第11話 夏霞妃 前

 今日は何をして遊ぼうか。桃麗妃の一件以降灯花妃の侍女が伝達役としてほぼ毎日お茶のお誘いをしてくるので真桜と朝から昼までは灯花妃のところでお茶を楽しんで。その後は文字を教えながら私も勉強しつつ雑談というのを繰り返していた。


「朱里姫起きてますか?」

「おーよ、最近は朝に起きるのも慣れてきたぜ?」

「そんな自慢げにしないでくださいよ…別に寝ててもいいですのに…」


 後半ぼそぼそと呟いていたが、真桜の負担を少しでも減らしてやろうかと思ったがあまり喜んでなさそうだし思いっきり寝過ごすのもありなのかもしれん。


 とはいえ眠いには眠い。最近は平和で何もすることがないというのもあるかもしれないな。


「おどれぇはなんしょっとるかぁ!」

「ほえ?」

「わわ!」


 ドアを思いっきり蹴破ってきたのかと思うくらい勢いよくばあさんが急に現れて私も真桜も驚いて目を見開く。


「なんだよばあさん、随分と久しぶりじゃねえの?」

「久しぶりじゃないわい!妃の挨拶回りを灯花妃以降サボっとるようじゃの!なんしよっとるか!」

「いやサボってるなんて人聞きの悪いぜぇ?桃麗妃とは挨拶したし、灯花妃と毎日仲良くしてるし。夏霞妃を待たせてるのは悪いとは思うが仕事はしてると思うんだな?」

「なに?桃麗妃と?おかしいのぅ…そんな話は聞いとらんかったが…それにしたって灯花妃ばかり優遇するのは巫女としてなっとらんわい。夏霞妃のところにも一度も顔を出しとらんそうじゃしのぅ」


 さすがにだらだら過ごすのも限界だったか。

 桃麗妃のことがあってから夏霞妃に会うのも変な言い合いになるかもと思って避けていたのに大して灯花妃がお茶お茶と言ってくるのが愛いしくてそのまま甘えていたが巫女業をしないとこうやってばあさんが来るとは。


「積もる話しもあったんだがなぁ…」

「わちも話しとうことはあったわい。おまえさんならさっさと終わらせると思って待っとったらこん有様よ」

「そうかいそうかい。仕方ないなぁ。真桜着替えさせてくれるか?」

「はいっ!」

「そうじゃ真桜よ、こんばかたれが何言うても甘やかさんようにの?」

「は、はい!」


 わざわざ真桜にまでとばっちりを与えたみたいで悪いな。

 とは言え灯花妃が今日もまた来るかもしれないと思うと留守にしっぱなしというのはそれは悪い気がする。


「ばあさんは灯花妃のところへ行く予定あんの?」

「無いが…なんじゃい?」

「いやお茶をほぼ毎日誘われるんだが、断り入れておかないと今日も誘ってきそうだなと思ってな?」

「それなら自分で断ればいいわい、夏霞妃はおまえさんと少し似たようなところがあって昼以降に起きるからゆっくりと向かえばええわ」


 それなら別にすぐ着替えなくてよかったかもしれない。

 とはいえせっかく行く気になったのを昼まで時間潰すとなったら灯花妃とお茶するのもいいな。


「ほぉん…それがおまえさんの証かえ?」


 真桜が私の髪型を二つ団子を作るように仕上げてくれるのをばあさんが見ながら、私と真桜の髪に使われている布の刺繍を見て言ってくる。


「いいだろ?灯花妃に作ってもらったんだぜ?私も頭を肉まんにするとは思わんかったがな」

「え!?私のことも肉まんって思っていたんですか!?」

「ええんじゃないかい?自分で見たことはあるんか?」

「ないぜ?真桜の肉まん見てたら手際良いからそのまま任せてる」


 そう言うと巾着から手鏡を出してきて見せてくる。


 ありがたく自分の姿を見ると真桜よりも髪が長いからか二つのお団子が出来ても流れる金髪があって、灯花妃が選んだ淡い薄赤色の布が映えて見える。


「ほう?いいじゃねえの」

「わちもそう思うわい。灯花妃とは本当に仲ようしとるみたいじゃの」

「ダチもダチよ。任せとけって」

「それから何日も夏霞妃に顔合わせに行かんかったおまえさんが言うと任せるのに不安しかないわい」


 本当に久しぶりだっていうのに普通の雑談とはいかないもんだ。今まで何をしていたのかは知らないが怒りに中々来れなかったのは忙しかったんだろうな。


「そういや皇帝ってどんなやつなんだ?」

「おまえさんが気にかけんでもええとは思うが…しょぼくれた小僧じゃよ」

「若いのか?」

「いんや。四十になるんじゃったかのう?威王帝の事がどうして気になるんじゃ?」


 一応覚えた方がいい名前なのかチーワンねぇ…案外普通の名前だな。


「妃との会話の種にでもなるかと思ってな?それに随分な色男らしいじゃねえの?」

「そうは言うても四十じゃ。体力も衰えて来る頃かのぅ…本人は至って元気じゃがな」

「夜の方もか?」

「おまえさんが言いたいことは分かってきたわい。灯花妃のことを気にかけておるなら心配せんでもええ。むしろ灯花妃の性格を思いやってゆっくり関わっておるだけじゃ」


 そう言われると私も灯花妃の愛も友情も重い気がするから納得しかけるが。それにしたってそれが理由で桃麗妃に妃としての自覚とか言われていたことを考えたら後宮のことをもっと全体的に見てほしいもんだ。


「そんじゃ気にしねえが。他の妃が不満を溜めても知らねえからな?」

「なんじゃい?おまえさんから後宮事情の話題が出るなんて槍でも降ってくるんかのぅ」

「どうせなら美味い物が落ちてきてほしいねぇ。あ、あとよ。炎刃将っていうのばあさんに候補がいないか聞きたかったんだよ」

「炎刃将?ほぉん…無いことは無いが…まぁ考えておくわい」

「わりいな?あとは何話すんだったかなぁ?」


 いざ話せる機会があってもいきなり現れたんなら話したかったことが頭からすっ飛んでいく。

 考えても思い出せない時は真桜を見て助け船を出してもらえないか目線を送ると真桜が頭を傾げて不思議そうにしている。


「どうしました?朱里姫」

「ばあさんに話すことなんかなかったっけかなって」

「あっ。それで見ていたんですか!分かりにくいです!でもでもそれなら朱里姫が灯花妃と会って次の日に様子がおかしかったことと、次代の巫女の件などではないですか?」


 そんな様子おかしかったか?と思うが、そういえば未来視についてちゃんと話したかったんだった。


「そうだそうだ。ばあさん未来視についてなんだが。また以前みたいな感覚になって今回は多分だがちゃんと未来が視えていたっぽいぜ?」

「なんじゃと?視えておったということは…誰の未来じゃ?」

「灯花妃のかな?もしくは桃麗妃かもしれんが、後は桃麗妃の侍女が二人いたからその可能性もあるが、その四人の誰かだな。姿は視れても声とかは聞こえなかったな」

「じゃとしたら灯花妃か桃麗妃のどちらかじゃ。おまえさんにも渡した宝珠を三妃に渡しておるからその影響かもしれん」

「宝珠…あぁあの石か」


 そういえば寝台のどこかに投げっぱなしにしてた気がするので探してみると枕下にあった。

 改めて石を見ているとばあさんから大切にしろという圧を感じる視線が送られてくる。


 私が手元に持っててもどうせいらないと思って落としても気づかないだろうからむしろ大切にしていた方だろ。


「で、これがなんで関係してんだ?」

「ルクブティムの巫女は宝珠を通して未来を視るとも言われておるからじゃの。声が聞こえなかったというのは視ることしかできんからじゃろう。おまえさんが最初にその感覚があると聞いてからはおまえさんに一つ。三妃に一つずつ。残り三個はわちが持っとる」

「それなら真桜にも一つくれね?」

「構わんぞ」

「え!?そんな高級そうな物を私が持っていたら危ないですよ!」

「まぁそうじゃの…それこそ炎刃将が決まったら改めて渡した方がええかもしれんのぅ」


 安堵の溜息を吐いてるが真桜から見てもこの石ころは高級そうに見えるのか。

 観賞用として売るだけでも結構な値段しそうだものな。ただどうせなら真桜の安否が確認できるならその方が良かったが炎刃将に警護させるなら石ころ持たせなくても良くなる気もする。


「おまえさんが思うほど後宮は危険じゃないわい」

「本当かぁ?私がいるのにかぁ?」

「ばかたれが、おまえさんとて非力じゃったくせに」


 色々疲弊したり手のひらを擦りむいて血濡れながらもなんとか忍びこんだこの天才に大して唯一の欠点を突いてくるとは容赦ねえな。


「まぁばあさんが強いから後宮は安心かもな」

「あのあの…次代の巫女を話さなくてもいいのですか…?」

「真桜が気になるなら自分で聞けばいいだろう?」

「別に聞こえておるわい。巫女の件ならはっきり言って当分は見つからんわい。秘宝の調達もじゃが秘宝の適正者が簡単に見つからんからのぅ」


 あの毒か。秘宝ってわざわざ言うってことは真桜には液体なのは秘密なのか?

 どういうものなのかはっきり言ってやれば私みたいに事故で飲むことはなくなるだろうに変なところで隠すんだな。


 あえて言わないようにするなら私も言わないが、どこであんなもの作っているのやら。


「朱里姫はいなくなったりしませんか?」

「真桜が気にせんでもええ。こん小娘の代わりが見つかるのは数年はかかるわい」

「そうですかっ!」


 そんな探すの大変なのか。あまり意識しないようにはしてたが一年程度働いて終わりくらいに思っていた。


 身支度も整ってるし、他にも雑談したかったがばあさんは夏霞妃にちゃんと会うように言ってきてそのままどこかへ行くのと入れ替わりに灯花妃の侍女が来た。

 ばあさんの催促もあったし、夏霞妃と会うなら気合も入れなおしたかったので折角のお誘いを断るように伝えておいて、真桜と作戦会議となる。


「真桜…夏霞妃はたしか優しいんだったよな?」

「はい?そう伺ってますね。下女にも菓子をくださったりしてるそうですよ。お顔は見たことありませんが」

「んん?菓子をくれるのに見たことないっていうのは侍女が持ってきてるのか?」

「いえいえ。菓子と文が置かれていくんですよ。文に関しては多少字が読める下女が内容を教えてくれて微睡邸より皆を応援しているとのことで」

「微睡邸っていうのはなんだぁ?」

「朱里姫にお伝えしても覚えてくださらないと思ったので言ってませんでしたが。三妃が住む場所にはそれぞれ名前があって灯花妃は蕾邸、桃麗妃は太陽邸。そして夏霞妃がお住みになられてるのが微睡邸です」


 また覚えることが増えてしまった。しかしなんでまたわざわざ置手紙を残して菓子を渡すんだ?


「まぁ覚えるようには頑張るが…夏霞妃が優しいっていうのは餌付けしてくるからか?」

「それ以外にも出会えば挨拶をしてくれるそうです」

「なんか良い妖怪みたいなことしてんだな」

「朱里姫も親しい人には似たようなことしてるじゃないですか」


 そう思われていることに多少心外だが、真桜と打ち解けてきたと思えば良い方向に進んでるだろう。


 ただどんな人間なのか想像つかないな。灯花妃の時は想像以上に話しやすかったのもそうだし桃麗妃は堅苦しい感じだったから聞くだけの話しだと信憑性が薄いというのは実証済みだ。


 一応何を言われても言い様に心がけて、今回も手土産を持って夏霞妃のところへ行くとしよう。


「昼飯時だし今度こそ一緒に飯でも食いながら仲良くなりてぇな」

「何故一緒に食べたがるのかは分かりませんがあまり期待できないと思いますよ…?」


 なんだかんだ灯花妃ともいまだに一緒に食事をすることはないからな。お茶ばかり飲んでも口寂しいだろうに。


 二人で部屋を出て食堂まで行ってから炊事をしている下女に声をかけて肉まんを貰う。

 灯花妃のことがあったから一応小腹くらいは満たしておくかと多めに貰ってから夏霞妃に向かう途中うの廊下で柱に背を預けて肉まんを一個真桜に渡して私もその場で立ったまま食べる。


「あのあの…誰かに見られたらどうするんですか?」

「んー…よくね?灯花妃や桃麗妃からしたら私がどんなやつなのか少なからずもう知ってるんだし今更だろ。気になるなら火傷しない程度に早く食べな?」

「もう!朱里姫はまた桃麗妃に何か言われても知りませんからね!」


 一個だけだし大丈夫だろうと食べていると通りがかる女官が一瞬驚いたように見てくるので確かに目立っているな。

 こうして廊下で見る度に思うのだが、南や北なら誰の侍女かとかは分かりやすいが、女官が侍女なのか下女なのか分かりにくい。

 服装が綺麗なのが侍女だというイメージはあるんだが、じろじろ見ても刺繍を持ってない女官もいて下女だったこともある。


 もう少し分かりやすい何かがあればいいんだが、真桜は見慣れているのか聞けば侍女か下女の違いを簡単に見抜いたりしている。


「食べましたっ!」

「お、ちゃんと食べて大きくなれよ」

「朱里姫には言われたくありません…同じくらいじゃないですか大きさ」


 私の元の大きさで考えてしまうからどうしても真桜が小さく感じてしまうが。目線自体はたしかに一緒くらいだな。


 出来立てを贈ることにはならないが、のんびりと真桜に案内をしてもらって着いた先で珍しく真桜が少し戸惑っていた。


「どうした?」

「いえいえ…侍女の方がお見掛けしないのでどうしようかなと思いまして」

「じゃあもう入っちゃえばよくね?」

「それは失礼ですよ?でもでも戸を叩いて訪問を知らせるしかなさそうですね…」


 真桜が不安がっているので私が代わりに扉を叩いてやると、中から「は~い」と間延びした声が聞こえた。


「小朱よね~入っていいよ~」

「そ、それでは失礼しますね」


 愛称で呼んでくるなんて思わなかったから動揺してしまったが、ばあさんや真桜の話しだと対等だと聞いていたが、ちゃん呼びされるなんて思わなかった。


 そのまま扉を開けると胸を強調するような服装の女性と、三人の侍女が私を取り囲むように並んでいた。一体何事だろうか。


「あたいは夏霞様の侍女、涵佳!」

「わ、わたしは夏霞様の侍女…天楊!」

「そしてこのわっちが夏霞様の侍女!梦慧!」


 涵佳―ハンジィア。天楊―ティェンヤァン。梦慧―モンフェイ。その三人の濃い挨拶が姿勢を整えて勢いよく発せられる。


「私は姫巫女!朱里!」

「朱里姫乗らないでくださいっ!」

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