第12話 夏霞妃 後

 あまりにも格好いい挨拶と姿勢に驚いて私も両手を構えて挨拶をし返してしまったが肝心の夏霞妃は侍女たちの後ろで笑いを堪えているのが見える。


 そしてそれぞれ名乗りを上げた侍女も固まったまま動かないので私も姿勢を崩さないように止まる。


「朱里姫どうするんですかっ!」

「いや、動いたら負けな気がする…それに真桜もやるのを待ってるんじゃないか?」

「えぇ!?無理ですよっ!練習したことないですよ!」


 練習しなくても勢いに任せてしまえばいいのに。ただ姿勢を崩さないのは疲れてくるが侍女たちは疲れないのか表情も余裕そうにしている。天楊と名乗っていた子は赤面しているがそれ以外はすごい自信に満ち溢れている。負けられんな。


「は~い。みんなもういいよ~。小朱もありがとうね。本当に東紅老師の言う通り面白い子なんだね~」


 三人共、夏霞妃が手を叩いて終わりを告げるとそのまま横に動いて夏霞妃と対面する形になる。

 移動するときも真桜が言ってたように練習してたかのような動きで下がっていくので私のためだけに用意したのだろうか。


「いやいやこっちもまさかこんな歓待してもらえるなんて思わなかったから悪いな。知ってたら真桜にもやらせてたんだが」

「やりませんよっ!それよりも口調…!」

「いいよ~。噂は聞いてたし、小朱も気楽な方がいいでしょ~?」

「だそうだ?お言葉に甘えて普通に行こうぜ」


 ちゃん呼びされるのはどうにも慣れないが、それでも話しやすいようにしてくれてるのだろう。

 手招きされるままに案内に付いていくと最後に挨拶してきた梦慧だけ付いてきて、残りの二人はそのままどこかへ移動していった。


「本当はみんなで歓待したいんだけどね~…微睡邸の侍女はこの子たち三人と侍女頭の四人しかいなくて忙しいんだよね。ごめんね~?」

「いいさ。むしろ来るのが遅れて悪かったな。こんなに楽しい人だと思わなくてな」

「あは~、桃麗に会ったんだね?あの子は真面目だからな~」


 随分と親し気に呼ぶものだ。桃麗妃の印象が強かったせいか、三妃はもっとお互いに向上心みたいなものや后妃を狙うのだとしたら威張ってると思っていたが。


「手土産に肉まん持ってきたんだけど一緒に食べねえか?」

「あ~、寝起きだからごめんね~?梦慧食べる?」

「わっちは大丈夫です!お茶と菓子を用意しやす!」

「お願いね」


 最初の遊び心ある感じとは違って仕事の手際がかなり良く、案内された席に着くと真桜の分までお茶を用意してくれたりと丁重に扱ってくれる。


 最初に夏霞妃の所に来ていたら灯花妃に対して同じノリで失敗していたかもしれんな。


「なんというか桃麗妃と違うのはもちろんなんだけど灯花妃とも。ここだけ雰囲気違うんだな?」

「そうだね~。楽しみがないと疲れちゃうからね。小朱も巫女って感じあんまりしないよね?」

「過去の巫女がどうだかは知らんが今の巫女は私みたいだしな?」

「いいと思うよ~。桃麗だけは何か言ってくるかもしれないけど灯花とも仲良いなら大丈夫だよ~」


 話してると眠くなりそうな声音と間延びしたそれがどうにも心地よくさせてくれる。

 桃麗妃がしっかり者だとしたら、夏霞妃は母性を感じる人だ。そうなると灯花妃は無垢な純潔の子供みたいな感じで三つの勢力図がそれぞれ役割を担ってるんだな。


 梦慧が焼き菓子などを机に置いてくれていたのを手を伸ばして食べると、ほんのりとした甘味を感じる。


「これは砂糖が使われてるのか?」

「そうよ~?塩っ気がある方が良かった~?」

「いや、凄く美味い。砂糖なんて珍しいのに良いのか?」

「桃麗がくれたものだし、食べ物なんだから食べないと勿体ないでしょ?それにみんなで食べれるならその方が楽しいしね~」


 共感する部分が多い。ばあさんが私と似てるって言ってたのも納得する。

 侍女頭が見えないのは気になったが、梦慧がこれだけ手際が良いということは他の二人も相当な要領の良さを持ってるのだと思うと人数が少なくてもやっていけるのは侍女の質か。


「桃麗妃がくれたってことは桃麗妃と仲良いの?」

「ん~?桃麗はみんなと仲良いと思うよ?小朱は桃麗の太陽邸には行ってないの?」

「廊下で挨拶したからいっかなって思ったんだが?」

「あは~…多分会いたがってると思うから行ってあげたら?」

「少なくとも桃麗妃の侍女達はそんなことないだろうからなぁ…」

「ふ~ん…なるほどね~、確かにね~…。そういうことならいいと思うよ」


 やけに含みを持たしていたが何なのか少し気になったが。

 それよりも真桜も焼き菓子を美味しく食べていて、もっと食べたいけど食べるのは駄目だよなと苦悶してるのが微笑ましい。


 私も私で茶を飲みながら食べる焼き菓子は美味いと思うし、夏霞妃も一緒に食べて「おいし~」なんて言ってるのを見てると後宮の侍女達の視線が痛い空間だった所から解放されたような気分になる。


 梦慧も都度茶を入れなおしてくれたりはするが、席に座ってお茶とお菓子を一緒に摘まんでいるので居心地が良い。


「そういや夏霞妃も石…じゃなかった。宝珠?っていうの東紅老師から貰ったんだよな?」

「あ~。もらったね~?使い道が分からないけどちゃんと大切にしろって押し付けられてさ~?」


 ばあさんがどういう意図で三妃に渡したのかは真意は分からないにしても、私の未来視を多少なりとも頼りにしてるのかもしれないので是非ともそのまま持っていてほしい。


 とはいえ制御できてるわけじゃないし発動するきっかけみたいなもんは分からないから保険みたいなもんだろうが。


「小朱はどうして巫女になったの~?」

「どうして?あー?流れに身を任せたらそうなったってのが正しいのか?」

「流れね~…小朱がどういう気持ちか知らないけどルクブティムの巫女なんてみんなやりたがらないよ~」

「そうなん?なんで?」

「だって他の皇都と違って扱いがあんまりよくないからね~」


 前もなんか巫女は四人いるとか聞いたな。その内の一人は私なわけだが。

 他の巫女は国が違うんだから比べるもんでもないが、扱いの良さが違うというならこの国でも待遇を良くしてやれば巫女になりたいやつなんかもっと増えそうなもんだ。


「武功で成り立ってるんだったか?この国は巫女に頼らなくても兵士が強いってことだろ?良いことなんじゃね?」

「博識だね~。兵が強くても他の巫女が圧倒的に凄いんだよね~」

「そうなんだ?まぁ私はなんとなく巫女やってるけど、他の巫女となんか揉める時は気を付けておくよ」


 博識なのはむしろ夏霞妃の方だろう。真桜の話しでは文字とかも読めない花よ蝶よと聞いていたが色々世間に詳しそうだし、人間関係も桃麗妃と良好な時点で人付き合いが上手いのだろう。


「夏霞妃は私の噂とか聞いたりして嫌な思いしてねえの?」

「べつに~?むしろ小朱は頑張ってると思うよ?それに噂って言っても悪い噂だけじゃないよ?灯花が言ってるんだろうけど、とても暖かい人だとか良い噂もあるしね~」


 それは灯花妃が言ってるんだろうな。私のことを良い風に言ってくれる心当たりは二人しかいない。


 ただ夏霞妃がどういう気持ちなのかはいまいちはっきりとはしない。私に何か求めてるわけでもないし、本当に暇で退屈な時間を過ごしてる印象があるくらいだ。


「じゃあ今度灯花妃や夏霞妃、まぁ桃麗妃も呼んでみんなで飯食うか?」

「それは駄目かな~?あ、あたしが駄目なわけじゃなくてね?三妃なんて呼ばれていて侍女達が一番張り切ってるのね?だから安易な接触は危険なわけだよ~」

「それって妃じゃなくて侍女達が勝手に争ってるってことか?」

「端折って言っちゃうとそうだね~?」


 一斉解雇…はやりすぎとしても、灯花妃の侍女達もそういう感情で動いてるのだろうか?佳林はそんな感じはしなかった気がするが…いや私の事を悪い噂を知っていて話しづらそうにしてたりとかはある意味佳林もそういう争いに関与していたりもしたのかな?


 桃麗妃の侍女達は分かりやすく敵対心を見せていたから分からなくはない。ただ二つの派閥が勝手に争っていて夏霞妃は侍女の数も少ないし、高みの見物って感じだ。


「夏霞妃は后妃を目指してたりするの?」

「あたしは選ばれないだろうしな~。周りから見たら一番后妃に近いとは思われてるかもね~」

「へー?自分の意見と周りの意見が分かれてるわけだ?」

「娘を二人産んで、今はいないけど侍女頭に世話を任せてるから別室にいるんだけどね~?これ以上はもう少し娘が育ってくれないとあたしが面倒見れるかわからないんだよね~」


 すでに二人の母だったのか。全然そんな風に見えないから意外だが、私が来るから子供とわざわざ離れさせてしまってると思ったらもっと早く来て子供と一緒にさせてやればよかったな。

 私が来るか分からない環境が続いて結構な迷惑をかけていたかもしれない。


「悪い。すまないな。子育てに集中したかっただろうに私の我儘で大変な思いさせてしまって」

「いいよ~。桃麗のところに行くと思ってたからその噂が出回るまで普通に過ごしてたからね。今日は東紅老師から直接連絡が来たから準備できただけ~」

「それならいいんだけど、むしろそれなら梦慧や他の侍女達に謝っておいてほしい。梦慧ごめんな?」

「えっ。わっちは気にしてないので!二人にも伝えておくっすけど…多分同じ思いだとおもいやす」


 それだといいんだが。

 話しが少し逸れたがまだ気になることがあるので少し戻してもらうか。


「さっきの話しに戻るんだけど、周りがそう思ってないっていうのはどういうことなんだ?」

「単純な話しかな~?子供を娘だけど二人産んでるあたしと、夜を過ごしても身籠らない桃麗。夜を過ごさない灯花。関係だけ見たらあたしの事を后妃に近いと想っちゃうのも仕方ないよね~って感じだよ」

「なんかややこしくなってくるな。灯花妃のことも気になりはするけど、桃麗妃はいつかを応援するし。妃っていうのは他にいたりはしないんだよな?」

「皇帝が女好きなら世継ぎに困ることは無かったんだろうけど。あんまり積極的じゃなくなったんだよね~」

「なくなった?」

「先代の巫女が亡くなってからはね~」


 后妃に選ばれる予定だったとかいう先代の巫女か。いまだにどういう存在なのか分からないがここでもその話しが出てくるってことは相当大きい出来事だったんだろうな。


 ばあさんにこの話は聞いた方がいいかもしれんな。夏霞妃だって子育てやら色々あるだろうし深入りしすぎるのも良くない気がする。


「まぁなんとなくは分かったよ。愛する人がいなくなった的な感じってことだろ?」

「そうだね~。元気だったときは色んな子に手を出してたよ~」

「一気に好色野郎に聞こえるな…」

「あは~。小朱も一応気をつけなね~?」


 冗談なんだろうが、私が皇帝に襲われたら間違いなく急所を蹴り上げる自信がある。

 それに体自体は綺麗ではあっても貧相な方だし、好色だとしてもそこまで守備範囲が広いとは思いたくないものだ。


 あまり込み入った話はそろそろ終いにしておこう。

 少なくとも夏霞妃は后妃にそんな意欲的ではないし、選ばれたら選ばれたで呑気に受け入れる程度だろう。灯花妃や桃麗妃には悪いが私も后妃は夏霞妃なら納得してしまいそうなくらいには話しが通じやすい。


 もっと言えば話していて癒されると言うべきか。話せば知性を感じるのに柔らかい言い方が話しやすくしてくれる。


「そういや下女たちに菓子を贈ったりしてたんだろ?優しいって噂になってるらしいぜ?」

「色んな事情で下女になる子がいるからね~…それにそう言うのも処世術の一つだよ~」

「ほえ?」

「恨みを買われるより、恩を与えておけば危険は減るでしょ~?」

「そ、そうだな?」


 和やかな話しにでもしようと思ったがそんなはっきりと言われると思わなかった。

 打算ありきでやっていたとあえて明言する意味はあったか?


「小朱も小真のことが可愛いのかもしれないけど、自分の危機管理はちゃんとしないとだよ~?」

「ふむ。まぁそうだな、東紅老師に散々言われていたし、夏霞妃も言うならもう少し気を付けるようにするよ」

「そうそう~」


 下女に関しては真桜の方が詳しいだろうし、気を付けるなら真桜に暇でも与えて好きな風に過ごさせる時間を与えるべきかもしれないな。


 なにせ私の情報は真桜とばあさんの二人で完結している。灯花妃と話すことはあっても灯花妃も色んな関係に詳しいわけではないので聞いても困惑して困らせてしまうだけだ。


 思えば夏霞妃は心配して言ってくれてるのかもしれない。


「色々ありがとうな。夏霞妃も私がいなくてもなんとかするだろうけど困ったことがあったら言ってくれよな?少しは力になるぜぇ?」

「あは~。またこうして話してくれたら十分だよ~。それとみんなで食事をしたいって話しだけど夏になればその機会が訪れるから東紅老師から改めて聞いておくといいよ~?」

「そうなん?東紅老師は目の前のやることしか教えてくれないから教えてもらって助かるぜ」


 夏なんて暑苦しいときじゃなくて春とか秋にそういう催しはすればいいのに。これもまた何か理由でもあるのだろうか。


 もう少し文化のことを調べた方がいいのかねぇ。


 焼き菓子も最後の一個を夏霞妃が口に頬張って、私達も茶を飲み一息入れてから梦慧が茶器を片付けて落ち着いたところで私達は帰り支度をする。


「あまり微睡邸に来ても見るものはないけど、好きな時に来て良いからね~?」

「おう!また今度は飯でも一緒に食おうな!」

「あは~。楽しみにしてるね~」


 外に出ようとしたとき梦慧が扉を開けてから私たちが出ると、大きい声と大きな仕草で姿勢を取り始める。


「またその顔を見せたときわっちが相手になってやるっす!夏霞様の侍女、梦慧!」

「はっはっは!次に会ったときを覚えておくが良い!姫巫女、朱里!」

「もう!なんなんですかこれは!?」


 真桜がおどおどしてるのが良い感じに雰囲気を和ませてくれる。

 このやりとりが好きなのか夏霞妃も楽しそうに笑いを堪えているので、梦慧や他の侍女がどう思ってるか知らないが練習してるときは一体どんな気持ちだったのだろうか。


 あとは自然と姿勢を戻してお辞儀をする梦慧を見て私も手を振ってから帰る。


 今後も関わるならやはり真桜にある程度教えておく必要があるかもしれない。


「真桜?さっきのやつなんだけどさ」

「いえいえ!私はやりませんからね!」

「そんな固いこと言わずに少しくらいな?やってみれば意外と楽しいぜ?」

「恥ずかしいじゃないですか!?」

「恥じらいを感じる前に思い切ってやるのがコツだな。梦慧だって内心恥ずかしがってたんじゃないかぁ?」

「そうでしょうか…?」


 実際はどうかは躾けられている侍女だったから分からないが、最初は恥ずかしかったはずだ。

 慣れるまで夏霞妃に遊ばれていたんだろうなと思うと仕事が出来る出来ないよりもそういう遊び心のできる余裕のある侍女のみを傍付きにしてるのかもしれないな。

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