侍女がたくさんいるとなれば噂話でもいいから強い奴の情報持ってると思ったが真桜の言う通り本当にそういう話しをしないんだろう。


 逆に言えば佳林の方は知ってることがあるのか灯花妃と内緒話しが長引いてる。


「朱里姫…その…」

「どうしました?」

「私が知らなかったとはいえ后妃のことを聞き返したりしてすみません…朱里姫はその…巫女を辞めるのですか?」


 そういやばあさんが次代の巫女探しをしてるとかの話しがあったな。よくよく考えればその話しさえすれば婚姻相手とか抜きに后妃になるつもりがないと宣伝できるのか?


「辞めるかは分かりませんが。辞めたいとは思ってますね!灯花妃も私に巫女とか似合わないと思いませんか?」

「え!?私ですか?私に聞かれても…巫女は誰でもなれるわけではない特別な…――」

「似合うか似合わないかでいいんですって。私は灯花妃みたいに刺繍?ができるわけでもないしお茶とか正直美味しいとしか分かんなかったですけど。礼儀とかそういうのも知らないんですよ」

「は、はぁ?」

「だからお互い正直に話しません?私は仕事で巫女をしていて、灯花妃はなにしたいのかとか。私結構東紅老師とかにも聞いたんですけど分からないんですよ灯花妃が何したいのか」


 実際は真桜に聞いたのだが勝手に名前を使わせてもらおう。


「私は…私の好きな物で囲まれていたいだけです…」

「ほうほう!好きっていうと日輪草ですか?草に詳しくないんですけど教えてもらえます?」

「草…。綺麗な花なんですよ?とても眩しくて明るくて…」

「花だったんですか!実際に見たことないんですけどどんな花なんです?」


 振り切ってノリの赴くままに話しを進めると、灯花妃がハンカチを取り出して刺繍を見せてくれる。

 目玉みたいな花だなというのが第一印象。ただそれはさすがに言わないが。売ったら高く売れそうな刺繍だ。本当に刺繍が好きなのかもしれん。


「このお花が夏に咲くんです。ルクブティムを象徴するような素敵な花がお日様に向かって素敵で」

「今の灯花妃みたいですね。楽しそうに華やかで」

「…!す、すみません。あまり興味を示される方がいないので」

「なんで謝るんですか?好きなこと話しましょうよ。私は食べられる花があれば嬉しいですね!」

「ふふふ。日輪草の種は食べられると聞きましたよ」

「それなら私も好きになれそうですね。いつか一緒に食べません?あー好きな花の種だと食べたくないとかありますか?」

「興味はありましたので一緒に…一緒に食べてみたいです」


 案外失礼なことを言ってしまったかと思ったが灯花妃も案外乗り気でわりと会話も弾んだ。

 独占欲が強いとかで恨まれてるとか色々勘ぐってしまったけど良い子じゃないか。


 そうなってくるとどうして真桜を解雇したのか気になりはするが、こうやって話していると新しい妹みたいに感じる。相手の方が年上だが。


「朱里姫は気さくな方なんですね。先代の巫女とは違います」

「ほえー?灯花妃は先代の巫女と知り合いなんですか?」

「少しだけですが…芯の強いお方でしたよ」

「芯ねぇ…。人間なにかしら弱い部分ってのはあると思いますよ?私だって底辺みたいな存在ですし」

「ご冗談も言われるんですね」


 そんな謙遜してるんだみたいな笑顔を向けるのはやめてくれぃ。死罪行きになってもおかしくなかった奴だって知ったら相当驚くだろうな。


「それで灯花妃は后妃とかに興味あるんですか?」

「興味はありますね…私だけに真の寵愛を下さるのだと思ったら心惹かれます。ですが皇帝の好意は先代の巫女が有してると思うと…」

「皇帝は好きなんですか?」

「朱里姫は見たことありませんか?宮女の誰もが目を惹かれる美麗な殿方ですよ。もちろん私も同じく惹かれてます」


 案外私と同じで興味ない側だと思っていたが、好きではあるのか。

 ただ灯花妃は独占欲というか一番になりたいから一番になれないならと後ろ暗い気持ちになってると?


 后妃になりたい気持ちがあるなら問題ないと思うんだがな。寝所を共にしないのであればそれこそ妃じゃなくなる可能性だってあるんじゃないのか?


「灯花妃からしたら私の言葉なんて今日知り合った程度かもしれないですけど。亡くなった人を想い続ける人もそりゃいるかもしれませんけど。何かを成し遂げられるのは生きてる人の特権ですよ?皇帝の気持ちを振り向かせてやれば一番になることだってできるんじゃないんですかね?」

「…朱里姫は強いんですね。私はそこまで強くなれないです」

「三妃とか言われるくらいの人なのにですか?」

「他のお二人は皇帝の寵愛を授かってます。その…ここだけの話しにしてほしいのですが私まだ生娘でして…一度も皇帝が来られることはないのです」


 真桜から少しは聞いていたが灯花妃が嫌がってるから寝所を共にしてないわけではないのか。

 それなら皇帝が来ないというのが自信を失くしていったのだろうか?


「あ、お茶おかわりもらえます?」

「は、はい!」


 佳林からお茶をもらって啜りながら考えるが。もう少し灯花妃の本音を聞かないと何とも言えんな。


 真桜のこともそうだが。独占欲が強いとばかりに思ってたが単純に奥手なだけ?だったら真桜を解雇とかにしないよな?


 一番に憧れてるというのも皇帝のことを好きな気持ちも本物なら自分の感情を整理できてないだけなのか?


「私が皇帝だったら灯花妃が嫁なら真っ先に手出しちゃいますけどね!」

「っ!本当ですか…?」

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