第9話 灯花妃 後

 改めて灯花妃の姿を見る。可愛らしい顔立ちで年齢相応に顔立ちは端正。他の二妃を見てないがこれで手を出さないというのは早々ないんじゃないだろうか。

 花町にいれば売れっ子になるだろう。


「灯花妃は可愛いから安心していいですよ」

「それは朱里姫にとってどれくらい可愛いと思っていらっしゃるのですか?」

「ほえ?どれくらい?」

「今まで生きていた中でどれくらい私の事を考えてくれてるんですか?」


 話しの方向がいきなりすっ飛んでないか?

 どれくらいって比べるものでもないと思うが。今までか…ここで適当に一番とか言ってしまうのも楽な気はするが他の妃と仲違いの原因になるようなことは極力したくはないし中立というのを保っていたい。


 そう考えたら一番とは言いづらいし適当に濁すか。


「私はね、見た目よりも中身が大事だと思うんですよ。まだ灯花妃とは今日会ったばかりですよね?それに私のことも灯花妃はまだ知らないと思うし。だからこそ皇帝がどう思ってるか直接聞いた方がいいんじゃないんですかね?」

「いえ!朱里姫の気持ちが私は知りたいです!」

「…なんで?」

「皇帝がどのような考えで後宮に残してくださってるのかわかりません…。ただそれでも朱里姫はこんなにも私のことを気にかけてくれることがとても嬉しいのです。お気持ちを知りたいです。本音で話し合おうと言ってくださいましたよね?」


 凄い積極的にぐいぐい来るものだから圧が強い。


 えっとそれで?気にかけてくれるのが嬉しいだっけ?仲良くなろうとは思ったがそんな気にかけてたように見えてたか?思わず真桜を見るが驚いてる様子で呆けている。駄目だ頼りにならん。


「あー…そうだな!本音で話し合おうぜ!」

「朱里姫!?」


 真桜が素っ頓狂な声を上げて冷静になったのか顔を青ざめているが。

 私は灯花妃とダチになりたい。そう思わせる程度に灯花妃は最初と違って口数が増えて行った。これを好機と捉えなくてどうするのか。


「灯花妃はさ、私が灯花妃のことどう思ってるのか知りたいんだろ?」

「は、はい!」

「正直に言ってわかんねえ。花が好きで、刺繍も好きか?お茶も好きなんかな?もっと仲良くなってみないと分かんないことだらけさ?だから教えてくれよ。灯花妃が好きなこと嫌いなことなんでもいいからさ」

「私の嫌いなこともですか…?そんなことを知られたら朱里姫が嫌な気持ちに――」

「ならねぇよ。なったら刃物で突き刺して来な?受け止めてやるよ。それくらいの根性見せないと信じれないなら私が全力で受け止めて嫌いにならないって証明してやるさ」

「あ…」


 皇帝も食えない野郎だ。こんな純粋に思ってる子ならもっと寵愛とやらをあげればいいのに。


「私の気持ちはそれだけだ。后妃に関して応援してやれるかはわかんね。協力できることは出来ることはするけど、それも他に迷惑かけない程度の手伝いならやれると思うぜ」

「ふふ…朱里姫は本当に気さくな人なんですね…。私と…私と仲良くしてくれますか?」

「その為に来たんだぜ?飯でも一緒に食べるか?お茶もいつでも誘ってくれよ、時間あったら来るからさ」


 佳林もさっきまでの真桜みたいに唖然としているが、取り繕うのも怠いばっかりで話しが進まないからばあさんに怒られるのも新しいダチの為だと思えば軽いもんだろ。


 それからはせき止めていた何かが弾けるように灯花妃が笑顔で好きなことを話し始める。


 文字が読めないけど佳林が少しは文字が読めるので恋の詩集を読んでもらうのが好きなこと。私があげた肉まんが脂っこくて少し苦手なこと。お茶は濃いめが好きなんて些細なことまで丁寧に話してくるので全てをちゃんと聞いて灯花妃のことを知っていく。


「これは聞いていいのかわからないんだが真桜のことはどう思ってんだ?」

「私の傍付きになっていても未来が無いと思ってたので巫女が小間使いとして選んだのならと理由も言えずに下女の位置に戻ってもらいました」

「そうかぁ…じゃあ本音はどうなんだ?真桜にも聞くが。一緒にいたかったとかは無かったのか?」

「私の本音ですか…やはり未来が無い私よりも今の朱里姫と一緒にいるのを見れて嬉しいですよ。羨ましいくらいです」


 何をもって羨ましいのかは分からないが、私のために何かしたいって言うなら色々頼み事をするのも悪くないかもしれない。


「あのあの…私は。灯花妃と一緒にいるのも凄く嬉しいですが朱里姫のお傍にいたいです!」


 人生のモテ期がもう少し早ければ私の人生は花に染まっていたかもしれないが…まぁそれでも多分傍にいたいっていうのは仕事という意味なのだろうが。嬉しいことに違いはねぇ。


「そいつは良かった。灯花妃も羨ましいって言ってくれるなら私に似合う刺繍やってくれないか?実は頼む相手がいなくてな?東紅老師が出来るのかはわからんが灯花妃にやってもらいてぇ」

「それは大丈夫ですが…何を縫えばいいのでしょう?」


 自分の侍女だと分かる物を真桜に渡してやりたいと思っての相談だったが。たしかに何を縫えばいいのかってなったらわからんな。

 私の好きな物も今思えば飯とかくらいだし。むしろ飯でいいのか?


「じゃあ肉まんで頼むわ」

「肉…あのお饅頭ですか?」

「それを真桜と、私の分頼むよ。あのお団子にしてる髪型に付けてやりたい」


 そう言うと真桜がお団子を手で抑えるが怒ってるわけではなさそうなので大丈夫だろう。


「それでしたら、完成したらまたお茶してくれますか…?」

「何言ってんのさ。刺繍しながらでも話せるだろ?完成してなくてもいつでも誘ってくれよ」

「はい…!必ず!」


 わりと長い間話していたのか、腹も減ってきたので今日はこの辺りで解散かなと思い席を立つと。灯花妃が少し名残惜しそうにしてるように見えたが今日で最後なわけじゃないからこそ笑いかける。


「今度は飯も一緒にしような?」

「ふふ。毒見役はこちらで用意しますね!」

「いやいや普通に私はそのまま食うよ」

「何かあったらどうされるんですか!」


 道のりは覚えてるから佳林の付き添いも無しにそのまま手を後ろ手に振りながら真桜を連れて部屋に帰る。


「その時は…そん時だな!」






「朱里姫は何を考えてるんですか!私心臓が幾つあってももたないかもしれません!」

「悪いって。でも仲良くはなれたろ多分」


 部屋に戻ってから珍しく真桜が顔を赤くしながら怒るものだから撫でてやり宥める。


 この調子なら他の二妃とも仲良くなれる気がする。それくらい灯花妃は想像してたよりも気軽な性格だ。皇帝が手を出していたらもっと気落ちして後ろ暗い気持ちになっていたかもしれないが。生娘らしい初々しさを持っていて素直に可愛いと思う。


「真桜だってもうどうにでもなれって言ってたろ?」

「それとこれとは違いますよ…佳林も見ていたのにあんな真似したら噂が広まるかもしれません…」

「口が軽いのか?」

「いえいえ…そんなことはないんですけど朱里姫も大きい声で話していましたし誰かに聞かれてたりはするかもしれません」

「そんなのこの部屋にいても普通にしてるから今更だろ」


 これでばあさんの言う通り仲良くもなって、南付近に行く分には散歩でもなんでもしていいわけだ。

 なんなら灯花妃と出会ってそのまま茶でも飲みながら雑談もできるかもしれん。


 結局何が灯花妃の心を溶かしたのかは分からないが私に興味を持ってくれたってことで無事挨拶が一件終わりだ。次の相手を考えなければならない。

 やだねぇ。あと二人もいると思ったら怠いったらない。


「そんで次はどっちに行くかだな」

「夏霞妃と桃麗妃ですね?」

「そそ。どっちが右で左だっけ?」

「…?あぁ東と西ですか。北東が桃麗妃が住まう場所で北西が夏霞妃が住んでいるところです」

「近いのは桃麗妃か名前も呼びやすいしある意味そっちがいいかもな。灯花妃の名前を意識して喋るのも疲れてたしさ」

「そんなに疲れますか?」


 元の体だったら案外普通だったかもしれないが、この体になってから微妙に舌っ足らずな部分があるから結構気を張ってたんだが。こればかりは、ばあさんにしか愚痴を言えないな。


 今日のことを振り返って疲れと同時に、後宮に来て新しいダチを見つけたことを思い耽る。

 真桜もダチと言えばダチなんだが本人的には主従関係を意識してるだろうしあまり対等になれてる気がしない。


「真桜は私のところで良かったのか?」

「あのあの…朱里姫はそういうところで変に気遣いすぎだと思います!私だって本音で話してるんですよ?」

「お、おう?それは悪かったよ。でもよ、友達が多いほうがいいんじゃないかと思ってな」

「たしかに朱里姫は他の侍女を傍仕えにする気がなさそうだなとは思いましたけど、それとは別に朱里姫と一緒にいて楽しいと思ってるんです!」


 ほとんど言うこと聞かない面倒なやつだろうに嬉しいことを言ってくれる。灯花妃の時も思ったが真桜も妹みたいなもんか。


「じゃあ一緒に寝るか?」

「ななななにを言ってるんですか!冗談はよしてください!」

「一人だと寂しいだろ?」

「その時は下女のお友達のところで寝ます!」


 そこまで嫌がらなくてもいいのに。身分の違いなのかは知らないが寝る以外のことがないと案外寝心地の良いこの環境でも暇になるもんなんだが。

 それともここの女衆は夜更かしとかしない感じなのか!?


 いや、忍び込んだ時出歩いてる奴結構いたよな?なんか違いでもあるのか?


「それじゃあ朱里姫は今日は一人で寝てくださいね!」

「寂しくなったら来てもいいからな?」

「もう!」


 怒りながら部屋を出ていくのを見送って、本格的に桃麗妃について考える。

 灯花妃がなまじ無口だったからこっちから口火を切ったが相手から話しかけられる。今回でいう灯花妃の質問が来た時にどう返すのか改めて考える必要がありそうだな。


 ばあさんが次代の巫女を選んでるのも侍女からしたら知ってて普通のことだろうし、他の妃連中は私のことを少なからず知ってはいるだろう。

 后妃の相手とは見なくてもそもそも巫女という立場として見て扱ってくれない可能性がある。


「だぁー…」


 考えても仕方ないが佳林が言いづらそうにしていた反応を思い返して、侍女頭があんな風に思ってる時点で妃からしたら同列として扱ってくれなければ話しすらまともにできないかもしれない。


 悩みながら夢うつつとなってくる感覚になって視界が暗く沈んでいく。


 これはなんだ?と思うもそれを表現するなら空虚の一言に尽きる。


 ただ揺れる視界で見れるのは灯花妃の姿と言い争うようにしている侍女がいる。

 その侍女が誰かは分からないが花の模様をした布を腰に巻いている。花びらの形からして灯花妃の侍女ではないだろう。灯花妃の刺繍は大きな黄色い花だったが、その侍女は白い花びらをしている。


 さらに言い争いをしている灯花妃は泣きそうな顔でいるのが分かるが何かを喋ってはいるが何をしゃべっているのか全然聞こえない。

 侍女の後ろから髪の毛がうねっている侍女とは違う女性が現れて何かを話し合うのが続きそのまま灯花妃は泣きながら走り去っていく。


「朱里姫?」

「っハ!」

「わわ!」


 いつの間にか眠っていたのだろう。そして真桜が起こしに来てくれたのだろうが。さっきまでの夢?が鮮明に頭から離れないし、感覚がばあさんの時と似通っている。

 ただばあさんの時とは違って胸騒ぎがするわけではない。


「どうしたんですか朱里姫?」

「えっ…と…なんて言えばいいかな」


 本当になんて言えばいいのか分からん。別に今回は胸騒ぎがするわけではないし放っておいてもいいのだが…いいんだが!

 昨日今日とで知り合ったばかりのダチが泣いてる姿が見えたのが気がかりで仕方ない。


 場所はどこだった?廊下だったとは思う。だがどこだ?


「真桜?着替えを頼んでいいか?」

「いいですが?灯花妃のところに行かれるのですか?それとも桃麗妃のところへ?」

「どっちかと言えば灯花妃のところだな」


 着替えをしてくれてる間に空虚な光景を思い出す。廊下。近くにあるのはなんだった?いやよくよく考えたら灯花妃と他の連中が絡むなんていうことが早々起こるわけないはずだ。

 あるとすれば中央か南のどちらかだろう。


「灯花妃が外に出るときどの道を通るかとか分かるか?」

「いえ?灯花妃は南から動くことはほぼないですよ?他の妃も同じく自分達から離れて動くことはお見掛けしたことはないですね?」

「じゃあ白い花びらを刺繍してるのはどっちの妃だ?」

「それでしたら桃麗妃ですよ。花の名前は分かりませんが白と黄色の花だったと思います」


 光景を思い返せば確かに白い花びらの中央が黄色かった気がする。

 だとしたら髪の毛がうねっていた奴は桃麗妃か?それと侍女たちも。


「お着換え済みましたけど…?」

「真桜も一緒に来てくれ。灯花妃を探す!」

「蕾邸…昨日行った場所にいると思いますが…」

「いや、恐らく外出してるはずだ。とは言ってもまずは昨日と同じ道を進んでみよう!」


 真桜は状況も分からないだろうが、一緒について来てくれてそのまま探しに行く。

 侍女を見かけるが灯花妃が見当たりはしない。いっそ侍女に聞けばいいかとも考えたが私が話しかけるとまた解雇でもされるかもしれない。

 そんな不安を察してくれたのか、真桜が侍女に話しかけに行ってくれた。


「朱里姫、その、灯花妃は食堂に行かれたと言ってました。よく外出してること分かりましたね?」

「たまたまな?それよりも食堂まで案内してもらっていいか?できれば灯花妃と同じ道筋で行きたいんだが」

「ここからなら直接食堂に向かってから逆に辿ったほうが早いので近道しましょう」


 後宮に疎いのもあるが歩くのが遅いこと以外は頼れる真桜に付いていき食堂付近に近づいたところで誰かが話し合ってる姿を目視する。


「愛されないからと箱巫女の給仕にでもなったんですか?」

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