第10話 桃麗妃

 話し合ってる姿は灯花妃と侍女を引き連れた女性だ。


「箱巫女だなんて…朱里姫は正式な姫巫女ですよ」

「貴方だって聞いたことくらいはあるのでしょう?次の巫女が決まるまでの代わりをしてるだけの箱巫女なのよ」

「桃麗様、灯花妃は箱巫女と同じように閉じこもっていますから」

「そうだったわね?だったら私からしかと教えてあげますわ。今の巫女はただの代わりで正式な巫女ではないわ。東紅老師のやってることを知っていれば明白だわ」


 なんの話しをしてるか少しの間分からなかったが、私の話しなのだろう。箱巫女がどういう意味なのかは分からないが蔑称だと推測くらいはできる。

 というかなんで灯花妃は誰も侍女を連れて歩いてないのだろうか。


「朱里姫?どうするおつもりですか?」

「そんなん止めに行かなきゃだろ?あんなん灯花妃がなぶられてるのと変わらないぞ」

「服装からしてそのなぶってるお方が恐らく桃麗妃ですよ?仲良くなるなら後にした方が良くないですか?」

「仲良くって…いや。ばあさんの言うことを通すならそれが無難なのか?」


 とてもではないが仲良くなれる気配がしない。むしろ最初から嫌われているなら仲良くなるとかできないだろう。

 空虚な光景が、ばあさんの時と同じように未来視によるものならこのままいけば灯花妃は泣いて走っていくのだろう。


「それでも今の姫巫女は朱里姫です。桃麗妃がお決めになることではありません…」

「箱巫女に媚びるよりも皇帝に見染められるよう努力するべきじゃないのかしら?所詮次代の巫女が決まれば箱巫女は後宮から去っていくのよ?」

「そんな!ことはわかりません…私達がそれこそ決めることではありませんから」

「何をそんなに拘っているのかしら。昨日何を言われ誑かされたのかは知りませんが今の貴方の姿が箱巫女の思うつぼなのではなくて?」

「そんな…ことは…」


 段々と声が萎んでいく灯花妃を遠目に見るだけ。

 桃麗妃の言ってることは別におかしいことではない。私は次代の巫女が決まればそれこそ後宮から出ていくことになるだろうし。

 灯花妃がするべきことは皇帝に寵愛をもらって一番になることなのだろう。一番でなくてもここが後宮という場所であるなら皇帝のために努力をするべきなのだろう。


 なんてそんなことを黙って見るだけなわけがない。


「あー、桃麗妃でよろしいですか?」

「ん…?貴方…」


 初めて対面するというのも空虚な視界で見たのを思い返せば変な話しだが、対面してその顔を見れば十分美しい女性だ。髪がうねっているのも存在感や風格みたいなものすら感じる。癖っ毛が本人の美しさを引き立てているのだろう。


「箱巫女をやってる者なんですけど。私の事を言うのは別に構わないんですが、灯花妃に八つ当たりするようなことやめてもらっていいですか?」

「私がいつ八つ当たりをしたと言うのかしら?引きこもって東紅老師を煩わせている不出来な巫女に雑用を押し付けられている灯花妃にちゃんとするように申しつけているだけよ」

「押し付けられてるように見えてるんだったら東紅老師を通して確認すればいいんじゃないですか?私は押し付けたつもりもないけど周りの見え方は違いますしね?中立な東紅老師を立てるのがいいと思いますけど?」

「そうやって東紅老師すら雑に扱っているから私から言ってるというのが分からないの?」


 言いたいことは少しだけど分からなくはない。弱い奴を使って無理やり雑用を押し付けているのだったらそれをなんとかしようとするのも正義感から来るものなんだろう。

 桃麗妃がどれほど本音で語っているかはこの際置いとくとしても灯花妃が私に懐柔させられたと思い込むようならそれは桃麗妃の自由だろう。


「東紅老師すら信じれないなら信じれるのは自分だけだと桃麗妃の言い方はそういう風に聞こえますが?」

「別にそんなことは言ってないわ。忙しい東紅老師を思ってのことよ」

「それを東紅老師が望んでることかは本人に聞かないと分からないですよね。そしてそれと同じように灯花妃が私と一緒にいたいと思ってるかどうかも本人が決めることですよね?」

「だったら貴方が直接言ってあげるといいわ。巫女としてこれからも責務を全うして後宮に残るつもりなのかしら?」


 そう聞かれるとそんなつもりは全くない。少なくとも桃麗妃の言う通り仮初の巫女としてはやりきるつもりだけど、次代の巫女が決まったらそのままどこかへ行って後宮に戻ることはないかもしれない。


「そうですね、直接言いましょう。私は巫女として後宮に残らないかもしれません!それでも後宮からいなくなっても灯花妃と友達が終わりになるわけではないし、灯花妃が寂しくないように毎日文通だってしてもいいです。巫女がどうとかではなく私が灯花妃と友達なんですよ。これ以上何かありますか?」

「友達って…巫女で無くなれば貴方と身分が違うのよ」

「ここにいる真桜だって私の友達です。東紅老師だって老師なんて肩書があるかもしれませんが私にとっては友達です。灯花妃が皇帝との関係をどうするかは灯花妃が決めることですし桃麗妃には関係のないことですよね」

「それを決めるのは――」

「それを決めるのは皇帝と灯花妃です。だから関係のない桃麗妃はどうか気兼ねなく自分のやりたいことを迷惑をかけないようにやってくださいますか?」


 言いすぎてしまったかとは思うが、桃麗妃が別に苛立って癇癪を起こすわけでもなく睨んでくるだけなので睨み返す。

 桃麗妃の言い分は別におかしなことではないが私だっておかしなことを言ってるつもりはない。

 后妃争いをしたいのならむしろ灯花妃が頑張らない方がいいのに発破をかけているのも本当に親切心なのかもしれない。


 ただ親切かどうかは灯花妃が決めることだ。


「貴方たちの関係がどういうものなのかは私にはわかりませんわ。ただ本分をお忘れなきようお願いしますわ。姫巫女として、妃として」

「忠告ありがとうございます。今後も仲良くしてくださいね」

「…ふん!」


 侍女たちからは明らかな嫌悪感を感じたが、どうにも桃麗妃に関しては灯花妃を思いやってる感も否めない。ただやり方が余りにも強引だ。


「朱里姫…!」

「ほえ?」


 灯花妃が飛びついて来て涙が零れている。泣かせないために来たつもりだったんだが失敗だったか。

 結局後宮から出ていくつもりというのは肯定してしまっていたからな。


「灯花妃大丈夫か?」

「私…こんなに思ってもらえてるなんて考えてませんでした…」

「そりゃあ昨日刺してもいいなんて覚悟決めたくらいだ。むしろ仲良くしてくれないと私が悲しいね」


 困って真桜を見るが真桜も涙目になりながら「私も私もそこまで…!」と泣きそうになってるからどうしたものかと二人を近づけて頭を撫でる。立ったままだと身長的に灯花妃を撫でるのは大分辛いのだが。


「そもそもどうしてこんなところにいるんだ?」

「それは…刺繍をするために…」

「ここで?」

「朱里姫がお饅頭が良いと言ってたので、出来立ての物を見に来たんです…」


 それは…桃麗妃にそれを言ったのだとしたら私が灯花妃を虐めてると思われてもおかしくないかもしれん。


 ただ灯花妃の気持ちが少し重いがありがたいことには違いないので感謝しないとな。


「ありがとうな。私のために辛かったろ?別に昨日の今日行動しなくたって良かったんだぜ?いつまでも待つつもりで頼んだしな」

「そしたら…朱里姫がどこかに行かれるかもしれないので…」


 侍女からか佳林から聞いたのか、ばあさんの巫女探しがここでも影響してるとは。


「勝手にいなくなったりしねぇよ。だから安心しな?な?」

「…はい!」

「あのあの!私その話し初耳なんですが!?」


 そういえば真桜は私の侍女になってから噂話とか聞かなくなったのか?ほとんど毎日一緒にいたしな。


「まぁ…ばあさんから聞いてくれ。私も今詳しいことはわかんね」


 それに空虚な感覚…未来視についてもばあさんに話しておきたいが、次はいつ会えるのだろうか?

 真桜が侍女になってからばあさんの出現頻度が減って少しばかり寂しいな。


 灯花妃を私と真桜で住んでる場所まで見送って部屋に戻ると、本来仲良くなる予定だった桃麗妃について頭を悩ませる。


 というか巫女を辞める予定なのがそんなに影響することだったなんて想像してなかった。これじゃあ桃麗妃とは仲良くはできないんじゃないだろうか。少なくともそれなりに仕事しないと認めてはくれないだろうな。


「朱里姫?朱里姫からもちゃんと説明してほしいんですが?」

「おぉ、距離感近くて嬉しいねぇ。仕方ねぇな。短くまとめて言うなら巫女やりたくないけど巫女になったから次の巫女が決まるまでやってやるってばあさんと約束した感じだよ」

「すごいざっくり言われました!?」


 進捗がどうなってるのかは特に気にしたことがなかったからばあさんが巫女の件をどうしてるのかはわからないからな。


「それよりも思ったんだけどさ?」

「はい?」

「桃麗妃との挨拶さっきので良くね?お互いに出会いは良くなかったかもしれんが他に話すこともないだろ」

「いえいえ!?桃麗妃の言い方からしてむしろ挨拶に来いという風に聞こえましたよ!」

「いやいや、むしろ私は夏霞妃との挨拶に専念しろって聞こえたねぇ」

「その…そうなんですか?あれ?」


 実際どうだかは知らんが、挨拶に行ったら行ったでばあさんみたいに巫女としての自覚がどうのとか言いそうな気がするし。

 桃麗妃がどうのではなく桃麗妃の侍女が私に対して毒殺する可能性は感じたね。


 こんな早くに挨拶が終わるなんてむしろ運が良かったかもしれんな。


「夏霞妃はどうすっかねぇ」

「本当に桃麗妃との挨拶は終わるつもりなんですね!?」

「夏霞妃も花の刺繍だったっけ?」

「えとえと、そうだと思います。なんか派手な感じらしいですよ」


 どこから情報を仕入れてくるのか、真桜の友達関係を暴いてその子らも侍女にしてやりたいが、真桜に情報をくれるのはどこぞで働いてるからだろうし。しばらくは寂しい思いをさせるかもしれないな。


 しかし派手ねぇ。派手さで言えば桃麗妃の花と灯花妃の花は灯花妃の方が派手だと思う。

 大きさだけで言ったらの話しだが。


 それにその花がどうして好きなのかとか灯花妃しか今のところ聞けてないしな。


 私も肉まんとか言わずに適当な花を頼めばこんなことにはならなかったか。

 ばあさんに少しは自分で勉強しろと言われたのを思い出すが、花を勉強する気にはなれない。


「朱里姫は今日どう過ごすんですか?」

「とりあえず腹減ったから飯持ってきてくれない?一緒に食べようぜ」

「分かりましたけど。お饅頭ですか?」

「あー…そうだな今日は肉まんでいいや」


 そうして二人で肉まんを食べて、真桜も美味しそうに食べているのでのんびりした時間が続く。


 することも無くなれば私が覚えた文字を真桜に教えてみせると私の代わりに一生懸命黒い石に読み書きして覚えようとする。


 ばあさんは私を褒めていたけど、真桜も物覚えが良いほうなのではないかと思う。

 というよりも勉強を出来る人間と出来ない人間がいる環境があるのが問題な気がする。


 文字なんて読めても意味がないとは今でも思うが、真桜が覚えたらそれこそ文通がいつか出来るかもしれない。

 それを思うと、私ももう少し文字を勉強しようと思える。


 もしいつか後宮から出ていく時があれば灯花妃に真桜を侍女に戻してもらって代わりに文通をしてもらうことも視野に入れておこう。


「なんだか朱里姫楽しそうですね?」

「ん?あぁ、真桜が一生懸命なのが可愛くてな」

「またまた冗談ばかり」


 本心ではあるが、冗談と思われるのは私が女になったからなのか。別に同性同士でも可愛いとか言わないのか?


「それにしても灯花妃には驚かされましたね?」

「まぁな?昨日話した奴のためにここまでできるもんかね」

「朱里姫みたいに立場なんてどうでもいいって思う人が眩しかったんでしょうね」

「真桜の夢を壊したくはないと思って言ってなかったが、私は不真面目だからさ」

「あ、それはもうなんとなく分かってます」


 何故か少し白い目で見られた気がする。

 なんだかんだ苦労させないように頑張ってるんだけどなぁ?たまには私が着替えさせたり飯を持ってきたりしてやるべきだろうか?


「仕方ねぇなぁ。服脱げよ」

「なになになんですか!何が仕方ないのかすらわかりません!」

「そういう流れなのかと思ったんだが」

「朱里姫はいつも考えたことを言わずに実行しすぎなんです!もう少し相談とかしてください!」


 わりとなんでも頼ってるつもりなんだが。今回に限ってもほとんど真桜頼りだ。


 灯花妃のことだってあそこまで踏み切っていいと思えたのは予め真桜が話してくれたおかげもある。

 これ以上頼むのは我儘が過ぎるってもんだろう。


「じゃあ真桜がしてほしいことってなんだ?」

「え?それは…なんでもいいんですか?」

「いや死ねとか言われたら断るけどさ」

「なんだと思ってるんですか!その…歌を聞きたいです。焔祭の時のような」


 あー。調子に乗ってその場の勢い任せで歌ったやつか。子守唄なら覚えてるんだが焔祭の時はなんて歌ってたか忘れたな。


「違う歌でもいいか?」

「いいですよ?」


 それなら思い浮かんだことを歌おうか。

 灯花妃の一生懸命さを思い出しながら。一途に想いすぎて周りが見えなくなってしまう恋愛歌を。


 歌っていると、真桜が恥ずかしそうにしているのを見て面白かったために内容を少し過激にしつつ歌っていくと。


「なんかなんかからかってませんか!?」

「ばれたか!」


 こうして真桜と遊んでいると時間もあっという間に過ぎていく。


 次の相手はどうやって挨拶するべきかという悩みも忘れて楽しい時間はすぐに過ぎ去っていく。

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